夏至祭開幕・友と過ごす憩いの場所で②
「それにしてもすごいね。夏至祭って。街全体がお祭りの舞台になるなんて。まるで夢の国に来たみたい」
ははは、と満面の笑みを浮かべるティア。
「俺はもう慣れてるからそんな感覚にはならないけれど。確かにティアの言うことは分かる。気は速いけれど最終日のイベントは楽しみにしておけよ。今でそんな状態だったら、驚きすぎて気を失うかもな」
「そんな気の失い方をするのなら、ある意味幸せかもね」
何気ない日常のような会話の中、俺たちはエイラから渡されたチェックリストに書かれた店を調査しながら歩いていた。全体の三分の二ほどを終えたところで気分転換にと食べ物以外の店に寄ってみるのだった。
普段では出していないような限定の商品もあれば、高価な商品を数量限定で割り引いて販売しているところもある。特に衣料品店に展示されているとある服は前から欲しいと思っていただけに、割り引いて販売されているとつい買ってしまいたくなる。でも、今はそれを買うお金を持ち歩いていない。また今度にするか。
だがしかし、割り引かれているところに少しの不信感を持ってしまう。もしかすると、流行が終わってしまい、また新しい商品が出ているのだろうか。また後でライノと話してみるか。あいつ、情報網は結構広いからな。意外な情報を仕入れているかもしれない。でも、やっぱり欲しいよな。いったん家に帰ろうかな。
なんて、展示された服の前で立ち止まってしまった俺。
そんな俺に向かってティアは「服って何度見ても違いが分からないや。わたし、いっつもアーネストさんに選んでもらってるから」と微笑むのだった。
なんとティアの服装はマーベルさんによるものだったらしい。
ティアが帰るまでの間に一緒に服を見に行こうか。
短い気分転換も終え、続けて小さな雑貨屋が集まる通りを歩く。
特に寄る場所もなく次の目的地に向かう道中だったのだが、この場所に訪れてしまったのが運の尽き。俺とティアの穏やかな散歩は終わりを告げた。
「――あれ? ちょっと待って、ロイドくん」
「どうしたんだ。何か気になることでもあったのか?」
「う、うん。ちょっとね。あそこにあるお店の看板」
そう言って指さす先を見ると、古風なアンティークショップのような雰囲気の雑貨屋があった。
架けられた木製の看板には『雑貨屋ハーヴェイ』と彫られている。
ハーヴェイ。
そうだ。以前リストを見て違和感を覚えたこの名前。どこかで聞いたことがあるような。さてそれはどこだったかな。
数秒自分の記憶に残るとある彼女を頭の中に映し出す。
そうしている間にティアの身体はぶるぶると震えだした。気分が悪くなったのだろうか。それとも疲れたからなのか。ともあれ、ティアの身に起きる異変は見逃せない。彼女は俺と違って色々と特殊な事情を持っているのだ。先日の湖の神殿で見た異変も相まって、それが気になり声を掛ける。
「ティア、どうかしたの「レンちゃーん!!」
と、俺の言葉などまるで聞きもせず、「ひゃっほー」と馬鹿な叫びを上げながら走り出したのだ。
「ええぇ――!?」
ティアはある人物に向かって一直線に駆け抜ける。
その猛進に気が付いた茶髪で橙色のカチューシャを付けた女の子。その娘はこちらに振り向いた。
「――あれ? もしかしてティアちゃん?」
「そうだよティアだよ。レンちゃん久しぶり」
今まで見たことがないくらいの笑顔を伴って、駆けて行った先の女の子に抱き着いたティア。レンちゃんと呼ばれた彼女は突然のことながらも状況を理解し声をかける。
「あー、やっぱりティアちゃんだ。久しぶりだね。二週間ぶりくらいかな」
「何で? どうして? 何があってレンちゃんがこんなところにいるの」
「どうしてって、ここはわたしの実家だからだよ。この時期って夏至祭じゃない。そんなこともあってこの期間だけは手伝いも兼ねて必ず帰ってきてるんだ」
「そうだったんだ。そうなると、この大きなお店は……」
「わたしの家であって、お父さんとお母さんの大切なお店だよ」
「うわー、凄いね」
「ふふ、ありがと」
なんとも愉しげな二人の薔薇色空間。
俺はティアと二人で話しながら歩いていたはずだが。気が付けが一瞬のこと。俺は置いてけぼりにされ、立ち入る余地もなかった。
二人の近くまで寄っても俺のことなんか目もくれず喋り続ける。
腹が立ちもしたが、仕方ないかなとも思ってしまう。
ティアにとってレンさんは親友と呼べる二人のうちのひとりだし、俺のことを放ってでも話をしたいことだろう。
レンさんもそうだ。加えてレンさんは俺のことを知らないはず。通りすがりの他人と見てしまっても無理はないだろう。あの時の記憶が無くなっていれば、の話ではあるが。
それにしてもハーヴェイ、か。やっと思い出した。
レン・ハーヴェイ。この娘のフルネームがそうだったのだ。
すると、店前の騒がしさを不信に思ったのか店主であろう人が店の奥から姿を現した。
「どうしたんだい、レン。何か問題でも起きたのか?」
無精髭が似合う壮年の男性。レンさんの名前を呼ぶと俺とティアを交互に見つめる。見た目に反してその言葉に威圧感はあまり感じない。
「すいません。うちの者が騒がしくしてしまって」
とティアに代わり謝罪したのだが、男性は怒るようなことはなくむしろ状況を悟ったのか微笑を浮かべた。
「いや、それはいいんだよ。騒がしいのはいつものことだからね。それよりも君たちは誰なんだい?」
そう、優しい口調で話す男性。そんな彼にレンさんから声をかけた。
「あ、お父さん。この子がティアちゃん。わたしが話してた新しい友達だよ」
お父さん?
