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ひっちゃかめっちゃかになり始めたので、現在大改修中です。

 どこの冒険者ギルドにも大抵は常設されている、新米御用達の討伐依頼。

 ホーンラット(ツノつきネズミ)ラビットフライ(はねとびウサギ)を始めとした『繁殖能力の高い小型魔獣を狩れるだけ狩れ』というこの依頼は、難易度が低く稼ぎも悪い代わりに、冒険者ランクを上げるのに必要な貢献点を稼ぐことができる、そんなクエストである。

 冒険者ランクが高ければ『実力と信頼性が一定以上ある』とみなされて受注できる依頼の幅が広がり、同じ難易度の依頼でも報酬の増額が見込める。


 故に冒険者は日々の生活のため、名声を得るため、より困難な依頼を受けるため。

 それぞれに目的の違いはあれ、冒険者ランクを上げることに日々心血を注ぐ。


 ◆


「クソッ、なんでこんなとこにオーガが出るんだよ!!」


 新米冒険者のサズは自分達に訪れた不幸に焦り、苦々しげな表情と冷や汗を顔に浮かべている。

 初心者向けの森を探索中に強力な人型の魔物(オーガ)の奇襲に遭い、反応こそ間に合ったものの、彼の獲物である短槍は咄嗟の防御に用いられ、木製の柄は粉々に折れ砕けてしまっていたからだ。


 討伐や採取に夢中になって森の奥まで入ってしまう、というのは新米冒険者によくある話だ。

 しかし、サズたち四人組パーティーはそのようなことのないように注意して森の中を進んでいたし、事実この辺りは採取任務などでよく訪れる見慣れた場所だった。


「っつ、ゴチャゴチャ言ってないでお前も囮に回れ!!」


 パーティーの前衛で盾役を務めるジョーが、オーガの節くれ立った棍棒を回避しながら怒鳴った。

 普段森に出るような魔獣が相手であれば問題なく通用する彼の片手盾も、体長が三メートル近くあるオーガ相手ではただの気休めに過ぎず、ターゲットが後衛に移らないように注意を引きながら逃げ回ることしかできずにいた。

