20. シャレロワ家
シャレロワ家の客間で、ルカは一人、長椅子に座って待っていた。緊張した表情を浮かべ、落ち着かなげに手の指を回している。
もうすぐここに、リーズと一緒に彼女の父親ーーヴィクトール・シャレロワがやってくるのだ。
ルカの求婚を受けてから、リーズはすぐに仕事で島に滞在している父に手紙を書いた。
さすがに彼女の父親に黙って結婚するわけにはいかないが、ルカは複雑な心境だった。生まれや育ちを偽るつもりはなかったが、それを聞いてシャレロワ氏は良い顔をするわけがないと思っていたからである。
そもそもまだ正式に結婚もしてねえのに一緒にシャレロワ邸に住んでること自体、非難される原因になるよな。
ルカはあの舞踏会の夜はこの町の宿屋に泊まったが、リーズが「お金がもったいないじゃない」としつこく言うので、翌日からは半ば引きずられる形でシャレロワ邸に住むことになった。
執事やメイドの存在に、ルカはベロム伯爵邸に住んでいたときの懐かしさを感じたが、自分はほんとうにこんなところに住んでいいのかなと迷いを感じていた。
しかし、朝起きて食堂に行くと、リーズが座っていて「おはよう」と笑顔を向けてくれる。ルカはその光景を見るだけで、たとえようもないほどの幸せを感じていた。
もし親父さんにここを追い出されちまったらどうしよう。俺はやっていけるんだろうか。ルカの心に燻る不安は大きくなるばかりだった。
数日すると、父親から手紙が来たとリーズが言ってきた。
「教会の宣誓に立ちあえるかって手紙できいたら、すぐに帰るからまだ待てって返事が来たの。一応娘を祝福する気はあるみたいね」
リーズはそんな風に言っていたが、ルカはいいや違うと心中で思った。
シャレロワ氏はおそらくこの結婚を阻止したいのだ。良家の子女として大事に育ててきた娘だ、どこの馬の骨ともしれない男を夫になど、言語道断だろう。いや、少なくとも出自は三年前に明らかにされたのだが。
シャレロワ氏が到着する日、リーズは父親を迎えるべく屋敷の玄関に出ていた。ルカも一緒に待つといったが、リーズは「だめよ、私から父に先に話しておきたいの。あなたは客間で待っててちょうだい」と言うので、渋々それに従ったのである。
ガタゴトという音が遠くから聞こえてきた。馬車の音だーーシャレロワ氏が帰ってきたのだ。「どうどう」という御者の声が聞こえる。
ルカは思わず窓辺に駆け寄った。客間の窓からは正面玄関がほんのわずかであるが見えるようになっている。
馬車からは帽子の被った一人の紳士が降りてきた。大きな鞄を持っている。リーズの父だ。
辻馬車だったらしく、彼は帽子の縁を持って御者に礼を言って金を払うと、馬車はすぐに去っていった。
それから、出迎えたリーズと抱擁する姿がちらりと見えた。なにか話をしている。くそ、声が聞こえねえ。どんな会話をしてるんだ。ルカは懸命に二人の唇を読もうとしたが、シャレロワ親子はすぐに玄関扉をくぐってしまい、すっかり見えなくなってしまった。まずい、この客間にやってくる。
ルカは慌てて先ほど自分が座っていた長椅子に戻った。そしてかつての家庭教師から習った礼儀作法を必死に思い返す。ええと、入ってきたらすぐに立ち上がって挨拶をする……それから屋敷の主人が座って良いと言うまでは立ったままだったな。
リーズは、自分の父には態度を改める必要はないから自然のまま接してほしいと言っていたが、ルカにはそれがとても難しく感じた。自然体だと絶対にぼろが出る。なんだこの下品な男は、お前なんか娘の相手にふさわしくない、出て行けーーとシャレロワ氏に言われる場面は、昨日の夜ルカの頭の中で何度も流れた。
初めて会ったときのように貴族然とした態度で臨んだ方が確実に紳士を演じ切れる。だからポレンタの町でも商会の営業をうまく務めることができたのだ。
しかし相手はリーズの父親だ。偽りの姿ではない……誠実でありたい。どうしよう。ルカは困ったように眉尻を下げて、膝に乗せているこぶしにぎゅっと力を入れた。
コンコンと扉が叩かれ、ルカははっと立ち上がる。
「ルカ? 入るわよ」
リーズの声。ガチャリと扉が開くと、彼女が部屋に入ってきた。後ろからはシャレロワ氏が……と思っていたがその様子はない。
「あ、れ……? 親父さんは」
「帰ってきたばかりだからちょっと時間をくれ、ですって。疲れてるのかと思ったけど、書斎でごそごそしてるから、仕事でやることがあるのかも。でも数分で済むみたい、すぐ客間に行くって言ってたわ」
時間をくれだって?
