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湖の神殿・目覚めし天秤の脈動④

 俺とジルは賑やかな街から外れ、森林地帯へつながる荒廃した道を進んでいた。

 途中に高さ十数メートルはあろう鉄条網の壁が行く手を塞いでいたのだが、それも魔術師である特権か身体強化の魔術でなんなく飛び越える。

 道中、エイラたちと同じような愉しい会話をするでもなく、要所要所で注意点の応答をするのみだった。


「ところでだ、話半分に聞いてくれ」

 とジルが話しかけてくる。

「そう言われると話半分には聞けないよ」

「じゃあ話半分でなくてもいい。今までに二回見てもらった写真のことだ。そこに写っていた結晶、あるだろ。あの中に入っていたもの、あれ人じゃなかった」

「は? どう見たってあれは人だっただろ」

「厳密には人に似た何かだな。調べてみて分かったが、あれには本来人を構成させるものとは全く異なる別のもので作られていた。一言で言うならあれは魔力で動く魔動人形だ」

「魔動人形ね。俺は噂でしか聞いたことがないな。どこかの天才魔術師が作り上げたまるで人間にしか見えない人形なんだろ。あれも人のように動いてたのか?」

「それは分からないよ。あれが実際に人のように自立していたのか、それとも器だけのものなのか、今の時点では不明だな」

「そりゃそうだよな。でもどうしてそんなものが……って、おいおいジル。まさか今回の事件の犯人は街中にいる魔動人形を狙って襲ったって言いたいのか?」

 その質問に、ジルはやれやれと肩をすくめる。

「さて、どうだろうな。でも、もしそのようなことがあれば俺たちの街に人ではない人形が紛れ込んで生きていたことになる。それこそ大事件だな。あと、可能性はもう一つある。犯人は魔力を充填した魔動人形を用意し連れてきて、それを儀式の材料に使った。ってところだろうさ」

「でも、それだと人の形にした理由が分からなくなるぞ。魔力を充填するだけなら魔石に頼ればいい。魔力が漏れないように結界を張っておけば、外の人間に気付かれることもない」

「それもそうだな。だから悩んでいるんだよ、こっちも」

 そうだよな。

 たった二つの奇妙な事件だけで真相を見抜くなんて、どこぞの名探偵でもないかぎり不可能だ。今は何をするにしても予測に頼るしかないのだろう。

 ただの模倣犯だったのなら取り越し苦労になるのだけれど。

「そうか。それで?」

「ん? どういう意味だ」

「この話を大学でなく、今になって言うってことは何か理由があるんじゃないのか。まさか早く行動に移したかっただけ、なんて言わないよな」

 言われたジルは目を丸くする。その反応から俺の予想は間違いなかったようで、ジルも「よく気付いたな」とでも言いたげな様子だった。

「その通りだよ、ロイド。さっきまでおまえが一緒にいたあの娘、確かティアっていったか」

「そうだけれど、何で突然? あいつがどうしたんだよ」

「あの娘には聞かれたくなかったんだよ。見た感じとても純粋な娘だろ。友達と一緒にいて同じように楽しめる明るい娘だ。でもあの娘、俺の間違いじゃなければ……、いや、でもなあ……」

 そこで言葉を濁すように、数秒悩むジル。そして気が変わったように突然「やっぱりやめとくわ」と

「おいおい、なんだよ。煮え切らない答えだな」

「いいんだよ。おまえにはまだ早かったってこと。この件は事件が解決してからしてやる。さあ、今は目の前の問題に集中しよう」

 と言って。そこからこの話題については口を閉ざしてしまった。


 二十分ほど歩き続けたところで森林地帯の奥にある湖に到達した。

 その湖の中央には色を失い至る箇所が崩れた遺跡が佇む。遺跡への道は水没してしまったのか、どこにもそれらしきものは見られなかった。

 そのせいもあり近くまで行くことができなかったので、一旦は遺跡の内部が見渡せる場所に立ち様子を探っていた。

 遺跡内部の広場。その中央に座していたのは、今は古き霊獣の祭壇だ。


 ここまではいいとしよう。水没してしまっていることも、遺跡が崩れていることも、ここが古い場所なのだからいくらでもあり得ることだ。

 しかし、ある一点が俺を強く警戒させた。

 遺跡を包み込むように湖全体からゆらゆらと霧のようなものが絶えず溢れだしてきているのだ。それは消えることもなく、徐々に徐々に水辺を、森林さえも埋め尽くそうとしていた。短絡的に見るならば魔術儀式が行われたことによる現象ともいえよう。

 だが、――

「何だこれは」

「おまえにも分かるな、ロイド。この霧の異常さが」

「ああ、嫌な気配を感じる。だけど、何だよこれは。霧そのものに魔力も何も感じない。まさか、この霧は自然現象だとでもいうのか」

「そんなところだろうな。今もこうして脚が霧に沈んでいるが、身体に魔術的な違和感や拒絶反応はない。おまえはどうだ」

「俺も同じく、だ。強いて言うなら足元から若干の冷気を感じるくらいか」

 俺がそう答えると、ジルはその言葉を待っていたかのように笑みを浮かべる。

「魔術そのものはこの地にかけられているが、霧を生み出すことが目的ではない。あくまで副次的な作用と思っていいはずだ。――ロイド、おまえは霧が発生するメカニズムを知っているか」

