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真実の扉・濃霧に包まれし氷結の都へ③

 あの後ティアにエイラを任せ俺とネロは湖の神殿に向かって走った。

 先導して前を走るネロはというと、先ほど外した仮面をまた付け直していた。理由を聞いても、

「見られたくないやつがいるからだ。あと名前は呼ばないでほしい」

 とだけ答えてそれ以上に詳しくは教えてもらえなかった。

 街の通りは未だ騒然としていた。けれど車の駆動音はひとつもない。交通機関の全てが止まっていることもあり、自らの脚に頼るしかなかった。

 そのせいか、森の入り口に到達するのに一時間も掛かってしまった。

 さらにここから奥に進むわけだが、前回来た時と比べ濃い霧が悪影響を及ぼし完全な闇と化していたのだ。

 頼りになっていた太陽の陽射しも、木々の枝と霧に遮られている。

「おい、ここ進むのか?」

「ここでなくても同じだぞ。それともこれだけで怖気づいてしまったのか」

「そんなわけあるか」

 肩をすくめ、俺は灯りの代わりとして小さな火を灯す。森の闇は晴れ、数メートル先の地面までは見えるようになった。おかげで地面の凹凸や躓きそうな根の位置は把握できる。

「これで少しは安全に通れるんじゃないか? 懐中電灯みたいに遠くまで照らすことはできないけどさ」

「そう思うと化学の技術ってすごいよな。スイッチひとつで今と同じかそれ以上のことできてしまうんだし」

 そう言って懐から懐中電灯を取り出し灯りを灯す。それは俺の炎以上に森の奥まで照らしていた。

「……持ってるのかよ」

「霧が出た時点で近くの店によって買ってきた」

「そりゃあ用意周到なことで」

 パッと炎を消す。微量であっても魔力を消費する炎の光。懐中電灯があるのならと、無駄な行為はやめることにした。


 数分の間、辺りの地形に気つけながら進んでいるとネロが腕を伸ばして行く手を遮ってくる。そこは丁度この先は侵入者を防ぐための鉄条網のある場所だった。

「ロイド、一旦止まれ」

「どうした。この先が気になるのか?」

「ああ。この先に鉄条網があるだろ、ちょうどそれに重なるように結界が張られているんだが……」

 言われて気付く。この先には鉄条網とは別に空間を遮る魔力の壁が張られていた。その魔力はジルの所有するものに似ている。

「その結界、ジルが張ったものだな。特に気にせず突破してもいいと思うけれど……」

 けれど妙だ。結界は普通そこに存在しているのかどうかも判別できないはずだ。発動者か、すでにここにあると知っている者を除けば、の話だが。

 けれど、こうして部外者の俺やネロにも感づかれてしまっている。その時点で結界にどのような効果を持たせようと意味がなくなってしまう。

「そうだったらよかったんだけどな。ジルと言う魔術師が張った結界。ずたずたに破壊されている」

「ということは、ジルが結界を張った後に誰かが侵入したってことか?」

「おそらくな」

 だとしたらジルに危険が迫っている可能性が高い。

 焦る気持ちが俺の中で大きくなってくる。

「急ごう。ジルが危ない」

「そうだな。思い過ごしだといいけど……」

 呟いて、鉄条網を乗り越えてからまた奥に向かって走り出した。


 五分ほど走り続けたところで森林地帯の奥にある湖を見渡せる高台に到着する。

 不思議なことにこの場所だけは霧が薄まっており、あけた空間の全域が見渡せた。ただし、上空の霧は晴れないままで未だ太陽の光を遮っている。

 湖の中央には色を失い至る箇所が崩れた遺跡があり、遺跡への道は水没してどこにもそれらしきものは見られない。