ルカはごくりとつばをのんだ。書斎でなにか資料を取り出しているのだろうかーー俺のこれまでの所業の記録か。それを突きつけて反対するつもりなのかもしれない。書斎といえば、あのべロム伯爵の暗い書斎が思い出される。
ルカは俯くと自分の握られたこぶしに目を落とした。反対されても仕方のないということは痛いほどにわかっていた。本来なら、俺はこんな屋敷の客間に座れるような身分じゃねえんだ。
ルカはシャレロワ氏に認めてもらうことができなかったとしたら、せめて商会の小姓でもやろうかなと思っていた。リーズと結婚できなかったとしても、彼女のそばで生きたいという気持ちは強くあったのである。
ルカがそんな風に覚悟していたところへ、突然ノックもなしにバタンと扉が勢いよく開いた。
ルカとリーズが驚いてそちらを向くと、「いやあすまんすまん!」と屋敷の主人が入ってきた。なにやら整理されたファイルの束を数冊積み上げて抱えている。リーズは慌てて駆け寄った。
「ちょっ……お父さん、なによそれは!」
シャレロワ氏は「なにって仕事の書類に決まってるだろ、ははは」と笑いながらドサリと客間の机の上に置くと、ぽかんと突っ立っている青年と目を合わせた。
「やあやあ、君がルカ君だったね! 待たせたようですまなかった……改めて、私はヴィクトール・シャレロワだ」
シャレロワ氏はにこにことルカに握手を求め、彼も目を瞬かせながらそれに答えた。
「ど、どうも……わた、お、俺は、ルカ、です……」
「まあまあ固くならずに座りたまえ。リーズ、なんでそんなところに突っ立ってるんだ? 早くこっちに来なさい」
扉の前で父親を見ていたリーズは、「書類?」と戸惑いながらもルカの隣に座った。
「早速だが、ルカ君」とシャレロワ氏は机に積んだ書類の山をぽんぽんと叩きながら言った。
「これはうちの商会の資料だ。ざっと読めば仕組みがわかるものを選んできた。中には顧客の注文リストもあるからバラバラにしないように気をつけてほしい。それから、一応うちの葡萄の育て方も知っておいた方がいいと思って、その資料も入れておいた。後でゆっくり読んでほしい。わからないところがあれば、気兼ねなく私か娘に聞いてくれ。それと、後でワインの方も味見をして……」
「ちょっ、ちょっと待って!」
リーズが慌てて父親の言葉を遮った。
「帰ってきていきなり仕事の話? 冗談よね? 私たち、お父さんがすぐ帰るって言うから式も挙げずに待ってたのよ」
シャレロワ氏は「ああ、すまんすまん! そうだった」と笑った。
「安心してくれ……それについてはもう考えてあるんだ」
「「え?」」
ルカとリーズは目をぱちくりさせた。シャレロワ氏はむふふと得意げな笑みを浮かべながら言った。
「教会での式後のお披露目に、ローラン伯爵邸を使わせていただくことになったからな。あそこの庭園を使って昼食にするんだが、そこでうちのワインを全種提供しようと思ってるんだよ。これから大量に樽が届くから、よろしく頼む。いやあ忙しくなるぞ! これを機にまた顧客が増えるかもしれんからな……あっ、もちろん式の主役の二人はそれに関しては手伝わなくていいから。晴れの日だからな、楽しく過ごしてくれ。よし、それじゃ私は今から倉庫の在庫を見てくるから、二人で結婚の相談でもしてなさい。夕食までには帰ってくる……」
