52.求婚
しばらく公爵家の広い庭を散歩した二人は、いつかのガゼボへと来ていた。
後ろを付いてきていたクロエにお茶の用意を頼むと、クロエはそそくさと邸に走っていく。
ガゼボにある椅子に座った私の前に、
少し真面目な顔のセシル様が立った。
どうしたのだろうと彼の顔を見上げると
彼はシェリーの手を取って跪き、その手にキスをした。
驚いて立ち上がろうとしたシェリーを止めると、
柔らかな声で名前を呼んだ。
「シェリル」
セシルにシェリルと呼ばれたのは初めてで、
彼がくれたシェリーという名前で呼ばれないのが寂しいような、
でも真名を呼ばれて嬉しいような、複雑な気分になった。
そして彼のその真剣な瞳に息を飲む。
「・・・はい」
「シェリル、私の番として生まれて来てくれてありがとう。私と出逢ってくれてありがとう。そしてこれからの時間を、私の側にいると言ってくれてありがとう」
「セシル様・・・」
「シェリル・・・シェリー、私と番の誓いを結び、結婚してほしい」
その言葉に、熱の篭った瞳に、想いが溢れて
ぽろぽろと、彼に握られたままの手に涙が零れる。
その手に、ダイヤの周りに細かなエメラルドとアクアマリンが散りばめられた指輪がはめられた。
番の儀式をして側にいれれば、それだけでいいと思っていた。
私の寿命が長くないのなら、結婚は彼の負担になると思った。
なのに、この人は私を妻にしたいと言ってくれた。
たった数ヶ月の妻で終わるかもしれない。
そして私はこの人を置いていってしまう。
・・・それでもいいのなら。
「はい、勿論です・・・セシル様」
嬉しすぎて涙は止まらないけど、精一杯の笑顔で答えた。
緊張が解れたらしいセシルはふわっと笑顔になり、
座ったままのシェリーの手を引いて立ち上がらせると、自分も立ち上がり彼女を強く抱き締めて頬にキスをした。
「ありがとう」
耳元で囁かれた声は嬉色い。
シェリーが彼の背中にそろそろと腕をまわして抱き締め返すと、お返しとばかりにさらに強く抱き締められた。
「キスしていい?」
シェリーの耳元で囁かれた言葉に、一気に顔が熱くなる。
断れないと分かってて、そんな甘い声で聞いてくるのが狡い。
恥ずかしくて顔も上げれず答えれないでいると、セシルの唇が耳に触れた。
「っ・・・!」
びっくりして顔を上げると、蕩けた瞳を細くして、嬉しそうに微笑む彼と目が合う。
「ごめん、耳が真っ赤で可愛いくて」
「あんまりからかわないでくださ・・・っ」
抗議の言葉はセシルの唇で塞がれた。
唇が離れると、またぎゅうっと抱き締められる。
「いいって言ってませんよ・・・」
「そうだね。ごめんね?」
「・・・思ってないでしょう?」
「うん」
「もう・・・」
「はぁ、幸せだ」
「私もです。・・・あ」
「うん?」
「ク、クロエに見られてます・・・」
邸の壁からこちらを伺っているクロエに気付き、セシル様に知らせるも、
「ん、いいよ」
と、抱き締める腕は緩まない。
「良くないです!恥ずかしいです!」
セシル様の背中をパシパシ叩くと、「仕方ないな」と、渋々解放された。
クロエは私たちの様子を見て、そろそろ大丈夫そう!と判断したのか、ようやく戻ってきた。
素知らぬ顔で紅茶を用意されるのが恥ずかしくて、
両手で顔を覆って俯いたままお茶を待った。
「お嬢様?どうされました?」
「なんでも、ないの」
「クロエに見られてるのに気付いて照れてるんだよ」
「セシル様っ」
「あ、見つかっちゃってましたか?邪魔しちゃダメだなって思って待ってたんですけど・・・えへへ」
「もう〜」
羞恥で熱い顔を、扇子でパタパタしていると
目の前にふっと光る猫が現れた。
「・・・猫?」
思わずその猫に向かってそんな間抜けな問いかけをしてしまった私に、二人が首を傾げた。
「あれ?お二人はこの猫見えません?」
と、目の前のオレンジ色に光る猫を指さす。
「いや、何も・・・シェリーにだけ見えるなら、手紙じゃないか?ハーレイ皇子からの」
納得した。多分私と同じく隠蔽を掛けてくれたのだろう。
私がその猫に触れて魔力を流すと、猫は封筒に変わった。
『最愛の妹 シェリルへ』と書かれたそれをひっくり返すと、
そこにはお兄様の名前が書かれていた。




