3.染まりかけの瞳
まじまじと覗き込む私の表情で察したセシル様が恐る恐る口を開く。
「…もしかして、今色が変わった?」
そうたずねられて、私はこくりと頷いた。
横から見ていたクロエも驚きで息を飲んでいるのが分かる。
セシル様の緑がかった瞳を、昼間に見るのは初めてだった。
何故か目を離してはいけないような、不思議な感覚に引き込まれそうになる。
その瞳は、困惑していくかのように段々と揺れていった。
「君の瞳は変わらないんだな…」
その呟きを聞いて、私は触れていた手を慌てて離した。
なんだか 彼に触れた私の指先から、何か良くないものが流れ込んで彼の瞳を変色させてしまったのでは?などと考えてしまったのだ。
でもその瞳はまた、元通りの白銀へと戻って行った。
セシルの瞳について詳しく聞いていいのか分からず
彼の言葉を待った。
咄嗟に離してしまった私の手を見つめていた彼は、何やら覚悟を決めたように顔を上げた。
「君は今の事を詳しく聞きたいと思う。だが、これは私の家系…というか血かな。それに関係あるんだ。少し調べてからきちんと説明するから、それまで待ってもらえないだろうか」
彼の困惑と懇願が織り交ざったような瞳は、嘘をついているとか隠し事をしているようには見えない。
「わかりました」
「ありがとう」
「あの、一つだけ…お聞かせください」
「なんだろう?」
「その…今回の現象は私が何か関わりがありますか?たとえば…私が何か良くないものをセシル様に…毒みたいなものを流し混んでしまったとか…」
毎晩彼に助けてもらっているシェリーとしては、今見た現象が、自分が原因なのか、セシル様の言う彼の血のせいなのか、そこだけは聞かなければならない。
すると彼は慌てて、それは違うと否定した。
「君が考えたようなのでは無いから安心して。君にも私にも害は無いはずだよ。ただ、君自身に関係があるかと言えば…おそらく、あると思う。調べてみないと断定は出来ないのだけれどね」
はっきり言えなくてすまない、と申し訳なさそうに弱い微笑みで謝られたので少し恐縮してしまう。
でも私が彼を無意識にでも害していたのではないと聞いてほっとした。
「いいえ、私には何があろうと構わないのですが、セシル様を無意識に害していたのではと不安になってしまっただけです。お答え頂いて安心しました」
「君に何があろうと構わないわけないだろう」
「でも私は何もかも忘れてしまった身ですから」
自虐的だとは思うが実際、帰る場所も大切な人も、名前すら無い空っぽの自分の存在など、なんの意味もない気がしていた。
俯いてしまった私の頬に彼の手が触れる。
突然の温もりに驚いて顔を上げると、また染まり始めた瞳が柔らかい光を灯していた。
「そんな事はない。何もかも無くしてしまったのなら、取り戻せばいい。取り戻せなかったら、新しく作ればいい。とりあえず、いつまでも君と呼ぶのもなんだから、名前から初めてみない?」
そう言って微笑んだ彼の瞳の緑は、先程よりもほんの少し緑が濃くなった気がした。