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 工房の入り口にかかった暖簾をくぐると、突き当たりの壁際で椅子に腰掛けるドノヴァン親方と目が合った。

 どうやら丁度、休憩の時間だったらしい。


 立派な口髭をたくわえ、綺麗に剃った頭をさすりながらタバコをふかすその姿は、年季の入ったドワーフの職人にしか見えない。

 しかし実際のところ、彼は上背がやや低いだけの普通の人間(普人)である。

 それでも、鍛冶の腕前はドワーフ以上だ。


「ようサズ、久しぶりじゃねぇか。……お前どうした、さては何かあったか?」


 こちらから話を切り出す前に、雰囲気で事情があると察されてしまったらしい。


「実は……」


 私は親方に、昨日今日で起きたことをかいつまんで説明した。

 失っていた小さい頃の記憶を取り戻したこと。

 二年前からの感情の爆発が抑えられたこと。

 そして、自分の魔術の様子がかなり変わってしまったこと。


「ドノヴァン親方には色々とお世話になった上、大変なご迷惑をおかけしました」


 私は親方に深々と頭を下げて謝った。

 親方はしばらく唸っていたが、おもむろに口を開いた。


「とりあえず頭上げろ。色々言いたいことはあるがまぁ、記憶が戻ったってのは良かったんじゃねぇのか?」


「ええまぁ、実の両親の顔は思い出せました。もう死んでますけど」


「おいおい……」


 顔を上げると、盛大に顔をしかめている親方の顔が目に入った。

 こういうのはジョークにでもしないと、うまく消化できない(たち)なもので。


「それで本題なんですけど。お話しした通り、私の魔術の勝手が変わり過ぎて途方に暮れてまして。性格も、今までみたいにガンガン突っ込んでいくのはちょっと難しくなったかもしれないんですよ」


「あのサズが自分のことを『私』だとよ……」


「自分でも未だに半信半疑なんで、気持ちはわかりますけどね」


 私の変貌っぷりが相当衝撃だったようだ。

 これ、この先誰かと話すたびにみんなこんな感じの反応なんだろうなぁ……。


「よし。ひとまず、変化した魔術ってのを実際に見せてみろ」


 百聞は一見にしかず、親方は私に実演をご所望らしい。

 腕に魔力を流してから拳同士を打ち付けると、両腕が一度黒く変色したのち、赤熱したような外見になった。


「ほぉ、確かにだいぶ勝手が違いそうだな……」


「燃費は、以前と比べ物にならないくらい良いんですけどね」


「こりゃ鉄か、薄い岩でも腕に纏ってるのか?そうじゃなけりゃ……」


 親方はあごに手を当て、ぶつぶつと口の中で呟きながら興味深そうに私の腕を眺めている。

 親方に初めてお世話になったのは二年前、魔術の炎が出せるようになった時。

 王都から来た偉い人直々に親方を紹介していただいたのだ。

 大方、怪我の治療中一人でいる時にこぼした、折れてしまった槍への未練を誰かに聞かれていたんじゃなかろうか。

 現在使っている装備のほとんどが親方の助言を考慮して揃えたもので、実際かなり理にかなっていて使いやすかった。


「とりあえずコレ持ってみろ、最悪溶けても構わん」


 親方はそう言って、やや大振りのナイフを渡してきた。

 持ち手の部分まで金属製なのを見るに、ひょっとしたら丸ごと鋳造した品なのかもしれない。


「さすがに溶けるには程遠いか。いまは少し温いぐらいだろうが、腕の温度は上がるのか?」


「ええ、多少は」


 試しに、腕に流す魔力を思い切り増やしてみる。

 腕の光が強まると同時、辺りの空気が熱され始めた。

 一方、手に持ったナイフには変化が起きているようには見えない。


「そこに置いてみろ。……やはり、多少は素材を選ばにゃならんかもな」


「そうなんですか?」


 素人目には特に問題ないように写ったので、意外だった。


「お前が持ってるそいつはな、弟子に鉄や炉の温度感を覚えさせるために使うもんだ。その中でもかなり熱に強い部類のな。素人に言ってもよく分からんかもしれんが、刃ってのは温度の上げ下げの管理をしてやって、はじめて強度と切れ味のバランスが取れる」


