5.出逢い
あまり長話をしてはシェリーの体にさわると悪いからと、彼女のいる客間から自室に戻ったセシルは、執事のレナードに公爵家の血に関する書物を部屋に持ってくるよう伝えた。
自室のソファーにドサッと座ると、すぐに侍女のテレサがコーヒーをテーブルに置いた。
いつもなら仕事の時以外に嗜むのは紅茶だが、考え事をする時はコーヒーを飲む。
出来る侍女は主の顔が思案顔なのを見て、コーヒーを用意してくれたのだろう。
コーヒーを一口飲んで、目を閉じる。
伏せた瞼に映るのは、1週間前に領地の森で保護した少女。
腰下まで伸びた髪はブロンドに近い淡い若草色。
長い睫毛に覆われた形のいい瞳は淡い空色。
保護した時はボロボロだったのも相まって、全体的に淡く、儚げで、傷だらけの妖精の様で。
そんな彼女の笑顔は、息を飲む程に美しかった。
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その日セシルは、公爵家の護衛数人と共に領地にある森へ向かっていた。
昨晩、獣の遠吠えのような鳴き声がしたと、森に比較的近い場所に住む領民数名から知らせがあり、魔物なのか、あるいは危険な獣なのかを確認する為だった。
領地の森には鹿や兎など、比較的大人しい獣のみで、魔物や狼のような危険な生物は入らないように徹底していた。
森の中心には精霊が集う湖があり、代々湖とその周囲の森を守ってきた。
その森から遠吠えというのはほぼ有り得ないことである。
警戒しながら森を進み、湖が見えた所で倒れている人影を見つけた。
一瞬、セシルの心臓がドクンと鳴ったのを感じた。
それがシェリーだった。
数日晴れが続いていたはずなのに、ボロボロになったドレスは濡れており、腕や足の至る所に切り傷や痣が見えた。
急いで護衛に指示をして周囲を警戒させ、倒れている少女をゆっくり抱き起こした。
顕になった少女の顔は、酷く綺麗で儚げで、
今にも消えてしまいそうな現実味のない、でもどこか懐かしさを感じる少女だった。
また一つ、ドクンと心臓が鳴る。
呼吸は少し浅いようだが、息はしている。
声をかけようとした瞬間、少女の長い睫毛が揺れ、瞼が薄らと開いた。
少女はセシルの瞳を見つめて、一瞬で花が綻ぶように微笑んだかと思うと、また気を失ってしまった。
ドクン──。
少女が微笑んだその瞬間、セシルの心は己では理解できないほどの喜びに溢れた。
でもそれは一瞬の事で、その喜びはふっと消えてしまったのだ。
自分自身の心の戸惑いに混乱しながらも、傷だらけの少女を抱え、乗ってきた馬に跨り、帰路についた。
何度か強く脈打った心臓は、その頃にはなんとか落ち着きを取り戻していた。
公爵邸に着くとすぐに、レナードとテレサとクロエを呼び、腕の中で眠ったままの少女を休ませる支度をさせた。
連れ帰る前に、全身を清潔化の魔法で清め、濡れた服も火と風魔法を合わせて乾かしておいたが、いつからあそこに倒れていたのかわからない。
服が濡れていたから、湖に落ちたのかもしれない。
しかしあの湖は、少女の背丈ならギリギリ足がつく浅さのはずで、溺れたとは考えにくかった。
とりあえず、目が覚めたら分かるだろう、と、客間にいるであろう医師を呼びに行った。