1-9
煽りの度が過ぎた忍者姉妹にゲンコツを入れた後。
街外れの屋敷を後にした私は、賢人の森近くの開けた場所までやってきた。
治療後、サテラ様から注意されたことを確認するためだ。
彼女の言うところによると、脳の構造を変化させた後は『魔力の流れ方が変わる』ことがままあるらしい。
偶然で手に入れた私、もとい『冒険者サズ』のような特殊な魔術は、変質している可能性が特に高いのだとか。
なので、ぶっつけ本番で使う前に何度か試すことをお勧めされた。
幸い屋敷に着て行ったのは冒険者的正装、つまりほどほどに装備を身につけた一種の臨戦体制だった。
なので宿に戻ることなく、そのまま人のいない場所までやってきたというわけだ。
「さて。周囲に人の気配なし、燃えやすそうなものもなし」
使った瞬間大爆発の可能性もゼロではないから、一応ね。
ひとまずいつも通り、魔力を流しながら自分の腕同士を叩きつける。
一応、魔力の量は最小限で。
「おぉ」
早速、わかりやすい違いが現れた。
今までなら、腕同士を叩きつけた次の瞬間には、腕から炎が勢いよく吹き出していた。
しかし今はそれがない。
その代わり、と言わんばかりに私の両腕は全体が黒く変色したのち、赤熱したような外見になった。
服をめくって確認したところ、肩口あたりまで見た目が変わっている。
大体、以前まで魔術の炎を出せていた範囲も同じくらいだろうか。
見た目だけなら高温の炉に入れた鉄のようだが、どうやら見た目ほどの熱は発していないらしい。
試しに、地面に埋まった岩でも殴ってみるか。
「……かなり硬いな」
岩がではない、私の腕がだ。
そこまで拳を固めていないのに、痛みを感じない。
しっかりと拳を固めない状態で硬いものを殴ると、普通は自分に帰ってくるダメージが大きくなるはずだ。
魔術を使っている間は母から受け継いだドワーフの骨格だけでなく、皮膚や筋肉まで頑丈になってるのかもしれない。
試しに落ちていた小枝で自分の腕や腹を突いたり叩いたりしてみたところ、確かな硬い感触が返ってきた。
これは……どういうことなんだ?
今まで魔力を湯水のように消費して炎を発していたのを、体内に全て留めて肉体の性能を上げているとか?
わからない。
そもそもの問題として『冒険者サズ』、全然魔術の知識を持ってない。
元の魔術の詳細がわからないのでは、今の変化したこれもよくわからないじゃないか。
自分のことなんだから、もうちょっと調べてもいいんじゃないかな……。
「うーん」
その場で跳ねてみたり、ダッシュしてみたり、シャドーをしてみたり。
身体能力はやや上がったように感じる。
炎で加速すれば以前の方がよほどパワーやスピードを出せただろうが、素の膂力では現在の方が勝っているかもしれない。
以前の状態で何かを測ったことなどないし、そもそもこういった物事を数値化する手段があるのかすら知らないので、真相は闇の中だが。
「しかし改めて考えると、本当に魔術が使えるんだなぁ」
魔術を使えるようになったのも、戦闘の技術を学んだのも前世の記憶がない間のこと。
言うなれば、今の私は『気がついたら戦えるようになっていた』状態。
心と身体、サテラ様的に言えば魂魄の整合性がどこかまだ取れていないような、とても奇妙な感覚だ。
……この技術を子供の頃に得ることができていたら、何か少しは変わっていただろうか。
暗い気持ちになりそうなのを頭を振って払い、確認を続ける。
その後、いくら頑張っても以前のような炎は出なかった。
魔力を多めに込めて殴ると、拳が当たる瞬間に火花が散る程度。
それから、炎を出していた時よりとにかく消耗が少ない。
腕に魔力を強く込めると、腕の赤熱が見た目だけのものから高温を伴ったものに変化するようだが、やはり魔力消費は以前ほど多くはなく、新しい魔術は燃費重視の身体強化のようだという結論に至った。
「さて、困ったな?」
実はこの状態、結構困る。
昨日の戦闘でもわかるように、今までの冒険者サズは『炎が吹き出すこと』を前提に戦闘プランを考え、瞬間加速を起点に、時には範囲攻撃や目眩しなどを絡めて敵を一気に叩く。
一言で言えば、速攻型のアタッカーだった。
しかし今回起きた変化によって炎が出せなくなったので、このファイトスタイルは大幅に見直さざるを得ないだろう。