そこまで言って、腰を浮かせたシャレロワ氏は言葉を途切らせた。娘が恐ろしい形相を浮かべていたからだ。
「……お父さん? まさかとは思うけど、娘の結婚を祝うためじゃなく、仕事のため……ワインを売るために、私たちの結婚式を挙げるのを待ってくれと言ったわけじゃないわよね。ルカと私が改まってこの客間でお父さんの帰りを待っていた理由は、わかっているのよね?」
ルカの背中に悪寒が走った。リーズはこんなに低くて冷たい声が出るのか。隣から感じる彼女の怒りに、ルカはそちらを向くことができなかった。
シャレロワ氏の方は「え、えへん」と咳払いをすると、すぐに長椅子に座り直した。
「な、なにを言ってるんだ、リーズ。はは、もちろんお前の結婚を祝福しに帰ってきたんだよ、あたりまえじゃないか、ははははは」
リーズは怖い顔をしていたが、その娘からの痛い視線をシャレロワ氏は笑って受け流し「ええと、それでルカ君」と青年の方に目を向けた。
「君はポレンタにいたんだろう、向こうの仕事は大丈夫なのかい?」
「あ……はい。あちらの商会の者が引き継ぎをしてくれましたので、特に問題はな、ないかと思います。この度のことも商会の者の方から……」
「待った待った」と、シャレロワ氏はルカの言葉を遮った。
「私はルカ君の取引相手や顧客じゃないぞ。君の義理の父親になる人間だ。家族になるんだから、そんなにかしこまらないでくれ」
シャレロワ氏は笑って言ったが、ルカは困ったように眉尻を下げた。
「あ……でも、その、わた、お、俺……は……」
かしこまらない態度で。そんなことはルカだってわかっている。偽りの姿ではだめだ……だめだとわかっているが、目の前のシャレロワ氏を見上げると口がもたついてしまう。
なんと言おうか迷ったあげく、ルカはぐっと膝の上のこぶしを握ると、座ったまま頭を下げた。
「お許しください、シャレロワさん。俺はあなたに後ろめたいことが山ほどあります、それなのに図々しくもお嬢さんと結婚させてほしいなんてお願いをするつもりなんです、これ以上態度や口調を崩すことはできません」
「ルカ、そんなこと」
リーズが驚いたような声で口を挟もうとしたが、ルカは「いやリーズ、言わせてくれ」と言うと、顔を下げたまま続けた。
「シャレロワさん、俺は……俺は昔、お嬢さんから首飾りを盗もうとしました。新聞をお読みになったかと思いますが、俺はカルデローネ子爵という偽名を名乗って社交界に出入りし、お嬢さんに近づきました。それから、お嬢さんを……何度か泣かせました。俺は、俺は……」
シャレロワ氏は、ルカの言葉を黙って聞いていたが、青年が言葉を途切らせると優しい声で言った。
「顔を上げてくれ、ルカ君。頼むよ」
ルカは目を伏せていたが、シャレロワ氏の言葉に応えるようにゆっくりと顔を上げた。
シャレロワ氏は穏やかに目を細めていた。
「すまない、実は知ってるんだ。リーズから聞いたんだよ、なにもかも」
え……知ってる?
