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失意の先に・漂泊の海を越えて⑨

 すべての戦いに決着がついた。

 体力も残っておらず、立っていられないとその場に崩れ落ちてしまう。

 つい数秒前まで使っていた魔力、霊獣ライブラの力は気が付けば俺の中から消失して気配すら感じなくなってしまった。

 霊獣の力に頼りすぎてしまったことが原因なのか、それとも霊獣に見限られてしまったのか。理由は定かではないが、今の俺にはもうあの黒い炎は扱えないだろう。

 けれど、もう立ち上がる必要はないんだ。

 天井の結晶は砕け散り、内に閉じ込められたティアは解放された。すやすやと寝息を立てているティアが俺の隣にいる。

 そして目の前に倒れ伏すユリウスもまた、俺と同じように力尽きているのだから。

「おまえにはもう星座の魔術は発動できない。もう諦めるんだ」

 死神の魔眼による絶対命令。

 それがどこまで効力を発揮しているのかは、これからのユリウスの動向を見なければはっきりとは分からない。何せ俺自身初めて発動した魔術なのだから。

 せめて星座の魔術を発動できないくらいには効いてほしいところだが。

 ユリウスは力なく笑う。

 だが、それだけで反撃に移るような動作は一切なかった。それどころか、まるで憑き物が落ちたかのように落ち着きを取り戻していた。

「――君にしてはよくやったよ。だけれど、やはりその戦い方は感心しないね。君は己の実力を弁えるべきだ。たとえ強大な力を手にしようと己の命を削るようじゃ話にならない。あんたたち魔術師は確固たる目的があって魔術を習得したんだろ。だったらいつか言われるぜ。自分を大切にしろ、ってね」

 そうして、身体中を軋ませながらユリウスは力を振り絞り立ち上がる。

 もう魔術も何も発動できないはずなのに、それでもユリウスは余裕の顔を崩さない。しかし、未だ霧に埋もれた白きハルリスの街を一望するユリウスの表情はどこか哀しそうにも見えた。

「ロイドくん。君にはぜひ聞いておきたいことがあったんだ。答えてくれるかい?」

「何だよ。時間稼ぎのつもりか?」

「そんなことに意味がないことは、君が一番よく理解しているのでないのか」

 すうっと息を吐いてからユリウスは語る。

「この異変を食い止めたところで君はどうするつもりだい。君が救いたがっていた彼女、ティア・パーシスは決して能力者であるという呪縛から逃れることはできない。今この場で俺を退けたとして、いずれ次の災厄が彼女を襲うことだろう」

「どういうことだ、それは……」

「君はまだ知らないことだろうけれど、能力者とは何も理由がなく突然変異した特別な人間を指すのではない。この世界に根ざす十二の至宝が一人ずつ当代の贄として選んだ人間のことをいうんだよ。だからね、能力者が少ない、希少価値があるっていうのはそこに起因するんだ。いずれ魔術師に星座の魔術の贄にされるために追われ続ける。能力者に残された未来は絶望だけだ」

「そんな……」

 だったらティアは、これから先もずっとこんな目に合い続けるっていうのか。

 追手に怯えながら身を隠し続ける人生。

 本当の意味でティアを救うことはできないのか……

「それが何を意味しているのか理解できたか。ティアを守るということは、すなわち魔術師すべてを相手にしなければならないことと同義だ。今まで彼女はどこかの誰かに助けられながら生き延びてきたのかのだろうが、君にその役割を果たすことができるのかい?」

「…………」

 俺はこの戦いの中で二人の魔術師と対峙した。

 だがどうだった。どちらの魔術師にも己の力のみでは敵いはしなかった。

 俺より強い魔術師なんてこの世にごまんといる。

 ユリウスはその全てを退けなくてはならないというのだ。

 そんなことがこの俺にできるのか。

 たった一人の矮小な存在が世界の理に抵抗できるのか。

「そんなこと、今の俺にはできないな」

「そうか。だったら無理をすることはない。君はもうあの娘のことを――」

「ティアを諦めろって? それとこれとは話は別だ。俺はもうティアのことを受け入れてるんだよ」

「……」

「俺はこの戦いを経て俺は至宝の力の一端を振るった。霊獣と対話もした。たった数分にも満たない僅かな間だったけれど、これにはきっと意味があるはずなんだ。確信はないけれど、俺にもまだ戦う力があるんじゃないかって。希望はまだ残されているんじゃないかって。

