6,NINJA
「【ドラゴンスレイヤー】……だと……!?」
確か、タツオ達の世界で【ドラゴンを殺すための肉体改造を受けた改造人間】の事だ。
「そうよ。私達はドラゴンスレイヤー、ドラゴンを殺すために生き、そして……」
リューナが、紅蓮の鱗に包まれた腕ごと剣を振り上げる。
「ドラゴンのせいで、生きる場所を失ったッ!!」
煌く紅鱗が、真っ直ぐ下へ、紅い軌跡を描く。
紅鱗の腕と共に振り下ろされた剣、その斬撃をなぞる様に、炎が吹き出した。
「なッ……火遁かッ!?」
「カントン…? 何の話か知らないけど死ねェェェーッ!!」
吹き出した炎は斬撃の軌道に沿った形のまま直進。
朱色の三日月の様な形で、こちらに突っ込んでくるッ。
直撃したら流石に痛そうだ、ここは防…
「茶助くん!」
「むおッ!?」
すごい力で後ろ襟首を引っ張られた。
タツオだ。
タツオが、俺を無理矢理後方へと投げ飛ばしたのだ。
思わぬ行動に対処できず、為されるがまま、後方へとよろめいてしまう。
「タツ―――」
名前を呼び切る前に、豪炎の三日月がタツオと衝突した。
刹那、鼓膜を殴り付ける様な轟音が響く。三日月がタツオに直撃した瞬間に大爆発を起こしたのだ。
凄まじい余波に煽られ、俺は更に数歩後退せざるを得なかった。
「ッ、タ、タツオォッ!!」
「がッ、ァ……!」
爆煙から現れたタツオは、全身に火傷を負い、膝を着いていた。
生命に関わる程では無さそうだが、それでもかなりのダメージが入っている様子だ。
「なんて酷い事を……!!」
いくら元々の世界では敵対関係だったからと言ってッ……突然にこんな暴力、理不尽の極みじゃあないかッ!!
「ちッ……やっぱ本調子じゃないから威力落ちてるか……! まぁいいや、次で終わりにしてやる……!!」
リューナが振り上げた剣の先で、豪火が躍る。
タツオにトドメを刺すつもりなのだろう。誰が見てもわかる。俺でもわかった。
ふざけるな。
「させるものかッ!!」
クナイを構え、全力で走る。
すぐに音速の壁にぶつかり、全身の筋肉が悲鳴を上げた。
構わない。肉体に負荷がかかれば骨は軋み肉繊維は千切れる。当然の事。
これくらいでぶっ壊れる様なヤワな鍛えられ方をした覚えは無い。つまり問題無い。
一瞬でリューナの懐へと潜り込む。
「なッ、い、早ッ、わァァァ!?」
流石は異世界の改造人間と言った所か。
リューナは俺の動きを一応目で追えてはいた様だ。
迎撃しようと動こうとした……様だが、俺が移動した際に生じたソニックブームがリューナの全身を煽り、それを阻んだ。
偶然ではないぞ、計算づくだ。移動と同時に相手の行動を妨害する、忍ヶ白式近接戦闘の基本戦術が一。
「きッ、」
ソニックブームで煽られ跳ね上がった両腕。ボディからアゴにかけてガラ空き……これを隙だらけと言わずして何と言う。
そして俺の友に手を出して敵対者となった以上、その隙を見逃してもらえるとは思わない事だ。
「シッ!!」
クナイの柄先で、リューナの鳩尾を打つ。骨や臓器は破壊しない様に加減した。それでも常人ならばまず意識を継続させるのは難しいであろう一撃だ。
だが、リューナの瞳はまだ意識が残っている。
まぁ、想定内だ。【戦闘用に調整された人間】と戦うのは初めてではない。
その手の輩が、この程度で落とせると思う程……俺は世間知らずではない。
当然、畳み掛ける。
「ハッ!」
掌底で、リューナの顎を突き上げる。
「ぎは、ぁッ!?」
「死ねとまでは言わん!! だが…臨死体験くらいはしてもらうぞッ!!
俺は理不尽な暴力を……特に我が友へ向けられたそれを、許すつもりは無いッ!!
しかしこのご時勢、事情はどうあれ殺生は良くないッ!! なので間を取るッ!!
その目で地獄を臨み、魂の底から反省して来いッ!!
