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もういちど見つける

 一年前、中学二年生。クラスではずれがちだった僕にやさしくしてくれたともだち。


 だが、僕があいつらに目をつけられ、それに巻き込まれた。ともだちは学校を休みがちになった。僕はともだちに電話をした。ともだちは僕を責めた。学校に来ても僕をさけるようになって、僕らは没交渉となった。

 それでも、あいつらはともだちで暇つぶしすることはやめなかった。クラス替えをして、あいつらと遠ざかっても、ともだちは人を信じられず、ずっと1人でいる。

 

 三佐。

 三佐は、子供の頃の僕のともだちだった。けれど、いつからかあまり話さなくなった。三佐はサッカーをはじめたし、僕はまっすぐ家に帰っていた。三佐は男女わけ隔てなく接するから、みんなに人気があったし、あいつらとも仲がいいように見えた。部活も一緒だ。だからきっとあいつらに僕の悪い噂を吹き込まれたのだろうと思っていた。しかたがないと思ったし、気にも留めていなかった。


 それなのにいまになってなぜ、僕に関わるようになった。

 あいつらの、何か新しい趣向かもしれない。

 幼馴染で気安い三佐を利用して。


(どうでもいい)


 あいつらは嫌いだ。だが、関わらなければいい話だ。自分に向かっ

てくるかぎりは、無視していればいい。ともだちなど元々いない。これからだって、また、同じ思いをするくらいなら、いないほうがいい。


 1人で授業を受け、休み時間は本を読み、掃除は自分のすることを行い、帰る。部活は三年生ですでに引退していた。元々活動の少ない美術部だったし、部員はほとんどが幽霊部員だった。


 もう11月だし、あと4ヶ月でこの中学も卒業。

 このまま、なにごともなく過ごせれば、僕は卒業して遠くの高校に行く。行きたい。それは、希望的観測だ。県外の全寮制進学校に合格したら、進学させてもらえる約束になっている。幸い勉強だけは元々できるほうだった。だが、目指す高校は全国でも有名な進学校だ。だから僕は一生懸命勉強をする。子供の僕が見つけた、たったひとつの蜘蛛の糸。


 家に帰ると、マロがいなかった。緩んでいた首輪が外れてしまったらしい。


「気付いたらいなかったんだわ」


 そう祖母が言う。僕は制服からジャージに着替えて、マロの名前を呼びながらいつもの散歩コースを辿った。まだいつもの時間よりも早い。夕焼けが空を染める下、田んぼの間を歩いていたら、堤防の上で尻尾を振るマロが見えた。


「マロ!」


 叫ぶと、マロはこちらに駆け寄ってきた。でも、もう少し、というところでマロは動かない。僕が近づくと、逃げる。僕が走ると、同じくらいの速度で走る。一定の距離をとって、止まる。

 遊んでいるようだ。馬鹿にされているような気がして、僕は少し腹が立った。帰ろうと踵を返すと、マロはわん、と大きく一声鳴いた。


「もう、なんなんだよ」


 もういちどマロの方を見る。そこはもう堤防の上、船着場の近く。向こうに見えるのは、あの浜辺。

 わん。

 声が聞こえる。

 マロがかけていく。


(まさか)


 まさか。

 僕は頭の中で唱える。

 赤い太陽に染まる波の下には、黒いジャージが波に漂う。砂に沈む指。

 砂に沈む足。

 死体の隣で尻尾を振るマロを抱えて、僕は家に走った。



***


「またきみか」


 呆れたように呟いたのは浦賀だった。

 浜辺、すでに太陽は沈んで、藍色の空気の中。光るたくさんのライト。飛び交う指示の声。

 僕は浦賀を睨んだ。浦賀はちょいと眉を上げて、口角を持ち上げた。


「だから、コースを変えなさいっていったでしょ」


「明日からは、考えときます」


 それみたことか、と浦賀に思われるのが癪だったので、僕はせめてそれだけ言い返した。

 だってまさか、また同じ場所に死体があがるとは思わないだろう。たった一週間の間に。


 僕は浦賀と、制服のおじさんに見つけたときの状況を話した。

 解放され、堤防から家に向かって下りたとき、僕の進路上であるあぜ道に、三佐がいるのを月の光の下で見た。

 僕は遠回りにはなるが別のあぜ道を選択した。しかし、三佐はそれに気付くと、一度戻ってむりやり僕の進路上に現れた。僕は戻るのは馬鹿らしかったので、彼の横を通り過ぎようとした。

