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湖の神殿・目覚めし天秤の脈動⑤

 十分ほど経ったところで湖の反対側を通過する。

 ここまで魔術的な残滓は一切なし。霧の原因は何も掴めなかった。

 左手にある遺跡を見ながら進む。ここまで何もないのなら、ここはいっそのこと遺跡まで行った方がいいのではないかと思えてくる。

 遺跡を取り囲むように霧が発生しているのなら、その中心に何かある可能性は少なくはない。だから、まずはそこを見に行った方がよかったのではないか。

 向こう側への渡り方はまだ考えていない。湖の中入ることは絶対に却下だ。濡れたくないし、冷たいからな。

 それでもジルに提案をするくらいはしてもいいだろう。


「……なあジル、あの遺跡さ、―――あれ?」


 そう思い前方を見ると、目の前に広がるのは濃霧の白い壁。

 それはジルの姿を、魔力の気配さえも遮断し、もはや俺の力では捉えることすら叶わなくなった。

「……一緒に進んだ方がいい、とか言っておきながらこれかよ。先に先に進みすぎなんだよ。たまには後ろに振り返れってんだ」

 ……。

 自分で言うのもなんだが、ここで文句を言うのもどうかって思う。

 はぐれたのってずっと視線を逸らしていた俺の責任な訳だし。

 まあ、いいか。ちょっと駆け足で進めば追いつけるだろう。


 それにしても、今の服装だと寒いな。今って夏だろ。気が付けば腕には鳥肌が立っている。

 何だか外界から切り離された結界の中に入り込んでしまったかのような気分だった。


 あれ?

 この感覚、前にもあったような―――


「―――っ!」


 瞬間、背筋が凍るような悪寒に襲われた。

 殺気ではない。敵意すら感じない。だが、ふりまかれる圧倒的な力の重圧が俺を圧殺しようとする。

 気配の先は湖の中央付近。薄っすらと見える湖から突き出した遺跡の周りにそびえる柱。

 その上に立つのは、あの夜に現れた仮面の男だった。


「おまえは……」

「おや、先日の君か。勘違いしてもらいたくないのだが、これは僕の方から会いに来たわけではないからな。僕にとってもこれは予想外だ。しかし、偶然にしては出来過ぎている」

「偶然だって? おまえ、俺を狙ってきたんじゃないのか」

「何を言っているのやら。僕は君に一切の興味はないよ。これはただの調査と牽制さ。霊獣の状態と星座の魔術の進行度についてね」

 言うと、仮面の男は跳躍し俺の目の前で着地する。

「――だが、とんだ期待外れだ。まさかここもテレジアと同じだとは思わなかった。なにせ霊獣が消えた後の術式の発動となっているのだから」

 仮面の男を睨む。

 体内に循環する魔力を起動させ、即座に魔術を発動できる態勢を整える。

 依然として仮面の男からは敵意そのものを感じない。

 不愉快極まりなかった。こいつにとって俺は邪魔な人間のはずだ。だが今の様子はどうだ。こいつは俺を敵とすら認識していない。俺を倒すのに構える必要すらないってことか。

 ……。

 くそっ。何焦っている。穏便に済むのならそれでいいじゃないか。この場にはこいつの目的の一つであろうティアはいない。話の進め方次第では戦うことなくこの場を終わらせることができるはずだ。無駄に魔術を晒すことも危惧しなくていい。メリットなら十分にある。

「……おまえ、何を知っている」

 その問いに仮面の男は俺を凝視する。

 いや、仮面で目が隠れているのだから、こいつがどこを見ているのか分からないのだけれど。それでも、鋭く冷たい視線が俺の身体を突き刺すような感覚。それが間違いなくあったのだ。

 仮面の男は言葉を紡ぐ。

 だが、それは俺の質問に対する答えではなく、

「君はこの街を守りたいのかい? それとも特定の誰かを守りたいのかい?」

 そんな意味の分からないことを言い放ったのだ。

「僕にとって君の魔術や事情になどまったくもって知ったことじゃない。だが、君の内に秘めた決意、この先に成そうとしていることには興味がある」

「……は?」

 仮面の男の意図が分からない。言葉の意味そのものは理解できる。だけれど、それは今ここで言葉にすることなのか? こいつにとって俺は一体何なんだ?

