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番の瞳  作者: 言葉
第八章:望む未来への道程
308/641

308.閑話:2人の色の指輪

ずっと書きたかった閑話です。

1話に纏めたかったので、ちょっと長いです。



セシルからプロポーズされてから数日後の夜、湯浴みを終えたシェリーが鏡の前に座り、クロエに髪を乾かしてもらっていた。


ほんわかと暖かい風の魔法が、クロエの手から流れてくるのを感じながら、シェリーが左手を少し上げ、薬指に光る指輪を見つめた。


「お嬢様、改めておめでとうございます」


シェリーは振り返りそうになったのをとめ、前を向いて鏡越しのクロエにはにかむように微笑んだ。


「…ありがとう、クロエ」


祝いの言葉に返事を返し、再び視線を指輪に落とすのを見て、クロエが首を傾げた。


「どうされたのですか?何か気になる事でも?」


「その…ね、この指輪のことなのだけれど」


「はい、お二人の色の指輪で、とても綺麗です!」


クロエが心から嬉しそうに答える。

シェリーは昼間プロポーズを見ていたクロエから、指輪の宝石の色について『婚約者や恋人に、自分と相手の色のアクセサリーを贈る慣わしがある』と聞いた。

嬉しさが込み上げると同時に、ふと疑問に思った事があった。


「アクアマリンは私の元の瞳の色で、エメラルドは番の瞳。ダイヤモンドはセシル様の元の瞳の色よね」


「はい!そうだと思いますが…どうされたのです?」


「この指輪、いつのまに作られたのかしら?」


「…そう言われてみれば」


3色の宝石をバランスよく纏めた独特なデザインの指輪は、既製の指輪には見えないため、おそらく特注品だと思われた。

しかしセシルが王都に戻ってから宝石商に頼んだとしても、こんなにすぐに出来上がるだろうか?

領地にいた頃に向こうの宝石商に頼んだとしたら、その頃からすでにプロポーズを考えていた事になる。

確かにセシルはシェリーに一目惚れしたと言ってはいたが、番ではないシェリーに一目惚れしたことに悩んだとセシルから聞いた為、それは考えにくい。

それに領地から届いたのはオリビアが注文したシェリーのドレスと普段使いのワンピースだけだったはずだ。


「もしかしてお嬢様、何かよからぬ想像されてます?」


「…」


「例えば、別の方にあげるつもりで作った指輪だった、とか」


「…う」


考えていた事を見事に言い当てられ、シェリーが俯く。


「お嬢様、セシル様は本当にお嬢様に出逢うまで、色恋には全く興味が無かったのですよ!それに、そんなに都合よく、お嬢様の色の指輪を持っていたと考えるのは無理がありますよ〜」