 オーガの攻撃は大振りで単調だが、緑色の巨体が生み出すパワーは凄まじく、棍棒が空を切る度に鈍い音と風圧が、離れた場所にいるはずのサズの下まで届く。


「もう少しかりそうだから、なんとか奴を抑えて!」


 ジョーから少し離れた場所で、斥候のアンジュがもう一人のメンバーを庇いながら叫んだ。

 彼女が守っているのは四人組パーティーでただ一人の魔術師、ニース。

 いかにも『魔術師です』といった帽子とローブを身に纏ったニースは、彼女が出せる最大威力の魔術をオーガにぶつけるべく、構えた杖に魔力を集中させている。


「了解!」


 大声で応えると、サズは腰から剥ぎ取り用のナイフを引き抜いて駆け出す。

 オーガの脇を回り込み、ジョーと挟み撃ちにするような位置につくと、足元から手ごろな石を拾ってオーガの後頭部へ投げつけた。

 ダメージにはならないものの、オーガは不快感に顔を歪ませてサズの方へと顔を向ける。

 オーガの注意が自分から逸れたのを見計らい、素早く近づいたジョーは手にしたメイスをオーガの膝目掛けて叩きつけた。


『グォオッ!』


 メイスの当たりどころが良かったのか、オーガは悲痛な叫び声を上げながら片膝を地面についた。

 口からは粘性の高そうな(よだれ)を垂らし、顔には苦悶の表情を浮かべている。


「そろそろだよ、足止め!」


「「おう!!」」


 ニースの準備があと少しで整うことを確認したアンジュが、前衛に合図を出しながら合流した。

 三人で周りを囲むように牽制しながら、片膝をついたままのオーガをその場に縫い付ける。

 配置についたアンジュは懐から煙玉を取り出し、それをオーガの顔面へと投げつけた。

 香辛料を調合した特製の催涙煙幕は、単に視界を遮る目眩(めくらま)しとして機能するだけでなく、煙の中に入った者の視覚や嗅覚を攻撃することで相手の行動を阻害する。


『グアァァァッ!!』


 立ちあがろうとしたところに催涙煙幕を喰らったオーガはバランスを崩した。

 片手で棍棒を地面に突いてなんとか倒れずにこらえたものの、精製された香辛料の威力は絶大だ。

 苦悶の叫び声を上げながら空いている腕で顔を覆い、元々垂らしていた涎に加えて、溢れて止まらない涙と鼻水が混ざった液体を撒き散らしている。


「いきます、【フロストランス】っ!!」


 ニースが両腕で杖をオーガに向けて突き出し、魔術を発動した。

 杖にはめ込まれた魔石が青い輝きを放ちながら魔法陣を展開し、生成された一本の巨大な氷の槍が、轟音を伴ってオーガへと飛んでゆく。


「これで終わりだ!」


 途中まで一人でオーガを引きつけていたために疲労が溜まっていたジョーは、大物の討伐を目前に叫んだ。


『ガァッ!!』


「ウソ!?」


 果たして氷の槍はオーガを貫くことなく、力任せにオーガが振り回した棍棒によって弾かれ、砕け散った。

 ニースの魔術で討伐できると踏んでいたジョーはその場で固まってしまい、アンジュは自分が目にした光景を信じることができずに立ち尽くしていた。


 そしてオーガの中で、サズたちパーティーの脅威度が更新されてしまった。


「まずい!」


「ぐうっ!?」


『グオオォォォオ!!!』


 オーガは醜い顔を怒りでさらに歪ませ、涙と涎と鼻水を振りまきながらニースに向かって突進を始めた。

 とっさにジョーが間に入ろうとしたが、オーガの腕の一振りで軽く弾き飛ばされてしまった。

 転がりながら受け身をとってダメージはある程度分散した様子だが、ニースからはかなり距離を離された。

 アンジュは絶望して、地面に両膝をついてしまっている。

 斥候の自分が走れば間に合う距離だが、オーガはニースの最大威力の魔術を弾き、盾役のジョーを容易く吹き飛ばした。

 そんな化け物に自分が勝つ姿を想像できず、動けなくなってしまった。


 ただでさえ最大威力の魔術を放った直後であることに加え、向かってくるオーガの鬼気迫る姿に気圧されたニースは、その場に立ち尽くす。


「いや……」


 オーガがニースの目前に迫り、棍棒を振った。


「おぉぉりゃぁあっ!!!」


 サズが叫びながらニースに駆け寄って、彼女を投げ飛ばして無理やり回避させた。

 オーガの棍棒は横に薙ぎ払うように振り抜かれ、固いものが人体に激しく衝突する嫌な音が辺りに響いた。

 もろにオーガの一撃を喰らったサズは、自らの鮮血と共に宙を舞った。


「サズ!!」


「くそっ、こっちを向け!!」


 サズがニースを庇って弾き飛ばされたことで、アンジュとニースは正気を取り戻した。

