4.名前
「名前…ですか?」
「うん。実は君のドレスのポケットからハンカチを見つけたんだけど、少しだけ刺繍されたイニシャルみたいなのが残ってたんだよ。C、e、yの3文字だけなんだけどね。」
「シー、イー、ワイ…」
繰り返すように呟いてみるが、何も思い出せなかった。
「とりあえず、シェリーでどう?」
シェリー。
違和感が無いような感じがする。
私の真名に近いのかもしれない。
「どことなく懐かしいような気もします」
「よかった。それなら近い名前なのかもしれないね。今日からシェリーと呼んでいいかい?」
「はい、ありがとうございます、セシル様」
「セシルでいいよ。様は要らない」
「そんな訳にはいきません。セシル様は恩人ですし、高貴な方ですから」
「うーん、高貴と言うと、君…シェリーもおそらく高い身分の貴族だと思うよ?魔力もかなり高くて質もいいようだしね」
「私の魔力が…ですか?」
「リンデンバウムでは身分が高い程魔力が高くて質もいいのだけど、シェリーの魔力はリンデンバウムの王家並だと思う。保護した時は魔力がほぼ底をつきかけていたから気づかなかったんだけど、ここ数日でかなり回復したみたいだね。それでもまだ増えそうな感じ」
王家並…?
はっきりとした量のイメージは湧かないが、
王家という事はかなりの量なのだろう。
ちょっとそれは怖いかもしれない。
今の私は魔力の扱い方を忘れている。
よく分からないうちに魔力の暴走とかしてしまわないだろうか。
「あの、私、魔法がある事とかは覚えているんですけど、使い方は一切覚えていなくて…魔力が多いとか高いとかって何か気をつけることはありますか?」
ソファーでわたわたと慌ててしまった私をみて、セシルが愉快そうにくつくつと笑った。
この顔は初めて見た、と思うと同時に顔が少し熱くなる。
「シェリーの魔力の器はとても大きくて、まだ満タンまで満たされていないみたいだから、急にどうこうはならないよ。でもあまり溜め込みすぎたりするのは確かにシェリーに良くないから、その辺は体調が良くなったら教えるから安心して。大丈夫」
大丈夫。
セシル様はよく、私に優しい声で大丈夫と言う。
それを聞くとなぜだか安心できた。
まだ知り合って1週間。
今の今まで、こんなに会話をした事はなかった。
つまり、私は彼をよく知らない。
でも、毎晩悪夢を見る度に私をなだめてくれる彼の瞳は、今一番心の支えになっている。
実際、彼がなだめてくれなければ、私は今頃悪夢に発狂していたかもしれない。
彼といると心が落ち着く。
だから 彼が言うなら大丈夫。
なぜかそう思えるのだ。