 以前来たときはそのような風景のはずだった。

 しかし今は――


「――伏せろ、ロイド!」


 湖だったモノの光景を目にしたとたん、複数の巨大な刃が跳んでくる。

 瞬時に反応できなかった俺は、ネロに押し倒され間一髪のところでその刃を避けることができた。

 刃が飛んでいったその先を確認する。

「なんだこれは――」

 背後の木々は刃に軽々と薙ぎ倒され、その接触面から瞬時に凍てつかされていたのだ。

「氷の、魔術……?」

 飛んできたのはその刃のみで追撃はない。おそらく流れ弾が跳んできたのだろう、というのがネロの見解。

 何度も何度も鳴り響く爆発音や銃声。

 さらには金属のぶつかり合う音。

 それらは紛れもない戦いの音だった。

「ロイド。魔力と気配を断って伏せたまま水辺だった場所を見てみろ」

 崖沿いで身を屈めたままのネロはそう言ってある一点を指さす。

「水辺だった? そこに何があるんだよ……」

 ネロの横で伏せ、その場所を見る。

 そこで目撃してしまった対峙する二人の人間の姿。そしてその惨状に俺は言葉を失ってしまった。

 二人の周りは荒れ果て、大地が抉れ、以前に赴いた時とは全く別の場所かと思わせるくらい。木々も水も関係なく、それらのほとんどが凍りついている。

 常軌を逸した別次元の戦場で今まさに死闘の最中だったのだ。


 機械じみたデザインの大剣を手にし、大地を蹴り猛進する者はジル。

 空中に配置した五つの機銃を追尾させ、およそ人間ではありえない速さで相手に迫る。


 対するはソフトハットをかぶり、夏に似つかわしくないストールを首に巻いた男。天に掌を掲げ言葉を紡ぎ、その手に氷の剣を精製させてジルを迎え撃つ。

 昨日も街中で話をした氷の魔術師。行方不明と噂されていたあのユリウスだった。


 ――ジル……!!

 無意識に身体を乗り出して駆けつけようとする。

 しかし、俺の身体はそれ以上前には進まなかった。

「落ち着け、ロイド。気が早いぞ」

 横にいたネロが腕を突き出して行く手を阻んでいたのだ。

「何で落ち着いていられる。あの状況は普通じゃない。今すぐに助けないと」

「助けるだって? それはジルの方か? それともユリウスの方か?」

「――それは……」

 言われて気が付いた。

 俺たちは今さっきここに到着したばかり。だから、何故あの二人が対峙しているのかが分からないのだ。だが、活性化しているこの土地の魔力の流れ。確実に言えることはあのどちらかが魔術儀式を発動しようとしていること。

 ジルには悪いが今のこの状況、どちらに加勢すればいいのか判別がつかない。この街、ハルリスの行く先にかかわる選択だ。感情で動いてはいけないのは明白。

 もしかすると二人の会話も聞こえるかもしれない。

 まずは今の状況を見定めるのが先決だとネロは言いたいのだろう。

「……わかったよ。でもジルがやられそうになったらすぐにでも行くからな」

 それまでこの戦いに俺たちは参戦しない。

 気配を消し、陰から見守ろうとするネロに俺も賛同したのだった。



          ◇



 二人の魔術師。その死闘はまるで災害と見間違えるほどの激しさを見せていた。

 氷の剣を手にしたユリウスは目の前に迫るジルの首に目掛け、断ち切らんと横に薙ぐ。

 ジルはそれを避けようとせず、瞬時に反応して自身の大剣を盾にして防ぐ。そして空中の機銃を操作しユリウスに向けて銃弾を射出した。たとえ一発であろうとも魔力で編まれた魔弾に直撃すれば瞬く間に粉砕されることだろう。