ルカは思わず隣のリーズの方を見た。彼女はこくこくと頷いて言った。
「ごめんなさい、お墓を建て直したいっていう話を持ち出したときに、あなたのことを全部話したの」
シャレロワ氏も続けた。
「娘がポレンタに住むルカという男と文通していることはわかっていた。まあ、まさかそれがあのときの子爵だったとは思わなかったがね。君も相当苦労したようだ」
ルカは目を丸くさせていたが、ぎゅっと眉を寄せた。苦労? 自分がこれまでやってきたことは苦労などというきれいなものではない。
青年の後ろめたそうな表情を見て、シャレロワ氏は「君が話してくれたんだ、私も正直に話そうか」と笑いかけた。
「私はね、商いが好きなんだ。金を積み上げるとか、良い馬に良い家具を買うとか、贅沢な暮らしをするとか、そんなことはどうでもいい。ただ商業というものが好きでね……見てわかる通り、うちの商会には事務員とか経理係がいないだろう。長いこと全部私がやっていたんだ、好きだったからね」
それでポレンタのタッシ商会よりもシャレロワ氏の商会は小さいと感じたのか。
ルカはずっと疑問を抱いていた。売り上げ額は確実にこちらの方が高いのに、タッシ商会の方が規模が大きく見えたのだ。
しかし商会の経営を全部一人で行うのは相当難しい。それが苦ではないほどに、このヴィクトール・シャレロワという人物は、商いが好きだということであろう。
「私が好きでやっている商会だ、初めから息子にも娘にも継がせるつもりはなかったーーでも、リーズが仕事を手伝ってくれるようになってね、それがものすごく嬉しかったんだ。それにやっぱり信頼できる人手があると、やれることが増えるという利点もあった。自分で葡萄畑に足を運ぶことができて、改良もできたからな。ただ……」
シャレロワ氏は少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「娘が遠い町に住む男に恋心を抱いているらしいと知ったときはちょっと複雑だった。娘がいずれこの家を出て遠い地に行くのかと思っていた」
「え……私が?」
リーズが声を漏らしたのに、シャレロワ氏は頷いた。
「実際お前は一度列車に乗ってポレンタに行っただろう。もう帰ってこないんじゃないかと思ったんだ」
シャレロワ氏は頭をかいた。
「でも話を聞いてみると、どうやら娘の恋は一方通行だったらしい。なんだ、よかったとほっとしたのも事実だ……ところが、娘の想い人はワインの卸売りの商会で働いているというじゃないか。しかもシャレロワの名前を広めてくれている。変な言い方だけど、そんな都合の良い人物がいるのかと驚いたよ。この町に戻れない事情があるとは聞いていたけど、いつか戻ってきてくれたらいいのに、あわよくばリーズとともにうちの商会を手伝ってくれたらと思っていた……君とろくに話してもいないのに、ずいぶん勝手な話だろう」
シャレロワ氏は、こちらを見上げているルカに笑みを向けた。
「だから君が娘と一緒になることは大歓迎でね、嬉しい限りなんだ……この町に戻ってきてくれてありがとうと、そしてどうか私の息子になってほしいと、言わせてくれないか」
ルカは瞳を揺らしてシャレロワ氏を見た。目の前の男性は、まるで親しい家族を前にしているようにこちらを見ている。
このときルカの頭の中に、かつて血を分けた老紳士が孫の存在を最後まで認めようとしなかったときの苦い思い出が蘇った。シャレロワ氏の言葉によって、あのとき切り裂かれた心が再び縫い合わされていくようだ。青年の胸に、温かいものが染み渡っていった。
しばらく沈黙が流れた後、ルカは返事をしなければと口を開こうとして失敗し、かくんと俯いてしまった。それでもやっと聞こえるくらいの小さな声で「ありがとう、ございます」と声をつまらせながら言った。
