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夏至祭開幕・友と過ごす憩いの場所で①

 ああ、高揚が抑えられない。

 今までの眠気が嘘のように消え去ったわ。

 まさかあのような古き地でまみえるとは思わなかったぞ。


 だが、どうしたことか。

 この小童ときたら、ただ目を合わせただけで怖じ気づくとは。

 余の見込みとは程遠い。


 だが、可能性がないわけではない。

 このままであれば当分先の話になるが、あと一年、――いや二年?

 ええい、待てはせぬわ

 こうなればあの手しかあるまい。


 さて、余も覚悟を決めんとな。

 人間の配下に下るのは、やはり気に食わんが。


 余がこの地に再び返り咲くために――



          ◇



 八月十四日。午前九時丁度。

 一つの巨大な打ち上げ花火が花開く。

 それに伴うアーティストによる演奏と最高潮に盛り上がる大歓声。

 空気がまるで地震のように揺れ響く。身体に伝わる振動は、さらに気分を高揚させ祭りごとに相応しい気分に変容させていった。


 そう。雲一つない晴天の下でハルリスの守り神に祝福されながら、年に一度の夏至祭が今始まったのだ!


「さあ、始まったわよ。わたしたちの成果が試される大勝負の日がッ!」

 大きく盛大に広げられた両腕。

 太陽の光が反射する真っ白なメガネのレンズ。

 風でさらさらと靡く髪。

 それらは一層エイラのやる気を醸し出しているように見えた。

「ふふふ、はははッ――」

 哄笑するエイラ。いつもの真面目さや冷静さを知っているからこそ、このはしゃぎっぷりには微笑ましく思う。まあ、それ以上に若干の怖さも感じるのだけれども。

 ライノも同じように心配してかエイラに声を掛ける。

「何だかいつも以上に熱く感じるぞ。はしゃぎすぎじゃないか? 大丈夫か?」

「何言ってるのよライノくん。待ちに待った一大イベントよ。熱くならないわけないじゃない。ほら見てよ彼女を」

 そう言って指をさすエイラ。

 その先には黙々と開店直後に並べるためのパンを作るアイリの姿。

「……、……ふふ、……ふふふ……」

 妙に怪しい笑みを浮かべてはいるが、普段と変わったようなところは見られない。

 だが、エイラは確信したかのように俺たちに指さして言う。

「ほら見てよ。いつも無気力なアイリがあんなにやる気に満ちているじゃない。もう胸の中は熱い炎でいっぱいなのよ!」

 俺とライノは顔を見合わせ、お互いに首を傾げる。

「……おい、ロイド。俺にはアイリがいつも通りにしか見えないんだけれど」

「右に同じくだ」

 やれやれ、と呆れ半分で肩をすくめる。

 するとその瞬間、エイラは目にも止まらぬ速さをもってして、丸めたポスターで俺たちの肩を叩いてきた。パシーンッ、といい音を鳴らして。全く痛くはなかったのだけれど。

「もお、変に格好つけないの」

 ぷんすか! と可愛らしく頬を膨らませて怒るエイラはやっぱり微笑ましかった。愉しそうで何よりだし、当然俺たちもエイラと同じようにこの日を待ちわびていた。

 人一倍頑張って準備を進めてきてこの場まで導いてくれたエイラに報いるためにも、俺たちは俺たちで役割を全うするだけだ。

 もちろん、気を張り詰めすぎず、第一にみんなで愉しく、だ。

「格好つけてなんていないさ。俺たちも十分やる気に満ちているよ」

 言って微笑む。それはライノも同じだった。

 そんな俺たちを見て、エイラは一段と笑顔を表に出す。

「だよね。それじゃあ始めましょうか。さあ、わたしたちの勝負はこれからよ!」

 エイラは天に拳を掲げる。それが俺たちにとっての夏至祭のスタートの号令となった。

 俺、ライノ、アイリはそれに続けて「おー!!」と叫んだのだった。


 それぞれ持ち場について各自の仕事を進めていく。

 アイリは販売するパンの調理。俺とライノはアイリの補助をしながらの客寄せ。

 エイラは来てくれたお客様の対応とスケジュール調整。

 開始後一時間ではあったが、興味を持ってくれた人がいてくれて既にいくつものパンを売ることができていた。

 結局午前中は思い通りにいかないこともありドタバタしてしまった。お昼時を過ぎた頃合いで落ち着きを見せてくれたのでエイラは俺の方に向かってきて声を掛ける。

「ごめんね、ロイドくん。結局今まで手伝ってもらっちゃった。でも、やっと流れに乗ってきてくれたから、もうロイドくんは自分の仕事を進めていいよ。ほら、あなたの一日目のミッション」

