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夏至祭開幕・友と過ごす憩いの場所で③

 というわけで、レ・クリエールのテラス席でスイーツを食べ終わった俺たちは食後の歓談を愉しんでいた。ただしティアとレンさん抜きで。彼女たちはスイーツのおかわりをするためにレジに向かっていたのだ。

「ユリウスさん。もしかしてこれ、狙ってた?」

「ん、何のことかな」

「そう惚けなくても。今まで出してきたもの、全部彼女たちの趣向に合わせたものだった。あの娘たちの気をほぐしてやろうとでも考えてたんじゃないのか。俺にとっては甘すぎたけどな」

「あれ、何のことかな? 俺は単にスイーツの完成度を確かめるために、世の女性代表としてあの娘たちを選んだだけだよ」

「嘘つけ。表情が崩れてるぞ、あんた」

「ご想像にお任せを。だけれど、何だかつまらなさそうだ。それはお口に合わなかったからかい。安心しな、君のような子にも愉しめるような作品はちゃんと用意しているよ。今はまだ見せられないけど、近いうちに見せてあげるよ」

「そうかい。それは楽しみにしているよ」

 と言って、コップに残っていた水を一口飲む。

「ところでだ。あんたに聞きたいことがある」

 ほんの一瞬の間を入れて空気の流れを変える。

 そして俺はただの一般人ではなく魔術師としてユリウスに訊く。

「三日前の十一日、あんた何をしていた」

 湖の神殿で起こっていた異常。

 その正体が水属性の魔術師が発動させた儀式の可能性が高い。そして出た唯一の心当たりがこの男、ユリウス・シルヴィオなのだ。

 誤魔化されるのは目に見えているが、その表情や仕草から何かのヒントが得られるかもしれない。

「――そのような質問を君がするのか。どうもつながりが見えないな」

 そう言うとユリウスは大きなため息を吐き、目を瞑る。

「三日前か。その日の夜から俺の周りがやけに騒がしいと思えば、そっち方面が理由だったか。夏至祭に向けて俺のスイーツの技術を盗もうしてるやつらかと思って放っておいたが……」

 スッと目を開き、俺から目を逸らさずに言う。

「残念だが心当たりはない」

「――本当に、か? その日、ある場所で水属性の魔術儀式が発動された形跡があったんだ。ユリウスさんの使う魔術の属性は水、だろ」

「その通りだ。確かに俺の司る属性は水だ。だけれど知らないな。本当に、だ」

 そう断言するユリウスさん。

 いつもの口数の多さが消え、その言葉のみをただ強く言うのみ。

 数秒の沈黙と無言の駆け引き。

 俺の目から見えるユリウスさんに、いつものような砕けたような表情はない。

 そこに裏があるようには思えなかった。

 結局、根負けしたしたのは、俺の方だった。

「……はあ、負けたよ。すまないな、変な勘ぐりをしてしまって」

「気にすることはない。疑われることと暴言を吐かれることには慣れているよ。そうでもなきゃ、もうとっくにこの性格と話口調を直している。俺は何と言われようが次の日にはこうして立ち直るのさ」

「それ、物忘れが激しいだけじゃないのか。もしかして数日前に言われた罵詈雑言も忘れてたりしてな」

 ははは、微笑する。

 だが、ユリウスさんは笑わなかった。

「……」

 ユリウスさんは何も言わずに俺から目を逸らす。そして、まるで凍ってしまったかのように動かなくなってしまった彼。不気味に思い、つい気遣ってしまう。

「おい、大丈夫か。いったいどうしたんだよ」

 はっと気が付いたようにビクッと肩を震わせ、俺の方を見るユリウスさん。さっきの様子とはまるで真逆で俺への視線が安定しない。

「……いや、何でもない。ちょっとその言葉に引っ掛かりを覚えただけだ。気にするな」

 対して、俺は何も答えなかった。

 不吉な吉兆を感じる。少しの間、嫌な空気が俺たちを包み込んだ。


 すると、ガラガラッと椅子が引かれる音がする。

「え、なになに? 何の話してるの」

 と、声を掛けてきたのはティアだった。スイーツのおかわりをしに行っていたレンさんと一緒に戻ってきたのだ。ティアだけだったのならともかく、レンさんにこの話題を聞かれるのはまずい。

「えっと、それはだな……」

「身近で起きた不思議な話について話し合ってるんだよ。結構面白いぜ。ちなみに俺はさっきまで。国外のスイーツについて語っていた」

 と、ごまかすための嘘の話を始めたユリウスさん。

 今まで様子が嘘のように、普段の余裕さを見せていた。

 内心で溜め息を吐く。この人はどこまで強いんだ、って。身の回りの人を危険にさらさないためにここまで自分を抑えることができるなんてさ。

「別の食べ物にそっくりなスイーツがあったんだ。たこ焼きにしか見えないシュークリームや、うな重そっくりなミルフィーユだったりね。気品や美しさの欠片もないんだけれど、逆にそれが面白くてさ。今後、俺のスイーツにも取り入れてやろうかって企んでいる。全く目途は立ってないけどね」

