Arusha in Nightmare
すべてが終わり、今となっては魔術的にも意味のなくしたルーバス大聖堂。その太陽の塔の最上階で悠然と佇む紅い長髪の男がいた。
悪魔的な金色の双眸は、今しがたハルリスの駅を出発した列車を眺めている。
そして、男の背後から現れるもう一つの気配。
突如何もない空間から現出した黒い渦。その奥からコツコツと音を鳴らし歩いてくる小柄な少女は真夏の季節らしく両肩を出した涼しげな服装だった。しかし、その反面フードを深々とかぶり、自分の正体を隠すかのような恰好をしている。
「ルーク、まだこんなところにいたのか? ジェインの野望はすでに潰えているんだ。ジェインが死に契約が消えた今、もうこの街に用はないはずだろ。さっさと自分の目的を済ませに行ってくればいいのに」
ルークと呼ばれた紅い長髪の男は、その澄んだ声の少女に答える。
「この声は、アルシャだな。君の言うように確かにもうこの街に用はないさ。ネロとカレンもこの街から離れたようだからな。いよいよ俺もこの街にいる意味がなくなったわけだ。
とは言うものの、本来の俺の役目は君の支援と護衛。君の用が終わるまでは君の指示に従って裏方に徹しているつもりだったんだよ。だが本当に良かったのかい。あのままティア・パーシスを行かせてしまって。君にとっては特に重要な人物なのだろ?」
アルシャと呼ばれた少女はルークの横につき、山の向こうへと走っていく列車を睨む。つい数分前にロイド・エルケンスと別れたティア・パーシス。その存在を憎しみで刺し穿つような視線で。
「ええ、問題はないよ。ああして元気に生きているのならそれで。おかげでわたしの怒りが失せずに済む。本当に憎らしい。今すぐにでも全てを奪ってしまいたいくらいに。でもねルーク。それは今じゃないの。わたしたちが相対するのはもう少し先の話。たとえどこに行こうとも、必ずわたしたちは会うことになるのだから」
言葉の意味を理解できずにか、肩をすくめてルークはアルシャに問いかける。
「君は未来予知の能力でも持っていたのかな」
「そんなわけないじゃないか。ただの予感だよ。あいつはあいつの過去を取り戻して、わたしはわたしの存在を取り戻す。言葉では解りづらいだろうけど、目的は同じものを指している。だから、あいつとわたしの行く道は必ず交わるんだ」
「……よくわからないな、君の言うことは。ただの妄言だと突き放しても良かったが何故だろうね、君のことは放っておけない。俺が救うのは能力者であり、君のような魔術師は対象外なんだが」
「まさか情でも移った?」
「はは、それこそあり得ないさ。俺はね、君の行く先を見たいのかもしれない。言えば君はきっと怒るだろうけれど、君のような存在こそが能力者の救済に必要なんだろう」
ルークの言葉にアルシャは不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ、いいこと言うじゃない。あなたじゃなければ怒っていたかも」
「光栄だね。それも君が俺のことを認めてくれているからだと解釈しよう」
「お好きにどうぞ」
言ったところで眺めていた列車は完全に山に隠れ見えなくなった。アルシャは大きなため息を吐き、肩をほぐすような仕草で気を緩める。そんな様子を横目にルークは問うた。
「ところでアルシャ。今回の件、改めて謝罪しよう」
「何のことをさ」
「ユリウスのことさ。俺はあいつに任せきりで、最後には手を貸すこともなくそのまま見殺しにした。今にして後悔している。君もあいつには懐いていただろ」
「確かに。惜しい人を亡くしたとは思っているさ。ユリウスの作るスイーツは最高だったし。けれど、ここで立ち止まってしまったらユリウスの為にもならないだろ。あんたは『当代最強の能力者』として役目を真っ当すればいいさ」
「……ああ、君の言う通りだな。何を惑っていたのか。俺としたことが情けない」
パンパンと両手で自分の頬を叩くルーク
「さて。この地の霊獣、ライブラは既にロイド・エルケンスの手の内だ。今から奪うのも手ではあるが。……さて、これからどうする?」
「そうだね。ライブラを手に入れられなかったのは残念だ。けれど、今は彼の手に委ねておいていいでしょう。なにせ既にルークの手には闇のピスケスがいるのだから。それに光のレオは確保済み。加えて、ほら――」
アルシャはルークに掌を差し出す。すると、その掌の上で踊る炎ように浅緑の揺らぎが現れた。
絶えず平静であったルークの表情。その揺らぎを目にした瞬間、微かに眉がひそめられた。
「――これは」
「風の霊獣カプリコーンの核だよ。能力者としての因子も有するジェインの身体は役に立ったよ。風はわたしの先天属性でもあるんだから。一番役に立つ霊獣を手に入れられてよかったよ」
「……」
満足そうに言うアルシャに対し、ルークは困ったような表情をして片手で顔を覆う。
「待て、待て待て。理解が追い付かない。説明してくれアルシャ。ジェインが戻らないのは君が原因か? 君はこのハルリスで一体何をしていた?」
「何ってそんなこと一つしかないじゃない。ロイド・エルケンスたちに妨げられた星座の魔術、その再開さ」
「再開だって? そんなことが……いや、あの段階まで事は進んだんだ。できないとは言い切れないか。贄の対象もジェインの異能者としての半面を利用すれば可能だ。だが、やはり分からないな。ジェインを手に掛けたこともそうだが、君が手にしているモノはカプリコーンの核だろ。この地に封印されている至宝は幻属性。守護する霊獣はライブラじゃなかったのか?」
