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62、迷宮狂騒曲 その十二

 もう一人の協力者は大学の教授とのことだった。

 怪異行動学と古代呪文の権威らしい。

 どこかで聞いた肩書きだが気にしないことにする。

 そうか、このおっさん、じゃなかった、この人がフィールドワークと称して幻想迷宮ヴァーチャルダンジョンに潜った人か。


「歴代の迷宮の中には、一度攻略された後に復活した物が無かった訳ではない。マヤ歴で12.13.15、西方諸国で名を馳せていた冒険者ギルド、ゴールデンドーンのメンバーの記録に出て来るグリーントラップの迷宮がそれだな。この迷宮はいわゆる世界迷宮にあたる。悪夢の具現と言われるモンスター型とは違い、核となった夢のカケラを最奥から取得することで攻略出来るタイプだ。と言っても危険なものであることは間違ない」


 教授は魔術師のように自前のモニターを使ったりはせず、ブリーフィングルームに備え付けのプロジェクターを使って資料を表示した。


「ここにその当時のマップの写しがある。一回目、二回目、地図が全くの別物であることがわかるはずだ」


 そうか、復活型の迷宮の事例で言えば毎回迷宮内の地理が変わってしまう可能性もある訳か。


「ちなみにどうやらここは精霊核の発生するパワーポイントがあり、それによって迷宮が生成される物だったようだ。このゴールデンドーンというギルドはそのパワーポイントの情報を独占する事で巨万の富を得た訳だが、その後ギルドハウスが何者かの襲撃を受け、一夜にして壊滅することとなる。襲撃者が何者であれ、彼らの握っていた情報の奪取には失敗したらしく。この迷宮は未だに再発見されていない」


 ゴクリと誰かが喉を鳴らす音が響いた。

 資料的扱いとはいえ、迷宮を巡る血なまぐさい現実の一端を知ったせいだろう。

 古今東西迷宮を自分達で発見した冒険者は何人か存在するが、ほとんどがその場所を攻略後に報告している。

 例外は自分たちでは攻略出来ないと判断した迷宮を情報として売る場合ぐらいだ。

 その点、いち民間団体ではなく国家管理となった今回の迷宮がいったい何をもたらすのか、考えるとそら恐ろしくもある。


「迷宮は悪夢の具現という言葉があるように、一度中に入ってしまえば何が起こるかわからない場所でもある。決して固定観念に足を取られないよう、臨機応変に対応出来るように行動することが肝要です」


 なんとなく遠足の心得みたいになっているな。

 まあ大学で学生を教えているんだろうからそういう語り口になるのは仕方ないか。


 説明を終え、下がった協力者二人に礼をして、武部部隊長は自ら壇上に立った。


「さて諸君、今までの話で戦術構想は見えて来たかな? 大変残念なことに我らには試行錯誤を行なう時間が無い。ここからのスケジュールは文字通り分刻みになるだろう。諸君にはこれからまず適性検査にて各々の適性を再度見直した後、所属分け、班単位訓練、連携訓練、模擬戦と、短期間で使い物になるべく血反吐を吐いて貰うことになる」


 彼は、全員の顔を見渡すとニッと笑ってみせた。


「くれぐれも訓練で死なないように! 軟弱者に見舞金を出すほど軍も優しくはないぞ」


 脅しのように聞こえるが、これは本音だろう。

 国としての権威を示すためには短期間で作戦を成功させねばならない。

 現在の情勢で個人の権利を尊重出来るような余裕は無いと思うべきだろう。


「それでは本日のこの後は橋田軍曹が諸君らの指導を行なう」


 部隊長の言葉により、軍曹が今後の予定を発表し、集合場所を指定して移動となった。


 さて、外部協力者も帰した後に居残りをさせられた訳だが、がらんとしたでかい部屋に武骨な軍人さんと二人きりというのは、思ったより悲しい情景だな。


「どうぞ、お好きな席にお掛けください」


 部隊長殿が丁寧なのか慇懃無礼なのかわからない堅苦しい物言いで椅子を勧めて来る。

 それならと、俺は真ん中の一番前の席に座った。

 部隊長殿は少し迷った後、右の通路を挟んだ隣の座席に着く。


「残ってもらったのは他でもない。唯一現場を見て来た者として答えて欲しい。我々は迷宮を攻略出来ると思うか?」


 おいおい部隊長さん、直球すぎないか?

