1-18.藪を突いて
難産、その一言に尽きる
サズが賢人の森でニースとの再会を果たした頃。
サテラ一行は冒険者ギルド副支部長のスローンと、カタリスの街で彼女達を護衛していたアカネたち四人組パーティーの護衛を受けながら移動していた。
カタリスきっての問題児、サズが持ち込む面倒ごとは大抵可愛いものだった。
口論が発展して喧嘩、売られた喧嘩を倍の値段で売り返して喧嘩、気に入らない相手に吹っかけて喧嘩。
喧嘩、喧嘩、とにかく喧嘩。
街の人間には彼を疎む者も少なくない。
だが冒険者は荒くれ者が多い上、その相手を生業にするギルド職員たちからすればどうということはない。
相手が貴族とかでなく、まして刃傷沙汰でもないなら尚更だ。
殴り合うか激しい口論か、いずれにせよそれだけの可愛いものだった。
頻度は尋常でないほど高かったが。
そんな彼が数日前にもたらした問題は、厄介などという言葉では全く足りないものだった。
最悪の場合戦争、それも数ヶ月でおさまるような小競り合いなどではない、大国同士の大規模なものが起きてしまうかもしれない。
詳細を知っているのも、支部長のハロルドと副支部長であるスローン自身の二人だけ。
この護衛依頼は必ず成功させなければいけない。
そう考えたハロルドは、今回の依頼をカタリス最高戦力の一角であるスローンに任せることにした。
「もう少し進んだら、次の休憩を挟みましょう」
スローンは自分の後に続く護衛対象たちへと告げた。
昨晩遅くにカタリスを発ってからすでに半日ほどが経過し、最後の休憩は三、四時間ほど前。
都合三度目の休憩をとってもいい頃合いだと判断したからだ。
「そうしていただけるとありがたい」
四人の女性剣士のうち、セリーナが代表して答えた。
サズに助けられたことで四人だけでのサテラの護衛が終わり、カタリスに辿り着いてからは丸一日以上の時間を休養に当てることができたのは良い。
しかしそれでも精神的疲労や睡眠不足は解消しきれなかったようで、顔には疲労の色が僅かに滲み出てしまっている。
「お気になさらず、これでも普段の護衛より休憩までが長いですから。皆さんやっぱり体力ありますね」
申し訳なさそうにしているセリーナ達にアオイが助け舟を出した。
サテラ一行がカタリスにいる間、アオイとアカネの所属する四人組パーティーは彼女達の護衛にあたっていた。
パーティー全員が隠密行動に優れた女性ということで、夜間から朝方までを担当し、それ以外は他のパーティーに引き継ぐという形だ。
短い期間にサテラ一行と信頼関係を築いたようなので、ハロルドはこの護衛依頼にも彼女達を同行させた。
……親密になった理由が気遣いからでなく、恋愛談議だったということをハロルドはまだ知らない。
現在、馬車の側にはアオイの姿しかない。
交代で哨戒に当たっており、この場にいない面々は近くに潜みながら、周囲に怪しい気配がないかを探っているからだ。
「この峠を越えればあとはほとんど平地だから、みんなそれまで頑張って!」
スローンが手を叩いて、一行に発破をかけた。
◇
スローンたちが三度目の休憩を終えたあと。
カタリスから長く続いた峠道を越え、平坦な森林地帯を進んでいた。
肉体的な負担が減ったからか、小休止を挟んだからか。
サテラを護衛する一行の口数は峠道の頃よりも増え、雑談に花を咲かせていた。
「スローン殿には、何か強さの秘訣などあるのだろうか?『沈まぬ太陽』ほどの御仁であれば、何か特別な鍛錬のひとつやふたつあってもおかしくないと思うのだが」
沈まぬ太陽とは、スローンが徒手剣闘士だった頃に与えられた二つ名だ。
興行を盛り上げる関係で、剣闘士には入場時などにコールされる何かしらの二つ名が与えられる。
ただそれを設定する際には、細かい決まりを守らなければならない。
例えば『現役の誰かと意図せず被っていないか』や『王侯貴族に無礼のない二つ名であるか』など、興行の開催地によって多少の差はあれ、いくつかの共通かつ絶対的なルールが存在する。
そのひとつが『メジャーな神格が司る存在を用いていないか』だ。
ただしこのルールには例外が存在する。
スローンの二つ名が良い例だ。
月を司る女神アニェーラがいるように、太陽にもそれを司る神格が存在する。
しかし試合中に限らず、例えば多額の寄付やボランティアのような社会奉仕などであっても、大きな功績を残した者には教会から許可が出ることがある。
スローンの場合、判定以外での敗北が一度もなく、勝利は大半が豪快なノックアウトという単純明快な強さ。
さらに観衆を明るくするパフォーマンスや妹の治療費のためという象徴的な闘う理由、そして孤児院などへの多額の寄付も加味されて『太陽』の名を背負うに至った。
「あら、褒めても何も出ないわよ?」
スローンはそう言っておどけてみせた。
が、すぐに真剣な様子で話し始める。
「日々の細かな積み重ね。強さの秘訣を聞かれたら誰にでもそう言ってるわね。実際、大切なことに間違いはないし」
「そう、か。何かの参考になればと思ったのだが……」
少し落ち込んだ様子のセリーナを見て、スローンは言葉を続けた。
「力不足がもどかしい、っていう気持ちはすごくよくわかるわよ。でも手っ取り早く強くなる方法ってね、無くはないけど、大抵は危険が伴うものなのよ」
