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75、蠱毒の壷 その九

 明子さんがデータ端末を操作して記録を編集している。

 ここまで撮り溜めた映像なども添付して、一度外部に送信しておくらしい。


「しかしこれってどうなってるんだ? 界が隔たっているのにデータ送信が出来るとか」


 言ってる間にも正面ディスプレイには外から送られてきた通信が解析されて表示されていた。

 通信の方はモールスとは言え、トン・ツーなどと人が手で打つ必要はない。

 電算脳コンピュータが文章を解析して発信と受信をしてくれるのだ。

 まあモールスだからあんまり複雑な文章は送れないが。


「双子石通信は知ってるっしょ?」


 大木が説明する。

 双子石通信というのは単結晶分体通信の俗称だ


「知ってるが、あれは通信可能域はかなり狭いだろ。ましてや界越えなんて出来るはずもない」


 単結晶分体通信とは同一結晶から分かたれた鉱石が持つ共振作用を利用した通信の事だ。

 既にローテクだが、現在の全ての通信の元となった技術と言っても過言では無い。

 使い方によっては電気などの外部エネルギーに頼らなくても通信が出来るので、緊急時の通信手段として未だに公共施設には備えられていると聞く。


「その双子石に魔法使いの人が直接術式を書き込んで、通信出来るようにしたらしいっすよ。ほら、接点を持つ界同士には必ず共鳴が起こるとかなんとか言ってたっしょ? まあ俺もあんまり理屈はわからなかったけど」


 うん、わからんな。


「まあそれは納得するとして、データが送れるのはどういう訳だ? あれは到底共振通信で送れるようなものではないだろう?」


 俺の言葉に大木は盛大に眉を寄せた。


「それについては俺もほとんど理解してないっす。どうもあの魔法使いの人の説明によると、コイル状に加工したミスリルによって立体起動の魔法陣がなんたら」


 要領を得ない説明だが、突然ピンと来た。


「おい、それって携帯式の転送陣、ゲートじゃないか? もしマジならとんでもない発明だぞ」


 もし移動式のゲートが実現して、それを大型化出来れば迷宮からいつでも脱出可能になる。

 通信やナビなどと比べ物にならない革新的発明だ。

 あの馬鹿高い札に頼らなくていいのだ。


「それがそう上手く行かないのです」


 データ転送を終えた明子さんが残念そうに言った。


「この転送システムはラグが酷いんです。早くて一時間、遅い時には数日掛かります。その上、魔法使い殿によると、物質転送の場合は再構成にほとんど失敗するそうです」

「う……」


 転送失敗と聞いて、俺はゲートの試運転で起こった痛ましい事故のことを思い出した。

 大々的に世界同時中継で行われたそれは、現在年齢制限付きのグロ動画としてグローバルネットの海を漂っている。

 ゲートの便利さに対して利用者が極端に少ないのはこの事故が尾を引いているからだ。

 現在は安全性はほぼ保証されていて事故る確率は航空機より遥かに少ないと謳われているのだが、不安は根強く残っている。

 その安全性の説明がまた、「失敗の確率が高まったら空打ちをして解消する」とかいうのなんで、いまいち信用しきれないというのもあるだろう。

 空打ちってなんだよ、空打ちってのは。

 単純に料金が高いってのもあるんだろうけどな。


「なるほど、そういう不安な方法でもデータ転送が出来れば一種の保険にはなるということか」


 いつ届くかわからない情報でも、事前に送っておけば、たとえこのチームが全滅しても次のための資料に出来る。

 全体主義の軍らしい考え方だ。

 冒険者なら絶対にそんな風には考えないだろう。


 俺達は現在、中心にあった石造りの建物、仮に「遺跡」と呼んでいる場所の入り口をくぐった所で休憩かたがた簡単なミーティングをやっている所だ。

 この遺跡と外の樹海はエリアが切り替わっていて、エリアチェンジ直後のこの場所は一応セーフティゾーンっぽくなっているのでちょっと一息が出来た訳だ。


「取り敢えずこれで第二階層の樹海部分の攻略も固まりそうです」

「へえ」


 明子さんの説明に全員が意識を向けた。


「樹海部分はこの遺跡を中心に、外側に向かって渦を巻くようにゆっくり回転しています。ここまではいいですね」


 全員が頷く。

 嫌な仕掛けだ。

 うっかりすると気づいたら樹海の縁に逆戻り、一からやり直しということになってしまうのだ。


「これの攻略方は高い視点を持つことだと思います。迷宮では方角を知るにはマッピングしかない訳ですが、あの樹海では逆にマッピングは意味を成しません。しかし高所に視点を置けさえすればひたすら直線で中心を目指せばいいだけですから」

「ちなみに第一階層の攻略はどんなかんじなんだ?」


 俺がそう聞くと、明子さんも大木も不思議そうに俺を見た。

 んー?