レンさんと無精髭の男性を交互に見る。
親子だったのか。やはりレンさんはこのお店の関係者と言うことになる。ということは、彼女はこの街の出身ということになるのか。全然知らなかったな。
「へー、この子がね。僕はレンの父親でシグムント・ハーヴェイっていう者だ。レンからはよく話を聞いているよ。いつもこの子がお世話になっているようだね。これからも末永くよろしく頼むよ。レンが学園にいる間は、僕には何もできないからね」
「はい。わたしの方こそとても助けられています」
微笑むハーヴェイさんに対してティアも明るい笑顔で返答した。
「で、こちらの彼は?」
俺についてはレンさんからは紹介できないだろう。現にレンさんは俺を見て、この人は誰だろう、と首を傾げていた
「俺はロイド・エルケンスといいます。ティアとは友達なのですがレンさんとは直接の関わりはありません。ティアから良い友人だといつものように聞いていましたけどね」
「だったら、僕の立場と一緒だね」
それを聞いて、ティアとレンさんは頬を赤く染めて恥ずかしがるのだった。
その様子を見守るように眺めてからハーヴェイさんは何かを思いついたような表情をした。
「――レン」
「どうしたのお父さん」
「店番はしばらく休憩だ。せっかく友達に会えたんだ。しばらくの間、夏至祭を愉しんできなさい」
最初に与えられた自分の役割。それを続けるつもりだったのだろう、戸惑うレンさん。
「本当に? でも、いいの?」
「ああ。母さんはもうそろそろ戻ってくるだろうし、本格的に忙しくなるのは日が沈み始める十八時頃からだ。それまではいろいろと見て回ってくるといい」
その気遣いにレンさんから戸惑いの消え、代わりに喜びの表情が浮かび上がる。
「うん。ありがとう、お父さん。ひとりで無茶しないでよ。何かあったらちゃんと呼んでね」
「はいはい、わかったよ」
「じゃあ、行ってきます」
駆ける女の子二人。
それに手を振り見送るハーヴェイさん。
俺はハーヴェイさんに軽く頭を下げてから二人を追いかけるのだった。
◇
急に騒がしくなった。
チェックリストを見ながら散策する俺の後ろでティアとレンさんはきゃっきゃとまるで女子高生のような雰囲気でおしゃべりをしていた。
いや、現に彼女たちは女子高生なのだが。ティアがこんな笑うのは初めて見た気がして妙な違和感がある。微笑む、ではなく心の底から笑う。そういうのは俺の前では見せたことのない表情だった。
こんなにいい顔ができるんだな、と思いながらも悔しかったりする。
俺ではまだまだなんだな、って。
「ねえ、ティアちゃん。何かお菓子でも食べてかない?」
「あ、そうだね。レンちゃんのお勧めってここら辺にある? わたしまだよくわからなくて」
「お勧めか。あったかな、この近くに。少し離れた区画だったらわたしの好きなお店があるんだけど――」
そんな話が始まった時、俺はふとユリウスさんの顔を思い出した。
ユリウスさんの勤めているお店のレ・クリエールがこの近くにあるのだ。確かあの人も夏至祭でイベントを開くって言ったいたから記念に寄ってもよさそうだけれど。
「そういや、この近くにはレ・クリエールがあるんだが、寄ってくか?」
後ろの二人に提案する。
有名なお店だからレンさんは見慣れているかもしれないけれど、ティアはまだ行ったことも食べたこともないだろう。選択としては悪くないはずだ。
すると、意外なことにレンさんは「いや、そこは……」となんだか乗り気のない反応をするのだった。
そこはかとなく拒絶の意を示す彼女。なにか嫌なモノでもあるのだろうか。商品自体は人気のあるものだし、店内の雰囲気や清潔さはそれこそこの街で一番とも言えるようなものだ。
それを何故――
と考えたところで俺たちの背後から怪しい視線を感じた。
