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突然戻った幼少期の記憶。
そして『冒険者サズ』としては全く見知らぬ科学の世界の記憶に戸惑った現在の私は、溢れ出す涙を止める術を何ひとつ持ち合わせていなかった。
周りを囲む二人の女性たちが、おろおろと戸惑いながらも真摯に話を聞いてくれるのが、なんだかとてもありがたく感じられて、私は思い出すままにぽつぽつと自分の出自を語り続けた。
……数分前の出来事ながら、まぁまぁ恥ずかしいことしてましたね私。
いやまぁ仕方ないでしょ!
だってなんか、もう、受けたショックとしては実質記憶喪失二回分が一気に揺り戻したようなもんですからね?
二重振り子って知ってます?
振り子を二つ繋げると、その軌道が複雑で非周期的になるっていうやつ。
今の私の心の中、あんな感じです。
誰に向かって説明してるんだ私は?
とにかく。
今世での実の両親や故郷の記憶と、普通なら存在しないはずの前世の記憶。
漫画や小説の主人公だって、一度に思い出すのはたいてい一個までですよ。
そりゃあ泣くわ。
一般大学生の精神力じゃ、涙も止まらんわ。
むしろよく吐いたりとかしなかったわ。
……落ち着いたな、ヨシ!
前世でお気に入りだった『指差し確認する愛玩動物のキャラクター』を思い出して、乱れた心が多少鎮められた。
鎮められたんだよ、オーケー?
私を見守る二人の女性は、本当に真摯に話を聞いてくれた。
幼少期の出来事、親が殺されたり記憶をなくして孤児院に保護されたりのくだりでは、ふたりとも一様に悲しそうな表情を浮かべていた。
セリーナと名乗った男装の麗人に至っては、ハンカチが濡れすぎて新しいやつを二、三枚出していた。
いやどんだけ涙脆いんですかあなた、あとそのハンカチどっから出したんですか。
前世の記憶に関しては首を傾げられたり、怪訝な顔をされることも多かったが、セリーナさんたちはわからないなりに受け止めようとしてくれたようだ。
私の記憶を戻した張本人であるサテラさんに至っては、『前世の記憶』というものに何か思い当たる節でもあるのか、所々考え込むような仕草を見せていた。
……あれ?
相手が命の恩人、もとい記憶の恩人とはいえ、前世の記憶、それもここではない世界の記憶があることを他人に語ってしまったのってまずいのでは?
ひとまず、揃って考え込んでいるお二人に声をかけてからにしよう。
「あの」
うわぁこっち見た顔面偏差値高!!
……じゃなくて。
「えーと、まずサテラ……様。偶然とはいえ、私の大切な記憶を元に戻していただき、ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
サテラ様は身分の高い人っぽいし、さん付けだと失礼かもしれないなとすんでのところで思い直した。
ベッドの上ではあるが、ジャパニーズ土下座を以て感謝の意を表明する。
土下座が通じるか知らんけど。
「それで、私の記憶に関してなのですが。可能であれば内密にお願いできますでしょうか……?」
恐る恐る顔を上げ、お二人の顔色を伺う。
彼女たちは顔を見合わせ、頷きあうとこちらをの方を見て承諾の意を示した。
私の口から、思わず安堵のため息が溢れる。
「ありがとうございます。それから、治療後に相談ということになっていた金銭での謝礼について。これは辞退させていただきます」
私の反応から薄々こうなることを予想していたのか、苦笑いで返されてしまった。
「いやあの本当に、できればアミュレットもお返ししたいんですけど、それまで断っちゃうと色々と失礼だなと……。なので、せめてお金だけは辞退させてください……」
再び土下座。
「サズ様、いえ、アイカワ様……とお呼びした方がよろしいですか?顔をお上げください」
「サズで構いません、すみません……」
これ以上は謝罪ですらサテラ様を困らせてしまいそうなので、もう無駄に謝り過ぎないことにしよう。
◇
その後、軽い雑談やアミュレットについての説明を受けてから応接室をお暇した。
現在私は屋敷を後にするべく、セリーナさんと共に出口を目指して歩いている。
セリーナさんは、私の過去の話を聞いている最中ずいぶんと泣いていたので、彼女の目元はまだ少し赤く腫れている。
鏡を見ていないので分からないが、多分私も同じような状態だろう。
それにしてもセリーナさんたちに限らず、今世の人々はなかなかどうして美男美女が多い気がするな。
気にしても仕方ないんだろうけど。
「サズ殿はこれからどうするのだ?」
セリーナさんの顔を見ながらアホなことを考えていたら話しかけられてしまった。
私、変な顔してなかっただろうか。
「とりあえず冒険者ランクを上げて、そのあとは以前のパーティーメンバーを探しに行く旅に出ますかね?結構迷惑かけていたようなので、ひとまず会って謝りたいですね……」
サテラ様たちに事情を話している途中から、もう心に決めていた。
前世の私、幼少期の僕、そして現在の俺。
三人全員の願いを、一つでも多くかなえようと。
……もちろん、復讐のことだけは二人に伝えていない。
「なるほど、それはよいことだな」
「まぁ、かなり時間はかかりそうですけどね」
現状、私の冒険者ランクは『みなしアイアン』。
今のままだと他の街への移動や受注できる依頼の難易度に制限がありすぎて、人を探して回るには何かと不便だ。
最低でもランクを『みなし』からブロンズに。
可能ならシルバーに到達して、入市税の軽減なんかの特典を受けられるようになってから探す方が現実的だろう。
「しかし、お嬢様や私は記憶が戻る場に立ち会っていたからいいものの。パーティーメンバーにはどう説明するつもりなのだ?」
セリーナさんにそう言われた私の足は自然と歩みを止め、その場で固まってしまった。
「……せやな」
「まさか、なにも考えていなかったのか?」
「その通りでございます……」
新生サズ、通算二度目のやらかしであった。
まだ実行に移してないのでノーカンということでお願いできませんか?
