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失意の先に・漂泊の海を越えて③

 月の塔最上階。

 それまでの道のりはやけに静かで、ただひたすらに階段を上っていくだけだった。

 阻むものは何もない。使い魔の類も、罠でさえも、何もなかった。

 この先から漂う魔力のさざ波は、まるで俺がこの場所に招き入れられたかのような錯覚さえ覚える。


 カツカツカツ――

 石の階段を上り切った時、そこに広がっていたのは円状の大部屋。

 天井は高く、十数メートルはあるだろう。

 等間隔に建てられた柱は何かの生き物を模したようで気味が悪い。その間からは外の景色が広がっている。

 ずっと過ごしてきた大切な人たちの住む街が、今は魔霧が蔓延る白い海と化している。

 星座も魔術発動まで、一刻の猶予も残されていないのだ。もう立ち止まっている余裕はない。


 階段から上がってきた俺とは真反対の位置に奴は佇む。

 ティアを攫い星座の魔術を完遂させようとする魔術師、ユリウス・シルヴィオの姿が月明かりに煌々と照らされる。


「待っていたよ。……とは言うものの、まさか君がここに来るなんてね。君はあの時、確かに戦意を喪失したはずだ。ティア・パーシスの正体を知って絶望したはずだ。そんな君が今こうして俺の前に現れるとは」

 ユリウスは不気味なほどに唇を歪ませる。俺がここに現れることに対して疑問を持つ以上に、期待して待っていたかのような口ぶりだった。

「ユリウス。ティアをどこへやった」

 その問いに、ユリウスは「天井を見てみなよ」と天を指さし答える。

 遥か頭上のそこには立体的に様々な動物の形や自然の模様で彩られた結晶体が広がっていた。まるでステンドグラスのように様々な色で風景を映し出している。それがどのような意味を持っているのかは見当もつかないが、ユリウスの心象を映し出したものには違いないのだろう。

 綺麗だという事実はあろうが、そこに芸術品特有の人間の温かさというものの一切を感じられない。

 俺の反応を待たず、ユリウスは自慢げに続ける。

「綺麗だろ。今まで創り上げた作品の中でも、これはかなりの上位に当たるだろう。そして、君の想う彼女はほら、この中さ。誰かになろうと想い続けながらも、結局はこの世の誰でもなく誰にもなりきれなかった人工の能力者。そんな彼女をイメージして創り上げた最高の牢獄さ」

 誰でもない――

 誰にもなりきれなかった――

 そのための多種多様を合わせた混沌。共通点のないモノの集合体で構成していたということなのか。

 だとしたら悪趣味にもほどがある。

「俺からしたらこの作品は解釈違いの駄作だな。あいつはおまえが計れるほど単純な奴じゃない。おまえが想像するほど弱い奴じゃないんだ。あいつは今もずっと自分の夢見た世界にいられるように必死に戦っている」

 右腕に力を込める。魔力を纏わせ逆巻く炎。

 その拳をユリウスに突き出して宣言する。

「――だから、俺はあいつの未来のためにおまえを潰す」

 くくく、と笑うユリウス。その感情の昂ぶりは言動にも現れる。

「今もなお、こうしてティア・パーシスのために戦うか。なかなかにそそられる展開だ。囚われの少女を想い、少年が奮闘する。ああ、まさに正道。まさに王道。そうだよ、そうでなくちゃあならない。だが、何が君を変えたんだい。何が君を突き動かせたんだい。よければそれを教えてくれないか」

「不思議に思うか、ユリウス。だったら教えてやるよ。――いいや、答えてやるよ。あの時ユリウスの言ったことに対してな。

 確かに俺はあいつをただの都合のいい生贄としか思っていなかった。だが、俺はあいつと共に行動することで、あいつの笑顔や怒りを目にすることで、気づいてしまったんだよ。あいつは莫迦みたいに素直で薄情で、それでいて夢を追い続けようとする女の子。ちゃんとした紛れもない『人間』なんだってな。

 最初から迷う道理なんてどこにもなかったんだ。だったらもう恐れることはない。俺はあいつの重みも背負って歩いていく。いつまでも、どこまでも。そう決めたんだから!」


 ずっともやもやしていた。この俺の中に騒めくこの感情は何なのか。

 罪悪感?

