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失意の先に・漂泊の海を越えて⑤

 ガラガラと五本の銀の鎖が舞い踊る。

 戦闘範囲の制限された屋内。巨大魔獣を生み出されなかったことが幸いし、魔獣の群れをなんとか突破したジル。しかし、そう易々とはその先に待つジェインの元へ辿り着かせてはくれなかった。

 ジルの大剣はもちろん、機銃による魔弾の射出も波打つ鎖に弾かれて塞がれる。

「――っく」

「さあ、どうした。動きを止めている暇はあるのかね?」

 何本もの鎖が生きた蛇のようにジルに襲い掛かる。一つ一つが明確な意志を持っているかのような挙動に、ジルは避ける行為で精一杯だった。

 鎖の切っ先が地面に直撃し、平らな地面は瞬く間に砕かれ瓦礫が宙に舞う。

 さらに鎖はその瓦礫をジル目掛けて弾き飛ばしてくる。散弾の如き広範囲攻撃に、避けきれないジルは機銃による掃射で対抗した。

 なかなか攻め切れないことに苛立ち唇を噛むジル。

 対してジェインは余裕の表情を崩さない。

「このまま状況が停滞していては面白くない。これは提案なのだが、今から一分経つごとに魔獣を一体ずつ増やしていくというのはどうだろう。ちなみにその魔獣は君ではなく街の住人を襲うことになるがね。ただしこの私に一つでも傷を負わすことできたなら、その度に一体ずつ魔獣を消してあげよう。どうだ、少しは必死になれるだろ?」

「くっ、ふざけた真似を――」

 ジェインの言葉。言い換えるなら今から一分間は本気を出さないことにもなる。それはジルにとっては勝利に辿り着く最大のチャンスとなり得るだろう。

 だが、この状況を覆さなければ結果は今と変わらない。一分後、ジェインが魔獣を生み出した瞬間にハルリスは星座の魔術の発動を待つことなく地獄と化すことだろう。

 ならば、この一分間が勝負だ。

 ジェインの攻撃を避けながら、ジルは何か突破口はないかと思考を巡らせる。

 牽制で魔弾を射出するもそのたびに鎖で防がれる。隙があるように見えて、その鎖はジルの攻撃全てを防ぎ続ける。そこには一見突破口などないように見えてしまう。

 ジルとジェインの間にいくつもの火花が荒れ狂う。

 時間だけが着実に過ぎていく。


 このまま終わるのか?

 どこかに反撃の活路はないのか?

 ジルは体力を無駄に消費していく一方。

 対してジェインは戦闘が開始してからこのかた一歩も動いてはいない。

 この時点で実力の差ははっきりしているようなもの。

 それでもジルは諦めきれなかった。

 今までにどれだけの人々を犠牲にしてきたか。そんな男を野放しにしていいはずがない。奴はいずれこの街だけでなく他の街やそこに住む人々をも犠牲にすることだろう。

 それだけは決して見逃すことはできない。

 だがそんな決意も、結局は無駄に終わるのか?


 そんな絶望にかられそうな気になった瞬間、ジルにとって最大のチャンスが訪れた。


 魔弾の一つが弾道を逸らされ天井に着弾する。天井は崩れはしなかったものの割れたコンクリートの塊が零れる。

 それはジルの意図とは外れたところでジェインの頭上に一直線に落ちてゆく。魔力も何も含まれないそれは、ただの自然現象ともいえるだろう。

 ジルはそれを横目に、機銃の掃射と大剣による特攻の勢いを衰えさせることはない。それらをジェインの鎖が防ぐたびに爆風と轟音が連鎖する。

 瓦礫の音も落ちる空気の流れも、そのすべてを掻き消していく。

 ジェインは前方を向いてジルの攻撃に対応するだけで、それに気付く気配はない。

 このままジェインの注意をこちらに向け続けることができれば、コンクリートの塊がジェインに直撃し大きな隙を作ることができるだろう。

 こんな偶然、もうこの先に起きないかもしれない。

 ジルは表情に出さないように強く願った。


 当たれ――

 当たれ――

 当たれ、当たれ、当たれッ――!


 しかし、そんな願いも呆気なく散ってしまうことになる。

 スッと、ジルの攻撃を防いでいた鎖の内の一つが翻る。

 それはすんでのところでジェインを襲うコンクリートの塊を弾き飛ばしたのだ。

 駄目だったか、と心の中で消沈するジル。

 しかし、

「――――?」

 それと同時に感じたほんの少しの違和感。

 ジルは先ほどの場面を思い返す。

 あのコンクリートの塊は決してジェインに見えていなかったはずだ。それが今、あの鎖はそんな視界に入らない位置の脅威をも防がなかったか?