 ははは、とレンさんに話しかけながら笑うユリウスさん。こうも息をするように堂々と嘘を吐けるなんて。

 でもたぶんこれ、実話も混じってるんだろうな。俺にここまでできる自信はない。これも魔術師が表で生きていく為の手段ってのは分かるけれど、ちょっとだけ鬱になってくる。

 その様子をみてティアは「あとで詳しくね」と耳打ちしてきた。俺はこくりと頷く。

 レンさんは「ふーん」と興味あり気にユリウスさんの話を聞いていると、面白そうだねと彼女の方から話し始めた。

「じゃあ次はわたしの番ってことで。不思議な話っていえばわたしにも体験談があるよ。それもすごく新鮮なものが」

 そうして唐突にレンさんの不思議な体験談が開幕したのだった。



          ◇



 えっとね、夏至祭の一週間ほど前の早朝のことだったかな。

 わたし、久々にハルリス帰ってきたから街の様子を眺めながら一番東の海岸まで走りに行ったんだ。あ、もちろんスクーターでだよ。自転車ではさすがに行けないや。体力が続かないし。

 気持ちのいい涼しい風に当たりながら海岸沿いの道路を駆け抜けてね、それはもう私自身が風になったかのような感覚で。どうせなら大型二輪の免許も取れればもっと――って、そこはどうでもいいんだった。

 でね、そこからずっと北に向かって走ってハルリスの最北端まで行ったんだ。

 ほら、あそこには灯台があるでしょ。あそこも久々に見ておきたいなーって思って。

 もう昼時でちょっと時間はかかっちゃったけど、ようやく到着したわたしは灯台の立っている山の上まで行ったの。ちょうどベンチがあったからそこに座ってね、ざあざあって穏やかな波をつくる海を見ながらお昼ご飯を食べたんだ。お父さんが作ってくれたサンドウィッチ。最高だね、うん。

 で、お昼ごはんも食べ終わって家に帰ろうと立ち上がったんだ。


 その時だったんだよ。

 ぶわって、まるでスクーターに乗ってるときみたいに――ううん、もっとそれ以上に強い風が吹いて今にも飛ばされてしまいそうだったんだ。もう、目も開けられないくらいに。

 海沿いだから強い風が急に来ることは珍しくないんだけど。ここまで強いのは嵐の時くらいなんじゃないかな。念のために言っておくけど、その日は曇る気配のないいい天気だったよ。

