夕暮れに見つける
「田舎ってのは取り締まりがゆるくてね、いわゆる麻薬もさばきやすいんだ。
そこに目をつけた中国系マフィアの末端がね、この地元の組織に麻薬を売りつけに来た。でもその情報を知っていたチンピラが、麻薬を奪い取った。そして、隠したのがあの浜辺だ。
1人が釣り好きで、よくあの辺にいたらしいな。まあそれで、あの葦に袋を結び付けて、水が入らないように隠してたらしいんだけど。ためしに使って過剰摂取で死んだのが最初の1人。仲間割れで殺されたのが二人目。マフィアに見つかって殺されたのが最後の1人」
浦賀に連れて行かれた警察で、事情を聞く。深々と浦賀は煙を吐いた。
「でもなにも、お腹まで裂かなくても」
「ああ、それは、飲み込んで運んだりする人がいるから、体内にかくしてるんじゃないかって、思ったんだろうね」
「そこまですんのか」
一緒につれてこられた三佐が顔をしかめた。全く同感だ。
浦賀の目が暗くなる。
「なんでもするよ。麻薬ってのはいまだに、金のなる木だからね」
浜辺に隠してあったその麻薬を、一人目の被害者のときに現場で見つけて回収したのは誰あろうこの浦賀だった。浦賀は、薬物関係の事件の捜査官なのだそうだ。今回の件は末端とはいえ、中国マフィアがらみとしては注目すべき事件だったという。
「ていうか、来るの早くなかったですか」
僕がつかまって、10分ほどで浦賀はやってきた。
三佐はそれでも遅いと言った。
問うと、浦賀はにっこりと笑った。三佐がはっとして立ち上がる。しかし、浦賀が話すほうが早かった。
「それはね、三佐くんが、絶対こいつが狙われるから警護をつけろってうるさくて」
僕は三佐を見る。三佐は口を引き結んで浦賀を睨んでいた。
「僕としても|50・50≪フィフティ・フィフティ≫の賭けだったんだけどね。まあ、うまくいってよかったよ・・・っていうのはまあ本心だけど失言だね。一般人を危険な目に合わせてしまったことについては、謝罪する。丁度警護の担当者が交代で目を離した隙で」
「別に、無事だったし・・・」
ふんと三佐が鼻を鳴らして足をくんだ。せもたれに肘を突いて、完全に浦賀から視線を外す。態度が悪いなあ、と横目で見る。
浦賀はくくくとこらえきれないように笑った。
「本人は冷めたもんだね。三佐くんが1番心労がたまったんじゃないか」
「うるせえよ。余計なこと言ってんじゃねえ」
そう言うと立ち上がり、僕の手をひいた。
「もう帰っていいだろ」
「ああ、いま送らせよう」
じゃあね、今度こそもう会わないといいね、お互いに、と浦賀は言った。ドアが閉まる。そうだ。浦賀と死体はセットだったのだ。浦賀にとっては僕と死体がセット。たしかに、そういう組合せならもう会うことがないほうがいいだろう。でも、それは少し寂しいな、と思った。浦賀ともなんだかんだでここのところ頻繁に会っていたので、情がわいたのだろうか。こういうこと、久しぶりだなと思った。ずっと、誰にも期待しない、誰にも執着しないように、心がけていたから。
どうしてるかな。
僕はともだちのことを思い出す。クラスが離れて、学校もきたりこなかったりみたいだ。僕がいると迷惑をかけるから、ずっと学校の外での連絡もとっていなかった。いまさら、だろうか。でも僕は。
浦賀の部下なのか、顎で使われている体格のいい男の人が僕たちを隣町の警察署から送ってくれた。
僕たちの町は田舎で、周辺の同じような田舎の町を統括する警察署があるのが隣町だった。僕たちの家のあるのはその警察署から、車で15分ほどかかるのだった。
暗い車内で、僕たちは会話をしなかった。三佐は不機嫌そうに黙っていたし、僕は僕で考え事をしていた。
僕の家の前で二人とも下りた。
僕たちはお礼を言って車のドアを閉めた。車の音を聞きつけたのか、家の玄関が開いて、父母が駆けてきた。祖父母は無事だった。僕を捕まえた男の言ったことはただのはったりだったのだ。実際は、男は一人だった。
あとで新聞で読んだ話だと、ほかの仲間は男を見捨てて逃げた。男は、自分の所属するマフィアからも、取引先の暴力団からも、消えた麻薬の落とし前をつけるように言われていたのだそうだ。一人目の被害者の時点で、浜辺を探したが見当たらず、二人目を見つける前に勝手に亡くなり、一人目と二人目のつながりから三人目を見つけて、盗んだ麻薬の隠し場所を吐かせたが、やはり答えはすでに探したその浜辺で、見つけられなかった。誰かが偶然見つけて自分のものにしたのかもしれないと思い、堤防を遠くから見張っていたところ、僕が毎日現れ、しかも自分たちを目撃したことにも気づいたらしい。たったそれだけで、と僕は思うが、僕を襲った男は、相当追い詰められていたのだろう。疑わしきはすべてつぶす勢いだったのかもしれない。
父母は三佐に何度もお礼を言い、僕にも頭を下げさせた。あとでお礼を言うつもりだったが、なんとなくなしくずしになってしまった。後でまたお礼に行くから、と父母は言い、帰る三佐を見送った。
