66、帳尻合わせは人の業 その四
「おっ! それ去年出たモデルだよね。SAGAシリーズの最新モデル! やったあ! 俺が使っていいよね」
戻った途端賑やかな佐藤に絡まれた。
ウザイが開発課らしい賑やかさにほっとする所もある。
総務部のようにいかにも整然としたオフィスみたいな場所は俺にはどうも向いていないらしい。
てか、その位置から型番見えねえだろ? ケースの型だけでどのモデルかわかるのかよ。
「おかえりなさい木村さん。大荷物ですね。そっちの工具セット預かりましょうか?」
絡んできた佐藤に比べ伊藤さんは、俺が電算機本体と手の間に挟んでぶら下げていた工具入れをバランスを崩さずに手早く抜き取るという手際を見せると、にっこりと微笑んだ。
「木村さんのデスクの上に置いておきますね」
「ありがとう」
癒される。
「それで、それが修理品か?」
課長が電算機本体を担いでいる俺に、わかっていることの確認を入れた。
「ええ、そうなんですけど、データ自体は別の本体で使えるようにしてあるので緊急性はないんです。なので修理出来れば御の字ぐらいの気持ちみたいですよ。何しろコーヒーをぶちまけて電源がショートしているんで、どちらにしろ電源は交換しなきゃ動きませんからね」
「そりゃまたやらかしたな。本体生かすつもりなら急いだほうがいいぞ。酸化の進行ってのは人が思うより早いからな」
課長に説明しているのに、電算機にロックオンしている佐藤が話に食い付く。
だが、まともな助言ではあった。
この手の技術ではなんだかんだ言って一番頼りになるのは確かなんだよな、こいつ。
「純水でクリーニングした後に、分解で異物と腐蝕部分を削ってしまおうと思うんですが」
俺の提案に佐藤は眉をしかめた。
「それやると下手すると回路を切断しちまうぞ。同時に修復もしちまえよ」
え?
「ちょっと待ってください。精製文言のダブル起動は禁止されてますよね?」
俺達精製士の使う干渉文言には細かい規定があって、一つは基礎文言は一字一句変更不可であること。
もし現行のものより効率のいい文言を発見しても、登録許可が出るまでオーブンに使うことは出来ないのだ。
そして同じように、文言の二重起動も禁止されている。
これらはどれも暴発防止の措置であり、その昔、無軌道な錬金術師が世界の理を局地的に書き換えて、生死の理すら変貌させ、生物災害という地獄絵図を引き起こした実例を踏まえているのでかなり厳しく制定されている。
しかし、俺のそんな指摘に、佐藤は平然と言い放った。
「追詠唱は認可されているんだ。ブレスの差で結果的に重なったのなら仕方があるまい」
き、詭弁すぎる。無理だし。有り得ないし。
「……佐藤くん」
課長がゴホンと咳払いして注意を促す。
しかし佐藤は止まらなかった。
「総務部には修理は無理だったと報告すればいい。考えてもみるんだ、このパソコンは処理速度がうちの古臭いのとはダンチなんだぞ! なにしろうちの古物ときた日には、俺が作った造形シミュレーターを動かすだけで処理落ちしやがるんだ。仕方ないからわざわざ最適化プログラムを作って同時稼働させている始末だぞ! そのパソコンならそんな無駄なことをしなくても快適に動いてくれるはずだ」
清々しい程の俺様理論だな。
さすがの課長もお手上げという顔だ。
「それならそれで総務部に報告して正式に貰い受ければいいんじゃないですか? どっちにしろ予算にうるさい総務部のことですから見付かったら買い取りになりますよ、きっと」
「うぬ、それはまずいな」
佐藤はやっと電算機に対するロックを外した。
まあこう言っておけば無茶はすまい。
家庭持ちのせいか、こいつは意外としぶちんなのだ。
貢献賞与とかかなり稼いでいるはずなんだが、家庭というのはそこまで金が掛かるものなのか?
俺は電算機を抱え上げると、そのまま隣へと突き進んだ。
「よお、実験室空いてる? ダメなら室長のブースでもいいぞ」
「お前がよくても俺がよくない。なんだ、また厄介事か?」
俺の問いに流が応える。
「おい、人聞きわりいな。それじゃあまるで俺がしょっちゅう厄介事に首を突っ込んでるみたいだろ?」
「自覚が無いのは重症だぞ。一度人生を考え直してみることを勧める」
「はいはい。じゃ、実験室使うから。総務のヘルプだかんな」
流相手に軽口を叩きながら実験室使用の記録端末に用途を書き込んでおく。
「へー、総務のヘルプって珍しいですね。何があったんです?」
開発室の若手が興味津津といった顔で食いついて来るのを「守秘義務」の一言で封じて中に入った。
うちの実験室は、医療や食品の物に比べればずっと簡単な造りだ。
電子部品の敵である微細な埃だけを主に防ぐ目的だからである。
まあ、商品が家電なんで、ここでどれだけテストしても、発売までには劣悪な環境での性能や耐久のテストがあるから、ここは本当に開発実験で使うための場所でしかない。
と言っても、流たちのチームは機構やシステム周りの新しい発明や改良を行なっているので、健全な環境下でのデータ取りはかなり重要な工程ではあるのだ。
俺はロッカーから洗浄用の純水をボトルで引っ張り出し、プールと呼ばれている桶でざぶざぶ洗う。
物がコーヒー、しかも砂糖クリーム入りというやっかいな物なのでこれでも完全に安心は出来ない。
業者が断ったのは当たり前で、不純物の入った液体は、その時はよくても後々故障の遠因になったりするので、クレームを恐れて関わりたがらないのだ。
その業者が、「精製士がいれば綺麗に直せるかもしれませんよ」などと余計なことを言ったせいで俺が引っ張り出された次第である。
おのれ、面倒を押し付けやがって。
あらかた洗って、引き上げると、ここからが精製術の出番だ。
佐藤の言う同時起動は論外だが、文言を連結するのはいいかもしれない。
連結するメリットとしては術の範囲指定が一度で済むこと、強制力が僅かにアップするという利点がある。
術の精度が自動的に均一化されることの判断は場合によりけりだが、今回は問題無いだろう。
デメリットとしては術者に負担が掛かるというのがある。
術的な話ではなく、ブレス一つミスると発動しないから単純に息継ぎが苦しいのだ。
それと繋ぎに韻を踏んだ接続詞を入れる必要があるんだよな。
詩句で韻を踏む文化は日本には無いだろうに、国際規定の馬鹿野郎!
