81、蠱毒の壷 その十五
周囲の霧は晴れないまま、由美子が作った簡易結界の中で作戦を練ることとなった。
本部からもたらされた情報は、問題の侵入者の把握出来た人数と発見位置、そして直後それがロストしたというものだ。
発見位置は俺達からそれなりに離れている。
そして人数は五人。俺達が七人だから両方合わせて一度に突入出来る限界人数だ。
こっちに合わせたのか、もっといたのが人数オーバーで弾かれたのかわからないが、こちらとしては後者のほうが助かる。
その場合はあっちも戦術の立て直しになるだろうからな。
それに最初からこっちの人数が把握されていたとなると、本部にあっち側の情報源があると思うしかないのだが、それは勘弁して欲しいというのが正直な気持ちだ。
「はい!」
授業で質問するような感覚で手を上げた大木にちらりと目をやり、仕方なく「どうぞ」と言った。
「侵入者がロストしたということは、奴等が怪異にやられたってことじゃないっすか?」
ノリは軽いが、まあ疑問としては打倒な所か。
「魔法使いの創り出したシステムは人の波動をトレースしているって話だったな」
「おう」
「冒険者は自らの気配、すなわち波動を隠蔽するなんらかの手段を持っているのが普通だ」
俺の言葉に大木と明子さんが驚いた顔をした。
やっぱ中央は軍人もあんまり対怪異でものを考えないんだな。
「なるほど気配遮断、ということはすなわち怪異から身を隠すためですね」
だが明子さんはすぐに気づいて正解を返した。
「そうだ。冒険者は言うなれば狩人だ。よけいな戦いは避け、最大戦果を挙げなければならない。だから標的以外、最低限感知能力の低い相手からは身を隠す必要があるんだ」
「なるほどね」
逆に俺達のようなハンターはあまりそういった隠形を使わない傾向にある。
ハンターの仕事は大体危険な怪異の排除となる。
むしろ自らを囮にして敵をおびき寄せるほうが効率がいいのだ。
「ここで問題となるのは相手の目的だ」
「普通に考えればこの階層の攻略ですが……」
浩二が意味有りげに周囲の顔ぶれに目をやった。
今回はメンバーがメンバーだしなぁ、情報が少しでも漏れていればこっちが目当てということも考えられる、そう言いたいんだろう。
「ですが、それでは時間差で突入したのは偶然ということになります。果たしてそんな奇跡的な偶然があるでしょうか?」
明子さんが浩二の視線の意味に気づくことなくそう疑問を呈した。
「ケッ、こんな話し合いナど無駄デす。単純ナ話ですネ。邪魔ヲするなら戦う。シンプルイズザベストです」
赤毛くん、いいなお前、単純で。
「このような単細胞生物と同意見なのは業腹ですが、私もそう思います。どう考えても他人の考えなどわからないもの。成り行きを天にゆだねるべきでしょう。その上で悪人には相応な報いがあると思い知らせればいいのです」
迷い無く言い切る強さは唯一の神を仰ぐ者特有の物だ。
彼女達は迷う必要がない。
善悪も運命も全て神に任せればいいからだ。
「そんな素人のような行き当たりばったりな提案を受け入れるのは論外です。状況が不透明だからこそあらゆる想定をしておくべきです。それでこそ安定した判断と行動が出来るというものです」
明子さんは逆に実に軍属らしい意見だ。
まあ俺もどちらかというとあんまり先のことは考えずに行き当たりばったりなんだけどね。
そんな事実はおくびにも出さず、俺は一同に頷いて見せた。
「あまりに無計画では対応に迷いが出る。同士討ちの危険も高くなるしな。だからといってあまりにも情報の無い今の段階で詳細な戦術など立てようもない。ということで、折衷案として場合場合のフォーメーションを決めておこう」
俺の意見に取り敢えず全員が納得したようだった。
……というか、ゲストのお二方は俺に至極挑戦的な視線をくれている。
あーはいはい、お手並み拝見って言いたい訳ね。
だけど残念、お前等戦わせねーから。
俺達の決めた基本方針は単純だ。
策敵がヒットして怪異だったら倒す。人間ならとりあえず会話してみる。
浩二が「小学生の夏休みの計画表のほうがもう少し考えて作られているでしょうね」とボソリと言ったが、俺は聞かなかったふりをした。
だってお前、反対しなかっただろうが! 後出し禁止だぞ。
もちろんそれだけじゃなくて具体的な戦闘フォーメーションも決めたんだけどな。
うるさがたの海外組がそこからハブられていることについて不満を鳴らさなかった点は不気味だが、まあ事前勧告済みだったから理解しているんだろう。と、思う。
うう、なんだろう、胃の辺りがとても痛いよ。
由美子と装甲車と本部からの情報を統合してある程度のマップを表示させてみると、周囲が一見市街地のような町並みであることがわかった。