背筋がぞわっとするような悪寒は、たちまち俺を警戒態勢に移行させる。
しかし、――
「やあやあ、皆さんこんにちは。君たちはロイドくんとティアさんだね。やはり来てくれたのか。待ちわびたよ」
振り返るとそこには満面の笑みを浮かべ両腕を大きく広げたユリウスさんが立っていた。
ティアは軽くお辞儀をし、レンさんは呆れたようにため息をついていた。
「いやぁ、嬉しいね。あの時に一回だけ会っただけなのにこうして来てくれるなんて。お兄さん、感激のあまり興奮して泣いちゃいそうだ」
今にも抱き着いてきそうな勢いでつい身構えてしまいそうになったが、それよりも先にユリウスは落ち着きを取り戻し俺でもティアでもない彼女に話しかけた。
「あれ? 君はもしかしてハーヴェイさんのところのレンちゃんかい?」
「はい、レンです。お久しぶりですね。ユリウスさん。相変わらずお元気そうで」
「ああ、久しぶりだね。今はテレジアの学校に通ってるんだよね。ここ数年は全然会えなかったから寂しかったよ。元気にしていたかい」
「はい。友人にも恵まれて、とても愉しい日を過ごしています」
妙に他人行儀なレンさんだけれど、何か事情があるのだろう。深く突っ込むことはやめておこうか。
「それにしてもいい女性に成長したものだ。まるで芸術品のような身体つき。そそられるねえ。だが、後もう少し背が高ければな。そこだけは惜しいところだ」
「ユリウスさん。わたしもう高校生なんですから。そろそろセクハラになりますよ」
厳しい口調で返す半眼のレンさん。
「おっと、いけない。そんなつまらない容疑で逮捕されちゃあ恥ずかしいからね。ここは自重するとしよう」
そう言ってレンさんを背を押し自分の店に連れていこうとするユリウス。
「さあさあ、こんなところで立ち話をしてないでうちに来るといい。店内の席はもう埋まってるだろうけれど、テラス席ならまだ空いてるはずだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。わたしまだ行くなんて一言も言ってないですよ」
「あれ? 君たちお菓子を食べたい気分じゃないのかい。だったらぜひ来なよ。俺の店は日々進化しているんだ。飽きたなんて言わせないよ」
「うー。その強引さ全然変わってませんね」
そんな様子を傍から見ていた俺とティアはお互いに目を合わせ肩をすくめる。
「レンちゃん。わたしユリウスさんのお菓子屋さんに行ってみたいな」
「――え゛」
「そんなにレ・クリエールが嫌?」
訊くと、レンさんはユリウスさんの手を払い俺たちのもとに寄ってくる。
「ううん、嫌じゃないよ。単にユリウスさんが苦手なだけ」
そう耳元で囁く。
小声で言ったのもユリウスさんに気を使ってのことなのだろう。が、ユリウスさんの表情を見てみると明らかに苦笑いを浮かべていた。
レンさんの声、聞こえてたんだな。
「だったら一緒に行かないか。俺も久々に行ってみたいんだ。家族にお土産も買って帰ってやりたいし」
「お、ほら皆もこう言ってるわけだし。レンちゃんも行こうぜ」
ムッと渋る顔をしながらもレンさんは「わかったよ。諦めてあげる」と言ってユリウスさんについていくのだった。
残されたティアは微笑ましそうに二人のやり取りを見ている。
「あんなに真正面から不満を言うレンちゃんは初めて見たよ」
「それくらいに仲がいいってことじゃないのか。自分の悪い部分を見せてもいいくらいに」
「そっか。そういう関係なんだね、ユリウスさんとは。……ん? それってもしかして。まだわたしに心を許してないってことなのかな」
「え?」
「そういうこと? もしかしてそういうことなの? わたし、あの人に負けないんだから――!」
そう意気込むと「待ってよレンちゃーん」と俺を置いて駆けて行った。
「お、おい待てよティア。俺を置いていくな」