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真実の扉・濃霧に包まれし氷結の都へ①

 八月十五日、夏至祭二日目のお昼時。

 エイラ、アイリ、ライノ、そして俺を含む四人は近くのレストランで昼食をとっていた。

 夏至祭という時期も相まって席はほぼすべて埋まっている。

 ハルリスの住人はもちろんのこと、外の地方から夏至祭目当てでやってきた観光客の姿も多くみられる。

 普段なら黒や茶の髪色で占められているのだが、今は金、橙、青といった見慣れない色も多くあった。

 人も多く賑やかなのはいいことだし、普段とのギャップはこの行事の目玉であるとも言えるだろう。


 そんなレストランの角にある四人用の席に俺たちは座っている。

 壁際にエイラとアイリ。向かって俺とライノ。

 注文した物のうち先に飲み物(オレンジジュース四つ)が出され、それが皆の手に渡る。

 そしてついに痺れを切らしたのか、待ちきれなかったエイラがグラスを掲げる。

「みんな、今日半日お疲れ様ー!!」

 それにつられて俺たちもグラスを手にする。そしてかんぱーい、と皆一同にオレンジジュースの入ったグラスを掲げた。

「やっと折り返し地点まできたわよ。あと一日半、気合を入れて頑張るわよ!!」

「ふふ。エイラ、今日も気合十分だね。わたしも負けてられない」

「おお、アイリが二日連続で燃え続けてる。奇跡だ」

「わたし、やるときはやるよ。いつもは表情に出ないだけ。知ってるでしょ、ライノ」

「ああ、知ってるよ。午前中のおまえときたらな。こうなったら大学内での高順位も夢じゃない。あれ、公式では表彰されないけど記録は残るんだろ。刻み付けてやろうぜ、俺たちの活躍をさ」

「もちろん、そのつもり」

「でもよ。もしもこのまま順調にすすんだら、街全体での上位入賞狙えんじゃね?」

「いやいや、さすがにそれは無理でしょ。やっぱりプロには勝てないよ。今わたし、ちょっと現実見てる」

「だよなー」

「プロ、か。そういえばアイリのところの店は順調なのか」

「うん。すごく好評みたいだよ。でもやっぱりレ・クリエールの壁は大きいんだって。このまま順調に進んだとしても追い越せないみたい」

「レ・クリエール、か。やっぱりすごいんだね、あのお店。身近すぎてそんな実感はなかったけれど。……あ、そうだ。ねえねえ、みんな聞いた?」

 と、エイラはみんなに訊いてくる。

「聞いた、って何がだよ」

 とジュースを飲みながら訊く。

「ほら、今日の昼前にわたしの友達のグループが来てくれたじゃない。その子たちから聞いた話なんだけれど、――あ、その前にみんな、レ・クリエールの店員さんなんだけど、ユリウス・シルヴィオさんって人のこと知ってる?」

「そりゃもちろん。ていうか知らないやつはいないだろ。なあ、ロイド」

「ああ、何度も記事で特集を組まれているくらいだからな。お菓子のことに疎い俺でも知ってるぞ」

 とはいえ、これは家でエレナがうるさく話題にしてくれていたおかげもあった。加えて一週間前の夜や昨日に直接会っているのだ

 雑誌で見ていた時はクールで大人な雰囲気の人に思えたが、実際は気軽に話しかけることの出来るような気さくなお兄さんだった。変態気味なところは大きなマイナス点だけど。

 それ以上に、彼は裏の世界の住人。氷を操る魔術師だったのだ。

 そんな男が印象に残らないわけがない。

「で、その人がどうしたんだ」

 何気なく、特に気を重くすることもなく、普段の会話のようにエイラに訊いた。

 そして彼女は言ったのだ。俺とは対照的に静かに、重く、真剣なまなざしで俺たちを見つめ――


「ユリウス・シルヴィオさん、昨日の夜から行方不明なんだって」


 行方不明?

 昨日夜から?