一階層を思い出すが、今回は少なくとも今いる周辺の建物はしっかり建っていて廃墟という感じはしない。ひとけはないけどな。
「なんか昔こんな霧の中を彷徨うゲームがあったな」
俺の思わず出た呟きに、由美子がコクリと頷いた。
そういえば由美子はああいったホラー系のゲームが好きだったな。
心なしか嬉しそうだ。
でも今はゲームじゃないから、そこんとこよろしくね。
「霧ト言えば魔都ロンドンでしょう」
とは赤毛野郎ことピーター君。
魔都とか言うな、怒られるぞ。
西方の群島諸国は不思議な国々だと聞いていた。
人造信仰と精霊信仰が変な具合に融合した結果、神と精霊が共に成り立ってしまったのだ。
ロシアが魔法帝国なら西方諸国は一種の魔界と言えるだろう。まあ、どちらも関係者の前では口には出来ないけどね。
その性質も真逆に近い。
ある程度の土地を占有した後は自国に閉じ籠ったロシアと違い、西方諸国は野火のように征服戦争を起こした。
なにしろ人造信仰にとっては信者の数がイコール神の力となる。
より多くの信者、それを養うためのより多くの土地が必要なのは必然の話だ。
新大陸連合もその頃に占領した場所の一つに過ぎない。
だが、かの国家群はやがて分裂した。
要するに内輪もめを始めてしまったのである。
ということで、近年では今のところ人類同士で大規模な争いは起こっていない。
逆に言えば小規模なドンパチはあちこちで続いている。
争いがある所には凶悪な怪異が自然発生する上に人の手でそれが促進されるので国土が荒れ果ててしまいがちで、その結果いくつかの国が人外の地となったという経緯もあり、危機感を抱いた国々が同盟して設立された世界国家連合は、戦争に介入して人の地の守護者たらんとしている訳だ。
うんまあ今は関係ない話だけどな。
ということでその西方諸国の内、イングランドの首都がロンドンなのだ。
噂によると常に霧に包まれているとか、確かに今の状態に似ているかもしれないな。
――……ウォオオオオ……ン
どこかで獣じみた声が聞こえた。
もう迷宮内なんだから油断しないようにしないとな。
前の層の時のような肝の冷えることはご免だぜ。
見通しの悪い霧のベールを特殊装甲車のサーチライトが照らす。
敵や冒険者連中に見つかりやすくなるが、視界の確保が優先だ。仕方がない。
それに探索能力は式が使えるこっちのほうが高いはずだ。
「左、カウント八十で獣タイプの怪異接近、数、十、更に前方カウント百で変異体タイプ一体、武器持ち」
由美子の報告が入るが、これはちょっと面倒だな。
獣タイプの群れと戦っている間に変異体タイプが到着するタイミングだ。
「了解。左を先に迎え撃とう」
俺の指示に全体が左に移動した。
が、そこでアンナ嬢が動く。
「それならこっちも分散して戦ったほうがいいでしょう? こっちは私にまかせてもらうわ」
と、いきなり前方に走り出しやがった。
てめえこら! 事前の計画無視すんな!
「ちょ、待て! 止まれ!」
しかし彼女を追うとこっちは変異体と戦いながら背後から挟み撃ちに近い状態で攻撃を受ける形になってしまう。
「あのメス※※がっ! ダイジョウブね、俺ガあのロシア女追いかけるからマかせなさイ!」
と、ピーター君。アホか! 任せられるか! てかなんか途中で言葉が遮蔽されたぞ、翻訳魔術の検閲に引っ掛かるようなどんなやばい言葉を吐いたんだよ!
「ダメだ! お前は戦うな! ルールは守れ! 彼女は俺が追う。コウ、ユミ、そっちは頼んだ」
「わかりました、存分にどうぞ」
「任せられた」
俺の指示に二人が返答し、ピーター君は不承不承止まった。よしよし、偉いぞ。
軍人さん達がなにやら不満気だが、あんたら俺達の認識からするとクライアントだから戦闘要員に入ってないからな。
そもそも通信兵と衛生兵だろうが、後衛で頑張れ!
俺は霧の中に飲み込まれていく白い影を追い掛けた。
くそっ、白に白だから保護色になってやがる。
言うこと聞かないだろなとは思っていたが、最初から全開でルール破りとはいい度胸じゃねえか、あのアマ捕まえたら尻を蹴飛ばしてやるぞ。
霧以上に仲間内の見通しが利かないことを嘆きながら俺はひた走ったのだった。
西方群島諸国:魔国とか伝説世界とか色々と他国から言われているが、本質的には貿易を主とする商業国家でもある。
海運に強く、独自商業ギルドを持ち、商取引のルールの基礎となった決め事は総じてこの国発であると言われている。
宗教色が強い割には同種の信仰国家からは本来の教義の純粋さを捻じ曲げたと言われている。
事実多数の教派が国家内に混在するのがこの国の特徴でもある。