 そんな強い風に耐えているとき、ふと気が付いたんだ。

 あれ? なんだかこの風、まるで森の中にいるときのような香りがしてるなー、って。

 普通潮の香りがするはずなのにどうしてなんだろうね。

 そして、ここからがようやくの結末。

 やっと風がやんで目を開けれそうになったとき、ふと風が吹いてきた先を向いて目を開けたんだ。

 その先には――


 とっても鮮やかで、とっても綺麗な。

 まるで幻想の世界に迷い込んだかのような。

 周りを淡い緑で覆う巨大な虹が架かっていたんだよ。


 以上、わたしの不思議体験談でした。おしまい。



          ◇



「ちなみにその虹は十秒も経たないうちに消えちゃったんだけどね。本当に幻だったのかな」

 と言ってレンさんの話は終わった。

 その後、特に大きな話の展開はなく内容のない会話を繰り返しながら愉しい時間を過ごした。

 夏の温かい空気が若干の落ち着きを見せたところで時間を忘れて時を過ごしていたことに気が付いた。

「しまった、もう日が沈み始めてきてるな」

 俺の言葉につられ他の人も同時に時間を確認する。

「ほんとだ。十七時半だね。わたしはそろそろ家に帰らないと。お店が忙しくなる時間だし」

「そうだな。うちはまだ俺が抜けていたところで問題はないだろうけど……」

 そうしてユリウスさんとレンさんのふたりはお互い目を合わせて頷く。

「ティアちゃん、ロイドさん。わたしもう帰るね。お父さんとお母さんが待ってるから」

「買い出しもしないといけないし、そのついでだ。レンちゃんを家まで送ってから店に戻るとするよ」

 言って二人は席を立つ。ユリウスはゴミになったカップや包み紙をトレーに乗せて持っている。

「ほら、ゴミはこっちで捨てておいてやるから。二人とも、お友達の皆が待ってるんだろ。そろそろ帰ってあげなよ」

 ユリウスさんに促され、俺とティアも席を立つ。

「ありがとう。俺たちもそうするよ」

 言って、席を離れようとする俺に対し、ティアはレンさんのもとに駆け寄る。

「それじゃあまたね。レンちゃん、明日も会えるといいね」

「そうだね、ティアちゃん。明日はずっと店番の予定だから、そっちが来てくれたら会えるよ」

「だったら隙を見て会いに行くかも」

「ほんとに? 楽しみにして待ってるね」

 そのやり取りを見て、隣に立っていたユリウスさんも微笑む。

「いいねえ、ああいうの。まさに過ぎ去った青春の一ページみたいで羨ましくなる。そうは思わないかい、ロイドくん」

「いや、俺はまだ青春真っただ中だと思ってるけど」

「ああ、そうだったね。君はまだ大学生だったか。それでも残り少ない時間だ。後悔しないよう精一杯に今を愉しみなよ」

「その忠告、覚えておくよ。それよりあんたはどうなんだ?」

「俺の青春はもう終わったからね。今は店に来てくれる若い客を眺めてはいろんな妄想をしているよ」

「……えっと、ごめん。そうじゃなくて明日はどうなんだって話だよ」

「ああ、その話。俺は明日から店に引きこもるからな。来てくれたとしても多分ゆっくり話はできないぞ」

「そっか。俺も一日中忙しいからな。あんたもそうなら、うちに来てもらうことも難しいか」

「あれ、もしかして俺のこと受け入れてくれちゃってる? さっき気遣ってくれたのもそういうことかい」

 言うと微笑んで俺の肩を組んでくる。持っていたトレーは瞬時にテーブルに置きなおしたらしい。

「お!? やめろよ暑苦しい。てか近い、近いって!」

 絡んでくるユリウスさんの力は強く、なかなか引き離せない。

 胸元を優しくさすってくるその手は妙に艶めかしく、俺の肌を否応なしに敏感にさせていく。そんなあまりの変態行為に戦慄を覚えた。

「――や、やめ……」

 やられる。そう確信した。


「ちょっと、ユリウスさん。やめてください!!」

 そんな危機を救ってくれたのはレンさんの叫び声だった。

 ユリウスさんはすぐに絡んでいた腕を解き、何事もなかったかのように置いていたトレーを持ち直す。

 もう遅いよユリウスさん。すでに目の前の女の子二人に目撃されてしまったよ。

「おっと失礼。お嬢さま方にはこの程度の絡み合いでも刺激が強かったらしい」

 そんな状況でもまだ冗談を言うユリウスさん。

「か、絡み合い……ですか」

 ごくりと唾を飲み込むティアは薄く頬を赤く染めて俺を見た。

「やめろ、そんな目で俺を見るな。そんな気は一切ないからな」

 こんな目で見られるくらいなら蔑むような眼で見られる方が何倍もマシだ。

「ほら、ユリウスさんも何か言ってくれよ」

「はっはっは☆」

 ユリウスさんはただただ満面の笑みを浮かべるだけだった。

 こいつッ!!

 そんな状況を見かねかのか、全力疾走で俺とユリウスさんの間に割って入る。ユリウスさんの持つトレーを奪い取り近くのゴミ箱に捨ててまた戻ってくるその動作。なんともまあ感心するほどの早業だった。

「ティアちゃん、信じなくていいからね。ユリウスさん、もうからかうのはやめてくれませんか!!」

 言って、レンさんは俺からユリウスさんを引き剥がしてくれた。

「痛い痛い、力強いってレンちゃん」

「こんなことする方が悪いんですよ」

 ぷんすかと頬を膨らませて怒るレンさん。続けて俺たちを見ると優しい表情に切り替えて言う。

「ティアちゃん、ロイドくん。もう遅くなるでしょ。ほら、また明日も会えるんだし。もう戻った方がいいんじゃない?」

 そう気遣って言葉をかけてくれた。

「そうだな。レンさんのお言葉に甘えて今日はここらでおいとまさせてもらうよ」

 隣のティアもうんうんと頷く。

「それじゃあいいタイミングということで俺たちはここで別れるとしようか」

 ユリウスさんはそう言って軽く手を振る。

「ああ。また会おうな、ユリウスさん」

「機会があればね。俺はいつでも待っているよ」

 レンさんも笑顔で「じゃあね」と手を振り去っていく。ユリウスさんも横に付き、二人並んで人ごみの中に消えていった。

 ティアは完全に二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


「急に静かになったな」

「そりゃあ、賑やかな二人がいなくなったんだもん。当然と言えば当然だよね」

 そう言い合い、俺の「もう戻ろうか」という言葉を合図にレ・クリエールを後にすることにした。


 甘い一時はここで終わりを告げる。

 そしてこれから、俺たちは俺たち自身の勝負に挑むことになる。

 仲間と共に乗り越えるべき、乗り越えなくてはならない大きな壁を前にする。

 未来予知、なんて力を持っていれば悩むことなんてないのだろうけれど、その時俺たちはどんな答えを出すのだろうか。

 どうしたところで俺の最終的な目的にはまだまだ近づけれないだろうけど。

 まあ、それはそれ、だ。

 まずは今の問題を解決していくことに努めよう。なにせこの数日間で問題がいくつも浮かび上がってしまったのだから。


「ところでロイドくん」

「どうしたティア」

「まさかユリウスさんと……」

 もじもじするティアを見て察してしまった。

 まだ終わってなかったのか、って。

「そんな訳ないからな。絶対ないからな――!!」


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