 だったら最後の日が来るまで抗い続けるだけだ。ティアが少しでも笑っていられるようにさ」

 言って、しばらくの間の静寂。

 ユリウスは「――くく」と笑いを堪えるかのように身体を振るわせた。

「なんだよ、おかしいか?」

「いいや、どこもおかしくはないよ。だけれど……」

 そしてユリウスは空を見上げて囁く。


 ――俺にもこんな馬鹿正直な友人がいてくれれば、少しは違う道を歩めたのかもしれない。


「え? 今、なんて……」

 微かに聞こえたその声に聞き返すも、ユリウスは「何でもないさ」と微笑んでごまかすだけだった。

「あーあ。いい答えを聞けてすっきりしたっていうのにさ。こんなところで終わりだなんて。ついてないにもほどがある。

 できることなら、君には俺の本当の作品を見てもらいたかった。けれど、そんな願いも叶いそうにないな。きっとこれも報いなんだろうね。俺の一時の心の弱さが彼らに付け入るスキを与えてしまったことへの。本当に不甲斐ない限りだよ」

 そうしてユリウスは、踵を返して俺たちを見つめる。

「ごめんね、ロイドくん。魔力を失ったとはいえ、君たちの思い通りに事を終わらせるわけにはいかないんだ。魔術機関に囚われる、なんてのはまっぴらごめんだからね。だから俺は一足先に退場させてもらうよ」

 一歩、そしてまた一歩と。

 おぼつかない両足を動かして退くユリウス。

 彼が何をしようとしているのか、そんなこと誰が見ても察しが付く。

「……おい、いくな。待ってくれユリウス。おまえにはまだ聞きたいことが――」

 そんな叫びもユリウスには届かず、そのまま魔霧の海に身を投じた。白き海に飲み込まれ、その姿形、気配さえも掻き消されていったのだった。

 求めた答えを得て己の人生に満足したかのような、そんな安らぎを胸に秘めながら。


『それではさようなら。君たちの行く末に良き祝福があらんことを――』



          ◇



 ユリウスがロイドに敗北したのと同時刻。

 ジェインはルーバス大聖堂を離脱して深い魔霧の中を歩いていた。

 ぎりぎりと歯を鳴らし怒りに震えるジェインに、普段の冷静さは一切失われていた。

 致命傷であった腹の大穴を治癒魔術で応急処置はしたものの、完全に治しきることは叶わず痛みで思考が掻き乱される。

「――あのタイミングでこのような事態が起こるとは。わたしの力が奪われユリウスがやられた? あの傀儡にか? 有り得ん。やつが霊獣の力を開放させるなど、あってはならないことだ」

 カツカツと歩を進めるジェインにすうっと風が靡く。

 冷たい空気の流れで微かに冷静さを取り戻したところで、ジェインの脳裏に新たな疑問が浮かび上がる。

「……いや、まて。これもあの女の思惑のうちだったとでもいうのか。私の計画にあの男を利用することを提案してきたのはあの女だ。やけに至宝の力に適性を持っていたから活用させてもらったが、思えばおかしな話だったんだ。あいつは私の前に突然現れ計画に協力の意を見せた。何故だ。あの女に何の得がある。

