43.意識の呼ばれた先で
シェリーは上も下もない白い空間の中に
ぽかりと浮かぶ空気の玉のようなものの中にいた。
ここは夢の中なのだろうか。
水の中では無いと思うのだが、
周りに魚のような形の生き物が空中を泳いでいる。
その魚と戯れるように光がたくさん飛んでいて、
その光から笑い声が聞こえた。あれは精霊?
その様子を眺めていると、どこからか私の真名を呼ぶ声がした。
『シェリル』
キョロキョロと周りを見渡す。
近くから聞こえるのに見当たらない。
『シェリル、ここよ』
左耳の辺りの髪を、ちょんと引っ張られたのを感じて、左肩を見てみると
そこに若草色の髪をした小さな妖精がいた。
「おかあ・・・さま?」
『そうよ、シェリル』
そう言って飛び上がったと思うと、
お母様のサイズが大人の女性に変わった。
いや、戻った、というべきか。
『会いたかった』そういって抱きしめられる。
お母様の腕の温もりは、夢の中なのに暖かくて、懐かしくて、幸せな匂いがした。
「お母様、お母様!」
私は子供のように泣きじゃくった。
『あらあら、寂しかったのね』
お母様は私が泣き止むまで頭を撫でてくれていた。
「ごめんなさい、お母様、私お母様の事覚えてなくて・・・」
お母様は私の額に人差し指をそっと当てた。
『あら・・・やはり記憶を無くしたのね・・・ごめんなさい、私のせいね』
「どういうことなのですか?・・・それに、ここは私の夢の中なのですか?」
『ここは私の作り出した空間。そこにシェリルの意識を呼んだのよ』
「意識・・・」
『シェリルに掛けていた魂のプロテクトが解けたから、呼んだの』
「魂のプロテクトって・・・もしかして、何かが割れたようなあの・・・」
『そうよ。あれは私が施していた魔法。あなたが番と出逢って、心が通じ合えたら、その時解けるようにしてあったのよ』
「なぜですか?」
『あなたの魂を守るため』
「それは・・・魂を削る魔術を使わせられるという事でしょうか」
お母様の瞳が少し揺れたのがわかった。
『・・・知っているの?』
「幼い私の何かを調べている父上を、夢で見ました。そこには魔術師みたいな老人もいて、その時の会話で、私に何かの力を使わせると」
『そう、夢で・・・他にも見ている?記憶を』
「はい。何度か。一度お母様と麦畑の広がる場所を歩いているのも見ました」
『ああ・・・懐かしいわね』
微笑むお母様が美しい。
「お母様は、妖精なのですか?」
『シェリル・・・なぜそれを?』
「今日、魔法士の方に調べてもらったら・・・私が妖精の血を引いているとわかりました」
『それは血液を使った?』
私はこくりと頷く。
『この時代に古の薬を作れる魔法士がいるとは思わなかったわ』
その言葉で、お母様が長い時を生きてきたのを察した。
「お母様は、妖精で不死なのですね」
『・・・ごめんなさい』
「いいのです。私の命が残り僅かなのは聞きましたが、それはお母様のせいではないでしょう?」
『シェリルの言う通り私は妖精よ。でも不死ではないの。今はもう、ね』
「それはどういう事ですか?」
『話したいけれど、今日はそんなに時間がないの。それより伝えなければならない事があって呼んだの』
お母様の顔が真剣な表情に変わる。
「はい、何でしょうか」
『あなたのお父様・・・シャウゼンの皇帝であるセオドアに会ってはダメよ』
「・・・なぜですか?」
確かにレイさんも危険と言っていた。
『魂のプロテクトが外れた今、あなたがセオドアに会ってしまったら、魂を削られてしまうかもしれないの。番の魂の繋がりはとても強いものよ。この時代の魔法や魔術では手が出せないほどの強さ。今のシェリルの魂は、私がかけていたプロテクトを魂の繋がりで代用しているような感じかしら。それでもシャウゼンには古からの魔術を使う魔術師がいる。だから絶対に安全とは言えないの』
「・・・ノイラートですね」
『そこまで分かっているのね・・・そうよ。シェリル、あなたは兄のハーレイに会いなさい』
「ハーレイお兄様ですか?」
お母様は頷くと、手のひらにキラキラと光る粉の入った小瓶を出した。
『このハーレイの魔力の粒子をあなたにあげる。その魔力を辿って連絡を取りなさい。ハーレイには全て話してあるわ。セオドアに見つからないように、何としても会うのよ』
お母様の手から小瓶を受け取って蓋を開けると、
粒子がふわりと浮いて、私の中に溶けていった。
するとどこからか、獣の遠吠えが聞こえた。
思わず私の体が強ばる。
それを見たお母様が私を抱き寄せた。
『シェリル、あなた・・・あの獣を知っているのね?』
「・・・毎日夢に・・・出てきます」
『なんてこと・・・』
お母様が手のひらにまた何かを出した。
匂い玉のような形をしている。
『眠る時はこれを身につけて寝なさい。悪夢が終わるはずよ・・・そろそろ時間だわ』
お母様の姿が薄くなっていく。
「お母様!また会えますか?」
『ええ、また、必ず。あなたの番にも会わなきゃだもの』
今にも消えそうな指先から、私の手に匂い玉が手渡された。
『愛していますよ、私のシェリル』
私はそこで目覚めた。
手のひらには、匂い玉が握られていた。




