9.2つの深緑
ようやく空が白んできた早朝、セシルは重い瞼を開けた。
そしてふと、すぐ側で穏やかに眠る美しい少女に気づいた。
顔は彼女の髪に隠れてよく見えないが、瞼は閉じられて、静かな寝息が聞こえた。
そして彼女の細い手はセシルの手に添えられている。
いや、まて。
なぜ私のベッドにシェリーがいる?
…その前にここは私の部屋か?
違う、ここはシェリーの部屋だ。
私はいつの間に寝てた?
セシルは改めてシェリーの寝顔を見つめ、ぐるぐると頭に浮かんだ疑問を、今は置いておくことにした。
とりあえず、この状態が誰かに見られると不味い、という事に気づいたから。
おそらくもう侍女や執事は起きている。
セシルが寝室に使っている客間に居ないのは、シェリーが夜明け前にもうなされる事があった為特におかしい事はないが、クロエが来たら不味い。
彼女は今日はもう悪夢は見ないと思う。
少し逡巡したセシルは、眠るシェリーを起こさないように、自分の右手に添えられていた彼女の右手を自分の左手で上からそっと掴んだ。
相変わらず、ひんやりとした細い手だった。
「…ん」
思ってたより眠りが浅かったのか、シェリーが身じろいで、薄らと目をあけた。
彼女のその瞳は…いつもの空色ではなくて。
吸い込まれそうな深緑。
正確には、まだ虹彩の全てが深緑なわけではなく、瞳孔の周りはまだ空色が残っている。
セシルの魂が喜びで満ちていく。
まだ眠りから覚醒していないであろうシェリーが、ふわっと微笑んだ。
セシルの心臓が跳ねる。
待ち望んだものをやっと手に入れたような、得も言われぬ喜び。
彼女の手を掴んだままの左手に力を入れて引くと、軽い彼女はすっぽりとセシルの腕におさまった。
染まった瞳でセシルを見上げると、また微笑んで、その瞳を閉じ、寝息をたてた。
「あぁ、私だけの唯一…」
そう呟いたセシルは、シェリーの額に唇を落とす。
抱きしめた腕に少し力を込め、やっと出逢えた安堵のせいか、セシルはそのまま眠りに落ちた。
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「あらあら…これは…うーん、どうしたものかしら」
オリビアは頬に手をあてて、シェリーのベッドで寄り添って眠る2人を眺めた。
朝、焦るテレサに起こされたオリビアは、テレサに連れられ、シェリーの客間に訪れた。
シェリーの様子を伺いに来たクロエが、ベッドの2人を見て、慌ててテレサに報告。
それを聞いたテレサは、1度2人を確認し、レナードに報告。
テレサもレナードも、シェリーが番かもしれない話は聞いていたので、オリビアに判断を仰ぐことにしたのだ。
「奥様、どうしましょう…」
珍しく困り顔のテレサに、オリビアは苦笑いで答えた。
「これは、番が確定したのかもしれないわね。ここの所シェリーちゃんの悪夢で2人共寝不足でしょうし、とりあえずこのまま寝かせておきましょう」
オリビアの言葉に驚き目を見開くテレサは、視線を2人に移し、穏やかな2人の寝顔を見て、
「…そうですね。良くお眠りになってらっしゃいますし、お目覚めになるまでこのままに」
そう言って、クロエにも指示し、皆で部屋を後にした。