 ……まさか、わたしは利用された? ロイドが至宝の力に目覚めるためのきっかけとして。私もあの女の掌の上だったとでもいうのか。

 ……くっ、この儀式を一刻も早く終わらせてすぐにでも問いたださねば――」

 ジェインは足早に目的の地へと歩く。

 とある地点に拠点へとつながる転移門を配置しているのだ。

 この儀式が終わり次第、それを利用してユリウス、そして同行している二人と共に帰還するつもりであった。

 だがそれも後回し。まずは拠点で足りない物資を補給してこの地に再び舞い戻ることが先決だ。

「……」

 カツカツカツと静寂の中靴の音が響き渡る。

 放たれた霧の魔物はとうに消滅しているらしい。

 他の魔術師が追ってくるのも時間の問題だろう。

 焦燥感に駆られながら前進するジェイン。

 そんな男の眼前に一人の小柄な影が行く手を遮るように現れる。

 しかし、ジェインが止まることはなく、影の横をすり抜け歩き続けた。

「貴様は誰だ」

 と、てくてくと付いてくるフードを深く被った人間に不審な目で問う。

 対して影は親しい友人のように答えた。

「わたしだよ。わからないか?」

 ジェインの耳に伝わるのはどこか聞き覚えのある少女の声。

「ああ、君はルークの人形だったか。ルークはどうした。一緒に行動しているのではなかったのか」

「今は別行動してる」

「そうか。だったら今すぐにルークを呼ぶんだ。星座の魔術を再開させる手筈を整える」

 聞いた少女は首を傾げて問いかける。

「魔術の再開? 上手くいってないのか?」

「ああそうだ。想定を超えた事態が起きている。だが立て直すことは可能だ。今ならばまだ遅くはない」

「……ねえ、ジェイン。ユリウスは?」

「ユリウス? あいつは力を封印された挙句、魔霧の中に身を投じた。もういない奴に気を囚われるな。計画はまだ終わってはいないんだぞ」

「……そうなんだ。だったら、今はあなた一人?」

 畳みかけてくるような少女の言葉。

 徐々にその無駄な問いかけに気が障ってきたところで、ジェインは声を荒げて少女に命令する。

「そうなるな。だがそれがどうした。あいつがいようがいまいが計画は変わらない。今はルークを呼ぶことが先決だ。さあ、早く――!」

 言ったところでジェインは察知する。

 背後に追従する気配の色が突如として変貌を遂げたことに。


『――そりゃあ、いいことを聞いた』


「――は?」

 背後の少女を不審に思い振り返る。

 その瞬間――

 轟とジェインの身体を真上から押しつぶすように暴風による重圧がかかる。

「――ぐっ! 身体が動かん。なんだこの風圧は」

 十全でないその身体では耐え切ることができず、ついにユリウスは地に伏し少女を見上げる姿勢になってしまった。

「わたしはわたしの目的を果たすためにあなたたちに与していた。だから実際のところあなたたちに思うところはあっても仲間意識は微塵もなかったりする」


 そして、少女は深くかぶったフードを取る。

 そこにあったのは――――


「――な。貴様、どうしてここに。……いや、違う。そんなはずは。だがその顔は」

 驚愕に顔を歪ませるジェインを見下す少女は、冷静に事を進める。

「そう驚くことじゃない。思い返してみなよ。あなたも知っているでしょ。あの十一年前の惨劇を。能力者開発計画の結末を。わたしはその被害者のひとりってわけだ」

「貴様、何が目的だ」

「目的だって? そんな分かりきった質問をしないでよ」

 ふふ、と少女は不敵な笑みを浮かべる。

「わたしの目的はただ一つ。あの惨劇の当事者への、わたしを見捨てたあの人たちへの復讐だ。だから、多少なりとも能力者開発計画に加担していたあなたには、ただ殺されるじゃなくわたしの力になってもらいたい。文字通り力に、ね。だからもう滅びてくれないか」

 カチャ、と懐から拳銃を取り出し、その銃口をジェインの頭部に当てる。

 風圧に動きを封じられたジェインにもうなす術はなかった。

「――ぐああぁぁぁああ、この死にぞこない風情がぁぁああ――!!」

 躊躇いなく滑らかな動作で引き金を引く。

 そうしてバンッ、と鳴り響く一発の乾いた銃声。

 閃く鉛の一撃はジェインの頭部を瞬く間に貫いた。


「さようなら、ジェイン。今まで世話をしてくれてありがとう」

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