くすくすと薄ら笑いのアルシャ。
「この地に眠る霊獣。それがライブラだと誰が言ったんだい。元からこの地に封印された至宝の属性は風。つまり、それを守護する霊獣は風を司るカプリコーンだったんだ」
「納得できないな。だが、仮にそうだとしよう。だったら魔術を発動させるため星座の模様になぞられた各中継地点は何だったんだ。別の配置でも儀式が発動するなんてことはあるのか」
「それもフェイクさ。思い返してみなよ。二つの星座の形状を。配置順を考えれば途中までは似通っているんだから」
言われたルークは頭の中でハルリスの地形を思い浮かべる。
ふむふむ、とひとつひとつの中継地点を繋ぎ、そして天秤座と山羊座の形状を比較する。
「……そう言えば、今月の初め頃だったか。西の灯台付近に淡い緑の巨大な虹が現れていたらしいな。まさかそれか?」
「そうそう。正解だよ。その灯台付近には本来の中継地点があったんだ。それを利用することでわたしは風の霊獣と邂逅した。ここから言えること。この地に封印されている至宝が『幻』だと謝った情報を流した者がいるということだね」
「そうだったのか。だが理由は?」
「何が理由かは知らないよ。わたし、学者じゃないし。魔術師としても欠陥だからね。追及心の欠片もないからそこまでは調べなかった」
「……」
「なにさ、ルーク。そんな目をして」
「いいや何も。勉強嫌いそうだなって思っただけさ。歴史とか苦手だろ、あんた」
「馬鹿にしてる?」
「馬鹿にしてる以外なにがある」
「こらルーク! わたしは勉強できるぞ。数学とか得意中の得意だからな」
「そうか? この前勝負したとき俺に負けてたじゃん」
「きぃー!!」
ポコポコと可愛らしい音を鳴らしながらルークを叩くアルシャ。しばらくしたところで正気を取り戻したアルシャは一度咳払いをしてから本題に戻った。
「……それはともあれだ、ルーク。あなたの手回しのおかげでここまで正体を悟られずにティアを見張ることができた。直接動けないわたしに代わって動いてくれるあなたの存在は助かるよ。今回の件については礼を言う。ありがとう」
「どうも。だが今回の件に関して言わせてもらえるならば、俺はただ君と視界をリンクさせて夏至祭を愉しんで回っていただけだ。大したことはしていない。というより何もしていない」
「それでもだよ。今こうして対等にわたしと話ができるのは、ある意味であなただけだからね。だから、これは感謝の意味でもある――」
そうしてアルシャは今まで顔を隠していたフードをとる。
肩口まで伸びた金色の髪。整った少女の顔立ち。そこにあったのは、あの空属性の能力者と同じ、ティア・パーシスの顔だった。
異なるとすれば、ティアにはない憎しみに満ちた碧き双眸。そして何者をも近寄せんとする鋭い目つき。まるで病人であるかのような色の失った肌の白さ。
それを見たルークは、しかし見馴れたものであるかのように一切の感情を表に出さず会話を続ける。
「それはどういう風の吹き回しだい。君が外でフードを取るなんて珍しいじゃないか」
「別に。顔を隠したまま礼を言うのは礼儀がなっていないと思っただけさ。ほら、今この瞬間は誰かに見られてるわけでもないんだろ」
「ああ、それについては安心するといい。この付近に俺たちを監視する目はない。だが――」
ルークは横目でアルシャの顔を観察する。
「久々に君の顔を見たが、やはり似ているな」
「同じ、とは言わないんだね」
「言うはずがないさ。それは君に対する侮辱でもある。君は疑似能力者のような作られた存在ではなく、その元となった存在。『オリジナル』なのだから。君の気持は察するよ。本物の能力者としてね」
「うん。ありがとね。ふふ二回目だ、こんなに短時間で礼を言うのは」
すうっと大きく息を吐き、穏やかな表情を浮かべるアルシャ。
そんな顔を見てか、ルークもつられて頬が和らいだのだった。
「――さて、ルーク。わたしの用もこれで終了だよ。もう行く?」
「ああ。そうしようか。最初に言ったけれど俺の用も既に終わっている。そろそろ帰らければ、二人でデートでもしているのかって勘ぐられるぞ」
「うーん、それは勘弁」
「だったらすぐにでも発とうか。あの方が待っている」
そしてルークは立ち上がるとそのまま部屋の中央、アルシャが現れた地点へと歩き出す。そのあとを無言でついていくアルシャは再び黒の渦を出現させた。
二人並んで歩き、そして次なる目的地へ移動するために黒い渦の中へと消えていくのだった。
◇
こうして異分子の消え去ったハルリス。
すべての役割を終え、核を失ったテレジア。
蹂躙され、色を失い廃退したレイベル。
もうこれらの地で星座の魔術という異変が起きることはないだろう。
起こるとすれば、それは異なる場所で。主となる者たちは既に揃った。
しかしこの世界の理を紐解く前に、彼らは過去の真実を知る必要があるだろう。そして理解するのだ。全ては十一年前の冬の日に帰結するのだと。
舞台は次なる都、工業都市ウルクスへ――
氷雪舞う北方の地に魔導の三賢者が集う――
ここでロイドの章は終わりとなります。またもや長い話になりましたが、すこしでも楽しんで頂けましたら幸いです。
以上、ここまで読んでいただきましてありがとうございました。
さようなら。また逢う日まで――