「危険は承知の上だ」
「そうは言ってもねぇ……」
スローンが逡巡していると、どこからともなくアカネが馬車のそばに寄ってきた。
「どうしたのよアカネ、まだ交代の時間には早いわよ?」
「え〜?そっちが合流の符丁を出してきたくせに〜」
「どうされたのだ?」
彼女達のパーティーは斥候を行う際、独自の符牒で仲間と連絡を取る。
それは小鳥のさえずりであったり、花の香りであったり、木の枝の揺れであったり。
場合によって様々だが、そう言った自然物に紛れ込ませて連絡を取っていた。
「うん、実はね〜……」
「ちょうどいいわ、あなた達もこれを見て頂戴」
アカネがそのことをセリーナに説明しようとしたところで、スローンが口を挟んだ。
スローンは懐から小瓶を取り出して彼女たちに見せた。
「なんです、これ?」
アオイが訝しみながら、スローンに近付いて小瓶の中身を覗いた。
小瓶は透明なガラスでできていて、中には黒っぽい丸薬がいくつか入っているのが見えた。
スローンはおもむろに小瓶の蓋を開け、丸薬を一つ取り出すと自らの口に放り込む。
「これはねぇ、選ばれし者に力を与える薬よ」
突然、スローンの肉体が膨張した。
それとほぼ同時、近くにいたアオイ目掛けて肥大した腕をなぎ払う。
「がぁっ……!」
アオイはとっさに腕で頭部をガードしたものの、スローンの腕はアオイの脇腹を強かに打ち付け、辺りには骨の折れる鈍い音が鳴り響いた。
「相手の出方を見ずに頭をガードするクセ、直しなさいってあれだけ言ったのにね」
アオイは空中で何度も回転しながら遠くへと弾き飛ばされる。
「アオイ!」
「スローン殿、突然何をされる!?」
「突然来るから奇襲なんだよ、お嬢さん」
動揺するセリーナの背後から声がかけられた。
「なん……ぐっ!?」
「おや、防がれてしまったか」
セリーナはとっさに体を捻り、声の主が振るった短剣をギリギリのところで弾いた。
防御のために崩れた体制をすぐに立て直し、セリーナは襲撃者と向かい合う。
そこには黒いローブを身に纏い、顔全体を白い仮面で覆った人影が立っていた。
女性としてはやや長身なセリーナと同じ程度の背丈で、男とも女とも取れるような中性的な声をしており、体格はローブに隠れてよくわからない。
ただ、僅かに覗いた短剣を握る腕は細かったように見えた。
「あの森でも思ったんだけどさ。お嬢さんなかなかやるよね?」
「貴様、あの時の術者か!」
どうやらこの仮面の人物は、森でサテラ一行を襲撃したゴーレムの術者だったらしい。
「リーカ、ちょっと制圧に時間かけすぎじゃない?」
「機をうかがっただけで、あの二人にはさほど時間を取られなかったさ。君の方こそ、わざわざそこの赤いのを合流させる必要あった?」
「あっちはそこまで思い入れないけど、この双子は自分でケジメをつけたかったのよ」
「へぇ、そうか」
リーカと呼ばれた仮面の人物は、急にスローンへの興味をなくしたかのようにセリーナへと意識を戻した。
「で、お嬢さんが後生大事に警護してる馬車の中身なんだけどさ。こっちに渡してくれない?君は命令で守らされているだけだろうし、そうしてくれれば苦しまずに死なせてあげるよ」
ヘラヘラと笑いながら、リーカはセリーナへと降伏勧告をした。
「断る!」
「……ま、そうだよね。同類を殺すのは忍びないけど、邪魔するなら容赦しないよ」
手にした短剣をくるくると弄んでいたリーカは、体制を崩したかと思うと一瞬で加速してセリーナへと肉薄する。
先程より数段速い斬撃をセリーナは弾き、攻勢に出た。
「同類?……あぁ、逆らえない命令のせいで苦しめられるって意味では、確かに同類かもしれないわね」
スローンは最後の一言が何か引っかかったようだったが、すぐに納得した様子でアカネへと向き直る。
「さて、アカネ。あなたはどうかしら?ちゃんと欠点は克服できてるの?」
肉体の膨張こそ治まったものの、アカネはスローンから普段以上の圧と、今まで感じたことのない殺気が自分へと向けられていることを肌で感じていた。
「……姐さんは、裏切ったんですか?」
「正確には、最初から仲間でもなんでもないのよね。だからほら、感情に任せて遠慮なく向かってきなさい。アオイはともかく、あなたは恐怖に飲まれるような育ち方はしてないわよね?」
◇
「ぐっ……」
スローンによって殴り飛ばされたことで混濁していたアオイの意識は、近づいてくる何者かの気配によって現実へと引き戻された。
ミシミシと軋む身体を無理やり起こすと、視界の端で見覚えのある黄色と桃色の布地が動いたのが見えた。
「オウカ、モモコ……姐さんが、スローンが……」
自分たちが『姐さん』と呼び慕っていた冒険者が裏切ったかもしれない。
そのことを一刻も早くパーティーメンバーに伝えようとしたアオイだったが、気配のする方を見て言葉を失ってしまった。
「な、なん……何なんだ、お前達は……」
そこに立っていたのは見慣れた仲間などではなく、彼女達が着ていたはずの服、それも、血塗れのものを身につけた何かだった。
人の姿形をとってはいるものの生気は一切感じられない、露出した肌はことごとく土気色をした人形が二体、そこには立っていた。