「ああ、各出店を回り情報を集め、それを元に更なる成績を得るための指針を立てることだろ。出遅れはしたけど問題ないさ」

「ホントごめんね、遅くなっちゃって。でも、ちゃんとアイリに報告できるよう簡潔に詳しくまとめてきてね。あとは……」

 言って、横目で移動販売車の横につけた二セットのキャンプテーブルうちの一つを見る。

 そこには黙々とうちで販売しているパンを頬張っている金髪の少女がいた。

 ていうか、ティアだった。

「ティアさんと一緒に回るのは問題ないわ。けれどね、わたしが言うのもなんだけどデート気分で歩き回って、情報集めを怠ったりしたら怒るからね」

「大丈夫だよ。そこに関しては肝に銘じておくから。それにデートってのはないよ。むしろ面倒を見る意味合いの方が強いよ。エレナが大丈夫ならどうにでもなったんだけれど、体調のことも考えるとな。あんまり人だかりのできる場所に行かせるのは心配だから」

「だったらいいけど。うーん……」

 言って悩むように顎に指をあてて唸る。

「心配か。あいつと一緒にいることが」

「そうじゃないよ。そうじゃなくてむしろ……」

「むしろ?」

「ロイドくん、過保護過ぎない?」

「過保護ねぇ。それについては自覚はあるよ。でもな、こればかりは俺にとってのトラウマのようなものなんだ。そう簡単には治せないさ」

「そっか。そうだよね。エレナさんのことを思えば。……って、なんで辛気臭くなっちゃってるんだろ、わたし。今はそう言いう時じゃないのに」

 パンパンと頬を掌で叩くエイラ。

「まあいいわ。役目を全うしてくれるならそれで。それにわたしも少しは悪いかなって思ってたから」

「今の発言のことか?」

「違う違う。ロイドくんにあてた役割のこと。みんなで一緒に愉しもうってのが一番の目的なのに、ひとり別行動でやることを作ってしまったから。でも、ティアさんと二人でなら、その分寂しさは消えるのかな」

「そっか。気遣いありがとう。だけどエイラ。別行動って言っても半日分くらいの時間だ。最後にはここに戻ってくるんだし。寂しくはないよ」

「そう言ってくれて助かる」


 次第に辺りが騒めきだしてきた。観光客の団体様がやってきたかのように人の波が押し寄せる。うちにもお客様が来たのだろう。客寄せ担当のライノが素早くレジに立ち対応を始めた。

 最初の数人はライノが対応したものの、すぐに処理しきれなくなくなると分かったのだろう。こちらを向いてエイラの名前を叫んできた。

「おい、エイラ。なにやってんだ、お客さん来たぞ。早く来てくれよ」

「あ、ごめんねライノ。今行くよ」

 しまったな、という苦い表情で頭を掻くエイラ。

「そういうわけだから、後のことはよろしくね」

「ああ、任せてくれ。あと、エイラ。あんまり気を張り詰めすぎるなよ。みんなで愉しく、だろ」

「うん、ありがとね。ロイドくん」

 そうしてエイラは駆け足で戻りライノと場所を交代する。

 その表情はやはり生き生きとしていて、俺にとってとても眩しい存在に見えた。

 エイラはテキパキと接客をこなし、解放されたライノは調理を続けるアイリの補助に入る。

 忙しくなりそうだけれどここはあの三人に任せて、俺は指定の店を回るとしよう。


 踵を返し歩を進める。

 振り向きはしなかった。

 彼らの姿を拝むのは戻って来た時までのお預けだ。

 その時には一緒に良い情報を伝えられるようにしないとな。

「――じゃあ行こうか、ティア」

 囁くと、既に俺の隣にはティアがいて、残りのパンを食べながら歩いていた。

 それもあと少しのようで残りの一口を頬張る。もぐもぐ、ごくん、と。

「……うん。情報集めをしながらでいいから、いろいろ教えてね」



          ◇



 エイラたちの元を離れた俺とティアは、手始めに一番近くのチェックされた店に寄り、店の特徴をメモしてからおすすめの品を購入した。購入品はサクサク生地のアップルパイ。それを二人で頬張りながら歩いていた。

「何だか安心した」

「何がだよ、安心って。俺、そんなに危ういことしてたか?」

「違うよ。ロイドくんが他の人と愉しそうに話していたってこと。前に大学に行った時も思ったけど、ひとつの心配事が解消されたって感じ」

 ――ん? それってどういう意味だ?

