夏酔花火
マジかよ。
なんでこんなことになってんだよ。
「だぁかぁらぁ! あらしがつくったおさけがろめないっつーの? んん?」
「マジで勘弁して! つかなんでそんなろれつが回らなくなるまで飲んでんだよ? こいつに飲ませすぎたの誰?!」
「いやあ、それは一樹先輩が遅れてくるのが悪いっていうかなんていうか……」
「俺のせいなの?!」
夜。飲み放題のビアガーデン。
仕事が長引いて飲み会へ遅れて着いたら、なぜかは分からないが既に出来上がっているチームメイトに絡まれて大変面倒なことになっています。以上。
地元で有名な花火大会がよく見えるここを下半期の打ち上げに使おうと言い始めたのは、ほかでもないこの酔っ払い、野々宮鈴だった。
普段は快活で仕切り屋。少々突っ走る癖もあるが基本は忠実に仕事をこなす彼女が企画したのだから、ぬかりなどあろうはずがない。ひとつだけ、彼女が泥酔してしまったことを除けば。
「一樹先輩が遅れてくるってわかった瞬間のりんちゃん先輩の顔メチャクチャ怖かったですよ。そっから人が変わったかのような勢いで飲み始めて」
三つしたの後輩がちみちみと水を飲みながら囁いてくる。こいつは絶対体内にアルコールを入れない。後で酒の席での醜態をあれやこれや掘り出してちくちくネタにしてくる性悪女だが、今日ばかりはこのシラフで冷静なやつがいて助かった。
俺たち以外の団体客もそれぞれ、早い時間ながら既に酒が回り始めささやかな騒ぎを繰り広げているがこいつはその比じゃない。既に目はうるうると潤み熱っぽい視線でこちらを見上げている。
星が瞬き始めたテラス席からぬるい風が吹いてきたかと思えば、どーん、とすぐそばで地響きのような音を立てて花火が舞い上がった。
「わああああ。かずくん。きれいだねー」
「そうだねーりんちゃんみたいだねー」
「はいはーい。おせじでもありあと」
俺のこんな軽いセリフは日常茶飯事だ。相手にすらされない。
「ところれさー」
「なあに」
「なんれあたしのつくったとくせいういすきーなんでくれないわけえ?」
「まだそれ言う? オレンジジュースとウイスキー一対一で混ぜ合わせたやつのどこが特製なんだよ! 不味くて死ぬ。これがちでやばいから! お前が飲めよ!」
「もうのんらよー、ういすきーいっぱい!」
道理でいつもは酔わないこいつが酔っ払っているわけだ。
「かずくん。あたまがふらふらするー」
「当たり前だよ馬鹿かお前は。水飲んで風に当たって来い」
「はあい」
へにゃりと彼女は力なく笑うと、覚束無い足取りで外へと消えた。
ようやく解放された俺は先輩や同僚たちへの挨拶回りに忙しかったが、それも終わると今度は逆に暇になってしまい、いやでもあいつのことを思い出す。
ほんと、限度って言葉を知らない奴だ。
目を離した隙になにをやらかすんだかわかったもんじゃない。
追いかけて出たテラスは、意外と涼しく冷えていた。
一瞬の暗闇と静寂が、俺たちに届かない隙間を作っていく。
俺は夜の闇に鈴を探す。
あいつは花火の一番よく見える場所に座って。
「寝るなよ馬鹿!」
頼むからそんな無防備な格好で寝ないでくれ!!
「んふぁ……かずくん」
「起きろ馬鹿鈴! ここは仮にも公共の場だぞ!!」
「だってねむいんらもん。もうげんかーい」
隣に立った俺になんのためらいもなく体重を預ける彼女。
「襲われてもしらねーよ? 俺責任とれねーよ?」
「かずくんがいるからだいじょーぶ」
どーん、どーん、どーん。
立て続けに打ち上がる花火。
気持ちよさそうに眠る彼女の頬を明るく染めては消える花火。
「あたし、らいしゅうからきゅうしゅういくの」
ぽつり。
周りの喧騒を置き去りにして、目をつぶったまま彼女は告げた。
「知ってる。出張だろ」
「うん。さんかげつ。ながいの」
だらんと下がっていた手が伸びてきて、俺の指先をかすかに握った。
「おみやげ、なにがいーい?」
「なんでもいいよ。鈴が帰ってきてくれるなら」
「うふふ。じゃあかずくんにはなしね」
「いいよ別に。鈴が帰ってきてくれるなら」
俺はその手を強く握り返した。
怖いんだ、ホントは。
鈴がそのまま向こうから帰ってきてくれなかったらどうしようとか。
情けないけど、今の俺の頭の中なんてそんなんばっかなんだ。
俺の独りごとはすぐに、花火の音でかき消された。
「おい、そろそろ帰るってよ」
「ん……」
「ほら」
右手を差し出せば迷うことなく握ってくるこの手が。
時々ふらついていてもしっかりと寄りかかってくれるこの存在が。
ただずっと、近くに欲しいだけなんだ。
夜空に一つ、最後の花火が消えていった。