追放された補助魔術師はざまぁする気もないのに、元パーティーは勝手に全滅した件
「アシス、お前をパーティーから追放する! 前々から実力もないくせに口うるさい奴だと思っていたが、もう限界だ! さっさと失せろ!」
パーティーのリーダーにして戦士であるノーキンが、大声で言い放った。
雑用係にして補助魔術師であるアシスは、目を見開いた後、落胆に肩を落とす。
事の発端は、依頼を受けてワイバーン討伐に向かう最中、森の中でオークの群れを見つけたことだった。
アシスは後顧の憂いを断つために、まずはオークを倒しておくべきだと主張した。
しかし、オークを倒したところで報酬は出ない。
報酬が出ない上に、必要のない雑魚を狩る労力なんてかけていられないと、他のパーティーメンバー全員から反対された。
アシスは普段からこういった細かいことを指摘していたため、それが積もり積もって、ノーキンがとうとう爆発してしまったのだ。
「残念だけど、仕方ないねっ! だってアシスくん、ウザいんだもん! オークなんて雑魚、もしかかってきたところで余裕って感じだしぃ? 時間のムダムダ! さっさと先に行こうよ!」
盗賊であるシリィが、小柄な体に見合わぬ豊満な胸を突き出しながら、嘲りを浮かべる。
「慎重が過ぎると思います。我々には、素早い討伐も求められているのです。オークを相手にするのは、時間の無駄でしかありません。残念ですが、アシスさんは我々のパーティーにふさわしくないと、私も思います」
治癒術師であるガールが穏やかな口調ながらも、きっぱりとアシスを拒絶する。
「……わかった。でも、この討伐が終わってからにしてほしい。それからなら、何も言わずにパーティーを抜けるから」
「あ? 討伐報酬は譲らないってことか? 浅ましい奴だな! もうお前のような役立たずに分け前なんて渡したくねえんだよ! さっさと消えろよ!」
「だが、お前たちだけでは……」
さっさと追い払いたがるノーキンに食い下がろうとするアシスだが、シリィとガールの二人も苛立ちを露わにしてくる。
「ちょっとちょっと、何言っちゃってんの? ショボい補助魔法しか使えない、お荷物のくせしてさぁ。アンタなんていなくても、ううん、いないほうが動きやすいの! 戦ってもいないくせに邪魔! 自惚れないでよね!」
「あなたなど不要だということがわかりませんか? 裏方なら裏方らしく謙虚な態度でへりくだっていればまだしも、あれこれとケチをつけるだけの傲慢なお荷物など、害悪でしかありません。我々には二度と関わらないでください」
女性陣二人にも責められ、アシスは大きくため息を漏らして口をつぐんだ。
「……わかった。元気でな」
それだけを言い残し、アシスは彼らの元を立ち去った。
一人、森の中を歩きながら、アシスは苦い思いを噛みしめていた。
パーティーを追放されてしまったが、元からこういう関係ではなかった。最初の頃はみんなで助け合い、共に笑い、共に頑張ってきたのだ。
それが、難度の高い討伐がうまくいくにつれて、関係に綻びが出てきた。
はっきりと目に見える活躍をしている彼らとは違い、補助魔術しか使えないアシスはだんだん疎まれていったのだ。
「これからどうしようかな……」
ぼんやりと呟くアシスの耳に、叫び声や金属のぶつかる音が聞こえてきた。
何事かと思ってその方向に向かっていくと、兵士たちが狼たちと戦っているようだった。
彼らの後ろには一人の少女がいて、恐怖に青ざめながらも毅然と立っている。
「姫さまを守れ!」
兵士たちは果敢に狼たちと戦うが、どうやら普通の狼ではないようだ。
この森の中でも危険度の高い、魔狼だろう。ワイバーンにも劣らぬ、強い魔物だ。
兵士たちのほうが押され気味で、すでに倒れている兵士が何人もいる。
それに対し、魔狼たちは多少の傷を負っているだけで、戦闘不能になっている者はいない。
アシスは、魔狼たちに向けて能力低下の魔術を放った。
続いて兵士たちには、能力増強の魔術を放つ。
「な……なんだ、これは!?」
たちまち、戦況は逆転した。
不思議そうにしながらも、兵士たちは魔狼たちを次々と屠っていく。
あっという間に魔狼たちは全員が屍となった。
無事に終わったようでよかったと、アシスはこっそり立ち去ろうとする。
「……お待ちください!」
しかし、守られていた少女がアシスに気づき、呼び止める。
仕方がなくアシスは足を止め、少女の前に姿を現した。
「あなたが、わたくしたちを救ってくださったのですね。心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
少女は優雅に膝を折り、礼を述べる。
「いや、俺はちょっと手助けをしたにすぎない。実際に戦ったのは、そこの兵士たちだ。兵士たちを褒めてやるんだな」
「はい、もちろん彼らが立派な働きをしたこと、わたくしは誇りに思いますし、感謝もしております。ですが、あなたの補助魔術という助けがあったからこその結果です」