 仮面の男のつかみどころのない発言が、さらに俺を困惑させる。

「ここの調査は終わったから、僕はすぐにでも退散するよ。事を荒立てたくはないからね」

 そうして仮面の男は特に何をするでもなく、次第に霧に溶けていく。

「せいぜい励みなよ。君は僕とよく似ている。いずれ君は魔導の神髄に仇なす者のひとりとなるだろう。その資格を得る瞬間を楽しみにしている」

 拍子抜けなほどに何もなかった。

 仮面の男は立ち去ろうとし、俺はそれをただ見ているだけ。

 このまま戦闘もなく、何事もなく事を終えた。


 ――はずだった。


「……?」

 仮面の男の背後に現れた揺らぎ。

 今さっき現れたのか?

 元からそこにいたのか?

 どちらにせよ人のような形状をしたソレは、自分の意識を捉えて離さない。

 正体を探ろうと目を凝らすと、ソレは白装束で鬼のような角を生やした影に見えてきた。

 あれは何だ?

 仮面の男の魔術なのか?

 それとも俺が見ている幻覚?

 今にも消えてなくなりそうな小柄で華奢な身体。

 男か女かもわからないシルエット。

 反して何物をも視線だけで殺すような紅い双眸。

 それと目が合ってしまった。


「――っ、」


 体に雷が落ちたかのように衝撃を受ける。

 身体が痙攣して言うことを聞かない。

 苦しい。目が合って、ただ睨まれただけだというのに。

 頭痛が酷くなる。吐き気がこみあげてくる。

 嫌な汗が噴き出してきて、急に全身の力が入らなくなった。

 ガクッと身体が折れ、地面に膝まづく。

「――はぁ、はぁ、……ぐぅっ……」

 苦しい。痛い。熱い。

 喉に何かが詰まるような感覚で息ができなくなる。

 自分の中の何かが暴れて、抑えがきかなくなりそうだった。


 視線が霞んでくる。まるで霧に包まれていくように。

 目に見える世界が白く染まり切った時、俺の身体は深い湖の中にいた。

 深い深い、湖の底に沈んでいく。

 浮かび上がろうとしてどれだけ足掻こうとも、暗き闇に引きずり込まれる。


 水面に煌めく一筋の光。

 それが残された希望であるかのように思え、俺は手を伸ばす。

 そんなもの掴めやしないとわかっている筈なのに。

 それでもこの場所から逃れたいと足掻き続ける。


 嫌だ。

 こんな闇に沈みたくはない。

 嫌だ。

 こんな苦しみの中で消えたくはない。

 嫌だ。

 俺は、俺は、俺は――


「あいつのところに帰らないと。俺がいないとあいつは、――」


 グイッと強い力で身体を引っ張られる。無数の触手に絡めとられたかのように動きを抑えられる。手足だけでなく首さえも。

 そして耳元で何者かが囁く。蠱惑的で艶めかしく、かつ厳格な声色。

 冷たい氷のような両手が俺の顔を覆う。もう振り返ることはできなかった。


『だったら証明しなくてはな。貴様が真に、余の力を使うに値するかどうか』


 そして奇妙な魔力が無理やり俺の中に流れ込んでくる。

 すると頭痛も吐き気も息苦しさも、不調といえるそれらがすべて癒されていった。

 そして――


「―――はっ!」

 目の前に広がるのは何の変哲もない清々しい青空。

 気が付けば、おれは仰向けで地面に倒れていた。

 先ほどまでの奇妙な感覚は完全に消えることなく、その残留があの夢や幻が現実だったことを示している。

 仮面の男の気配は感じられず、既にこの地から去っているようだった。

 俺だけが取り残された静寂の空間。

 危険要素の一切を排除したかのような穏やかさ。


「ああ。何だったんだよ、いったいさ」



          ◇



 あの後、やってきたジルに支えられ湖から離脱した。

 俺が仮面の男と対峙している間にジルは湖を一周して調べ終えていたらしい。はぐれてからなかなか追いつかない俺を気にして引き返してくれたようだ。

 今後俺にできることは特に無いようで、二か所の結晶体の件も含めてジルの連絡を待つしかなかった。


 ジルと別れて夜、日が沈んでから家に帰った。

 既に自分の家であるかのようにソファーの上でくつろいでいるティア。

 「おかえり、ロイドくん」と声を掛けてくれ、続けて業務連絡のように試験結果を伝えてくれる。

 俺の成績は学部内で六位。まずまずの結果だった。

 だが問題はジルの成績。

 結果だけ言うとジルの成績は四位。

 悔しいことにまた負けてしまったようだった。

 また嫌味を聞かされることになるな。悲しくなってくる。


 ちなみに余談ではあるが、俺とジルの間、つまり五位が誰だったのかも教えてくれた。

 その名前を聞いて俺は昼時のあの状況に納得してしまった。エイラとライノ。あの二人の異様なテンションの高さが何を示していたのか。


 学部内五位、それはなんとあのアイリだったのだ。

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