 ユリウスは後ろに退き間一髪のところで躱し、地面から幾重もの氷柱の壁を張る。それはジルの接近を阻むと同時に機銃による追撃にも対応した術だった。

 ジルは二発の銃弾を同時に射出するも氷柱の壁を砕ききれず無意味に終わる。

 ユリウスの魔術はそれだけでは終わらない。

 氷柱の壁の表面からさらに新たな氷柱が発生させジル目掛けて飛び出させる。その切先はジルの胸部を狙い今まさに刺殺せんとしていた。

 しかし、その状況にジルは少しばかりも動揺しない。まるでこの展開は承知の上だというように次の動作に移行する。天に掲げる機械じみた大剣。それに魔力を込め迫りくる氷柱に振り下ろした。

 鼓膜を破るほどの轟音を伴い、目の前の壁ごと容赦なく砕き散らせる。

 立ち込める砂埃と砕けた氷の結晶に包まれるジル。だが、それをものともせずユリウスに向けて銃弾を掃射した。

 ユリウスもその攻撃に対応し、その全てを踊るように避け続ける。そして高く跳躍しジルの居場所を特定した瞬間、精製した二つの氷塊をジルに目掛けて射出した。

 ジルはその一つを横に飛び避け、さらに着地点に飛んできた残りの一つを大剣で撃ち落とす。

 まさに神技とも言えよう技術をユリウスに見せ続ける。

 それらを目の当たりにしたユリウスは口元を引きつらせた。

「おいおい、マジかよ。こんなことまでできるのかい、優等生君は」

 ジルはユリウスの次の一手を警戒し再び大剣を構え直す。そして五つのうち三つの機銃の銃口をユリウスに向ける。

「どうした魔術師。先程までの威勢のよさはどこにいった。俺を殺しきれないのなら術の完成も遠い話だ。今すぐにでも諦めてこの街から立ち去ることだな」

 着地したユリウスは、また表情を平常なものに戻す。

「それは出来ない相談だね。確かに君は強いよ。さすが、この街を統治する機関のメンバーだ。その技量から俺の攻撃を全ていなしてくる。大剣による近距離戦と魔導銃による遠距離戦を使い分けたその戦術。ホント、何なんだよって愚痴も言いたくなるさ。

 でもね、俺、慣れてるんだよね。こういう戦い方をする魔術師との戦闘。知り合いにもっとエグイ攻め方してくる人がいるからさあ。そのおかげで君の弱点が分かったよ」

 ユリウスは自身の優位を誇示するかのように大きく腕を広げ魔力を放出し――


「君、少しばかり慎重すぎないか」


「――!」

 ジルはより警戒を強め、五つすべての機銃をユリウスに向け掃射する。

 しかし、ユリウスが新たに生み出した氷柱の壁に阻まれ、砂埃一つとどかなかった。

「防衛戦には慣れているようだが、逆に攻め込むことはあまり得意としないらしい。今までの環境がそうさせたのだろう。惜しいね。そんなに器用なことが出来ながら、あと一歩が足りない」

「どういう意味だ」

「気付いていないのかい。君が俺を何度も殺し損ねていることに。もしやと思ってね、さっきから意図的に隙を与えてあげているというのに、君は一向に攻め込んでこない。君は理解できていないんだ。この俺の思考を。君は理解しようとしないんだ。目の前に立ちはだかる敵の在り方を。己の感情を殺し、『人』ではなく『敵』として見るその思考回路。だからとどかない。これじゃあ君はただの防衛機能をもった機械だ。己の意志を持たないんじゃあ相対する相手は全く満足できないだろうね」

「そんな、そんなことはない。俺はただ――」

「だがそれが君の本質だ。素直に受け入れなよ」

 不敵な笑みを伴い、ユリウスはひとつの魔術を発動させる。

 ドーム状に湖の神殿とその周りの空間全てを覆う冷気。それは氷のように固体としての形を得て、逃げ場のない牢獄へと姿を変える。

 その内側で嵐のように吹き荒れる吹雪は、牢獄の中にいるすべてを凍結させんと牙を剥く。

「もういいだろう。君と舞踊はもう十分だ。それでは、そんな君に相応しい最期を贈ろう。物理的な攻撃でなく、体力そのものを奪っていく永久凍土だ。さあ、ジル。心地のいい悲鳴を聞かせてくれよ」

