次女・香澄
申し訳ありません。
内容を大幅に改訂させて頂きました。
しばらく羞恥心から身悶えた後、徐々に落ち着きを取り戻した私はのそりとベッドの上で身体を起こす。
「……久し振りに嫌な汗をかいてしまった」
そう言って手をパタパタさせて扇ぐ。いつもよりも小さな手では満足のいくほどの涼しさを得ることは出来ず、パジャマのボタンをいくつか開けて胸元を開き、ようやく一息つく。改めてこの身体の不便さを思い知らされる。
「しかし、会社はこれでいいとしても家族に何と説明するか……」
ベッドの上で腕を組んで思案する。
素直に妻にありのままを伝えたところで、きっと彼女は信じてくれないだろう。長い付き合いだから分かるが、彼女はそういったオカルトやらファンタジー的なものは一切信じない現実主義者だ。最悪、私の名を語る謎の少女など家から追い出しかねない。
追い出された後のことを考え、身体がぶるりと震える。唯一信じられる家族から見放されたら、このまま野垂れ死ぬか児童相談所に保護される展開しか想像できん。
「……うぅむ。一体どうすればいいんだ」
それだけは避けなければと思い、ならどうするべきかという思考の波に飲み込まれ、私はウンウン唸りながら考える。
そして、それがいけなかった。
──コンコンッ。 ガチャ。
「えっ⁉︎」
突然鳴り響く扉をノックする音。
突然のことに驚いて扉へと視線を向けた瞬間、ドアノブが捻られて扉が開かれる。
「お父さーん。そろそろ起き、て……」
私の返事を待たずに開かれた扉。そこにはいつも妻が使っているエプロンに袖を通している次女の香澄が、扉のドアノブに手を掛けたまま固まっていた。
癖っ毛混じりの茶色髪はまだ手入れをしていないのか方々にハネさせ、まだ幼い顔立ちをした香澄がキョトンと目を見開き口を半開きにしたままの状態で時間が停止したかのようにピタリと動きを止めてしまう。
「えっ……誰?」
香澄はこちらに歩み寄ろうと一歩踏み出しては戻り、部屋を出て行こうかと後退っては直ぐに元に戻るを繰り返し、扉の前で戸惑いながらオロオロとしている──と、香澄の行動を客観的に見ていたわけだが、私自身、胸中では予想だにしていない急展開に全身冷や汗でいっぱいだった。
「あー……えーっと」
取り敢えずどうにか説明しなければと口を開くが、どう説明すればいいんだ。素直に目が覚めたら女の子になっていたと説明して納得する人がいるだろうか。
「え、えっとだな……香澄。落ち着いて話を聞いてくれるか?」
「え、あ、はい……え? 何?」
とりあえず急に大きな声を上げられては困ってしまうと思い、出来る限りいつも私が香澄と接する時の口調で声をかける。香澄も急なことで咄嗟に敬語で返事をしたみたいだけど、やはり状況が状況のため、徐々に疑問符を頭に浮かべ始めている。
私はそそくさと呆然としている香澄の手を引っ張って部屋の中……厳密には私のベッドの上に座らせる。そして部屋の扉を閉じ、内鍵を掛ける。
「ちょ、ちょちょちょっと待って⁉︎ なんか自然に閉じ込められてるんですけど⁉︎」
「しーっ! ちょっと静かに」
慌てて立ち上がって声を荒げる香澄の前で、人差し指を立てて静かにするよう伝える。普通ならこんなことされては余計に声を荒げそうなものだけど、香澄は言われた通り律儀に自分の手で口元を覆いながら黙り込む。
我が娘ながら、それでいいのか。
「今から話すことは全部本当だ。質問は最後に受け付けるから、それまではわたしの話を聞いてくれ。いいな?」
口を覆っているせいか、コクコクと頷いて返事をする香澄。
手を離せばいいだろ、と思わなくもない私だったが、とりあえず現状を説明することが先だと判断し、そのまま昨日から今日にかけての出来事を話し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「──ってことなんだ」