 三佐は、妙な顔をしていた。恐れるような、真面目なような。子供の頃、野球の真似事をしていて、近所の家の窓ガラスを割ったときのような。


「またなのか」


 三佐は僕の前に立ちふさがり、そう問う。


「そうみたいだね」


 僕は目を合わせずに、脇を通り抜けようと思う。

 けれど、三佐は僕の肩を掴んだ。


「誰か、見なかったか。見つけたとき」

「誰も」


 それどころじゃなかった。でも、人家はひとしく田んぼを隔てた先にある。昼間だって農作業をする人たちを除けば、人気はほとんどない。夕方だと、みんな家に帰ってしまう。誰かがいれば、気付くはずだ。


「そっか」


 三佐はうつむいた。僕は三佐の手を振り払い、今度こそ隣を通り過

ぎた。早く帰って、風呂に入って眠りたかった。今日は、勉強をする気も起きなかった。


「なあ」


 しばらく過ぎたところで、声をかけられた。面倒だったが、振り返る。三佐が走ってきた。


「なんなんだよ。まだ何か」


「昨日のおっさんの言うことじゃないけどよ、お前、しばらく散歩コース変えろよ」


 またその話か。僕は深々とため息をついた。


「言われなくても。こないだから母さんにも夜の散歩はやめろって言われてるんだ。でもこいつのこともあるし、しょうがないから、家の周りだけ何回か回って終わろうかと思ってる」


「そっか、よかった」


「よかった?」


 なんで三佐がそんなことを言うんだ。僕が三佐を覗き込むと、三佐は目を逸らした。


「三佐、なにか知ってるのか」


「え?」


「普通に考えて、あそこにはただ死体がうちあげられただけだ。あそこで殺されたわけじゃない。危ないのはあそこじゃないはずだ。なのに、なんであそこを避けるようにお前と浦賀さんは同じことを言うんだ」


 この事件の、新聞での扱いは小さなものだった。○○湖で死体がうちあげられた。身元は○町の○さん。警察は死因を調査中。他殺か自殺かもわかっていない。身元が暴力団関係者だったから、みんな過剰に事件性を期待しているが、もしこれが老人であったなら、そんなことにはならないはずだ。

 三佐は、一瞬黙って、「別に、なにも知らねえよ」と呟いた。


「お前みたいな頭のいい奴とは違うから、オレはただ思っただけだ。二回も死体が見つかった場所なんて、行かねえほうがいいだろ。縁起が悪い。受験生だってのに」


「三佐だってそうだろ」


 他人事みたいに言う。

 しかし、三佐は首を振った。


「オレ、中学卒業したら大兄だいにいのとこで働くから」

「は?」


 大兄というのは三佐の1番上の兄だ。10歳ぐらい年が離れていて、工務店で働いている。


「オレみたいな馬鹿が高校いったってしょうがねえし。それだったら金かせぎてえし」


 三佐の家には、両親がいない。三佐が生まれた頃に、婿養子だった父親がいなくなり、そのうち母親も出て行った。それから、三人の兄弟と祖母の四人暮らしだというのは、近所の情報網でいやでも耳に入ってくる。


 一番上のお兄さんは高校のときそれは荒れていたが、卒業してすっかり真面目に働いているだとか、二番目のお兄さんはおとなしい方だったが、高校卒業後には家にいたりいなかったりで何をしているのかわからない。三男は中学生だっていうのに茶色い髪をしていずれろくな大人にはならないだろう。そんなふうに、口さがなく言う人もいる。


 でも僕は知っていた。三佐の髪は、元々茶色いのであって、染めたわけではないことを。むしろ子供の頃こそ黒く染めていたのだ。それが、母親も消え、だんだん面倒になっていったのだ。中学に入ったばかりの頃、生意気だと先輩に殴られたことも。それでも二度と染めようとしなかったことも。


 僕と三佐は違う。


 子供の頃はそれでも、一緒に遊んだりしたものだったが。

 あまりにも違っていて、長じるにつれ、だんだん疎遠になった。

 違うからこそ、それぞれの立場で物を言うしかないんだ。

 僕は、口を開いた。


「少しでも、学歴があったほうが後々稼げる金は多くなるんじゃないか」


「学歴なんて、オレがいける高校なんて、あってもなくても同じようなもんだよ」


「それでも、中卒と高卒じゃ全然違う。それに、やりもしないで最初からだめだって諦めているようでは、社会に出たってたいした稼ぎがあるようにはならないんじゃないかな」


 三佐は、口を引き結んだ。拳が固まる。殴られるか、と思った。

 けれど、三佐は僕から目を逸らしただけだった。

 そのまま、僕の先に立って自分の家の方に歩いていった。


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