そして戦闘方法が変わるということは、装備も一度考え直さなくてはいけないということだ。
「行くかぁ、親方のところ」
私が謝る人リスト、最上位は元パーティーメンバーなわけだが、その次に重要な分類に居るうちの一人、カタリス鍛治組合のドンことドノヴァン親方の元へと向かうことにした。
◇
「相変わらず熱気がすごいな」
ここは『金物通り』。
カタリスの鍛治職人の仕事場と、彼らの作った金属製品を扱う商店が一挙に集められた問屋街のようなものだ。
冒険者がお世話になる武器防具はもちろんのこと、鍋や包丁などの調理器具や金槌・ノコギリなどの工具類、果ては結婚指輪までもがこの大通りでごちゃ混ぜに扱われている。
なんというか、とにかく節操がない。
いや、金属製品を扱うという共通点はあるんだけども。
せめてこう、もう少しエリアで分けるというか、なんかなかったのだろうか。
立ち並ぶ商店はそれぞれ、決まったコンセプトの商品を扱っている。
でも武器屋の両隣がアクセサリー屋と工具屋で、向かいでは包丁専門店と調理器具全般を扱う店がしのぎを削っていて。
もう、とにかくあっちこっち、てんでバラバラ。
これじゃカップルがデートなんかで、お揃いのアクセサリーなどを選びに行くにも苦労するだろう。
様々な人種や職種の人々で常にごった返していて、ひどい時は歩くのも困難になるのだから。
……まぁそんな過酷な環境も、お熱い恋人たちにかかれば楽しいアトラクションになってしまうのだろう。
知らんけど。
閑話休題。
カタリスの街があるカラム王国の鍛治師は、最寄りの組合に登録しなくてはいけない。
彼らや彼らの持つ技術は、戦争や魔獣・魔物討伐において重要な資源になる。
なので王国では、各地に点在する職人たちをしっかりと管理している。
その厳しさたるや、我々ブロンズ冒険者の冒険者証に使われている偽装防止技術がかわいそうに見えてくるレベルである。
……原因は『ブロンズ冒険者』という存在の社会的地位の低さだけど。
とにかく、ドノヴァン親方はそんな鍛治師たちを管理するカタリスの組合で、一種の相談役のような立場にいる。
親方の仕事は、職人たちと組合の文官たちの間に立ち、彼らのやりとりを円滑にすること。
別に特別給料が出るとかではないけど、何事か問題が起きると大抵親方のもとに持ち込まれ、そして大抵うまくいく。
結果、いつの間にかみんなから親しみを込めて『首領』と呼ばれるようになったそうだ。
「お邪魔しまーす」
邪魔すんなら帰ってー、と心の中で自分に帰しつつ、ドノヴァン親方の店へと足を踏みいれる。
薄暗い店内の入り口近くに置かれた壺や木箱には数打ち、質よりも量産性を重視した比較的粗製な武器や、お弟子さんに練習で打たせたようなお値打ち品が数多く突き刺さっていて、店の奥に進むほど値段も質も上がっていく。
親方本人の作品のように値が張るものは壁に飾ってあったり、そもそも店頭には並べられていなかったりする。
「らっしゃーい、ってなんだサズかよ」
通路の突き当たり、カウンターの向こう側で嫌そうな顔をしたのは、親方の弟子でも一番の下っ端であるクロスくん十三歳。
まだ成人していないため、いろいろ教えてもらえるのは二年後に晴れて成人を迎えてからとなる。
しかしクロスくん、入ってきた客が私だと分かった途端露骨に顔をしかめるとは、ずいぶんなご挨拶じゃないか?
まぁ、彼とは以前からよく取っ組み合いの喧嘩をしていたので、仕方ないと言えば仕方ないのだけど。
「ドノヴァンさん居る?」
「……お前、なんか悪いもんでも食ったか?」
『冒険者サズ』なら彼の嫌がる顔を見て確実にキレて喧嘩に発展していただろうが、そんな様子が微塵もないことに拍子抜けしたクロスくんは、訝しむようにそう聞いてきた。
「そのことで親方に話があんの。で、どこに居るのさ?」
「……今日は珍しく予定も来客もなかったからな、奥の工房にいるぞ」
「さんきゅー」
親方は大抵どこかに駆り出されているのだが、どうやら今日の私は運がいいようだ。
カウンターの脇を抜け、工房に通じる奥の通路へ向かう。
前を通り過ぎた時、クロスくんがものすごい角度で首を傾げていた。
あの様子じゃお客さんでも来ない限り、話を終えて戻ってきてもまだそのままなんじゃないかな。