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父親、社会人、そして少女  作者: ニセ神主
4/5

親子会談

「着れる服がないか探すから、ちょっと座って待ってて」


 香澄に部屋へと導かれた私は、そう言われた通りにベッドの上へと腰を下ろす。今時の高校生らしくというか、机の上には勉強道具というよりも化粧品とかの道具が散乱している。親として、少しは注意するべきだろうか?


「うーん。これだとちょっと服が派手過ぎて似合わない……それ以前にサイズが合わないか」


「お、おい。着れれば何でも良いんだぞ?」


 箪笥の中から引っ張り出してはブツブツと呟いて無造作に放置される服がある程度の山になった頃、私は我慢出来ずにそう声を掛ける。


「そうは言っても──あ、これ良いじゃない!」


 振り返って見せてきたのは見覚えのある一着の服。


「それって……」


 白いシャツに大きな襟、赤いスカーフがあるそれは、見間違えようのないセーラー服だった。


「そっ。お父さんに合うサイズの服なんてもう捨てちゃってないもの。後で買ってくるからそれまではこれ着ててよ」


 そう言って手渡される香澄が中学の時に着ていたセーラー服。


 信じられないという思いで香澄を見返すと、彼女はニヤニヤとした笑みを浮かべながら「ほらほら」と何度も着替えることを促してくる。その様子に別の服を探すという選択肢は見えない。

 由香里、千尋、香澄と親子二代に渡って同じ中学出身ということもあり、みんなこのセーラー服を着て感慨深かった記憶があるが、まさかそれを今度は自分も着ることになるとは──。



「ほら、早く着なよ。朝ご飯冷めちゃうよ」


 何とも言えない複雑な思いに軽く現実逃避をしていると、そうはさせまいと香澄が良い笑顔を浮かべたままセーラー服の下に着るようにと肌着を渡してくる。

 

「……はぁ、分かった。さっさと着替えるよ」


 これから香澄の協力が不可欠になるんだ。ここで意固地になって機嫌を損ねる訳にもいかないし、どうせ他に選択肢がないのなら早く済ませてしまおう。そう思って私はベッドから立ち上がると、羽織る程度の役割しかなくなっていた上着を脱ぎ捨てる。


「ちょ、ちょちょちょ⁉︎」


 楽しんでいた表情を一変、突然慌てて騒ぎ出す香澄を尻目に、渡された肌着を着て次に下着を履く。成程、女性の下着とはボクサーパンツのようにピッタリするが感触はそれ以上に気持ち窮屈な感じがするものか。上の肌着もタンクトップのようで、それよりも身体にフィットする仕様なのか。


 予想以上の着心地に内心満足しながら、次はとセーラー服を手に取る。


「先ずは……」


 上の子供が中学に進学した時に着ていたやり方を思い出しながら、スカートを手に取る。


 ──確かこのくらいまで上げてたな。そしてホックをして……って、ブカブカじゃないか。


 ホックをしても指2本分くらいの余裕があったので改めてセーラー服のあったところを確認してみれば、ベルトを見つけた。ベルトを手に取って締め、何度か折り返してようやくスカートの丈が膝より上の辺りで止まり、丁度いいようになった。


「今度は……」


 上着を手に取り、ファスナーを下げてから被って着る。スカーフはネクタイを結ぶのと違って左右対象を気にしなくてはならないから何度かやり直してしまったが、最後は上手く結ぶことが出来た。


「へぇ……中々上手く着れたんじゃないか?」


 初めて着てみたがちゃんと着れたような気がする。

 香澄の意見を聞いてみたいとその場で回ってみる。が、香澄からは何の反応も返ってこない。


「どうした香澄。何か変か?」

「いや、変じゃないんだけど……急に全裸なるわ、セーラー服の着方知ってるわでどこからツッコんだらいいか……」


 最初は疲れたように大きな溜め息を漏らしながらも、香澄が私と正対して出来栄えを確認する。

 たしかに言われてみれば着替えのために上着を脱いだのだが、下は何も履いていなかったのを忘れていた。


 まさか無意識とはいえ、娘の前で裸体を晒してしまっていたとは……いや、まぁ本来の私の身体ではないしセーフ? いや、でもこれも私だし……?



「──うん、似合ってる似合ってる。逆に似合いすぎて怖いくらい可愛い」


 人知れず羞恥心に苛まれていると、難しい顔をしていた香澄が徐々に笑みを浮かべる。そして最後には先程みたいな何かを企んでいるような怪しい笑みを浮かべてポンポンと私の頭へ軽く手を乗せる。

 今更だが香澄と並んで立つと頭一つ分くらい私の方が小さいため、その様子は他から見ればまるで子供をあやすように見えるだろう。


「こら。親に対してその手はなんだ」

「っと、ごめんごめん。なんか無意識に、ね?」


 親を子供扱いするとは何事か──そう若干の怒りを込めながら乗せていた手を払うが、香澄は悪びれもなく謝る。それよりもその表情はやっぱり楽しんでいるように微笑んでいる。


