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1-3

 冒険者サズには、幼少期の記憶がなかった。

 だいたい七歳くらいの頃、頭に怪我をした状態で孤児院に保護されたそうだ。

 なので自分の生まれがどこで両親が誰なのか、兄弟がいるのか、そもそも彼らは生きているのか。

 二年前までは何も分からなかった。


 賢者の森にオーガが出現した際、サズは重傷を負った。

 本人の記憶にはないのだが、頭部への強力な一撃で意識を刈り取られた後、両腕から炎を吹き出し、その状態のまま単独で討伐してみせたのだという。

 それ以来サズは炎の魔術を扱えるようになり、皮膚が抉れてしまった額の一部分は炭のように黒く変色した。


 怪我の治療とともに行われた精密検査の結果、サズはドワーフであることがわかった。

 ドワーフとは身長が低く、筋骨隆々とした体格で、男は揃って濃い髭を蓄えた亜人種である。

 しかし、サズの外見的特徴はひとつもドワーフに当てはまらない。

 強いて言えば同年代の男子に比べ、僅かに背が低かった程度だ。

 それなのに検査の結果は何度やっても『サズはドワーフである』と告げていた。


『灰の目』と呼ばれる者たちがいる。

 亜人の親を持ち、自身も亜人でありながら、外見的特徴をはじめとした種族特性をわずかしか受け継がない者たちのことである。

 異なる亜人同士、もしくは亜人と普人、亜人でない普通の人間との間に生まれた子供がごく稀にそう生まれてくるのだ。

 多くの場合、特徴を引き継がない子供の目は明るい灰色をしているため、その特徴から『灰の目』と呼ばれている。

 しかし『灰の目』だからといって必ずしも灰色の目を持っているというわけではなく、中には『目が灰色でない灰の目』も存在しているのだ。

 そしてどうやらサズは、その珍しい灰の目であったらしい。


 検査を行った医者によると、サズは外見的特徴こそ受け継いでいないものの、彼の骨格は普通の人間、普人のそれよりも硬く、頑丈だそうだ。

 つまり何もわからなかった両親に関して、少なくとも片方はドワーフで、もう片方はそれ以外の亜人か普人だろうということがわかったわけである。


 炎の魔術に関しては、生命の危機を察知した肉体が何かしらのリミッターを外して使わせたのではないか、と結論付けられた。

 言い換えれば、研究者にも正確なところは何ひとつわからないということだった。

 ただ『何かの拍子に魔術を扱えるようになる』ということ自体は、珍しいものの有り得なくはない事例だ。

 彼らがその結論に至ったのは、極めて自然なことであった。


 ◆


 サズは今朝の出来事を一刻も早く頭から追い出すべく、無心で常設の薬草採取依頼をこなそうとしていた。

 しかし魔獣との戦闘中ならいざ知らず、採取依頼の最中というのは考え事をしたり、過去を思い出したりしてしまうものである。

 サズは、スローンに言われたことを思い出していた。


「石頭、ねぇ」


 灰の目のドワーフであるサズは、比喩などではなく、事実として人並み以上の強度を持つ骨格を有している。

 頭の中身も硬いわよね?と心の中でスローンに言われた気がしたサズは、また少し落ち込んでしまった。


「その石頭を貫通して痛みを食らわせるあんたのチョップは、一体なんなんですかね……」


 スローンの怪力に対する文句をひとりごちることで、サズは気分を紛らわそうとした。


 冒険者には、冒険者は職業というより日雇い労働者のようなものだが、他の職業に比べると灰の目の割合が多い。

 それは灰の目が明確なマイノリティーであるのと同時に、異種族同士の子供でもあるからだ。

 そのような存在は、単一の種族で構成された閉鎖的社会の中では排除されてしまうことが少なくない。

 居場所を失った彼らは、生まれ育ったコミュニティを去ることになる。

 見知らぬ土地で、身寄りも確かな身分もない人間がまっとうに稼ぐには、冒険者という存在は敷居が低いということだ。

 事実、元のパーティーメンバーの女性陣は二人とも灰の目だった。

 サズは少々夢見がちな孤児という、灰の目とは違った理由で冒険者を志したクチだ。

 結果的には彼自身、孤児の灰の目というさらに特殊な立場だったわけだが。


 ◆


「この辺りはこんなもんかな……」


 そう呟いたサズが空を見上げると、既に日が傾きかけている。

 薬草がある場所の心当たりを一通り確認し終えたサズは、街に戻るべく街道を目指し始めた。

 街道といえば聞こえはいいが、魔獣よけや衛兵が配置されているような立派なものではない。

 それは誰とも知らない地元の人間が、片手間に整備の真似事をして生み出したような粗末なものだった。

 それでも道幅はそこそこ確保されていて、広い場所では小さめの馬車がすれ違える程度の幅がある。


「珍しいな、馬車が通った跡だ」


 街道に出たサズは、馬車の(わだち)(ひづめ)の跡を発見した。

 いちおう道として機能するとはいえ、きちんと整備された街道の方が人や馬車の通りも多く安全なため、特に理由もなくこの道を通る者はあまり居ない。


「向きは……カタリスの街の方か?立ち往生してないといいんだけどな」


 馬の蹄の跡から見て、馬車の進行方向はカタリスの街。

 この街道は整備が素人仕事なので、車輪がはまったり、車軸が折れたりして立ち往生する馬車にごくまれに遭遇する。

 金払いのいい相手なら臨時収入になって話は早いが、ケチだったり、妙にプライドの高い人間が相手だと色々と面倒なことになる。

 サズの性格であれば尚更だ。

 馬車の轍を追うようにのんびり歩いていたサズだったが、不意に険しい顔をして立ち止まった。


剣戟(けんげき)の音、それに血の匂い?」


 進行方向から金属同士がぶつかり合う音、そして微かな血の匂いが風に乗って漂ってきた。


「おいおい、冗談じゃないぞ!」


 サズは慌てて装備の紐を締め直すと、魔力を流した自らの拳同士を強く打ち合わせ、両腕に火を灯す。

 二年前の事件以降、サズは肉体に魔術の炎を纏うことができるようになっていた。

 自らの体を強く打ち付けることで呪文の詠唱を介さずに発動されるそれは、燃費こそ悪いものの瞬発力に長けた。


「っしゃ!」


 自らの頬を張って気合を入れたサズは、腕の炎を後方に向けて噴出することで一気に加速し、勢いよく前方へと飛び出した。

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