54.家族
その晩、疲れて早めに眠りについたシェリーの部屋を後にしたセシルは、レオに手紙を書きながら父の帰りを待っていた。
書き終えた手紙を飛ばそうと窓を開けると、ちょうど邸に向かってくる父の馬車が見えた。
手紙を飛ばしてすぐ階下に向かうと、父を出迎えるために入口に立つ母に会った。
「あら、旦那様にお話?」
「はい。皇太子からシェリーに手紙の返事がきたので」
言いながら胸元から皇家の紋の入った封筒を出してみせる。
先程シェリーから預かっていた。
「もう?皇太子も心配されてたのね」
「そのようです」
すると玄関ホールに疲れた顔の父が現われた。
が、父は母を見て一瞬で笑顔になる。
「おかえりなさい、あなた」
「オリビア、ただいま」
抱擁して頬にキス。
幼少期から見慣れた光景だった。
「父上、お疲れ様です」
「ああセシル、ただいま。お前も城で疲れただろうに待っていたのか?」
「はい、少しお話がありまして。食後でいいのでお時間を頂けますか」
「わかった。終えたらレナードに呼びに行かせるよ」
「ありがとうございます」
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30分程して、部屋にレナードとテレサが来た。
呼びに来たのかと思ったが、父と母がこちらに来るとの事らしく、テレサが紅茶の準備をはじめた。
「テレサ、私にはコーヒーを」
「申し訳ありません、コーヒー豆が切れました」
私は驚いてテレサを見た。
このテレサがコーヒー豆を切らす訳がない。
しかもテレサは謝罪を述べたのに澄ました顔をしている。
これは多分、私にコーヒー飲み過ぎ、と言いたいのだと察した。
「そ、そうか。紅茶でいいよ・・・」
瞬時ににっこりと笑顔になったテレサは、また準備に戻った。
「セシル、入るよ」
そう言って部屋にきた両親は、ソファーに並んで腰掛けた。
私の部屋に両親が来るのはだいぶ久しぶりで、少し居心地が悪い。
「お疲れ様の所すみません。少し急ぎの話がありまして」
「うん、オリビアからハーレイ皇太子から手紙が来たと聞いたよ」
「はい、こちらです。シェリーから見ていいと預かりました」
父に封筒を渡すと、紋を確認して手紙を読み始め、読み終わるとそれを母に渡した。
「お前が気になってる事は皇帝の事だね?」
「はい。皇帝の今の状況には触れていませんが、皇太子は皇帝の代理を務めていると書いているのが気になって」
父が顎に手を添えて少し考えるように上を見上げた。
「たしかに、書いてないわね。でもなんとなく・・・シャウゼンにというか、城に居ないような感じがするわ。そんな話全く聞いてないけれど」
手紙を読み終えた母が言った言葉は、セシルが考えていた事だった。
「ええ、城にいないか、公務を出来ない状態なのでは?と私も推測しました。父上は何か耳にしてますか?」
「うーむ。うちから送っている密偵も、さすがにノイラートに守られた城には入れていないんだよ。以前は侍女と護衛数名が居たけど、どの侍女も高齢で、最後に残っていた侍女ももうこちらに戻って引退している。1年ほど前から突然城務めの基準が上がって、新しく入り込めないんだよ」
「やはり、皇太子に直接聞くしかないですかね」
「王太子の誕生祭の3日前・・・というと、1週間後か」
「はい。クラウド領で出迎えになります」
「その頃は私も準備で城から動けない。皇太子もそれは承知だろうからお前が出迎えなさい。これに関しては全てセシルに任せる」
「わかりました。ありがとうございます」
「あなた、私も出迎えるわ」
「うん、セシルとシェリー嬢を頼むよ、オリビア」
父が母に柔らかな笑顔で頷くと、母も同じ笑顔で「まかせて」と頷いた。
仲睦まじいのはいいが、見つめ合われると話が進まないので気にせず続ける。
「今日、シェリーに求婚しました」
「あら!やっとしたのね!」
「母上、急ぎたくともシェリーは皇女なんですよ?急いて求婚出来る相手ではなかったんですよ」
「セシルは私の息子なのに、恋愛はからきしだから心配してたよ。それで、まさか失敗したとか言わないだろうね」
「もちろん受けてくれました。ですが、婚約期間は置かず、シャウゼンの許可が降りたらすぐにでも結婚をさせて欲しいです。・・・彼女にはあまり時間がないので」
「そうだな・・・お前はそれでいいのだね?」
「はい。それしか望みません」
「惨い事を聞くがいいか?」
「『後』の事ですか」
「・・・そうだ。シェリー嬢がいなくなった後、お前はどうする?」
「彼女と添い遂げられるならば、その後自分がどうなろうと構いません。父上が望む相手と婚姻を結びますよ」
「セシル・・・」
母が悲しそうな目で私を見たので、私はそこから目を逸らした。
「シェリー嬢との婚姻の話はわかった。その後のことはまたその時話すとしよう。ただ、一つお前に言っておく。私はお前の事を愛しているし、信用もしている。お前が不幸になるような道を歩かせるつもりは無い」
「父上・・・ありがとうございます」
父は家族にだけ見せる笑顔で私を見ていて、
その隣の母も、同じく微笑みをたたえていた。




