309.ミュラー家①
ずっと書くタイミングを見計らっていた、イヴの実家の話です。
「陛下とレイア元皇妃様と姫様にそのような事が…」
サウルがアンリエッタに攫われた日の翌日、ハーレイに呼ばれた魔術師団団長のミカエル・ゾエが、野性味のある顔に似合わない涙を堪えて執務室のソファに座っていた。
その隣には、一緒に呼ばれた銀髪の騎士団団長、フリード・ミュラーが、厳しい顔で座っていた。
「すまない、ミカエル。君を信頼出来ずに話していなかったわけではないんだ」
ハーレイがハンカチを差し出しながらそう言うと、ミカエルは自分の目元に触れ、自分が涙を流している事に気付いて驚きつつ、ハンカチを受け取ってから頭をぶんぶんと振った。
「分かっております。レイア元皇妃様と姫様が消えた時期は、先代の団長が高齢による引退が決まって、私が引き継ぎに追われていた時期でもありました。もしあの時に今の話をお聞きしても、私には殿下を支える事は出来なかったでしょう…ミュラー団長はご存知だったのですか?」
ミカエルが隣で顔を俯かせたまま、膝の上に置いた拳を握るフリードに問いかけた。
魔術師というわりにガタイのいいミカエルと真逆に、フリードは騎士団長には見えない線の細い美男だ。
そしてこのフリード・ミュラーは、イヴの3番目の兄である。
彼はミカエルより年下だが、騎士団団長になったのはミカエルより数年早かった。
「俺は…妹の事があったので。その時にわざわざ当家に殿下がお越しくださり、お話を伺いました」
「あ…、そうか、そういえばミュラー団長の妹君はレイア元皇妃様の侍女だったな。共に消えたという筆頭侍女というのはミュラー団長の妹君だったのか」
「ええ…。父と母はそれよりも前からレイア様方から聞いていたようです」
「前というのは、レイア元皇妃様が計画を決めた時、か?」
フリードが顔を上げ、苦笑いでミカエルに頷いた。
この2人は魔術師と騎士と真逆の職ではあるが、イヴとフリードの兄であるクラウスがミカエルの補佐の魔術師団副団長の地位にいるため、仕事以外でもそれなりに関わることも多く、仲はそこそこ良い。
クラウスもこの場に呼ぶか迷ったのだが、昨日の後処理もあるだろうし、フリードが言う通り、クラウスには既に話してあるため、呼んでいない。
2人の様子を見て、ハーレイが説明を加えた。
「母上が、母上と共に失踪することになるイヴの実家を守るため、ミュラー侯爵家と話し合いを持たれたんだ。母上が消えた事は城につとめる者達や貴族は知っていたが、その詳細を公表するには母上の種族や父上の企みを話さなければならなくなる。しかしそれは出来なかった。皇家に仕える大多数の貴族の当主たちならば、イヴが着いて行ったと知ってもミュラー侯爵家の娘が護衛として母上に付き従ったのだろうと理解しただろうが、政から遠い貴族夫人たちや社交界は違う」
「ああ…たしかに…」
社交界に何か良くない思いでもあるのか、ミカエルが顔を歪めた。
おそらく見目も立場も立派なミカエルが未だ独身の理由は、その辺にあるのだろう。
しかし、何か思い出したのか突然顔を上げ、ハーレイを見た。
「あの、殿下、私の思い違いでなければ、数年前に夜会でイヴリン嬢を見た気がするのですが…?それにたしか…嫁がれたと聞いたような」
「ミカエルの言う通り、世間的にはイヴは侍女を辞めて嫁いだ事になっている。そうだな、詳しく話そうか」
ハーレイは視線でフリードに許可を求め、頷くのを見て語り始めた。
もしミュラー侯爵家に話さなければ、レイア達の追っ手にミュラー侯爵家まで追加されてましたw