リーズは嬉しそうに、ルカの丸まった背中を撫でた。
「よかった。これでルカが小姓になる可能性は消え去ったわね」
娘の言葉に、シャレロワ氏は「小姓だって?」と眉を寄せた。
「そうなの。ルカったら、もしお父さんに拒絶されてしまったらってそればっかり考えてたのよ」
「だ、だってよ」
ルカは顔を上げ、鼻声で言った。
「俺、ほんとに生まれも育ちも最悪なんだぜ。宝石みてえに大事に育てられたあんたに変な虫がついちまったって思われても当然なんだ」
「いやいや、ルカ君。むしろ私は逆だと思っている」
シャレロワ氏は真面目な顔をしてルカに言った。
「君こそ思わなかったかい、自分に変な虫がついたなって」
「え……俺に、ですか?」
ルカは目をぱちくりさせた。変な虫とは、もしやリーズのことだろうか。
シャレロワ氏は頷いた。
「そうだ。だってこの町に帰ってきて、びっくりしなかったかい? 君を連れ戻そうとする娘のやり方にはちょっとぞっとしてしまったんだ、私は」
「ぞっとしたって、どういう意味よ」
横槍を入れるリーズに、父親は肩をすくめて答えた。
「そのままの意味だ。お前が金をどう使おうとどうでもいいことだが、孤児院や墓地の設立のことといい、べロム伯爵との話し合いといい、抜け目ないというか……、ルカ君への執着がすごいじゃないか。私なら悪寒が走る」
リーズはむっと膨れたが、自覚があるので赤くなってなにも言わなかった。
しかしルカは笑みを浮かべて「いいえ、シャレロワさん」と言った。
「俺は嬉しかったんです。彼女から手紙が途絶えてからは、もう気軽に会うこともできないんだって半ば諦めていました。だからお嬢さんが、俺のためにこの町でいろいろやってくれていたと知ったときはほんとうに……。俺は幸せな男です」
ルカの言葉に、シャレロワ氏もリーズも目を丸くさせた。
「ルカ……」
「ルカ君……」
シャレロワ氏はごくりと唾をのんだ。
「リーズ。お前、ルカ君を幸せにしなかったら絶対にばちが当たるぞ。彼のような人間は世界のどこを探してもいないからな」
「わ、わかってるわよ。お父さんこそ、私みたいにルカをこき使ったら承知しないから」
「私がいつお前をこき使ったって言うんだ」
「いっつもよ、そもそもいつまでポリーヌ島にいるつもり? 葡萄畑のいざこざは解決したんでしょう!」
「解決した! 解決はしたが、新しい葡萄の品種の改良中だ、私が戻らなければ事は進まん!」
「新しい品種ですって? そんなこと言ってたら、いつまでも私にこっちの営業を任せきりじゃないの!」
シャレロワ親子が不毛な会話を始めたのに、ルカはふふっと笑みを深めた。
そういえば初めて夜会で会ったときも、二人は仲良さそうに話をしていた。あのときのルカは羨ましく思いながらもべロム伯爵の後ろからこっそりと眺めるだけだった。だが今はこうして彼らと向かい合って会話に混ざっている。そしてもうすぐ自分も家族になるのだ。シャレロワの姓も、これからはもう名ばかりではなくなるのである。
そんな風にルカが思っている一方で、親子の会話はすっかり白熱した口論になっていた。
「もう、いいわっ! お披露目はなし、教会で誓うだけにする。ワインもなしよ!」
悶着の末、とうとう大きな声を上げたリーズに、シャレロワ氏は急に顔を青ざめた。
「ま、待て待て、それはだめだ! ワインなしの式などありえん!」
「そもそも結婚は私とルカのものよ。ワインのことなんか知らないわ」
「お、お前っ! それでもシャレロワ商会の代理か!? ……ルカ君、頼む! ワインを! 私を! 商会を救ってくれ!」
突然縋りついてきたシャレロワ氏の必死な姿に、ルカは目をぱちくりさせたが笑みが込み上げてきた。この二人、いろんなとこがそっくりだな。
ルカは「リーズ」と言って彼女の方を見た。