確かに、クロエの言う通りなのだ。

だからこそシェリーはモヤモヤしていた。


「聞いてみたらいかがですか?」


「えっ?聞くって…セシル様に?」


「はい!セシル様なら、お嬢様が尋ねればちゃんと答えて下さると、クロエは思います!はい、乾きました!今日は鈴蘭のオイルにしますね」


「ええ。そうね、聞いてみるわ。ありがとう、クロエ」


顔を上げたシェリーが鏡越しに微笑むと、クロエも人懐っこい笑顔で頷いた。



それから少しして、部屋のドアがノックされた。

時計を見ると、いつもの時間。

シェリーは返事をしながら立ち上がると小走りで駆け寄り、ドアを開けた。


目の前には、胸元が少し広めの寝衣にカーディガン姿のセシル。

乾ききっていない髪は結われておらず、普段は隠している色気が漂っていた。

その色気にあてられて染まったシェリーの頬に、セシルの唇がちゅっと音を立てた。


びっくりして肩を揺らしたシェリーを、くすくすと笑いながら見下ろす深緑の瞳は、トロトロと溶けだしそうな程甘い。


「入っていい?」


セシルに問われたシェリーが、慌てて部屋へと招き入れた。


ソファに並び合って座ったセシルが、シェリーに向けて両手を広げた。


「おいで、シェリー」


最近毎日繰り返されるこのやり取りが、シェリーは好きだった。

セシルの「おいで」の声が、甘くて甘くて、シェリーの心がきゅうっとなって痺れを伴う。


大人しく、広げられた腕に後ろ向きですっぽりと収まったシェリーは、セシルの胸に頭を預け、しばらくこの幸せな時間に浸った。


「セシル様」


「ん?」


「聞いてもいいですか?」


「うん?なんだろ」


「この指輪…いつの間に用意されていたのですか?」


シェリーがセシルに握られていた左手をセシルの手ごと持ち上げて、指輪を見せた。


「ああ、実は元々持っていたんだ」


さらりと答えたセシルの声には、罪悪感の様なものは感じられないが、やはりシェリーの為に作ったわけではないのだな、と思うと、分かってはいたが悲しくなった。


「そうなのですね」


「うん…今思えばあの人は多分、私の番がその色なのを知っていたんだろうなぁ」


なにやら意味深な事を呟いたセシルに、体を起こしたシェリーが振り返った。

今のセシルの呟きは、シェリーが予想してた事実を否定しているように聞こえた。


「セシル様、それはどういう事です?」


「…気になる?」


「気になります!」


カウチソファに寄りかかっていたセシルが、体を起こして再びシェリーを後ろから抱き締めると、思い出しながら語り出した。


「半年くらい前かな、母上の診察と領地の視察に行った時の事なんだけどね、露天商が多い地区の視察中、初めて見るアクセサリー売りを見つけたんだ。うちの領地に店を開く露天商は、商人ギルドで許可を取って商売をしてるんだけど、ギルドの許可が降りるにはそれなりに信用が必要なんだよ。だから新しい商人がいるとすぐに目につくんだ」


セシルの話に相槌をうちながら、シェリーは続きを促した。


「それで、なぜか無性にどんな人物がどんな商品を扱っているのか気になって、私が領主代行なのは伏せて、話しかけてみたんだ。その商人は黒いフードを被ってて、初めは顔がよく見えなかったんだけど、私を見上げて眼鏡を外した顔が、驚くほど美形な男性だった」


一度言葉を区切ったセシルが、くつくつと笑う。

シェリーが首を傾げると、セシルがシェリーの頭に口付けを落とし、続きを話した。


「いや、あんまりに整った顔で、男の私ですら固まってしまったんだよね。長い黒髪で、不思議な黄金の瞳をしていた。彼はすぐに眼鏡をかけなおしたんだけど、その途端になんだかぼんやりとした顔になったんた」


「魔法具ですか?認識阻害の」


「うん、多分そうだと思う。あんな美形の商人じゃ、まともに商売もできないだろうしね…。それで、改めて商品を見せてもらおうとしたら、その男性が傍らに置いていた箱の中から、迷いなく一つの宝石ケースを取り出して私に差し出したんだ。この箱の中身を見ろという事かと思って蓋をあけたら、見た事もない素晴らしいデザインの指輪が入っていた」


「もしかしてそれが、この?」


「そう。その指輪を一目見て、これはどうしても買わなければいけないって感じたんだ。しばらくその指輪に見蕩れていた私が顔を上げると、さっきまで目の前にいた男性は、広げていた商品ごと、幻のように消えていた」


「ええっ…」


「私がびっくりして立ち上がると、指輪が入っていたケースから折り畳まれた手書きのメモが落ちたんだ。そこにね、「未来のあなたの番に」って書いてあったんだよ」


シェリーが驚きのあまり開いてしまった口を、慌てて閉じた。


「男性からも、指輪からも、魔法とはまた別の…何ていうか不思議な力を感じた。勿論私が番を探しているなんて一言も話していない。だから、私がもし無事に番を見つけられたら、この指輪を贈ろうって決めていたんだ。だけど今日プロポーズする前、改めて指輪を見てみたら、私の色と番の色と共に、シェリーの色があった。流石に宝石の色までシェリーの色だなんて、びっくりしたよ。あの人は人ではない何か…もしかしたらシェリーを知る妖精とかだったのかもな」


「私を知る妖精、ですか?」


「うん、シェリーが私と出逢う事を知っていて、シェリーの幸せを願う妖精が、私にその指輪を託してくれたのかなって。その指輪には、いくつもの護りの魔法が込められているんだよ。レイがびっくりして、何度も何度も確認したくらい」


セシルはその時のレイの様子を思い出したのか、くすくすと笑い声を漏らした。


「私の幸せを…もしセシル様の想像が本当だとしたら、記憶を無くす前の私の幸せを、セシル様に託してまで祈ってくれた誰かが居たって事ですよね。私は…とても幸せ者ですね」


指輪を見つめながら顔を綻ばせたシェリーの左手を、セシルがゆっくりと持ち上げ、指輪のはまる指に口付けを落とした。


「この指輪に誓って、君を必ず幸せにするよ、シェリル」


「はい…私も。今でももう幸せですけど、この指輪に誓って、もっと幸せになります。だから幸せにして下さいね、セシル様」


「ああ、シェリーにもういらないって言われても、これからも毎日君に愛を捧げて、今の何倍も幸せにするよ」


シェリーは「私が生きている間は」と言うのは避けた。

セシルは気付いただろうけれど、触れない。

今この瞬間に、悲しい話はいらない。


2人の優しい深緑の瞳が、キラキラと光る指輪を見つめていた。


作者はたまに忘れますが、この物語の主役はセシルとシェリルなんです…。

しかも当初はセシルがメインの話だったりします。

どこでこうなった…?

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