「セイ…ャアァァァーーーッ!!」
咆哮を乗せて、放つ。
掌底で跳ね上げたリューナの顎の下、即ち喉へ向け、シメの追撃。
渾身の足刀を、叩き込む。
「ッ、ぁ」
最早まともに呻く事すらなく、リューナは吹っ飛んでいった。
夜闇に冷やされたであろうアスファルトの道を四・五回バウンドし、止まる。
「……よしッ」
殺してはいない。一撃目で計れた彼女の耐久力を考慮し、臨死体験するもギリギリの所で復帰できそうな程度のダメージで収めた。
昔から家の事情で物騒な連中と揉める事は多かったからな……生かさず殺さず無力化するのは割と得意だ。
「さ、茶助くん……?」
「何を目を丸くしているんだ? と言うか、大丈夫か?」
「は、はい……」
「庇ってくれた事には礼を言う。だが、少し自分の事を省みな過ぎじゃあないか?」
俺だったらあれくらいの爆発で負った傷などすぐに回復できる。
未だ膝を着くタツオの様子を見る限り、ドラゴンには大した回復力は無いのだろう。
これだったら、俺があのままタツオの盾になっていた方が効率的だった気はするが……まぁ、俺を守ろうとしてくれたその意思は嬉しいので、水を差す様な言葉は控えておこう。
「その……茶助くん、強いんですね……」
「まぁな。爺ちゃんに次代当主候補筆頭として散々鍛えられてきた」
「次代、当主……?」
「……ん? ああ、そう言えば、ウチの事は余り話していなかったな」
爺ちゃんに似たのか、俺も聞かれた事以外は余り人に教えない傾向があるな。気を付けねば。
「俺は忍ヶ白家次期当主候補筆頭、第一七代目【影楼】」
まぁ要するに、
「【忍者】だ」
◆
【忍者】
非合法的な方法での諜報や暗殺など、お天道様の元では遂行できない様な仕事を中心に引き受ける物騒な便利屋の様な存在。
その歴史は古く、平安時代には暗躍を始めていたとされており、現代日本に置いても多くの忍者家系が存在。
今日も元気に裏社会を駆け回っている。
一口に忍者と言っても、その様は家系によって多種多様。
特に【四大忍者家系】とされる四家系は、異質である忍者の中でも更に異質。
まず【超常の力を持っているのが基本】と言う化物集団である。
調武黄家は【諜報】に特化。空間移動の術など特異な潜伏用【忍術】を活用し暗躍する。
五臥緑家は【拷問】に特化。人間の五感に干渉する特異能力をその血に宿している。
殻亡紫家は【暗殺】に特化。体内で特殊毒薬の精製が可能。それを吐息に混ぜ、毒ガスの様に噴霧する広域暗殺も可能。
忍ヶ白は【戦闘】に特化。身体能力全般が非常に高く、僅かな筋肉でも驚異的な破壊力が生み出せる様に細胞単位で肉体が最適化されている。最早ゲノムの形が一般的な人のそれと若干異なっていたりする。故に、通常の人間には通じるはずの薬物・幻術・魔法等も効かない事が多々ある。
更にその特異な細胞は、驚異的破壊能力の他に、驚異的耐久力・驚異的治癒能力・驚異的変質能力を兼ね備える。
忍ヶ白の当主に与えられる【影楼】の字名。
その字名を継ぐ者は、大体、素手でビルを解体できたり、ゼロ距離でミサイル爆撃されても人間の形を保っていられたり、一瞬で脳か心臓を破壊しない限り首を撥ね落とされようとも再生・生存し、骨格ごと変形して人類以外の種族にもセルフで変装ができる……くらいは可能。
歴代一七人目の影楼である茶助も、また然りである。
◆
「……で、なんやかんやあって、このドラゴンスレイヤーの小娘とすったもんだした……と」
委員長とタツオの家。そのリビングにて。
委員長はボロと表現したが、中々普通に良い物件だと思う。
二階建ての一軒家でこのレベル……これで貸賃五万ほどとは驚きだ。
それはさておき。
「まぁ、なんでせっかくのポテチが粉々なのかと言う事情は理解できたわ。忍ヶ白くん。要するに、あなたは【自分達を殺そうとする様な奴を助けるためにポテチのコンディションを犠牲にした】、と」
「う、うむ……要約するとそうなるな……本当に申し訳無い……」
「一応、茶助くんは人道的な行いをしたのに……」
「私は結果論主義者よ」
俺はお菓子類をぶん投げて破損してしまった罰。
タツオはコンビニで用を足すために、委員長の元へお菓子到着を遅らせた罰。
そしてリューナは諸々の罰として。
俺達三人は仲良く委員長の前で正座させられている。
「くッ……何で私が……」
何やら不満そうなリューナだが……臨死体験している間に、委員長に【逆らうとタイ式足つぼマッサージ級の激痛が全身を襲う魔法】をかけられたため、大人しくせざるを得ない。