「せっかく親父さんが準備してくれてんだ、ここはお願いしようぜ。俺から見たら式に出てくれる家族がいるっていうだけでもありがてえことだ……あんたに困ることがあったら、俺も手伝うからさ」
そう言われてリーズは驚いたようにルカの目をじっと見つめていたが、「ルカがそう言うんなら……しかたないわね」と小さく答えた。
娘の言葉を聞きとったシャレロワ氏は「助かった!」と言って弾むように立ち上がると、ルカの手を強く握った。
「ありがとう、ルカ君! きっと素晴らしい式にしてみせるから! 期待しててくれたまえ……おっとそうか、君にうちのワインを試飲してもらわないとな。用意してくるからちょっと待っててくれ」
ダッと音を立てて客間を出ていってしまった父親に、リーズは疲れたような顔をしてはあとため息を吐いた。
「ごめんなさいね……忙しないというか、変な父で」
隣で頭を抱えているリーズに、ルカは小さく笑った。
「良い親父さんじゃねえか。あんたにそっくりで驚いたよ」
リーズは眉をしかめて「や、やめてよ。絶対似てないんだから」と言ってから咳払いをすると、すぐそばにあるルカの手を両手で握った。
「ね、ルカ。あのね、もうこれからは私たちがあなたの家族だから。父はあなたの父になるし、王都には兄が、ヴォルゼンバーグには姉がいるわ。だから、だから……」
リーズの言わんとすることを察したルカは、目を細めて「わかってるって」と頷いた。
「商い狂いの義父にダンス好きの義兄、それからオペラ好きの義姉だな……愉快な家族だから、退屈しそうにねえな」
青年の軽口にリーズも笑みを浮かべた。
「そうよ。それぞれ離れた場所に住んでるけど、舞踏会や劇場オペラの招待状がひっきりなしに届くから覚悟して。それに一番振り回すのは父だから」
「なに言ってやがる」
ルカは笑って、リーズの手を握り返した。
「俺が一番振り回されてんのはあんたにだぜ、リーズ。お人好しの妻だからな、あんたの旦那になる男は一番大変だし……それに一番幸せだ」
ルカの確信した言葉に、リーズは少しだけ目を見張って頬を赤くさせた後、「わ、私もよ」と小さな声で言った。
「毎朝起きたときに、今までのことは夢だったんじゃないかって心配になるの。それで、あなたの部屋に入ってあなたを確認して、やっと安心するのよ」
「は!?」
ルカは驚きの声を上げた。
「あ、あんた、俺の部屋に来てんのか? 毎朝!? 俺の寝てる顔、見てるってのか!?」
リーズは「ええ」と頷いた。
「だって夢だったら困るもの。大丈夫、寝顔のあなたも、とっても素敵だから。近くに行っても、あなたは気づかずによく寝てるし」
ルカは両手を顔に当てた。大丈夫な要素が一つもねえじゃねえか。
ルカは顔を上げると、意地悪い顔になって言った。
「そんなら俺だって、夜中にあんたの寝てる顔を見にいってやるからな。それでなにが起こったって、文句は言わせねえぞ」
しかし、リーズは嫌がるどころか嬉しそうに笑みを浮かべた。
「いいわね、おやすみのキスをしに来てくれるの? なんだかもう夫婦みたいね」
リーズの言葉に、ルカはぽかんとした表情になったが、顔を真っ赤にさせると顔を両手に埋めてしまった。
もうなにも言えなかった。これはおそらくルカが一緒に寝ようと言ったらあっさり“いいわよ”と言うに違いない。
リーズが「それで、今夜から来てくれるの?」と尋ねてくるのはもう耳に入らず、ルカは“彼女は良家の子女”、“父親が屋敷にいる”、“式はまだ”、と大丈夫ではない要素をあげながら、かつて家庭教師に習った紳士の心得を頭の中で並べ立てるのだった。
おしまい
これで完結になります。
少しでもお楽しみいただけていたら幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。