「所詮は補助魔術、裏方だ。戦ったわけでもない。称えられるようなことじゃない」
パーティーから追放されたときに浴びせられた言葉が脳裏に蘇り、アシスは自嘲気味に呟く。
「いいえ、本来は裏方で支える方々こそ、称えられるべきなのです」
だが、少女は一歩も引かずに微笑んで答える。
少女の胸元を飾る、太陽と月のペンダントが光を浴びて輝いた。
どこぞの王家の紋章だったはずだと、アシスは気づく。
「よく王は太陽だと言われるが、そうではなく、王は月なのだ。民という太陽があってこそ輝けるのだと、わたくしはよく言い聞かされてまいりました。食べるもの、着るものひとつ取っても、それを作る人、運ぶ人、様々な人たちに支えられているのだと」
少女は凛と立ちながら、優しい声で語る。
「戦ったわけではないとあなたはおっしゃいましたが、そうではないと思います。直接戦う者だけではなく、情報をもたらす者、補給を行う者、さまざまな役割で成り立っていて、それぞれに戦っているのです。あなたも、立派に戦ってくださいました」
少女の言葉が、アシスの心に染みこんでいく。
実は元パーティーメンバーたちの言葉によって思った以上に傷ついていたのだと、今更ながらに気づかされた。
その傷が、少女によって優しく癒されていった。
そして、アシスは思い出す。
とある王家では正妃の娘であり正当な世継ぎである王女から、愛妾の息子である王子がその座を奪おうと画策しているという話を。
王子にはろくな噂がなく、己こそが唯一無二の太陽だとうそぶいているということも。
こんなところにいたのも、王子の陰謀ではないだろうか。
「そもそも、これほど広範囲に渡り、しかも短時間で能力低下に能力増強の魔術を使うなど、聞いたことがありません。こういった補助魔術は、基本的には一度に一人ずつにしか使えないものと聞いております。準備に時間をかければ、もっと多くの人数にもかけられるそうですが」
「……え? 宮廷魔術師ともなれば大軍勢に能力増強をかけると……パーティーにしかかけられないお前はショボいとよく言われていたのに……」
「大軍勢にかけるともなれば、宮廷魔術師全員で一か月以上前から儀式を行うものです。それでも、今のあなたが使った魔術の十分の一の効果もないでしょう。あなたは、ご自分の凄さをまったくご存知ではないようですね……」
少女はやや呆れた様子だった。
「もし……もしよろしければ……わたくしたちに力を貸しては頂けませんか? 今は手持ちがありませんが、必ず……」
「いいよ」
少女が言い切る前に、アシスは頷いた。
理性は厄介ごとだと警鐘を鳴らしていたが、心は少女を手助けしてやりたいと強く訴えている。
パーティーメンバーによって傷つけられた心を、彼女は救ってくれた。
しかも、アシスのことが必要だというのだ。ならば、応えるしかない。
彼女の元でなら、アシスも輝けるかもしれないという期待もあった。
もう、アシスの頭から元パーティーに対する思いは消え失せていた。
「あ……ありがとうございます……! わたくしの名はプリンシア。サンムーン王国の第一王女で……」
嬉しそうに顔を輝かせ、少女は語り始める。
こうして、アシスは新たな人生を歩み始めることとなったのだった。
*
やっと邪魔者を追放し、ノーキン、シリィ、ガールの三人は意気揚々と歩いていた。
これで役立たずに報酬を分配する必要もなく、下らない細かなことを指摘される煩わしさもない。
これからワイバーンを討伐し、邪魔者を切り捨てたパーティーはますます飛躍していくことだろうと、三人は輝かしい未来を疑っていなかった。
「なっ……なんだ、こいつは!? 強すぎる! くそっ! 撤退だ!」
ところが、いざワイバーンと出会った途端、相手の強さにのまれてしまった。
威嚇の咆吼だけで、圧倒的な力量差が伝わってきて、ノーキンは素早く逃げ出す。
「ま……待ってよ!」
「置いていかないでください!」
シリィとガールも慌てて後を追っていく。
幸いにして、ワイバーンは追いかけてこなかった。攻撃をする余裕などなく、何もしないまま逃げ出したので、脅威と判断されなかったのだろう。
「そんな……どうして、あんなに強い奴がこんなところにいるんだ……!」
ノーキンは走りながら、頭は疑問でいっぱいだった。
これまでにワイバーンを討伐したことくらいある。
だが、先ほどのワイバーンは今まで戦ったワイバーンたちなど足下にも及ばないほどの強さを感じた。
今まで、強敵と呼ばれるような魔物たちを多く屠ってきたが、このようなことは初めてだった。
いつも努力しなくても結果を出せるので、ノーキンは自分を天才だと思っていた。
それが実はアシスの補助魔術によるものだったと気づいていないノーキンは、何が起こっているのかわからない。