 あ、そうか、一階層を最初に攻略したのが俺だと思ってるからだな。

 踏破と攻略ってのは違うんだけどね。


「一階層目は迷路ラビリンスになっていますけど、これはごく単純な仕掛けでした。角を曲がった時に向いている方向と曲がった方向に従ってブロックが組み変わるのです。変わったブロックを元に戻すには同じ方向を向いて違う側、つまり前に右に曲がったのなら今度は左に曲がればいい訳です」

「確かにわりやすいが、普通にのんびり歩いてるならともかく戦闘しながらなんだから意図せずに角を曲がることもあるだろう。それで慌てて戻ったらどうなるんだ? 向きが逆で角も逆になるわけか」

「もう一度ブロックが同じ方向にずれますね。つまりずれが大きくなる訳です」

「……地味に嫌らしい仕掛けだな」

「全くだ。幻想迷宮シミュレーターで散々分断された状態での戦闘訓練やってなければやばかったぜ」


 大木が遠い目をしてそう言った。

 かなり苦労したのだろう。

 そこへ今まで自分の装備などを確認していた浩二が声を掛けた。


「役立ってなによりです」


 満足げに言われた言葉に軍人二人が顔色を悪くした。

 うん、まあ、きつかっただろうけどさ、でも訓練は一度は全滅するぐらいが丁度いいんだよな。

 部隊長殿は酷いトラウマを負って軍を辞めた者まで出たとか大袈裟なことを言っていたが、訓練がぬるくて実戦で全滅なんぞしたら目も当てられないし。


「実はリーダー殿の懸念通りこの第一階層で冒険者の損耗が当初の計算より多く出ています。なので軍では現在ラビリンスの攻略を組み込んだオートナビを開発して販売する予定となっています」


 そうか、マップ自体は変わらないんだからナビが自動で方向を指示してくれれば一々記録を取って攻略する必要はなくなるから不慮の事故も防げるということか。

 少々過保護な気もするが、国家としては資源調達が目的なんだから損耗が激しくて人が集まらないのは困るんだろうしな。


「あの、リーダー殿。疑問があるのですがよろしいでしょうか?」


 明子さん、堅すぎだろ。

 まあ仕方ないか。


「なんですか?」

「リーダー殿は第一階層をお一人で攻略なされたと伺っております。しかし迷路の仕組みはご存じ無かった。いったいどうやったのですか?」


 まあ当然の疑問だわな。

 大木も興味津津という顔でこっちを見ている。


「まあなんだ。攻略はしてない。単に踏破しただけだ」


 二人共訳がわからないといった顔になった。


「ええっと、つまりだな、あそこはビジネス街を忠実に再現していただろう」

「まあ、廃墟化してたっすけどね」


 大木がそう言いながら頷く。


「旧都銀本社に緊急用の大仕掛けの魔法陣があったのは知っているか?」

「文化遺産として有名ですから存じています」

「あれを発動させた」


 俺の言葉にそれでもピンと来なかったんだろう。

 二人共全く理解していない顔だった。


「あれは屋内用だったと記憶していますが?」


 明子さんがその疑問を晴らそうと質問を重ねる。


「あー、だから天井を壊した。迷宮だって閉じた空間だしそれ自体が怪異と言っていいだろう? それで仕掛けを停止させて強引に突破した」


 しばしの沈黙が落ちる。

 い、居心地が悪い。


「あの建物、銀行ですから盗難防止のために重機ですら壊せない分厚い天然石で建ててあって、その上で自重で潰れないように、当時の天才的な設計師に依頼して建てたのだと聞いています。だから文化遺産になった訳ですが」


 明子さんのちょっと引き気味の言葉が悲しい。

 うん、だから俺も割りと本気出さないと壊せなかったんだよね。


「おいおい、そりゃあ当たり前だろ! 勇者なんだし!」


 突然大木が大声を出して立ち上がった。


「今まで、こう、普通の人っぽくて実感しにくかったけど、やっぱ鬼より強き鬼の力を有しし勇者なんだよな。俺、感動したっす!」


 お前……ここをどこだと思ってるんだ。


「しっ! 今ので近くを哨戒中の怪異グループが周囲を窺いだしました」


 由美子が飛ばした式からの情報を口にする。


「うっ、すまん」


 大木は自分の口を抑えて小さくなった。

 しばし硬直したように全員がその場で沈黙する。


「警戒を解いて通り過ぎたようです。音に鈍感なタイプでよかったですね」


 淡々とした物言いだが、由美子は別に嫌味を言ってる訳じゃない。

 こういう言い方が通常なのだ。


「本当に申し訳ない」


 そうとは知らない大木は地面に沈みそうに落ち込んでいる。

 まあそのまま反省しとけ。

第二階層中心の「遺跡」:外観はマヤのピラミッドに酷似している。

外とはフィールドを異にする別エリア。

マッピング無効の樹海エリアとは逆で、このエリアはマッピング必須の階層構造である。

中はそこそこ明るいが、なぜ明るいかは良くわからない。

年季の入った冒険者はその明るさも罠かもしれないと疑うのがデフォだが、まだ低位層なのでそこまでの心配はいらないと思われる。

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