 昨日の話じゃ今日から店に引きこもるってい言っていたから、身を隠すって意味になると決しておかしい話ではないだろうけれど。

 嫌な予感が胸を締め付ける。

「――夜って、何時ごろだよ。夜っていっても範囲が広すぎて想像できないな」

「え、そう? えっと、何時ごろかな。わたしは聞いただけだし、よくわからないってのが実のところ。だけどわたしの友達がレ・クリエールに寄ったのが夜の八時前だったから、それより前の時間にはなると思うんだけど」

「夜の七時くらいが妥当、ってか」

 どういうことだ。

 それって、俺たちがユリウスと別れた少しあとの話じゃないか。


 ふと、妙な視線を感じた。

 角の席に座るアイリ。壁に身体を預け、気だるそうな姿勢の彼女。だが、しかしその反面、その目はひどく鋭い目付きで俺を見つめていた。

 ふっと口元が歪む。

「――あ、それ、わたしも聞いた。昨日みんなと別れた後に立ち寄ったんだよね。なんだか騒ぎになってたよ」

「あれ、アイリ知ってたの?」

「知ってたよ。言ったらエイラ、集中できないと思ったから黙ってた」

 言って、気怠く微笑む彼女はいつもと変わらぬアイリそのものだった。

 気のせい、だったのだろうか。

「おい、アイリ。今日のおまえ、なんだか―――」

 別人みたいだ。

 とは聞けなかった。


 勇気がなかったのもあるが、そうする前にそれは起こったのだ。

 レストランの店内が突然雑音が騒がしくなる。

 ざわざわと何人もの人たちが窓の外を見て騒ぎ始める。

 何事かと思うも、今いる場所からだと人の壁で何もみえない

 アイリへの質問は後にして、席を立ち背伸びをする。しかし、人ごみが邪魔で何も分かりやしない。そんな俺の横からアイリの声がする。

「――ロイドくん、外見て。なんだかよく分からないことが起こってるよ」

「いや、それは分かってるけど見たくても見れないんだよ。アイリは何か見えたのか?」

 訊ねようと振り返ると、アイリが椅子の上に立ち上がりぴょんぴょんとジャンプしていたのだ。

「おいおい、そんなことしてると怪我するぞ……」

 言った瞬間、自分の身体に異変が起きた。先ほどまで温まっていた身体がブルッと震えだす。それは俺以外の人も感じ取ったようで、エイラとライノが腕をさすりながら言う。

「なんだか涼しくない? 冷房の温度設定下げたのかな」

「故障じゃねーの? この店こんなに温度下げることは今までなかったぞ」

 何も分からず困惑する二人に対し、アイリは比較的冷静に状況を確認しようとしていた。

「ちょっと見てくる」

 言って他の人の反応を待たずにアイリは窓のある端まで人ごみをかき分けていく。

「おい、アイリ。待てよ。ひとりで突っ走るな!」

 アイリを追いかけて窓際まで移動する。

 やっと追いついて時にはもう窓の付近まで辿り着いていた。

「おい、危ないだろ。さっきも言ったけど怪我したらどうするんだ」

「……ん。ごめん。それは謝る。けど、そんなことより外を見て」

 と、アイリは窓の外に指をさす。

 つられて俺の視線は窓の外の風景に定められようとした。

 その先は、――


 目前のガラスの先は真っ白な壁になっていた。


「どういうことだ、これは」

 俺は今あり得ないものを見ている。

 いいや、現実には『何も見えなかった』。

 窓の外側。普段なら目の前に車の走る大通りが見えるのだが、今は異常なほどに何も見えない。

 無意識に窓の表面に触れると水に触れたような冷たい感触。それは窓に付着する大量の水滴が原因だった。冬によくみられる部屋の外と内の気温の差から発生する現象だが、どうしてこんな真夏に……。


 瞬時に意識を切り替える。

 この瞬間、俺の思考は学生から魔術師に変化させた。

 記憶を遡る。

 魔動人形を埋め込んだ結晶体。

 湖の神殿と消えない霧。

 ハルリスの御伽噺。

 ジルとの会話。

 行方をくらましたユリウスさん。

 そして、星座の魔術。

 魔術、儀式。


 ――まさか、この街の人全員を閉じ込めて生贄にするつもりじゃないだろうな。


 辺りを見渡せば、店内の人々は続々と外に出て行っていた。

 何が起こるかもわからないというのに。

 すぐにでもこの流れを止めたかった。

 少しでも皆にとって安全な策を取りたかった。

 だが、これをどう伝えろと?

 この霧は魔術による儀式の可能性がある?

 危険だから霧が晴れるまで中にいてほしい?