「うおおおおお前世の記憶がナンボのもんじゃああああああああ」
「だ、大丈夫か!?」
「記憶が戻った反動で情緒がおかしなことになってるんです……」
セリーナさん、お願いだから可哀想な人を見る目で私を見ないで!
可哀想な人だって自覚はあるから!!
喜びやら不安やらで上の空のままセリーナさんと話しながら歩いていたら、いつの間にか玄関扉のところまで来てしまっていた。
「……色々と不安だから、あなたにはこれを渡しておこう」
彼女は自分の首元に手を伸ばし、着けていたペンダントを外すと、それを二つに分割して片方を私に差し出してきた。
元はハートに似た形をしていたものだが、分割された今は尾を引く彗星のようなシルエットをしている。
ごく小さい宝石がはめられていて、さっきサテラ様にもらったアミュレットほどではないものの、素人目にも少し高そうに映る。
「これは?」
「私の家に代々伝わるアミュレットだ、これにもアニェーラ様のご加護を賜っている。そして、片方を持つ者が危機に瀕した時、もう片方を持つ者の元に知らせが来るという言い伝えもあるのだが……。まぁ、こちらは多分まじないのようなものだな」
剣と魔法の世界の呪いって、それ全然馬鹿にできないやつでは?
「あ、ありがとうございます……。でもいいんですか?なんか歴史があって値段も高そうだし、それに、離れ離れになる恋人がお互いを忘れないように持たせるペアアイテム的な何かを感じるんですが……」
私の言葉を聞くセリーナさんの顔はみるみるうちに桜色に染まり、終いにはそっぽを向かれてしまった。
「そのようなことを言う奴には、やらん」
彼女はそう言うと、差し出していたペンダントの片割れを引っ込めてしまう。
「すんませんでしたー!」
女性のご機嫌を損ねたときには速攻で謝罪である。
素早い謝罪、大事。
ソースは前世の姉。
「ふふ、冗談だよ。本当に気休め程度のものだから、気軽に受け取って欲しい」
セリーナさんからペンダントの片割れを受け取った。
受け取ったというか、手にしっかりと握らされた。
そして上目遣いで目を見つめられる。
「本当に、深い意味はないからな?」
「アッハイ」
◇
「はぁー……」
屋敷の門に向かう途中、思わず大きなため息をついてしまった。
別れ際、セリーナさんに握られた手の感触がまだ微かに残っている。
「あれは……どっちなんだろうなぁ」
正直、前世近世問わず恋愛の経験値が少なすぎて判断がつかん。
呆けた顔をしていると門の傍に目立つ赤と青、アカネとアオイの姿が見えてきた。
……気のせいだろうか、彼女たちがこっちを向いているように見える。
そしてめちゃくちゃニヤけているように見える。
「へいへ〜い、青春だねぇ〜」
「あれは脈ありでしょう。長いこと浮いた話題がなかったサズにも、ついに春が……」
「いっそ殺せ……!!」
アイエエエ!
アカネとアオイの双子、姉妹揃ってニンジャ級の能力の持ち主なの忘れてた!
さっきのやりとり聞かれてたなこれ!?
しばらくの間、忍者姉妹は私を挟むように囲み、ぐるぐると回りながら私をおちょくり続けた。
いっそ殺せ。