 大学の友人と一緒に話していることがティアにとっての『安心』だって?

 ふむ、もしかしてテレジアで初めて会った時、俺ってそんなに暗い奴に見えたのか。ひとりでいるのが何よりも好きっていう奴に見えたのか。まったく心外だな。確かに俺は静かな方だけれど、人と関わるのは割と好きな方だぞ。自分が魔術師であるという一点のみは気をつけなければならないところだが。

 信用してもらうためもあったから、あの時はできるだけ明るい学生を演じていたはずだけれど――

 って、そうだった。ああ、思い出した。

 ティアの一番の悩み。

 それは自分が能力者であり、他人との関わりを避けていた時期があるということだ。

 今は親友とも言える二人の女の子と愉しく学園生活を過ごしているらしいが、そういう関係にまで至れた故か自分の正体を知られることを極端に恐れている。

 ティアは魔術師である俺と能力者である自分を重ねていたのかもしれない。そしてこう考えていたのだろう。ロイド・エルケンスという男には愉しく笑って過ごすことのできる親友と呼べる人はいるのだろうか、と。テレジアで表と裏のあいつを見てきた俺なら容易に想像ができてしまった。

 しかし、あまり深く突っ込んで過去を掘り起こす話にもしたくなかったから、俺は一言「そうか、それは良かったな」とだけ返した。

「あいつらとは高校からの仲だからな。最初から息が合ったかって聞かれればそんなことはないんだけれど。それでも四年くらいの付き合いだ。それなりに仲も良くなるさ」

「へー、すごいね。これも意外。魔術師でもそんなことできるんだね。わたしにもできるのかな……」

 最後の方は囁きにも似た聞き取れないほどの小声となった。するとティアは「うーん」と悩むように首を傾げる。

「でもね、気になったことが一つあるんだ。エイラさんとは特に仲がいいっていうか、ロイドくんが話をするとき、他の人とは違う何かがあるんだよね。それが何かっていうのはよくわからないんだけど」

「―――」

 驚きだ。ティアは人間関係に関して鈍感な方かと思っていたけど、人と人の間にできる空気の違いを読み取ることはできたらしい。

「へえ、そうか。おまえにはそう見えるんだな。正解だよ。ティアの思ったとおりだ。エイラとだけはもっと小さい頃からの付き合いなんだ。中学に入る手前くらいからだったな。ちょっとした事情があってな」

「ちょっとした事情? なんかいいね、それって。特別って感じがする。あれ、でもロイドくんの小さい頃は……」

 言葉に詰まるティア。

 テレジアでの一件以来、俺がティアの過去ことを知ったように、ティアも俺の過去をある程度は知ったはずだ。その手前、特に過去の思い出についてはあまり多くのことを言い辛かったのだろう。

「おまえ、今良くないことを考えただろ」

 頷くティア。

「ごめん。考えちゃった。この前エイラさんとライノさんに言った嘘。あんまりよくなかったね」

「謝ることはないさ。事実は事実だ。おまえが知ってるように小さい頃に両親を亡くした俺は、自分たちの力で生きていくしかなかった。でも、そんなことできるはずもないだろ。力も知識もない子供だったんだから。だから、そんな俺たちを、特にエイラの父さんと母さんはよく面倒を見てくれたんだ。その頃からだな。エイラと知り合って仲良くなったのは……」

 って、何話してるんだろう。

 こういう辛気臭い話を夏至祭のなかでしてどうするんだ。

 まずいことを言ってしまったと後悔しながら頭を掻く。

「ああ、やめやめ。辛気臭いのはこれで終了だ。ティア。おまえにとっては滅多に経験することのないイベントなんだろ。だったらこんな時くらい目一杯はしゃいで楽しもうぜ」

 呆気にとられ目を丸くしたティアだったが、すぐに気分を入れ替えようと「う、うん。そうだね」と笑顔で言うのだった。

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