 不意の科学の質問に疑問を感じる。感じはするも、なんとなくは知っていたのでとりあえず答えることにした。

「簡単になら、だけどな。たしか水分を多く含む空気は冷やされることで飽和状態になるだよな。そのせいで蓄えきれなくなった水分が大気中に現れて、塵を中心にして細かい水滴を形成する。この集合が霧、だったかな。特にこのハルリスは海が近いこともあってジメジメした気候だ。春までだったら早朝に良く靄は発生したけど……」

「それは蒸発霧だな。こことは状況が逆だ。温かな水面の上に冷やされた空気が来ると、水面から発生した水蒸気が急速に冷やされ凝結する。その目に見える形となったものがおまえの言う早朝の霧だ。まあ、どちらにしてもここまで深い霧はなかなか見られないだろ。ロイド、こっちに来てみろ」

 言うと、ジルは湖に向かって歩き出す。水辺に到達するとしゃがんで水に手を入れる。

 何かに納得したかのように、ジルは静かに頷いた。

「……湖の水? それがどうかしたのか」

「いいから。触ってみなよ」

 手招きするジルに誘われて、自分も同じようにしゃがんで手を水の中に入れると――

「――っ!? なんだ、この冷たさは」

 予想していなかった事態に驚き、反射的に手を引き抜く。まるで氷水に障ったかのような感覚で、俺の手は一瞬にして体温を奪われてしまった。

「今は夏だぞ。霧は自然現象って言われてもまだ許せる。だけどこの湖の水温。こんなこと自然現象であるはずがない」

 驚いている俺に対して、ジルは何事もなかったかのような冷静さを保っていた。

 ゆっくりと水をかき混ぜるように何かを確認した後、立ち上がり濡れた手をハンカチで拭う。

「……ジルさぁ、何でそんなに落ち着いているんだ?」

「おまえこそ何故そこまで取り乱している。さっき、お前が言ったことだろ。このハルリスの湿気を伴った暖かい大気がこの湖の冷気で急激に冷やされることで霧が局所的に発生したんだろう。この湖の温度変化は魔術的な作用である可能性が高い。いや、確実にだ。そうなれば、この神殿、霊獣ライブラの地で魔術を行使している魔術師がいることになる」

「そんな奴が本当に……?」

 だとしたら、行使しようとしているものは『星座の魔術』なのか……

 確信はない。ただ、予感はある。ここに辿り着いてやっと感じ取れた、懐かしくも忌まわしき記憶の一端。星座の魔術が、ここに成されようとしている。


「――ロイド。ハルリスの街にいる者でおまえの記憶の中に水属性の魔術を使う者はいるか」


 雑談などすることなく、冗談を交えることもなく、ジルは業務確認のように話を進める。

 俺にとってジルのそういうところは機械のようであまり好きにはれない。だけれど、今の状況や俺の心情からからすれば、話が早いのは助かる。

「水属性、か……」

 ここで俺は、以前に俺とティアの前に現れたあの人物を思い浮かべる。仮面の男と対峙した時に地元愛やら親切心やらで助太刀に入ってきたあの男、ユリウス・シルヴィオのことを。

 特に俺にとってはあの時偶然出会っただけの大きな関わりを持たない人物だ。非情だと思われるだろうが、やはりあの男からは怪しさが拭いきれない。ほんの少しでも黒に思えるのであれば、情報を流すことに躊躇いはなかった。

「ひとり、いる。名前はユリウス・シルヴィオ。レ・クリエールっていうお菓子の有名店で働くパティシエなんだ。そいつが氷の魔術を行使する魔術師だったんだけれど」

「ユリウス、か。ふむ、お菓子には疎いからその名前は知らないな。そいつに会ったのはいつの話だ」

「一週間前の話だよ。それからは一度も会ってないから、その人がどこで何をしているのかはわからない」

「所属がわかるのならそれでいいさ。それが偽装なら無駄に終わるが、この後ユリウスと言う人物を特定して監視をつけさせる。さて、とりあえずはこの湖の周りを一周して調べてたい。魔力の残滓があれば、それがこれから起こることの手掛かりになるからな」

「わかった。それじゃあ二人いることだし、二手に分かれるか」

 と提案してみるも、ジルは呆れたような顔をする。

「それ、意味あるか? 半分ずつ別れて確認したところで、この湖は当然ながら円形だ。合流する地点が向こう側になるだろ。ここまで帰ってくるとなれば、結局のところかかる時間は同じになる。だったら一緒に進んだ方がいい」

 そう言うとジルは湖の水辺に沿って反時計回りに歩き始める。

「ちょ、待てよ。置いていくなよ、ジル」

 駆け足でジルに追いつく。

 そこからは並んで異常がないか確認しながら歩を進めていくことになった。

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