 バカバカしい。魔術などといった不可思議な現象を知らない人々にとって、これはただの濃い霧でしかない。

 そんな言葉、聞く耳を持つはずがないのだ。


 どうする。

 どうすればいい。

 これから取るべき行動に悩んでいると、隣にいるアイリが訊ねてくる。

「ロイドくん。わたし一旦みんなのところに戻るけどどうする?」

「俺は……」

 ここでみんなのところに戻ったところで解決の先送りにしかならないだろう。

 俺しか解決できる人がいないって思っているわけではない。

 けれど、原因の可能性を知っている者として、今何が起こっているのかくらいはこの身で感じなければならない。

「アイリは先に戻っておいてくれ。俺は外の様子を見てくる」

「大丈夫? なんだか嫌な予感がする」

「それは俺もだよ。外がどうなってるか確認出来たらすぐに戻るから」

「うん。気を付けてね」


 そうやり取りをして、アイリは元の座っていた席に戻る。

 俺は逆に店の入り口に進んでいた。

 俺と同じように出ていく人の波にのまれながら、やっとのことで外に出る。

 そして周りの様子を確認すると――


「――嘘だろ、こりゃ」


 そう言ってしまいたいくらいに、俺の目の前にはあり得ない光景が広がっていたのだ。

 できることなら店の中だからよく見えなかった、であってほしかった。外に出たところで結果は変わらず、俺の目の前は白く深い霧に覆われていたのだ。

 空を見上げても状況は変わらない。ずっと目を開けていられるくらいに太陽の光が遮られているのだ。

 街の人から聞こえてくる声はどれも「周りが全く見えない」の連続。

 それは道を歩いてきた人も同じ。


 そこでブルブル、とポケットの中が震える。

 中には持参していた通信用の魔術礼装があったのだ。周りに見ないようこっそりと建物の陰に隠れその連絡を受け取ると、そこからエレナの声が聞こえてきた。

「―――ロイド、今大丈夫?」

 少し焦り気味のその声は、その瞬間に何を言いたいのか分かってしまった。

「ああ、大丈夫だ。もしかして霧のことか?」

 エレナは不意を突かれたのか一瞬言葉に詰まってから話を続ける。

「え、ええ、そうよ。突然外が真っ白になったのだけれど」

「こっちもだよ。辺り一面が真っ白だ」

「そっちもなの? なんだか不気味ね」

「ああ、本当にな。それでエレナ、まだ窓は開けていないな」

 そう訊いたのもひとつの不安があったからだ。

 外に出て判明したことであるが、この霧はただ濃いだけでこれ自体が魔力の塊というわけではなかった。これは湖の遺跡で見たものと変わらない状況だ。

 けれど、不安なことはこの霧を魔力の伝達手段として利用されないかということ。精通している魔術の種類にもよるが、霧に触れている人間から魔力や精気を奪うのはそう難しいことではない。

 だから、せめてもの防衛手段として霧に触れないという状況をつくっておいてほしかったのだ。

「ええ。当然よ。何が入ってくるか分からないもの」

「よし、それでいい。今のところ危険はなさそうだけれど、念のためにも扉や窓は締めたままにしておいてほしい。結界を張っているとはいっても万能じゃないからな」

 その点で言えば、こちらはもう手遅れだ。

 レストランの扉が開いた時点で霧に触れたことになる。

 俺も、エイラも、ライノにアイリも、この場にいる全員が。

「あと、ティアはどうしている」

「ティアちゃん? ああ、ごめん。引き止める間もなくロイドのところに走って行っちゃった。たぶん模擬店のところに行ってるかもしれないけれど。ロイドは今どこにいるの?」

「今は中央広場から北に逸れたところにあるレストランだ。ほら、あのパスタがおいしいっていうあの」

「ああ、そこね。そっか、だったらすぐに会えないかもしれないわね。ティアちゃん、模擬店のところでじっとしておいてくれればいいけど……」

「まあ、無理だろうな。だったらいいよ。ティアはこっちで見つけて何とかする。あと、エレナ。今日は外に出ないようにな」

「ええ、わかったわ。ロイド、無理しないでね」

「もちろんだ」

 そうして礼装の通信を切る。このやり取りで確信した。ハルリスの街は、その全域が真っ白な濃霧で覆われているのだと。

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