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腕から魔術の炎を噴射して加速したサズは、すぐに剣戟の音と血の匂いの元へと辿り着いた。
「いた」
サズの視線の先では、立ち往生した馬車を守るように展開する四人の鎧をまとった人影と、それを取り囲むように襲う盗賊のような集団十人ほどが争っていた。
ただでさえ人数差があるうえ馬車を守りながらの戦闘のため、四人の方はすでに手傷を負っている者もいるようで、かなり劣勢に見える。
サズは腕の炎の出力を更に上げ、加速したうえで賊の一人を横合いから殴りつけた。
「助太刀する!!」
「ありがたい!」
「女?」
サズは合流すると、すかさず彼らに救援の意思を伝える。
それに応えた声が女性のものだったので、改めて近くで四人の人影を確認した。
さっきまでは遠目だった上、四人とも兜や外套を身につけているのでわからなかったが、少なくとも一人は女性らしい。
この人数差でしばらく耐えていたようなので、それなり以上に腕は立つのだろうとサズは考えた。
それを証明するかのように、彼女達が手にした剣はどれも程よく使い込まれ、かつ手入れが行き届いているように見える。
続いて盗賊風の集団の方に意識を向けたサズは、あることに気がついた。
いかにも賊、といった見た目の装いではある。
しかし、それにしては装備に統一感がありすぎる。
汚れ方もどこか違和感があるし、彼らの手にした獲物はそれなりに上等なようだ。
盗賊の装備というのは普通、誰かから奪った寄せ集めのものだ。
ここまで統一感のある装備を持っているというのはかなり珍しい、というか、少なくともサズはこれまで見たことがなかった。
まるで何か別の集団が山賊を装おうとして、まとめて装備を揃えたかのようだとサズは感じた。
さらにいえば、各々の姿勢や装備で隠されて分かりづらいが、大人が十人居てここまで背格好が近しいということはあるのだろうか。
普通はもう少し、襲われている四人の剣士たちのように、背丈の違いや体格の良し悪しがあってもいいはずだ。
そして何より強い違和感があるのは、賊の顔が揃って土気色で生気を宿していないことだった。
「オラァッ!」
謎の賊について考えるのをひとまず後回しにして、サズは賊の一人に殴りかかる。
一瞬で接近して賊が短剣を握る腕を弾き、ガードが緩くなったところで胴体を抉るような重い一撃を喰らわせる。
魔術の炎で加速した拳が、賊の鳩尾付近にクリーンヒットした。
更にインパクトの瞬間、拳に纏った魔術の炎が爆発を起こして威力をいっそう高める。
殴られた賊の体は大きく吹き飛ばされ、街道脇の樹木に強かに打ち付けられた。
すると賊の体が崩れて土になり、身につけていた衣服と短剣だけがその場に残された。
「こいつらゴーレムか!?」
サズが最初に殴り飛ばした賊の方を見れば、そちらも衣服と短剣を残してただの土塊に成り果てていた。
乱入者を先に片付けないと不味いと判断したのか、賊ゴーレムが四体、四方に展開しながらサズを目掛けて切り掛かってくる。
「ゴーレムなら……手加減無用だなァ!!」
正面のゴーレムが突っ込んでくる速度を利用して、サズは炎を纏った腕でラリアットを喰らわせる。
賊ゴーレムは咄嗟に腕を前に出してガードするが、魔術による加速を伴ったラリアットはそれを易々と貫通し、賊ゴーレムの胴体を真っ二つに叩き折った。
「まず一体!」
続けざま、二体のゴーレムが左右からサズを挟み撃ちにするように短剣を振り下ろした。
サズは両腕に装備した防具でそれぞれの斬撃をガードする。
耐火性の高い魔物素材のアームガードは刃を通さず、半ば鍔迫り合いのような形で両者を拮抗させた。
左右から動きを封じたところで、すかさずもう一体のゴーレムがサズの背後から短剣を構えながら突進してくる。
サズは両腕の炎を小さく爆発させて拮抗を崩し、身を屈めながらの回し蹴りで二体のゴーレムを足払いした。
回転の勢いを弱めることなく、体制を崩したゴーレムの一体を背後から迫るゴーレム目掛けて蹴り飛ばし、突進してくるゴーレムの動きを封じた隙に残った一体へ拳を叩きつけて沈黙させた。
サズはすぐさま体勢を立て直すと、もつれるように倒れ込んだゴーレムを目掛けて飛びかかり、両拳を固く組んだアームハンマーで二体まとめて砕いた。
「フゥゥ……」
サズは大きく息を吐き、周囲の状況を確認する。
四人の剣士は多少手傷を負っていたとて、先程までの戦力差で持ち堪えた実力者たち。
数的不利がなくなった状況ならば遅れを取ることはないようで、ちょうど最後の一体が土塊に戻された所だった。
「すまない、恩に着る」
四人のうち一人、女性剣士がサズに近付き、被っていたフードを外しながら感謝を述べる。
隠れていた彼女の整った顔だちと鮮やかなブルーの目、暗いオリーブ色のショートヘアがあらわになった。
「構わないさ。ところであんた、ゴーレムの術者の気配はわかるか?」
ゴーレムを使役する魔術師の場合、多少の程度の差はあれ、術者はゴーレム達から遠く離れることができない。
サズは魔力を感じる能力が未熟なせいで、近くにいるであろう術者の居所を掴めずにいた。
「すまないが、今はわからない。近くからはいなくなったようだが……」
女性剣士は術者がどのあたりにいたのか分かっていたようだが、どうやら気配を消されてしまったらしい。
残りの三人に視線で尋ねたものの、特に反応がなかったので彼らにもわからないのだろう。
サズは腕の炎を消し、ひとまず四人に向けて自己紹介をすることにした。
「まぁいいや、俺はサズ。この先にあるカタリスの街でブロンズ冒険者をやってる」
「ご助力、誠に感謝する。我々は……」
「あー、ストップストップ。いいから。あんたらがどこの誰でも知ったこっちゃない。面倒ごとの匂いがプンプンする」
女性剣士が名乗ろうとするのを遮ったサズは、露骨に顔をしかめて面倒臭そうにした。
あまりにもあからさまな態度に、ショートヘアの女性剣士が思わず苦笑する。
「知ったこっちゃないが、襲われてる奴らを見捨ててたら後味悪いし、関わった以上はこのまま放ってもおけない。ひとまずカタリスの冒険者ギルドまでなら護衛するが、どうする?」
女性剣士は馬車の中を窺うようなそぶりを見せる。
馬車の中で、人影が首を縦に振る姿がサズからも僅かに見えた。
「あいわかった、サズ殿。先ほどの戦闘のことも含め、カタリスに到着したら相応の報酬を支払わせていただく」
「話が早くて助かるね、毎度あり。それから、あんたケガしてんだろ?」
サズは女性剣士が負った手傷を指さして言った。
「この程度、どうということは……」
「そういうのが後々響くんだよ。護衛は俺に任せていいから、さっさと応急処置だけでもしちまいな」
女性剣士の言葉を遮りながら、サズは自分が持ち歩いている応急処置キットを押し付けた。
ランクの低い冒険者の中にはキットを持ち歩かないという者も少なくないが、ことカタリスの冒険者に限っては、二年前から必ずこのキットを一人ひとつ以上携帯している。
「……すまない、お言葉に甘えさせてもらう」
女性剣士は素直にキットを受け取り、応急処置を始める。
こうしてサズは、謎の一行からカタリスの街までの護衛依頼を受注した。