「おい。私は怒ってるんだぞ」

「はいはい。優ちゃんは思春期ですからね〜」


 まるで子供にするように、香澄が再度頭を撫でる。

 一瞬またか、と思ったがすぐに別のことに意識を持っていかれる。


「……優ちゃん?」


 聞き慣れない単語に、香澄へと聞き返す。


「うん。お父さんの名前を捩って優ちゃん」

「あ、あぁそうか。……って、そうじゃなくてだな」

「はぁ……怒った顔もいいわぁ。こんな妹が欲しかったんだよねぇ」

「…………なに?」


 徐に携帯電話を取り出してパシャパシャと写真を撮り始める香澄。夢中に撮影を続けるその表情に反省の色は皆無だ。

 私はそんな香澄の行動に虚を衝かれ、怒るのも忘れて立ち尽くしてしまう。


「──ま、まあいい。それより着替えたんだ、食事にしよう」

「はーい」


 香澄の普段見たことのない様子に内心困惑しながらも、なんとか食事へと促す。携帯電話をしまいながら素直に返事をする香澄にホッと胸を撫で下ろすと、私達は部屋を後にしてリビングへと向かう。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 リビングへと下りると、そこにはいかにも朝食といった品々が並んでいる。

 艶々としたご飯に程よく焼けた鮭。黄金色のふっくらとした卵焼きはきっと我が家の味である少し甘い味がするだろう。ワカメと豆腐の味噌汁は熱々の湯気が立ち上り、身体に沁み渡りそうだ。


「ほら、遠慮しないで早く座ってよ」


 香澄が椅子を引いて座るように促す。

 最初に私の部屋で見せた素っ気ない態度が嘘のように、香澄はまるで友人に接するかのように笑みすら浮かべている。


「あ、ありがと……」


 対して、私はちゃんと笑顔で応えられているだろうか。多分、いや間違いなく引き攣った笑みになってると思う。こんなに甲斐甲斐しく世話をしてくれる香澄に違和感しか覚えない。

 引かれた椅子に座らないのも不自然と思い、そそくさと促されるまま席に座る。香澄は対面の椅子を引くとそこに座る。


「いただきます」

「い、いただきます……」

「遠慮しないで食べてね。元々お父さんの分で作っちゃったやつだから」

「う、うぅむ……」


 中々味わうことのない娘の手料理をまさかこんな形で頂くことになるとは……複雑な心境だ。


「んー……うん、美味い」


 味噌汁を一口啜り、その程よい出汁の香りと丁度良い味噌の濃さに、つい声が漏れる。最近忙しすぎて食べれてなかったが、これが我が家の味だ。


「ほんと? 優ちゃんの口に合って良かったぁ」

「……ズズッ。なぁ、二人の時はその優ちゃんってやめないか? なんか背筋がむず痒くなるんだが……」

「えぇー? 寧ろ言い慣れとかないと、いざって時に困っちゃわないかな」


 鮭の身をほぐし、炊き立てのホクホクご飯とともに口に運び咀嚼する。普段よりも小さくなった口に入る量と少し間違えたのか、頬いっぱいに膨れてしまった。


 そんな風に食事を続けながら、香澄の意見も一理あるなと少し納得する。

 確かにずっとこの身体のままでいるつもりはないが、正直戻る見込みがないのも事実だ。なら香澄の言う通り、この身体に合った言動と態度を身に付けるべきだろう……べきだよな?


「んー……そう言われるとそうかもしれない」

「でしょ! だったらさ、優ちゃんの設定考えない?」

「こら。行儀が悪い」

「痛タタタッ」


 思いついたとばかりに箸を突き付けて提案する香澄。その箸を持つ手を軽く抓って返す。


「それで、設定ってのは何だ?」

「痛っつぅ〜……ようは、優ちゃんが何でウチで預かることになったかって過程を考えようってこと。まさか戻るまで家を出るつもりだったわけじゃないでしょ?」


 まさか。訳の分からんこの状況で家を出るなんて選択肢はない。

 私は頭を左右にぶんぶん振って否定する。


「だったらお母さんに説明する為にもバックストーリーはちゃんと考えとかないと。それに優ちゃんが居る間はお父さんが居ないんだから、それのもっともらしい理由も考えないと」


 甘い卵焼きを頬張りながら、香澄が予想以上に今後の事を考えてくれていることに素直に感心する。多分私だけだったら、今の現状を受け入れるのに時間を掛け過ぎてしまっていただろう。

 やはり香澄に頼って正解だったようだ。


「そうか……そうだな。うん、これから宜しく頼むぞ香澄姉さん」

 

 素直に香澄の提案を受け入れる。その際に冗談のつもりで軽くノッて香澄を姉さん呼びしただけだったが、その効果は覿面だったらしい。


「ね、ね、姉さん⁉︎ やばっ……ちょ、優ちゃんもう一回呼んで⁉︎ ね! ね! ね!」


「わっ⁉︎ や、やめろ馬鹿⁉︎ ちょ、味噌汁溢れるから抱き着くなって⁉︎」


 慌ただしい朝食の時間が、そうやって過ぎていった。

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