昨日の体調不良から始まって香澄に鉢合わせする場面まで、自分の覚えている限りのことをありのままに伝え終わる。唯一、相馬との電話のやり取りは思い出したくもない出来事だったので省いた。
「うぅん……」
口を覆っていた手はいつのまにか胸の前で組まれ、香澄が唸りながら僅かに首を傾げる。
「……信用できないか?」
私がそう聞くと香澄が僅かに苦笑する。
確かに急にそんな話をされたところですぐに納得できる人なんているはずがない。
──なので私は秘密兵器を使うことにした。
「……なら、仕方ない。お前が小学五年生の頃、私と一緒にお風呂に入っていた時に顔を真っ赤にしながら語った初恋の上杉君の話でもしようか?」
「……はい?」
「それとも中学一年の時の部活の先輩で憧れてた高木君の話の方がいいか?」
「ちょっと待って!何でそんなこと知ってんの⁉︎」
「それは私がお前のお父さんだからだ」
胸を張ってそう答えれば、香澄はなんとも言えない表情を浮かべ、額に手を当てて深い溜め息を吐く。
その様子に私は秘密兵器、『二人だけの秘密の暴露』が成功したことを実感する。
「私とお父さんだけしか知らない話を知ってるってことは……はぁ、信じたくないけど貴女はお父さんなの?」
「だから言っているだろう。神谷優一郎43歳、お前の父親だ」
「あぁもう、分かったから! その自己紹介聞くと見た目との違和感で背筋ゾワゾワするからヤメテ!」
何がいけなかったのか、手をブンブンと振って顔を逸らす香澄。
しばらくすると香澄も落ち着いてきたのか、若干疲れたような表情を浮かべながらもその目は真っ直ぐに私を見る。なので私も表情を引き締め、香澄を真っ直ぐに見つめ返す。
「それで、どうするつもり?」
「原因が分からん以上、取れる対策も限られる。香澄にはそのための協力をしてもらいたい」
「それはまぁ、当然そうなるわね」
香澄が当たり前と言わんばかりに頷く。
「まず第一に、このことを母さんには黙っててくれ」
「ちょ、お父さん……お母さんには言わないの?」
「香澄……母さんがそんなこと信じると思うか?」
私がそう問い掛ければ、僅かに間を置いた後に「……無理だね。追い出される」と香澄が力無く答える。
香澄も母である由香里の非現実的なことを一切認めない性格を熟知しているせいか、そうなった後の展開を思い浮かべ、ブルッと身震いする。
「……お母さんには言えないね」
「分かってくれたか」
「でもタイミングが良かったよ。お母さんも急な仕事が入ったとかで昨日から帰ってなかったからさ」
「そうなのか?」
携帯電話を開いてみて新規メールが届いてないかを確認するが、由香里からのメールは届いてない。普段であれば必ず私にも連絡の一つでも寄越すはずなのに。
「そっ。だから私が朝食作ってるんじゃない」
エプロンを強調するようにその場でクルッと回ってみせる香澄。成る程。だからエプロン姿だったのか。
「それよりさ、お母さんもいないことだし朝食にしない?もう出来上がってるから冷めないうちにさ」
「うむ……それもそうだな」
言われてみれば昨日は会社で体調を崩してから何も食べてなかったからお腹が空いている。と、自覚した瞬間に私の腹部から「きゅるるる──」と音が鳴る。
「うわっ。お腹の音まで可愛くなってる……あざとい、我が父ながらあざとい」
「馬鹿なこと言ってないで行くぞ」
立ち上がり、部屋から出て行こうとする私の手を香澄が掴む。
「待って。その格好で家の中を彷徨くつもり?」
「どこか変か?」
「変すぎて何も言えない」
言われて改めて自分の姿を確認してみる。たしかにこの身体のサイズに男の時の服は大きすぎて服を着るというよりかは服に着られている状態だ。それに上着が大きすぎて隠れていたから忘れていたが、下は何も履いてない状態だった。
「まずは着替えてからね」
まるで子供を諭すかのような口調で言われ、香澄に促されるがままに自分の部屋を後にした。