 そして嘲笑と共にユリウスの身体が吹雪の中に消えようとする。

「――待て、ユリウス!!」

 ジルが咄嗟に機銃を撃つも、ユリウスの形は幻影なってゆらりと消えていく。

 さようなら、と。もうジルには興味を失ったかのようにユリウスの気配は完全に消失した。


「くそっ、どこだ。どこに行った、ユリウス!!」

 猛吹雪の中、無造作に大剣を振り回す。

「出てこい! 俺はまだ終わってない。認めないぞ。俺が機械のようだなんて」

 空中に配置した五つの機銃が爆音の如き銃声を次々と響かせる。

「俺は、俺は、……ただこの街を、ハルリスを守りたいだけなのに。だから決めたんだ。ハルリスを守れるのなら、たとえ感情を殺してでも、俺という個を失ったとしてもやり遂げるって」

 だが、次第に爆音も止んでいく。

 急激な温度の低下が高温で駆動するジルの武器さえも凍てつかせていったのだ。

 ガクリ、とジルの視線が落ちる。ついに体力の限界を迎えたジルは膝を折り、地に屈した。


「何でだよ。何でこんなことになるんだよ。次は、次は絶対に……俺はこんなところで負けやしない。おまえのような故郷を捨てる奴なんかに、俺は――」

 次第に声も消えていき、ついには意識も失ってしまった。

 もうジルに待っている未来は確定しつつあった。


「――俺はここだよ、頭の固い優等生君」

 艶めかしい声を出しながら、ユリウスはジルの背後に姿を現す。

 凍結したジルに、もはや一切の反応はみられない。


「気が変わった。やはり君をこのまま凍死させるのはもったいない。この俺自ら君を芸術品に仕立ててあげよう」

 ジルの頭部にユリウスの掌が添えられる。

 虹色の揺らぎがジルの周りを取り囲む。

 これからどうなるかなんて明白だった。

 その手段がどうであれ、次の瞬間にはジルの命はない。

 このままユリウスが魔術を発動させるだけで全てが終わる。


 ――そのはずだった。少なくともユリウスはそう確信していた。


 ――ピキッ――


「――ん?」


 それは二人にとって予期せぬ出来事だった。


 ――バキッ、バキッ―――!!


 結界にひびが入り、瞬く間に亀裂は広がり、ビュウと吹きすさぶ嵐の音は次第に轟々と唸ると何かに変換されていく。

 そして次の瞬間、ガラスが割れるような音を響かせた。


 バキッ、バキッ、バキッ―――!!


 氷の壁のある一点が破壊され崩れ落ちる。

 その奥から紅蓮の炎が顔を覗かせた。

 吹き荒れる吹雪も、徐々に侵入する炎の渦に侵食されていく。

 そして今まで見てきた白き氷の世界が真っ赤に燃え盛る大地に変化した。

 まさに天変地異。自然がなせる災害の所業のようで、ユリウスは戸惑いを隠せずにいた。

 そんな中、獣じみた速度でユリウスに接近する影が二つ。

 ユリウスの所業を止める為、二人の男がこの戦場に舞い降りた。


 一人はロイド。

 右の腕に炎を纏わせ、ユリウスの頭部を狙う。

 少しでも怪しい動きを見せれば瞬時に燃やし尽くす。そんな殺意を伴って。

 この炎の壁も渦も、すべてはジルを救うために放った渾身の魔術だった。


 もう一人はネロ。

 左の腕を人ではない竜を思わせる異形に変容させ、ユリウスの胴を握りつぶさんと構える。その爪はあまりにも鋭く、触れただけでも傷を負わせるような凶悪さを思わせた。

 ロイドの魔術を内部に侵入させるために大穴を穿ったのが、まさにこの腕による一撃だったのだ。


「――そこまでだ、ユリウス。ジルから手を放してもらおうか!!」

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