 しかし、オーガは依然としてニースの目の前に立っており、彼女の身体能力では回避が間に合わない。

 アンジュはオーガ目掛けて投げナイフを投擲するが、焦って狙いが定まらず、オーガの注意はニースただ一人に向かっている。

 最も驚異度の高いニースにトドメを刺すべく、オーガは大きく棍棒を振りかぶる。


「があああああああああっっっ!!!」


 その瞬間、獣のような叫び声が辺りに響き渡り、同時に肌を焼くような熱がそこにいる者たちを襲った。


「なんだ!?」


 オーガの注意が逸れ、棍棒を振りかぶったまま叫び声が聞こえた方へ顔が向けられる。

 ジョー、アンジュ、危機的状況のニースまでもが目を奪われた。

 そこに立っていたのは、オーガの一撃を受け、弾き飛ばされたはずのサズだった。

 しかし、様子がおかしい。

 額から尋常でない量の血を流し、血走った両目は赤く光り輝いて見える。

 そして、だらりと垂らした彼の両腕からは、溢れるように炎が吹き出していた。


『グァッ!?』


 サズの姿が消えた。

 次の瞬間、オーガの体がくの字に曲がり、勢いよく吹き飛んで木々を薙ぎ倒した。

 目にも止まらぬ速さで突進したサズが、オーガを殴り飛ばしたのだ。


「おおおぉぉぉっ!!」


 倒れ伏したオーガに馬乗りになると、サズは雄叫びを上げながら、オーガの頭部を狂ったように殴り始めた。

 辺りにはオーガの頭蓋骨が割られてゆく不快な音と、肉が焦げる嫌な匂いが立ち込める。

 ニースたちはあまりの出来事に、サズに声をかけることも、その場から動くこともできなかった。


 オーガの頭部が原型を留めなくなるまで殴り続けた後、サズは糸が切れたようにその場で倒れた。


「サズ!!」


 我に帰ったニースたちは、倒れたサズに駆け寄ろうとした。


「熱っつ!?なんだよこれ!!」


 サズの周囲の草は焼け焦げ、辺りの空気はゆらゆらと揺らめいていて、近寄るのを躊躇したくなるような熱を持っていた。


「【フロストブリーズ】」


 ニースが氷の魔術を使用すると草木に燃え移った炎は消え、周囲の温度がいくらか下がった。


「おい、しっかりしろ!」


 ジョーが強く揺すってみるが、サズの意識が戻る様子はない。


「どいて。心臓は……動いてる、呼吸も弱いけどある」


 サズを揺さぶり起こそうとするジョーを追い払い、アンジュが呼吸と脈拍を確認した。


「目立つ外傷は打撲と額の切り傷、骨は……何本も折れてる。どうやって動いてたのよ……」


 呆れた様子で傷の具合を確認していく。

 サズの体はぱっと見ただけでわかる程ボロボロに傷ついていていて、一刻も早く治療をしなければならないのは明らかだ。

 だがニースは回復魔術を扱えないうえ、全員の応急キットをやりくりしても、明らかにこの傷に使うには不足している。


「おーい!大丈夫か!?」


 どうすればいいか三人が判断しかねていると、数人の気配と共に安否を伺う人間の声が聞こえてきた。


「た、助かった……」


「こっちです、怪我人がいます!助けてください!!」


「わかった、今そっちに行く!」


 ジョーは安心して集中が切れたのか、その場で尻餅をついてしまった。

 アンジュは応急処置で手を動かしながら、大声で自分たちの居場所を声の主に知らせる。


「サズ……」


 ニースは、自分を庇って大怪我を負ったサズの脇に座り、心配そうに手を握りながら涙を流した。


 ガサガサと音を立てて、茂みの向こうから三人組のパーティーが現れた。


「うわっ、オーガじゃねぇかこりゃ!?」


「おい、鏑矢(かぶらや)!」


「わかった」


 最初に茂みから飛び出した剣士の男は、頭部が粉々に潰されたオーガの死体や焼け焦げた周囲の草木を見て絶句した。

 神官服の女性がレンジャーの男に短く指示を出すと、横たわったサズに駆け寄って治療を始めた。

 レンジャーの男は短弓に鏑矢をつがえ、目一杯引き絞ってから上空に向けてそれを放った。

 鏑矢が鳴らす甲高い音が森に響き渡る。

 少しすれば、音を聞いた周囲の冒険者たちが集まってくるだろう。


「なんで賢人の森にオーガが、人型の魔物が居やがるんだよ……」


 治療で慌ただしいサズの周囲から離れて辺りを警戒する剣士の男の声は、森の木々の葉が揺れる音でかき消されてしまうほどに小さく、力無かった。

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