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72、蠱毒の壷 その六

 こんな時になんだが、兵士にはマニアックな趣味の持ち主が多いと聞いたことがあったが、本当かもしれないなと思った。


「なんだって?」

「だから、チェンジ! ウォークモード! というコマンドワードを入力してください」


 ……なんでコマンドを叫ぶ必要があるんだ? どこのお子様向け番組だよ。

 俺はゲッソリとして問題を丸投げする事にした。


「よしわかった。お前運転代われ」

「駄目ですよ。声紋登録しましたから。少なくともそれを解除するまでメインパイロットはあなたです! いいじゃないですか、あなた方は実在するヒーローなんですからそれらしくって! カッコイイっすよ」


 何言ってんだこいつ。

 起きて寝言言わないように一度現世とあの世の境でも見て来てもらうか?

 そんな俺の不穏な考えを読んだ訳でもないだろうが、由美子がふと顔を上げた。


「兄さん、来る。十時の方向」


 淡々とした声で警告を発する。

 どうやら由美子の式による斥候に怪異が引っ掛かったらしい。

 示された方向を見ると風もないのに樹木がざわめいている。


「俺達は降りて戦う。こいつには何か防御機能があるのか?」

「え? あ、迷彩結界ハイドがありますけど」


 大木が慌てたように答えるのを聞きながらそれをそのまま入力した。


「コマンド、ハイド」

『コマンド了解しました。ハイドモードに移行します。一次選択を未決のまま保留いたします。尚、ハイドモード時はエンジンを停止し磁界駆動に移行します』


 相変わらずの調子だが、とりあえず問題なく移行したらしい。

 一つの問題を保留したまま他の命令を受け付けるとは流石と言うべきか。


「突発事態だ手動で対応しろ」


 俺はパネルの手動操作を選択してそのまま外へ飛び出した。


「ええっ! ちょっと!」


 追いすがる声をガン無視して怪異の気配を辿る。

 てかあっちもこっちも気配が濃いな、おい。


「目標形態、蛇、全長十メーター程度、およそ二十秒でこの場に到達します」


 続いて車から飛び降りた由美子がナビをする。


「小物ですね」

「二層目から大物でも困るんじゃないか?」

「それはそうですね」


 浩二がさして面白くもなさそうに答えた。


「な、コウ。この程度の相手ならお前はあっちのフォローをやったほうがよくないか?」


 と、装甲車のほうを顎で示そうとするが、さすがハイドモード、どこにあるか既にわからんな。


「確かにそうですね。じゃあ車に戻っておきます」

「よろしく」


 浩二は迷いない視線を背後に向けると、あっさり見えないドアを開けて装甲車に戻った。

 うん、さすがに空間把握の専門家には最新鋭装備と言えど見破られてしまうらしい。

 敵の能力があいつよりずっと劣っている事を祈ろう。

 車中から「えっ?」とか「うわっ!」とか聞こえたが、まあ気にしなくていいだろう。


 さて、はっきり言おう。

 俺はこの世で一番蛇の怪異が嫌いだ。

 なぜかと言うと、清姫アレのせいだ。

 あのキモい蛇女にさんざん追い回されたせいで、長い物が道に落ちているのを見るだけでいらっと来るようになってしまった。


「ナメクジ使う?」


 由美子が尋ねて来た。

 概念攻撃だな。

 蛇はナメクジに弱いという概念を元に仕掛ける、一種の弱体化狙いだ。

 終天の当て字が酒呑であるように、概念による縛りは昔から人間が使って来た武器の一つだ。

 しかし、


「蛇にナメクジは最近廃れて来てるよな」

「確かに十全な効果は期待出来ないかも」


 概念は大勢に広めて意識させ続けなければいずれ廃れる。

 結印都市で平和を謳歌した歳月は、人間から多くの力を削いだが、古い概念の喪失もその一つだ。

 人間が長い年月を掛けて育んだいくつかの弱体化概念は、もはやそれ自体が弱体化しているとか、笑えない話だよな。


「まあ動きを牽制するぐらいの効果はあるだろ。一応仕掛けてくれ」

「わかった」


 指示出ししていると、現役だった学生時代に戻ったような気持ちになる。

 しかし、あの頃からすれば俺の体のキレ自体は鈍っているはずだ。

 頭の中のイメージが十年近く前から更新されていないというのはマズい。

 せいぜい今回の仕事で記憶と現実との溝を埋めて調整させてもらうとしよう。


 バキバキとへし折れる木々の音が身近に迫る。

 やや後ろに位置した由美子の手がサッと動くのをちらりと確認し、そのまま前へと駆け出した。

 シャー! という独特の威嚇音を響かせてようやく姿を現したそいつは、毒々しい緑色をした姿で、頭だけでゆうに俺の上半身程はあった。