「で、ポテチの件は一旦置いておくとして、どうするの、こんな厄介なのを拾ってきて」
「どうするもこうするも、な……」
「……………………」
俺の視線を感じてか、リューナは沈黙してうつ向いてしまった。
……【迷っている】、表情だな。【矜持】と【欲望】の狭間で揺れている、そんな表情だ。
リューナは今、命乞いをしようかどうか、すごく迷っているのだろう。
命乞いのためになりふり構わない、それだけの生への執着心を抱えながらも……何らかのプライドがそれを邪魔している。
察するに、そんな表情だ。
「あの……一つ、彼女に聞きたい事があるのですが、よろしいでしょうか」
「だ、そうよ。ドラゴンスレイヤー」
「…………………………」
答える気など無い、と言う意思表示的沈黙か。
「立場がわかっていないのかしら?」
委員長がパチンと指を鳴らした…直後。
「みぎゃあぁぁぁぁああぁぁっ!? 痛たただだだあぁぁぁ!? ごめんなさい! ごめんなさい! 答えます! じゃんじゃん答えます!」
ああ、委員長の魔法……相当キツいんだろうな。
リューナが干潮から離脱し損ねた魚みたいにビッタンビッタン悶絶し始めた。
「さ。さっさと聞きなさい」
「え、ぇと……はい。その……あなたは、『ドラゴンのせいで生きる場所を失った』と言っていましたが……あれはどういう意味ですか?」
「ッぎ……そのまんまの意味よ……! 私達ドラゴンスレイヤーは、あんた達ドラゴンのせいで……!」
「言葉そのまんまじゃ理解できないから説明しろと言っているの」
「ぴぃあぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!? はい! 全力で説明させていただきますぅ!」
……ああ、何か流石に可哀想になってきた。
「う、ぅぅ……私達の世界の超大国……オーランズ帝国はドラゴンを駆逐するため、ドラゴンの臓器を移植して人智を越える力を手にした兵士兼兵器であるドラゴンスレイヤーを、大量に保有していたわ……」
成程、リューナが初対面時に口にした【オーランズ】とは、タツオ達が元いた【ドラゴンを弾圧していた国】の名だったのか。
「そしてドラゴンとの戦争から二年程……ドラゴン達が魔女と組み、異世界へと逃げ始めてから一年も経った頃には……私達の世界にはドラゴンが一匹もいなくなった」
「まぁ、オーランズがほぼ世界の全権を担ってる状態だったしね……あんな世界に留まるドラゴンはいないでしょうよ」
「ドラゴンと言う特別な脅威がいなくなった事で……対ドラゴンを専門としていたドラゴンスレイヤーは、人間同士の戦闘にも駆り出される様になった……当然、世界で唯一ドラゴンスレイヤーの兵団を保有するオーランズは、あっという間に僅かな反抗成力を撲滅、世界中を完全に蹂躙したわ」
「オーランズとやらは世界征服を完了してしまった、と言う訳か」
「……羨ましい……」
委員長、聞こえているぞ。
「まぁ、とりあえずなんとなく察しは付いたわ」
「……………………」
「一つの国が世界を征服し、形はどうあれ表立った紛争は消滅、それなりの平和が訪れた。そして【兵器廃絶】の気運が高まった……と言う所かしら?」
「……ええ、そうよ。もう必要以上に強い兵器は要らない、その存在は戦乱を招く脅威でしかない……オーランズ帝国…いいえ、オーランズ世界政府はそう判断したの」
「そうなれば、一番最初に処理されるのは、最も猛威を誇る兵器」
「ッ……!? まさか……」
「【ドラゴンスレイヤーの根絶】……それが、オーランズ世界政府が最初に行った平和政策よ」
「……そんな、そんな馬鹿な話があって良いのか!?」
ドラゴンスレイヤーを、対ドラゴン用の改造人間を生み出したのは、そのオーランズだろう。
それだのに、用が済んだから今度はそのドラゴンスレイヤーを駆逐し始めるなんて……
「良い悪いなんて知らないわよ……! 現に、そういう憂き目にあったのよ! 私達は!」
「でも、それでドラゴンを恨むなんて、逆恨みも良い所じゃあないの?」
「……わかってるわよ……そんな事くらい……!」
それでも、恨まずにはいられなかった。
何かを恨まなければ、精神的に壊れてしまいかねない程に、追い詰められていた。
そういう事だろう。
「…………雨市さん。リューナさんにかけた魔法、解いてあげてください」
「……は?」
「あんたがそれで良いと言うのなら、良いけど……本当に良いの?」
