1-5
賢者の森で小さな騒動があった翌日の朝。
手続きやその他のアレコレを職員と支部長に押し付けて、経緯の説明はショートヘアの女性剣士に丸投げしてさっさと宿屋へと帰ってきたサズは、自室で眠りこけていた。
「サズ!サーズー!!ギルドから呼び出しだよ、アンタまたなんかやったの!?」
「うぉっ!?」
扉が何度も激しく叩かれ、恰幅のいい中年女性が大声でサズの名前を呼びながら部屋に入ってきた。
彼女はここ、冒険者向け宿屋『働き蜂』の女将。
休日だろうがなんだろうが、ギルドからの呼び出しがあった冒険者は彼女によって叩き起こされる運命にある。
唐突かつ強制的に眠りから覚まされたサズは、目を擦りながら女将の方を向いた。
「なんだ女将さんか。なに、いま呼び出しって言った?」
「そうだよ、しかも支部長直々のね。さっさと顔洗ってギルド行きな。あとはい、これアンタの朝飯」
「あいよー、サンキュー」
サズはあくびをひとつしてから大きく体を伸ばし、昨日の出来事を思い出しながらベッドから出た。
森で襲撃を受けていた馬車には間違いなく身分の高い人間、護衛に女性がいたことを考えると、ひょっとしたら高貴な女性が乗っていたのではないだろうか。
そして彼の予想が間違っていなければ、ギルドは相当面倒なことになっているはずだ。
「仕方ない、さっさと行くか」
顔を洗って身なりを整え、女将お手製のサンドイッチをかじりながら自室の扉を抜ける。
実はこのサンドイッチ、朝から呼び出しを食らった人間限定で支給される裏メニュー的存在である。
通常宿で提供されているサンドイッチと比べて、肉も野菜も多めに挟まれているのだ。
ほど良く香るハニーマスタードソースが、屋号『働き蜂』の何たるかを声高らかに主張してくる。
「おーす」
「また呼び出しかよ、忙しいねぇ」
「あー、女将さんのサンドイッチ食ってる。いいなー」
すれ違う他の宿泊客、もとい冒険者仲間と挨拶を交わしたりからかわれたり、サンドイッチを羨ましがられたりしながら、サズは宿を後にする。
「行ってらっしゃい、気をつけるんだよー!」
「うーい」
背中に女将の元気な声がかけられたので、サズは右腕を上げながら適当に返事を返した。
◆
冒険者ギルドカタリス支部、支部長室。
「サズ君、本当にあなたという人は。昨日の今日でよくこんな面倒ごとを持って来れますね……」
「いやぁ、すんません」
目の下に濃いクマを浮かべた冒険者ギルドカタリス支部長、ハロルドはサズを責めるように見やった。
謝罪以外に返す言葉もないので、サズは素直に頭を下げた。
ちなみにこの場には、ハロルドとサズしかいない。
サズはてっきりスローンもこの場に居るかと思っていたのだが、彼は襲撃地点の調査のため不在であった。
「……まぁ、人命救助は大事ですし?多勢に無勢が襲われてたら、戦えるなら私だって助けてますけど」
「はぁ……」
ハロルド自身の増えてしまった仕事と、その仕事を増やした張本人であるサズに対する愚痴は数分続いた。
その最中も手を休めることなく書類の山を捌いているのは、さすがに元王城務めの高位文官といったところだろうか。
「あのぉ、ハロルド支部長?そろそろ本題をですね……」
いいかげん耳にタコが出来そうだと感じたサズはごまをすりながら促した。
「ん?あぁ、そうでしたね。依頼人、正確には依頼人の雇い主の方が、直接会って報酬について話し合いたいそうです」
「へぇ?」
どうやら、今回の依頼人は形式上例の女性剣士ということになったらしい。
雇い主というのは十中八九、馬車に乗っていた人物だろう。
引き続きの護衛をとかゴーレムの術師を探して来いとか、とにかく何かしらの面倒ごとに関われというお達しで呼ばれたのだと思っていたので、サズは拍子抜けしてしまった。
冒険者の報酬にというものは、指名や緊急のものであっても最終的にはギルドと依頼人の間で取り決められるのがほとんどだ。
そのため、今回もギルド長と例の女性剣士の間で話がついているものと思い込んでいた。
「今回は割合徴収という形ではなく、別個で支払われることになりました。ま、それだけこっちにも利益が出るってことですね」
「なるほど」
ハロルドが続けて発した言葉に、サズは納得した。
通常、依頼の報酬は一度ギルドに支払われる。
その後、冒険者のランクや依頼の難易度などを加味し、一定の割合を手数料として差し引いたものが報酬としてギルドから冒険者に支払われることになる。