「……仕方が無い。立て直しだ……ん? オークか……」
逃げ出した先にいたのは、途中で見かけたオークの群れだった。
だが、オークなど雑魚でしかない。
少し気晴らしをしようと、歪んだ笑みを浮かべながら、ノーキンは剣を抜いた。
「……っ!?」
だが、オークに斬りかかったノーキンの剣は、あっさりと受け止められる。
そこに、横から別のオークが武器を抜いて斬りつけてきた。
「ぐっ……! 何だ! 何が起こってるんだ!?」
いつもならば軽くかわせる程度の攻撃のはずが、脇腹を抉る。
そこに、また別のオークが武器を突き刺してきて、かわしきれずに傷が増えていく。
「そんな……そんな……オークだぞ……どうして、こんな……」
傷だらけになりながら、ノーキンは愕然とする。
この程度のオークの群れなど、普段ならば一人で全滅させられるはずだ。
それなのに何故だと、ノーキンは理解できない。
今は、一対一ならば良い勝負になりそうなくらいの弱体ぶりだ。
いつもと何が違う。何が変わった。そう思い、ノーキンははっと気づく。
補助魔術を使っていたアシスを追放したことに。
「まさか、あいつの補助魔術が……? い、いや、違う! 俺は足手まといを切り捨てただけだ! 断じてあいつのおかげなんかじゃない! 俺は悪くない!」
そう叫びながら、ノーキンは剣を振り上げる。
だが、そのとき、オークの槍がノーキンの心臓を貫いた。
「そんな……あいつを……追放したのが……間違い……だった……の……か」
ごぷりと口から血を吐き出し、ノーキンは事切れた。
シリィとガールはオークたちに捕らえられた。
ワイバーンから逃げ出したと思ったら、ノーキンがオークたちに殺されるところと遭遇してしまい、恐怖のあまり動けなくなってしまったのだ。
オークたちはシリィとガールを殺さなかった。
だが、それは繁殖用の道具とするためだ。
これから待っているのは、いっそ死んだほうがマシといえるかもしれない、屈辱と苦痛に満ちた繁殖奴隷としての日々だろう。
「……っ!」
泣き叫んで助けを求めていたシリィとガールだが、縛られて猿ぐつわもされてしまい、何もできなくなってしまった。
それでも、どうにか逃げ出せないだろうかと、二人は必死にあがく。
「……そういえば、この辺だったかな」
そこに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
アシスの声だと気づいた二人は、救いの糸が垂らされたことを感じ、希望を抱く。
「何かありましたの?」
「討伐に行く最中、オークの群れを見つけたんだ。後ろから襲われないよう、倒しておくべきだと言ったんだが、却下されて……それがきっかけでパーティーを追放されてしまった」
だが、さらに続く声は、シリィとガールの落ち度を露わにするものだった。
アシスは正しかった。あのとき、オークの群れを倒しておけば、二人は今のような事態に陥っていなかったのだ。
(ごめんなさい、アシスくん! 私たちが悪かったわ! だから助けて! オークを倒すべきって主張したんだから、きっと倒してくれるよね!)
(アシスさん、あのときは申し訳ありませんでした。傲慢だったのは、私たちでした。だから、どうか私たち……いえ、私だけでもオークから救ってください……!)
シリィとガールは、アシスに対して必死に謝罪する。
だが、言葉にならない声は、届くことは無かった。
「まあ……そうでしたのね。あら、本当にオークがいるようですわ。退治していきますか?」
二人には聞き覚えのない少女の声だったが、これで救われるのだと、シリィとガールは顔を輝かせる。
「いや……素早い討伐のためにはオークに時間をかけていられないと言われて……それも一理あると思ったんだ。今の目的はその時とは違うけれど、無駄な時間はかけていられない。オークがいるといっても襲ってこないみたいだし、先を急ごう」
だが、すぐ目の前まで垂らされていた救いの糸は、シリィとガールの過去の言葉によって断ち切られてしまった。
アシスたちの足音が遠ざかっていく。
(待って! 待って! 私がバカだったの! 戻ってきて! この体を好きにしていいから、戻ってきてよ!)
(待って……! そんな言葉、取り消しますから……! 私の貞操を捧げますので、助けてください……!)
涙を流し、必死に訴えかけるシリィとガールだが、アシスたちは二人に気づくこともなく、いなくなってしまった。
オークたちも、二人の若い女という戦利品を得ておいて、わざわざ得体の知れない相手に襲いかかる必要はない。
アシスたちの姿が消えたことを確認すると、オークたちはシリィとガールを巣穴へと引きずっていった。
──後に、女王陛下と、その側に常に寄り添う補助魔術師の姿が人々によって語られることとなった。
だが、補助魔術師がその立場を得るきっかけとなった、彼の元パーティーの行方は、誰も知らない。