まあ大学で応用文としてさんざんぱらやったからいいんだけどな、なんか学生時代を思い出すぞ。
―― ◇◇◇ ――
「それで修理終わったんですか?」
もはや恒例行事化した伊藤さんの用意してくれたお弁当を食べながら、話題は総務の電算機と小人のこととなった。
別に総務から口止めはされなかったんだが、やはりどこででも吹聴する話でもないので、話す相手を選ぶとしたら彼女しかいないという結論に落ち着いたのだ。
まあ流にも話して問題ないけどな。
「後は電源と電源コード待ちかな。新品並みに綺麗にしたから問題無く使えると思う」
「凄いですね。私の友達なんか携帯をうっかり洗濯しちゃって使えなくなったって言ってましたし、携帯なんかよりもっと精密な電子部品の塊のパソコンを洗って直すとか普通考えませんよ。そっか、でも、小人かあ、いいな、私も見たいけど無理なんですよね」
伊藤さんが俺を賞賛してくれた後、溜め息混じりに嘆いた。
なぜ女性陣はそんなに小人が好きなんだ? おっさん顔だぞ?
「特殊なカメラを通せば見えますよ。ほら映画館とかでサポート眼鏡とか貸し出してるでしょう?」
「あ、あれもそうなんですか?」
「無能力者の場合は本人は魔術を一切受け付けませんけど、物品を魔術で変質させた物なら利用出来ますからね」
「あれ? でも魔法的な品物は私達には使えませんよね?」
「品物自体が魔法を発動するものは駄目ですけど、あの眼鏡はガラスの間に一定波動に最適化するように魔術加工された水晶体を挟んでいるんです。なので波動幅が一定の映像ならその表面に反射させることが出来るという仕組みです」
「ああそうなんですね。ということは調整された波動幅だけしか見えないのか、残念です」
たちまち映画用サポート眼鏡の問題点に気づいてちょっとがっかりする伊藤さんもとても可愛い。
実際、映画用の狭い波動幅だけじゃ、一般的な怪異を見るのは難しいだろうし、そもそもあの眼鏡、個人で気軽に使用出来る程お手軽価格ではないんだよね。
そっか、でもそんなに観たいなら、今度専用ビデオで誰にでも見えるような状態で撮ってきてあげようかな?小人は逃げるかもしれんから総務部の連中に顰蹙を買いそうだが。
「でも……」
伊藤さんはポツリと言った。
「ん?」
「私、ここに来てそういう話は初めて聞きました。外だと小人とか森の人とか普通に話題に出て来ますけど。ここってそういう存在を見たって人も噂も聞いたことなかったので、少し意外です。もしかして、あの迷宮のせいなんでしょうか?」
ああ、俺の懸念と同じことを彼女も考えたらしい。
明らかにこの都市が怪異の発生する場を形成し始めているという懸念。
大して害をなさない怪異は、簡易結界を張った村や小さな集落によく出没する存在だ。
簡易結界は大物や害を成す存在にのみ反応するので、その手の小物は網の目から溢れる小魚のようにすり抜け放題なのである。
まあ、うちの村なんかは、ある程度害のあるものもわざと通してたりしてたけど。さすがにうちは特殊だったらしいから比較対象からは除外すべきだろう。
「まあ、あんなのが出来たんだから、何も変わらないってことはないよね」
「やっぱりそうなんですね」
伊藤さんは俺の顔をちらりと見る。
「あの、木村さん」
「なに?」
「木村さんは責任を感じてたりはしてませんよね? 自分がなんとかしてやる、とか考えてたりとか」
急に不安そうに伊藤さんが言い始め、俺は逆に彼女のその心配に、気持ちが暖かくなるのを感じた。
なんとなく、その気持ちのまま、彼女の右手を握ってみる。
「あ!」
たちまち伊藤さんの顔が真っ赤になった。
って、そんなに反応されると、俺もなんか恥ずかしくなったぞ。そこまで他意はなかったのに。
「あ、あのですね。俺は家業から逃げ出したような無責任な奴ですよ? そんなに奴がバケモノのやらかしたことに責任を感じるはずないでしょう?」
えっと、かっこつけて言っちゃったけど、伊藤さん聞いてる?
「あ、はい、あ、あの、ありがとうございます!」
どうしてそこでお礼? ってかやっぱり聞いてなかった? トホホ。
だが、どうやら聞いていた相手もいたらしい。
背後で茂みが不自然にガサガサいってるが気にしない。
気にしたら負けだ。
「いけ! そこで熱烈な口づけよ!」
「何言ってるの、御池さん、仮にも職場でそんなはしたないこと、許される訳ないでしょう?」
「主任、古いです。今時の恋人達は場所なんか選ばないんですよ! ましてや、あのケダモノですよ」
やめろお前ら、俺の精神的なポイントが削られてるから。
真っ赤になってもじもじし始めた伊藤さんを前に、俺は繋いだ手をどうしたらいいか、真剣に悩みはじめたのであった。