僕は家に帰り、風呂に入った。時計を見るともう21時。人に連絡するには遅い時間だが、なんとなく、僕はいつもと違う気持ちだった。いましなければ、またこの気持ちはしぼんでしまうだろうと思った。
***
学校が終わってすぐに帰ってきても、もうすぐ冬至。外はすっかり暗くなってしまう。
僕が襲われた翌日も、三佐はやってきていつもどおり祖母と話をして、マロの散歩に行く。僕は、それについていく。
「もう、僕も一緒に行ってもいいだろ」
「オレとマロの仲を邪魔する気か」
散歩用の綱に代えるついでに、三佐はマロの首を抱きしめた。マロは嬉しげに目を細める。
僕は少し呆れた。
「男色か」
「だんしょく?」
「ホモセクシャルってこと。マロはオスだよ」
「ばーか。そういうんじゃねえんだよ。マロとオレは種族を超えた友情って言うか」
「はいはい」
「女には入り込めない世界なんだよ」
「はいはい」
いつまでたっても幼稚だ。こんなでも、斉藤をはじめとする女子に人気が高いんだから、まったく人の好みってよくわからない。
僕は呆れてううんと伸びをした
「勉強ばっかりだと体がなまるなあ」
「元々運動音痴のくせによく言うぜ」
「そういうことじゃない」
いちいち一言多いんだよなと僕は三佐を蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。しかし、三佐は昨日のこともあって我が家での人気が絶大だ。それに、助けられた手前もある。僕はぐっと我慢する。
三佐はにいと口角を上げた。
「借りは作っとくもんだな」
「もう教えてやらないぞ」
「あ、嘘、冗談。これで50・50だろ。貸し借りなしだ」
昨日の浦賀のまねか。僕は少し笑った。
稲の切り株が等間隔で水玉みたいに広がる田んぼの上を吹き抜ける
風は冷たい。僕は首をすくめた。
太陽はほとんど隠れて、空気は冷たい藍色だ。だんだん、周辺の輪郭が溶けていく。黄昏時ってこういうことだなと思う。たれそかれ。
僕は草を蹴りながら、マロの歩調に合わせて歩く。マロは、少し進んでは草むらのにおいをかいだりするので、あんまり先に進まない。でも、犬を待つしかない時間っていうのも、ぼんやりできていい。
僕は、昨夜のことを思い出した。あのときの、心臓の重さも。
携帯をもっていないから、家に電話をして、いないと言われた。
それでも、僕は引き下がれなかった。
学校にいると、永遠にこの時間が続くような気がする。けれど、永遠に続くものなんて無い。僕たちは来年には卒業して、別のところに行く。僕は、合格したらこの辺にはいない。人は、あっさり出会って、あっさり別れる。ときには予想もつかないことで。だからできるかぎりのことをしておきたいんだ。
『伝言を、してもらってもいいですか』
僕の口からすべりでたそれだけでも。
「あのさ、もしかしたら、もしかしたらなんだけど」
「ん」
「一緒に勉強するの、もう1人増えるかも」
「は?誰」
「増えないかもしれないけど」
「だから誰だよ」
僕は答えなかった。しかし、三佐の腕が首にがっきとまわり、僕はがっちりロックされた。
「言えよ」
「や、どうなるかわからないし。たぶんならないと思うし」
「オレと二人で勉強すんの、いやか」
「は?」
僕は不意をつかれて、すぐ傍にある三佐の顔を見た。三佐は腕を離した。
「なんでもね」
そう言って、マロと先に行ってしまう。
僕は急いで追いついて、三佐のジャンパーの裾を掴んだ。
「違うよ三佐。そうじゃなくて、僕、後悔したくないだけなんだ。自己満足かもしれないし、相手は僕ともう話もしたくないかもしれないけど。でも、僕は諦めなかって、できるかぎりのことしたって、覚えてたいんだ。そうじゃなきゃ、これからさき、・・・」
声が詰まる。
「だから、誰のことだよ」
三佐の声が棘を含む。どうしたんだろう。僕は少し戸惑い、口を開いた。
「ともだち」
三佐が立ち止まる。怪訝そうに僕を見下ろす。
「お前、ともだち、まじでいねえだろうが」
「いたんだよ。少なくとも一人」
三佐が、僕と斉藤のとばっちりをうけて傷ついた佐々のことを知っているか知らない。三佐は僕をただ黙って見ていた。怪訝そうな、不機嫌そうな、眉間の皺も消えていた。なんだか少し柔らかい眼だった。こんな三佐は、初めて見る気がした。なんだか唐突に少し、緊張した。
三佐は、僕の頭をぽんぽんと叩いた。子供にするみたいだ。僕は少しむっとした。
「まあ、オレはお前がいればどっちでもいいけど」
「え?」
つい問い返してしまうと、三佐が顔を背けた。
「なんでもね」
僕は、少し嬉しかった。いや、ほんとうは、大分嬉しかった。ずっと、嬉しかったんだ。またこうやって喋れることも、僕を心配してくれたことも。
「三佐って、ほんとはいい奴だよな」
「ほんとはってなんだよ。オレは昔からいい奴だろ」
「自分で言わなければね」
くそーと三佐がうめいた。だんだん暗くなって、歩きにくくなってくる。
でも家の光を目指して、三佐とマロと歩く冬の道は、だいぶあたたかい気がした。