 当然それはある。むしろなければ問題だ。

 だけど違う。違ったんだ。

 この俺の中にある一番の感情は、ただの憧れだったんだ。

 俺もあいつのように在りたい。

 俺もあいつのように自分の行動を誇りに思いたい。

 だから、俺は今この時をもって過去の不甲斐ない自分を燃やし尽くそう。

 もう決して外に出さないように。

 そして、この身に焼き付けよう。

 もう決してこの気持ちを失わないように。


「さあ、終わらせようぜユリウス。この醜悪な魔術儀式の一切を、俺の炎で焼き尽くしてやる!」



          ◆



 太陽の塔最上階。

 それまでの道のりはやけに静かで、ただひたすらに階段を上っていくだけだった。

 阻むものは何もない。使い魔の類も、罠でさえも、何もなかった。

 だがこの先から感じる邪悪で強大な魔力の存在が、まるで首を落とされるために処刑場に上っているのではとさえ錯覚させてくる。


 カツカツカツ――

 石の階段を上り切った時、そこに広がっていたのは円状の大部屋。

 天井は高く、十数メートルはあるだろう。

 等間隔に建てられた柱は何かの生き物を模したようで気味が悪い。その間からは外の景色が広がっている。

 普段なら街灯りに輝いていたところだろうが、今は真っ白な魔霧の海が広がっているだけだった。


 階段から上がってきた俺とは真反対の位置に奴は佇む。ハルリスの街を絶望に追いやり星座の魔術を完遂させようとする魔術師、ジェイン・グレーザーの姿が月明かりに煌々と照らされる。


「――そうか、ここに来るのは君の方だったか」

「ロイドでなくて残念だったか」

「ふん、私はあの少年に何かを求めていたわけではない。むしろ君を相手にすることの方が当然の帰結と言えよう。そうだろ、君の敵はこのハルリスを脅かす存在だ。だったらこの私こそが君の相手に相応しいのでは?」

「言ってくれる。俺だってそうだ。相手にするならユリウスよりあんただってな。ユリウスは言ってしまえば指示されて動く部下のようなもの。だったらこの計画を裏で操るあんたこそが俺の相手に相応しい」

「それが分不相応だとしても? 君は湖の神殿でユリウスと相対したそうだが、最後には彼の力の前に屈したらしいね。自分で言うのもなんだが、私はそのユリウスよりも上だよ。恐れはないのかい。それでも立ち向かうのかね」

 ジェインの挑発にジルは動揺の一つも見せはしない。

 だが、恐れはあった。

 今すぐにでも逃げ出したくなるくらいに。

 けれど、それはジルの覚悟が許さなかった。

「――俺は俺の道を行くだけさ。もう前置きなんていらないだろ。さっさと沈めよ、魔術師!」

 目の前の敵を前に退きはしない。仲間を傷つけた悪はこの手で倒す。

 そんな確固たる意志を持って、ジルは遥か高みの魔術師に相対する。

 ジルは己の体内の魔力を最大限に活性化させた。

 背後に生み出すは五つの機銃。そして一つの大剣を構える。

 対してジェインは不敵な笑みを浮かべる。

「それでいい。私に仇名すものはやはりこうでなくてはならない。それでは始めよう。まずは小手調べだ。私に直接相手をしてほしいのなら、この魔獣を退いてみせるがいい」

 ジルには一片の猶予も与えられない。

 ジェインが柱の陰に潜ませていた機械の獣五体。それらが同時に地を駆ける。鋭い爪が、牙が、容赦なくジルに襲い掛かった。

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