「焼き入れとか焼き戻しとかのことですか?」


「……そういやお前はドワーフの灰の目だったな。ガキの頃の記憶が戻ったってんなら、知っててもおかしかねぇか」


「あはは……」


 ガキの頃よりもっと前の記憶です、とは言えなかった。

 別に鍛冶や製鉄のことを前世で詳しく調べた訳ではないので、焼き入れや焼き戻しは金属を加工する際の工程の名前だという、ぼんやりした知識でしかない。


「単純に熱して冷ませば強度が出るなんてモンなら話は早いんだがな、アレは職人が面倒見て初めてできるんだ。下手打てば強度が下がる。で、お前みたいな素人に、ましてや立ち回りながらそんなことができるとは思えん」


「あぁ……」


「まあ、魔術が使えるヤツが普通の素材の装備で済まそうってのが、もともと難しい話なんだがな」


「以前見繕っていただいたこの腕当ても、ダンジョン産の魔物素材でしたもんね。ただでさえ少ない見舞金がほとんど吹き飛んだのが、昨日のように思い出せる」


 二年前の事件の際、カラム王国とカタリスの街から申し訳程度の見舞金を頂いていた。

 内訳的には素直な見舞いの気持ち半分、原因が分からずじまいだったことの後ろめたさ半分といったところだろう。

 その見舞金で腕周りの装備を耐火性の高いものにしたのだが、ダンジョン産の魔物素材というのは結構値が張る。

 人件費やら手数料やらが相当上乗せされているらしい。

 そういえば見舞金はもらったけど、オーガの討伐報酬ってもらったっけ?


「目処がつくまでの間、柄まで金属製の槍を使え。魔力を込め過ぎなきゃ問題なさそうなやつが、確か在庫にあったはずだ」


「槍がいいなんて言いましたっけ?」


「顔にはっきり書いてんぞ、前みたいな短槍がいいって」


「あらま」


 あとで鏡で見てみよう。


「顔といえばお前、腕が赤い時は額の黒い部分も赤くなってるな」


「え、ホントですか?気がつかなかった」


 ……あとで鏡で見てみよう。


「さて、得物のことはひとまずいいとしてだ。防具は今まで通りでいいんじゃねぇか?お前さんの腕、以前の炎よりは温度が低いみてぇだし、槍の取り回しの邪魔になることもなかろうよ。弟子に整備させるから他のも纏めて一式持ってこい、明日の日中には終わらせる。整備が上がるまでに槍の準備もしておいてやる」


「わかりました。じゃあ、今日はひとまず失礼します」


 良いことではあるのだが、思っていたよりもかなりスムーズに方針が決まってしまった。

 防具はすぐにでも持ってこよう。


 ◇


「さて。これで今日明日、街の外の依頼は受けられないな……」


 宿から残りの防具一式、ついでにナイフを回収してドノヴァン親方の工房に預けた私は、金物通りを歩きながら呟いた。

 いくら危険度が低いとはいえ、賢人の森にも魔獣は出る。

 遭遇しないことも考えられるが、装備品なしで森に突っ込んでいくほど私は愚かではない。


「槍と防具はひとまずいいとして、あとは無手の格闘だよなぁ」


 冒険者サズの格闘スタイルは、炎の魔術を組み込んで完成されたもの。

 その炎が使えなくなった今、速攻型アタッカーではない戦法を格闘でも探した方がいいだろう。


「自分の強みを押し付けて戦うスタイルは悪くなかった。新しいのも、あんな感じで行ければいいんだけど」


 炎を利用した速攻の奇襲はかなりの戦果を残していた。

 実際サテラ様一行を助けたときも、賊ゴーレムを短時間で一網打尽にできたのは、相手の不意を突いたことがかなり大きい。

 おそらく、最初から正面切って戦っていたらかなりの苦戦を強いられていただろう。

 それに比べて、セリーナさん達は奇襲された側だった。

 なのに、あの人数差で死者も重傷者も出していない。

 やはりセリーナさんたち四人の剣士は、相当の手練れだ。


「そういえば身近にいたな、格闘戦のプロが」


 昨日の戦闘を思い出していたら、ヒントをくれるかもしれない御仁に一人思い至った。

 現場の調査に出ているとのことだったが、そろそろ戻ってきているかもしれない。


 私の足は自然と、冒険者ギルドの方に向かっていた。

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