今回はギルド側に対して十分な報酬が個別で支払われたようなので、わざわざサズの報酬の面倒まで見る必要がなくなったという事情らしい。
「あの方々には、ギルド所有の屋敷に泊まっていただいています。覚えてますか?アレですよ、サズくんがオーガにボコされたときに使ってたあのお屋敷」
「ボコされたって」
二年前の事件の後、治療や検査に事情聴取、証人の安全確保など諸々の観点から、サズたち四人は実質軟禁のような状態で保護された。
その際に使われたのが、カタリスの外れにある少々古びた屋敷だ。
装飾品などが時代を感じさせる作りをしているものの、それを加味しても立派な佇まいであることや、警護対象四名、プラス警備の人間や治療にあたる医師、さらには事情聴取に訪れる関係者などを一箇所で収容できるだけの広さがあった。
「他のとこは埋まってたんですか?」
「そういうわけでは。あぁ、わかってるでしょうけど余計な詮索はナシですよ?」
これは相当身分の高い人物が馬車に乗っていたな、とサズは感じた。
「じゃあ、もうちょい身だしなみ整えてからお屋敷に行きますよ」
「そうしてください。ひとまずギルドからは以上ですので、もう下がっていただいて結構ですよ。お疲れ様でした」
「はーい、失礼しましたー」
「くれぐれも問題を起こさぬように〜」
ハロルドが書類に集中し始めたからか、最後の方は適当、というか投げやりな対応をうけたサズだった。
◆
一度宿に戻り服装をしっかり整えたサズは、街外れの屋敷に向かった。
屋敷の門の前には、ギルドでよく見かけるシルバーランクの女性冒険者が二人立っている。
「う〜っす、サズ〜」
「やぁ、サズ。なんかいつもより身綺麗だね?」
「おっす、アカネにアオイ」
アカネが眠たそうに声をかけ、アオイはサズの身なりをまじまじと見たあとでそうのたまった。
双子なので顔の作りだけでは見分けがつかないが、二人の表情や口調は似ても似つかないし、装備の色がそれぞれ赤と青を基調にしているので非常にわかりやすい。
二人ともやり手の斥候であると同時に、前衛として正面からの戦闘もそつなくこなす優秀な冒険者だという印象をサズは抱いている。
本人たちに伝えるのは何だか癪に障るので絶対に言わない、とも思っているが。
彼女たちはシルバーランクの女性だけで四人組パーティーを組んでいたはずなので、ここにいない二人も含めて屋敷の警護に回されたのだろうとサズは考えた。
「まぁ、なんか偉い人っぽいし多少はな」
「懸命な判断だと思うよ」
サズの受け答えに満足した様子で、アオイは大きく頷いた。
「ちゃっちゃといってくるわ」
「あ〜い、儲かったら酒奢って〜」
「こら、アカネ」
いつも通りの緩いやり取りをする双子を背に、サズは屋敷の敷地内へと入っていった。
中庭を通り抜け屋敷の扉を開くと、ショートヘアの女性剣士が一人でホールに立っていた。
「やぁ、サズ殿」
「どうも。えーと、今更だけど名前聞いても?」
「ふふっ、構わないよ。私はセリーナという」
サズが名前を聞くとショートヘアの女性、セリーナは軽く笑って名前を伝えた。
雑談を交わしながら、セリーナの案内で屋敷の中を歩く。
「ギルドで聞いていると思うが、お嬢様がどうしてもサズ殿と会って話がしたいと言ってな。わざわざ来てもらってすまない」
「いやいや、俺暇人だから。なんも問題ないよ」
「そんなことはないだろう、あれだけの実力があるというのに」
「いろいろ事情があるんだよ……」
サズが遠い目をしていると、セリーナが扉の前で立ち止まった。
「こちらにお嬢様がいらっしゃる。サズ殿、準備はよろしいかな?」
「いつでもどうぞ」
サズが大袈裟に襟を正すような素振りを見せると、セリーナはくすりと笑ってから扉をノックした。
「お嬢様、冒険者サズ殿がお見えです」
「お通ししてください」
中から澄んだ声で返答が聞こえると、セリーナは静かに扉を開いた。
「きれいだ……」
扉が開いた先に待っていたのは、見覚えのある鎧の剣士が三名。
そして部屋の中央のソファの前で立っていたのは、夜空のような意匠のドレスを身にまとい、顔をベールで隠した女性だった。
女性の佇まいがあまりにも美しく見えたサズは、その場から動くこともなく、思わずといった様子で呟いた。
「んんっ」
サズが音のした方を見ると、扉のそばでセリーナが軽く咳払いをしていた。
彼女のまとう空気が先ほどよりも冷たく感じられたのは、きっと彼の気のせいだろう。
「サズ殿、どうぞ中へ」
「し、失礼します」
セリーナに入室を促され、サズは部屋に足を踏み入れた。