 こちらに頭を向けて、青黒い舌を探りを入れるようにさかんに出し入れしている。

 そして俺を見据えて、ニタリと笑った。

 普通の蛇は笑わないが、怪異連中は結構こういう表情を見せることがある。

 奴はすぐさま体をSの字に構えると、こちらに飛び掛かる機会を窺いだした。


 だが、その緊張状態を遮るように、その頭上、天蓋となった緑の蔦と、互いに絡まるように伸びた木々の枝の間から、パラパラと白い物が奴に落ち掛かる。

 シチュエーション的にはヒルっぽいが、それはただのナメクジだ。

 ただし式で造られたモノではあるが。

 ナメクジに貼り付かれた緑の蛇野郎は鬱陶しそうに体をくねらしたが、やはり大したダメージはなさそうだ。

 やっぱ蛇にナメクジは今時流行らないらしい。カエルに蛇はまだちゃんと効果があるんだけどな。


「まあ、足止め出来りゃ上等!」


 ふっ、と息を吐くと、俺は足元の大地をねじるように踏切った。

 緑の蛇野郎の目がギョロリと動いて俺の姿を捕らえる。

 感情の見えない冷ややかな視線に向かって、俺は思いっ切り歯を見せて笑ってやった。

 直線ではなく緩い曲線、俺が辿った軌道は奴にとってはその程度の予想外に過ぎない。

 しかし、ナメクジに意識を向けていた緑の蛇野郎は、見えてはいても咄嗟に方向を修正出来なかった。

 刹那の交差。

 バサッと、大きな枝でも落ちたかのような気の抜けた音を立てて、緑色のデカい蛇野郎の頭は地面に転がった。


 あ、やべ、普通に倒したけど、これサンプルが必要だよな? 封緘ふうかん間に合うか?

 既に残った意識の薄い胴体のほうは解けるように消え始めている。


「ユミ、これ、保存出来るか?」


 俺は慌てて蛇野郎の頭を示して由美子に尋ねた。

 妹の呆れたような視線が痛い。


「リーダーのくせに後先考えないのは駄目だと思う」

「お、おう、……ごめんなさい」


 ガーン、妹に説教されてしまったよ。

 由美子は懐から白い懐紙を取り出すと、何やらサラサラと書いて蛇の頭に向かって放り投げる。

 懐紙は蜘蛛の巣のように広がると、蛇野郎の頭を包んで凍りついたように固まった。

 触っても冷たくないので氷ではないっぽい。

 良かった。プロとして依頼内容を忘れるのはほんと、駄目だよな、反省。


 さて、安心した所で、車……どこかな?

 俺は弟とは違い空間の差異を感じる才はない……なんちゃって……いやダジャレは心の中ですら寒すぎる、やめよう。


「えっと、おーい?」


 車がありそうな方向にちょっと手を振ってみる。

 応えがないようなら放置して行っていいかな? 浩二がいれば防御面はほぼ完璧だし。


「兄さん、今面倒だから置いて行こうと思ったでしょう?」


 由美子がぼそりと指摘する。

 鋭い。


「コウ兄に恨まれると長いよ?」


 いや、既に死ぬまで恨まれてそうな気はするんだ。うん。

 その時、真後ろからドアの開く音がした。


「考えずに行動するから結果がグダグダになるんですよ」


 降りてすぐ文句か、なんでそんなに冷気を発しているんでしょうか? 弟よ。

 振り向けねえよ。


「お前を信頼してたんだよ」


 おもいっきり堂々と言ってみる。

 おお、冷気が増したぞ! なんでそこで怒るんだよ。


「兄さん、わかりやすいから」


 由美子がふう、と溜め息混じりにそう言った。

 やめて、俺が氷漬けになりそうだから。車内の二人、傍観してないでなんとかしろよ。


「戦闘、なんかよくわからない内に終わって残念です。よく見えなかったし、記録もほとんど撮れなかったみたいで」


 大木が空気を読まずにがっかりしたように言って来た。

 その向こうでは「ちゃんと保存してくださったのですね。ありがたいです」などと明子さんが蛇のお頭に近づいていた。

 腰が引けているのは怖いからか? 気持ち悪いからか? 意外と女の子らしいな、あの人。

 ま、まあとにかく二人のおかげで空気が変わってよかった。

 浩二の視線はまだ痛いけど、大丈夫、耐えられる。慣れているからな!

 

 と、いきなりざわり、と気配が動く。


「明子さん! 左に飛んで!」


 ほとんど勘に任せて出した指示は、しかし反応しろというほうが無理だった。

 え? と顔を上げた彼女のほうへしゅるっと伸びた緑色の蔦が襲い掛かる。


「めいちゃん!」


 大木の叫び声に被さるように甲高い悲鳴が上がる。

 油断が過ぎるだろ、俺! ほんと妹達に怒られて当然だな。

 明子さんが高く跳ね上げられるのを追い掛けながら、俺は自分に喝を入れたのだった。

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