10.番
シェリーは窓から差し込む日差しで目が覚めた。
そして固まった。
目の前に、安らかに眠るセシル様の顔があったからだ。
慌てて離れようにも、きっちりと抱きしめられていて、身動き一つ出来そうにない。
そして、不思議な感情に気づいた。
怖くないのだ。
寧ろ、ひどく落ち着く。
セシル様が優しい人なのは、保護されてからの態度で分かっている。
それでも異性に抱きしめられて、同じベッドで眠るなど、淑女としてはよろしくない。
あれ?淑女・・・?
記憶を無くす前、私は淑女だったのかしら。
そういえば、おそらく高位の貴族だろうと言われた。
でも、平民でもこれはよろしくないかもしれない。
少し考えて、シェリーはセシル様の端正な顔を覗き込んだ。
朝日に漆黒の髪がキラキラと輝いている。
すやすやと、穏やかに寝息をたてるセシル様は、いつもシェリーに微笑みかける優しい顔よりも、さらに優しげな顔をしていた。
満足そうな、安心しているような。
愛しい。
ふと、そんな事を考えた自分にびっくりして、誰も見ていないのに顔を両手で覆ってしまう。
私は何を考えているの?
彼が優しいのは、私がこんな状態だから。
勘違いしてはいけない。
ふぅ、と息を吐き出した。
「おはよう、シェリー」
急に頭から降ってきた声に、ビクッと肩を震わせ、顔を覆う指の隙間から、声の主を覗き見た。
深緑。
セシル様の白銀だった瞳は、余す所なく深緑に染まっていた。
シェリーは無意識に、顔を覆っていた手でセシル様の頬に触れる。
「瞳が・・・」
セシル様はシェリーの手に自分の手を重ねて、
「君の瞳もだよ」
そう言うとシェリーの手に唇を落とし
「まだ、全てではないけれど」
そう言って、少し整った眉を下げた。
「私の瞳も変わって・・・?」
シェリーがそう聞くと、セシル様は寝台横のチェストから手鏡を取り、シェリーの顔を映した。
そこには頬を赤らめ、深緑の瞳をした自分がいた。
瞳孔に近い虹彩は少し空色を残しているが、ほぼ深緑に染まっている。
不思議で、まじまじと鏡を覗き込んでいると
「君は私の、私は君の番だ」
セシル様が優しく呟いた。
――番。
――つがい。
その言葉を聞いた瞬間に、ブワッとシェリーの胸から熱い何かが溢れ、シェリーの染まりかけの瞳から涙が溢れた。
突然泣き出したシェリーを見たセシル様が
「シェリー?!ごめん、ごめん!」
と、慌てて涙を拭うも、シェリーの涙は止まらない。
とりあえず離れようとしたセシル様のシャツに、シェリーはしがみついた。
離れようとしていたセシル様の動きが止まり、離れるかわりに優しく抱きしめられた。
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しばらく泣き続けたシェリーがようやく落ち着いたのは、それからしばらくしてからだった。
途中、クロエが朝食を知らせに来たのだが、苦笑いでクロエを見るセシルの腕の中で、必死にしがみついて泣くシェリーを見て、生暖かい目で去っていった。
気まずいことこの上なかった・・・。
「・・・セシル、さま」
ようやく泣き止んだシェリーが
不安そうな顔をあげた。
「シェリー、突然ごめんね、大丈夫?」
シェリーはこくりと頷くと、
「・・・番とは、何でしょうか?セシル様に番と言われた瞬間に、なんと言うか・・・よく分からない感情が止まらなくなってしまって」
シェリーは自分の理解できない感情に不安を感じているようで、瞳がさ迷っている。
「昨日、私の瞳の話をした時に、君にも関係していると言ったのは覚えている?」
シェリーは頷く。
「詳しくは後でまた話すけど、私の瞳がこの深緑になるのは、この世でただ一人の相手と居る時だけなんだ。その相手を、番と言う。」
シェリーはただでさえ大きな瞳をさらに広げて、セシルを見つめていた。




