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失意の先に・漂泊の海を越えて②

 あれから戦闘の準備を念入りにし、最大の力を出せるよう研ぎ澄ましてきた。

 時刻は二十時前。

 出歩く者は誰もいない、人気のないゴーストタウンのような街道を俺とジルは歩く。

 立ち込める真っ白な霧の層は夜空に輝く月明かりの一切を拒絶していた。

 そのため、今この道を照らしているのは左右に等間隔で立っている街灯だけ。


 俺たちが立てた作戦は実に単純だった。

 二人で同時に乗り込み、そして各個同時撃破。

 俺たちの最終的な目的は二つ。

 まず第一にティアの救出した上で星座の魔術の儀式そのものを阻止すること。

 そして第二に首謀者を確保し、この計画の真相を聞き出すことだ。

 少なくとも第一の目的だけは何としてでも達成しなくてはならない。

 俺たちは今、能力者であるティアの命とハルリスの人々の命、そのどちらも救うという我儘を貫かなくてはならないのだから。


 ルーバス大聖堂。

 石造りでその巨大さながら、繊細な装飾に覆われた外壁。

 中に入れば、美しく神秘的なステンドグラスが一面に彩られているという。

 だが、一番の特徴は左右にそびえ立っている高さ二百メートルの塔にある。

 正面から見て右に見えるのが『太陽の塔』。

 対して左側に見えるのが『月の塔』。


 ティアが囚われているのはユリウスが待つ月の塔の最上階。

 相手をするのは俺だ。

 ジルは既に相手をしていて相性が悪いことを確認している。

 あの氷の魔術に対抗するのならば、やはり俺の炎が適していると考えたのだ。それに加え俺にはまだ見せていない奥の手がある。

 だがやはり、ティアを自分自身の手で救い出したいという感情が強く出てしまったことも事実。ジルも湖の神殿でやられた借りを返したかったところだろうが、快く俺の意をくんでくれた。


 対になる太陽の塔にて待つ魔術師、ジェインの相手はジルが務めることになった。消去法という結果ではあるが、ティアのことがなくともジェインの相手はジルがしていたことだろう。

 それジルの戦い方の特徴が防衛戦に特化しているということにある。

 そのため、あいてがどのような使い手であろうと一定の実力を出し続けることができる。

 ユリウスの時のように弱点が露見し対策に講じられればそこまでではあるが、少なくとも俺よりは初見の相手であってもうまく立ち回ることができるはずだ。

 よって、ルーバス大聖堂の二対の塔、月の塔には俺が、太陽の塔にはジルが乗り込むことに決まった。


「結局、おまえのところのメンバーは集められなかったのか?」

「残念ながらな。石碑の防衛に入っていた全員がジェインを相手にして重傷を負ったらしい。話を聞く限り、手も足も出なかったんだってさ」

「そうか。やっぱり魔導の三賢者に匹敵するって言われるほどのことはあるのか」

 そうなれば、昨日の夜に見せた魔術は本当に力の一端なのだろう。

「大丈夫か? あいつの相手をするのは」

「心配は無用さ。あいつらの仇を討つ絶好のチャンスでもあるんだ。むしろ気持ちが昂って仕方がないよ。それに個人的にもあの男には用があるからね」

 隣で不敵に笑うジルを横目で見る

「個人的? 今までジェインと関わりってあったか?」

「ないよ。そいつの顔も声も知らないね。だけれど戦う理由はある。おまえは俺の行動原理を忘れたのか」

「ん? ああ、そっか」

 ジルは何時如何なる時でもこのハルリスのために戦ってきた。

 だったら相手がハルリス全体を脅威にさらしているものが相手で、さらにその黒幕だとすれば。それは紛れもなくジルにとっての執行対象となる。

「優先度はユリウスよりジェインが上、ってか」

「そういうことになるな。たとえ相手が俺より遥か高みにいようともなんとかしてみせるさ。そのための秘策もある」

「はは、頼もしい限りだ。安心して任せられるよ」


 話をしている間に、目の前の霧から薄っすらと建物が顔を出す。

 入り口の正面に来ているにもかかわらず静寂を保ったまま。

 俺たちの侵入をまるで歓迎しているかのようだった。

 空を見上げても、月と太陽、そのどちらの塔も途中までしか見えない。

 俺たちの行く末はまだ未知のままだった。

 中に入ると、そこにあったのは虹のように輝くステンドグラスの壁。

 ステンドグラスの光には神が含まれているといわれている。

 ある説によると神は光であるとされていた。ここからステンドグラスの光を神と思って崇めれば、それは神を崇めることと同等と言える。

 さらにはステンドグラスで聖堂内を飾ることは天国を表現しようとしていたものだという。これも神への尊い奉仕活動の一つと言われていた。

 聖堂内を光で満たすステンドグラスで、きっと訪れたすべての人々は問答無用で『神』の偉大さを叩きこまれたことだろう。

 模様そのものが何を意味して描かれているのか、芸術に疎い俺には余り分からないのだが、これがとても心を惹き付けるくらいに美しいものであることは俺でも解る。

 ちなみにステンドグラスそのものは虹を表し、これからの未来に繋がる希望の光としているのだと。

 だったら、どうだい?

 これからの俺たちの行く末も希望に繋がるのかい?

 それとも絶望に繋がるのかい?

 さあ、ハルリスの神よ。もし本当に存在しているというのならば、どうか俺たちの行く末を見届けてくれないか。


「――ルーバス大聖堂。とうとうここまで来たんだな」

「ああ。ここが俺たちにとっての決戦の地になる」

「決戦、か。確かにそうだよな。ここで終わらせなければ何もかもが終わりだ」

 星座の魔術を発動させられたら――

 ティアを救えなければ――

 文字通り全てが終わりなのだ。

「ジル……。ここまで付き合ってくれてありがとな」

「今更な話だな。それにお互い様だろ」

「そうだったな。それじゃあ行こうか」

「ああ。絶対に生きて、ここでまた会おう」

 短いやり取りの後、拳を互いに合わせる。

 こんなにも真正面でジルの顔を見たのはいつ以来だろう。

 もしかしたらこの戦いで重傷を負ってしまうかもしれない。

 もしかしたら死んでしまうかもしれない。

 そんな恐怖を感じるのは当然のことだろう。

 それでも目の前の男は、今まで見たことがないくらいに輝いて見えた。

 まるでステンドグラスの光のように。


 同時に背を向け脚を踏み出し、そして走る。

 もう後ろには振り向かない。

 再びあいつの顔を見るのはすべてが終わったその後だ。

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