「……同族の仇、と言う点では、僕がドラゴンスレイヤーの方々を許す事は有り得ません。ですが、今の話を聞かされて、その怨恨任せにリューナさんをどうこうしようなんて、僕にはとてもできません……同じ様な境遇に陥ってしまった方に、同情するなと言うのは土台無理な話です」
「ふぅん……だ、そうよ、同情を禁じえない可哀想なドラゴンスレイヤー。底抜けの間抜けドラゴンがあんたを助けてくれるそうだけど、殺そうとした相手に同情されて助けられる気分ってどんな感じ? あんた今、相当情けない状況よ? 超ウケるんだけど」
「い、委員長……」
委員長は口ではなんだかんだ言いつつもタツオを友として…いや、おそらくは家族として大事にしている。口の悪さは生来の癖の様なもので、彼女の本質は割と情に厚い。
そんな委員長だからこそ、タツオを傷付け、殺そうとしたリューナに悪感情を抱いてしまうのはわかる。
わかるのだが……そんな煽る様な言い方をしては、リューナだって意固地になってしまうだろう。
せっかくタツオが差し伸べた手を払い退けるなんて事になりかねな……
「……………………ドラゴンの同情なんか……!!」
……やはりな。
……仕方無い。こう言った複雑かつデリケートな事情の問題に嘴を挟むのは趣味でも柄でもないのだが……ここはタツオのため。
「……差し出口である事は承知の上で言う……君の生命は、矜持のためとは言え、そう簡単に捨てていいモノなのか?」
「!」
「推測でモノを言うが……君もタツオ達と同様に、生きるため必死に足掻いて、この世界までやって来たのではないのか?」
リューナは、助かったと理解した時、泣きそうな程に喜んでいた。
それだけ、生命の価値と言うモノを理解していたと言う事だろう。
リューナは己の矜持の重さも、生命の価値も理解している。
その二つを乗せた天秤がどちらに傾く事もなかったから、先程リューナは命乞いをするか否かで迷っていたのだろう。
「君に取って、矜持と生命が等価値であるのなら……俺としては生命の方を選ぶ事をオススメする」
「僕も、茶助くんと同意見です」
「……チッ……どいつもこいつも母親の腹の中で砂糖にでも浸かってたのかってくらい甘々な事で…………まぁ、良いわ。そこの間抜けや忍ヶ白くんの肩を持つ訳ではないけど……その意見に関しては私も賛同する。プライドのために死ぬなんて馬鹿げてる」
「委員長……」
「勘違いしないで。ここで死を選ばれても死体の処理が面倒ってだけよ」
素直に「リューナの事が気に入らないので口悪く色々言ってはいるが、最初からタツオの意向に異議はない」と言えば良いものを。委員長は本当に素直でない。
だが、まぁこれで俺達三人はリューナの死を望んではいないとリューナ自身が認識した訳だ。
生きたい、助けて。
それだけ言えば、助けてもらえる。そこが改めて明確化された。
ここからどう言う選択をするかは、リューナ次第。
「……………………」
リューナは沈黙し、思考を整理している様だった。
「…………私は…………生きたい……です」
「……あっそ。そこのドラゴンと違って、あんたは賢いみたいで少し残念だわ」
舌打ち混じりに、委員長が指を鳴らした。おそらく、リューナにかけていた魔法を解除したのだろう。
「……リューナ。答えが決まったのであれば、タツオに言うべき事を言っておけ」
「………………あり、がとう」
「はい。どういたしまして」
「……それと……ごめん」
「あ、さっきも言いましたけど、許す気はないですよ?」
「…………うん。わかってる。でも……ごめんなさい」
「はい。その言葉は、しっかりと覚えておきます」
静かに、タツオがその手をリューナに差し出した。
「ドラゴンとドラゴンスレイヤーではなく、超絶竜王とタツミヤ・リューナとして、この世界で協力して生きていきましょう」
「……うん!」
「決着だな」
「本当、甘いドラゴンよ」
「そうは言うが…少し笑っているぞ、委員長」
「頬の表情筋が少し痙攣してるだけよ」
「そうか」
そうかそうか。そんなにタツオがリューナとの和解を喜んでいる姿が微笑ましいか。
まるで子を見守る母の様だな、委員長。
「……何にせよ、だ。これからは、更に楽しくなりそうだな」
こうして、忍者とドラゴンと魔女のグループに、ドラゴンスレイヤーが加わったのだった。
新たな、友達として。
「……ふむ……確かに、それもそうね。奴隷が増えたのは良い事だわ」
「おい委員長、言い方」
台無しか。