「……」

 この瞬間、ジルはある一つの可能性に辿り着く。

 もしもの話。あの鎖はジェインが操作しているのではなく、鎖自身がジルの行動に合わせて自律行動をしているとするならば――


 だとすれば突破口はある。

 ジルは五つの機銃全てを稼働させ掃射し弾幕を張る。

 今まで以上の最大火力をジェインを含む周辺の範囲に撒き散らす。

 一見自暴自棄なその荒業。

 しかし、それがジェイン本人だけを狙うものでないことを狙われる側にはすぐに察することができた。これが砂埃による目くらましだと判断したジェインはすぐさま鎖を旋回させ、ジェインの視界を覆う砂埃を即座に振り払う。

 煙が晴れた先、そこにあるのは五つの機銃。機銃は自動的に絶えず魔弾を射出し続け、それを鎖が弾き落とす。

 それは今までと変わらない光景。

「――むッ」

 しかし、ジェインは眉をひそめる。

 そこにジルの姿はなかったのだ。

 ジルはどこに行った。

 そう思考した瞬間、ジェインは背後に微かな魔力の鼓動を感じた。

 瞬間、振り向くと視界の端には大剣を振りかざし飛びかかってくるジルの姿。

「――貴様ッ!」

 気が付かれてしまっては完璧な奇襲にはなり得ない。

 ジェインはすぐさまジルに向かって鎖の穂先を伸ばし、その身体を拘束することだろう。しかし、

「無駄だッ――!!」

 ジルは叫ぶ。

 元の場所に配置したままの機銃全てでジェインを狙い撃つ。それに反応して鎖はジェインの意志に反して機銃の攻撃を防御する。

「――なッ!?」

 五本の鎖はすべて機銃を相手にするべくジルとは反対の方向に標準を向けた。

 これではジル本人による攻撃は防げない。


 ――そう。

 ジェインは鎖にあるひとつの命令をしていたのだ。

『主を致命的な攻撃から守り反撃しろ』

 そのため鎖は主であるジェインにとってより脅威となり得る方に向かって切先を奔らせる。一度命令したその行動は主であるジェインですら瞬時に取り消すことは叶わなかったらしい。

 故に、今のジェインには外敵からの攻撃を防ぐ盾はない。


「終わりだッ、ジェイン――!!」


 銀の鎖は未だに機銃の相手をしたままこちらに振り向かない。

 ジェインは未だに背を向けたまま。

 ジルは大剣を容赦なく轟と振り下ろす。

 そのままジルはジェインに致命的な一撃を与えた。


 ――はずだった。


「残念なことに、一分が経ってしまったようだ」


 ザクッと空気を切る音が聞こえた。

 ジルの視界の真ん中にいたはずのジェインが消え、代わりにぱらぱらと茶色の糸くずと赤い水玉が舞う。


「――え?」


 馬鹿らしい声が漏れる。

 何が起きたのかジルには理解できないままに地面に身体を打ちつけた。

 右腕から感じる激痛。

 目の前にボトリとおちる大剣を握りしめた腕。

 恐る恐る右肩を見れば、そこには自分の腕は存在していなかった。

 ぼとぼとと滝のように零れ落ちる血液を見て吐き気が込み上げる。

 しかし、痛みによる声は出ない。

 これは恐怖だ。

 己の許容量を遥かに超えた恐怖をジルは感じているのだ。

 ジルが致命傷受けたのと同時に、五つの機銃はその機能を停止させ地に落ちた。


 対して切られたはずのジェインはというと――

「君もこの程度で終わりなのかい。だとしたら残念極まりない。鎖の全てを自律行動させていることを見抜いたことは褒めてやろう。だが、まさかそれが弱点になりうるとでも思ったのかね」

 ジルはジェインの声がする方向に視線を移す。

 そこには巨大なガラス細工のように魅惑的な大鎌を携えたジェインが経っていたのだ。

 大剣で切ったはずのジェインの身体は、まるで影を切っていたかのように傷跡そのものが存在していなかった。

 だが、ジルが何をされてこうして地に屈しているのかは理解できた。

 あの大鎌の切っ先に付着した真っ赤な液体。

 どろっと滴り落ちるそれはまさにジルの血液そのものだ。

 起死回生を図った己の無謀な行動。それに後悔する暇もなく、残った左腕を鎖に絡めとられ宙に吊り上げられる。

 続けて胴を、左足を、拘束される。

「さて、それでは最後に一つだけ問おうか。ジル、君はどちらを選ぶ? 自分の命か、それともハルリスの人々の命か」

「…………ハルリスの……皆の命、だ……」

 答えるも、もうジルの目に光はない。

 ジェインは大きなため息を吐いてジルを見下す。

「やれやれ。この世の魔力に侵された者は皆そうなのか。己の命より他人の命を優先する。人間という存在はここまで堕とされたか。君もロイドと同じ。私を失望させ、さらには無駄な時間まで使わせた。その罪は重いぞ」

 銀の鎖の一本が地に落ちたジルの大剣を絡みとる。そしてそのまま流れるような動作で躊躇いなくジル目掛けて大剣を放り投げた。

 傷つき磔の状態にされたジルに、もはや抵抗する術は残されていなかった。

 直線に奔る機械じみた大剣は、容赦なくジルの胸を穿つ。

 零れ落ちる大量の血液。

 朱く染められる床。

「お疲れ様。もう休むといい。君はよく頑張ったよ。だけれど少し私のことを甘く見過ぎたようだ。これはね、君の実力では到底辿り着けない領域なのだよ」

 パチンと指を鳴らす。

 それを合図に、ジルの立つ真下の床がぐつぐつと煮えたぎるマグマのように赤く染まる。そして噴き出す巨大な炎の柱。

 成すすべなく、ジルは無慈悲の劫火に飲み込まれた。

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