 まあ本来武人なんだろうからそういう気質なんだろうな。

 それなら俺も直球で返すか。


「楽勝でしょう」


 俺の軽い言葉に意外そうに目を見開いているけどさ、ちょっと考えればわかることじゃないか。

 段階を踏んで攻略出来るように造られた迷宮の第一層目。

 兵の士気は高く事前情報はばっちりだし新技術まで投入してる。

 これで攻略出来ないなら、試練と言った終天が偽りを告げていたか、余程不運だったかということになるだろう。

 怪異という存在は、嘘をつく性質に生まれたモノ以外はほとんど偽りを口にしないもんだ。

 肉体より先に意識が生成されるせいだか、圧倒的に強者だからか知らんが、やつらは偽るという感覚がよくわからないらしい。

 それはともかくとして、


「もちろん油断は禁物ですから兵士の皆さんには危機感を煽るぐらいでいいと思いますが、指揮官ともなれば問題はその先にあることはおわかりでしょう?」


 俺の言葉に武部部隊長の顔が真剣なものとなる。


「これは始まりでしかない。ということか」

「そうです。階層式であること、常設であること、対応を一歩間違えれば消耗戦になる。現場指揮官であるあなたの今後の苦労は俺には想像もつきませんね」


 相手は不敵に笑ってみせた。


「先のことなど上が勝手に考えていればいい話。我々は目先の作戦を成功に導くことこそが最優先だ。その上で再び愚かな作戦を立案しようとする者があるようならば、その実績を提示すればいいだけの話」


 いやあんたもその『上』とやらじゃないのか?

 別に武人だからって脳筋キャラを貫かなくったっていいんだぜ?

 真の脳筋なのか、実は腹黒な計略家なのか判断がつかずに、不安に苛まれる俺を余所に、部隊長は話題を変えて来た。


「そういえば貴君のパーティメンバーが準備しているという幻想迷宮ヴァーチャルダンジョンだが、本当に明後日には準備出来るのか?」


 そう、うちの二人が遅れているのは訓練用の迷宮を準備しているからだった。

 しかもその件では実戦部隊幹部とひと揉めあったらしい。……俺抜きで。

 事後報告やめてください。


「今朝入った連絡によると大丈夫そうですよ。ですが、本来、幻想迷宮ヴァーチャルダンジョンの設定はかなり複雑な手間を掛けますし、いわば一つの世界を創造する訳ですから時間が掛かるのは当たり前の話です。今回はたまたま特別な方法で用意するだけですんで、くれぐれも即製可能とか誤解しないようにしてくださいね」


 部隊長殿がムッとした顔になる。


「わかっている。専門家とやらの話も聞いたからな」


 依頼してみたんだな?

 どんな優秀な職人でも簡易な物を造るだけでもひと月は必要だろうに、数日とか、さぞや鼻で笑われたことだろう。

 それなのになぜうちの連中に用意出来るかというと、うちの村には調整済みの幻想迷宮ヴァーチャルダンジョンがごろごろしているからだ。

 なにしろうちの村では幻想迷宮ヴァーチャルダンジョンは子供の成長祝いの定番だからな……。


 もちろんそのままの設定では使えないが、設定変更程度なら、空間認識と記述術式の手練たるあの二人ならなんの問題もないだろう。

 元々、この幻想迷宮調達依頼は、酒匂さんから入ったものだったらしいのだが、なぜか俺の頭を飛び越してうちの弟と妹に直で行ってしまった。

 酒匂さん曰く、「平日の仕事の邪魔をしてはいけないと思ってね」とのことだったが、どうやらその設定段階の通信による打ち合わせで現場担当と揉めたらしいと事後連絡が入った時の、俺の困惑とやるせない気持ちはどうしたらいいのか。

 そりゃああの手の術式とかさっぱりわからないけどね、俺は。


「我々は知らないことが多すぎる。百年の平和は我らから戦うための牙を削りとってしまったのだろう。だが、それでも勝たねばならん。そうやって勝てると断言するのなら、その言った口の分の働きはしてもらうぞ」


 武部部隊長殿はまるで脅しのようにそう言った。

 これはあれだな。

 他人に対して「よろしくお願いします」とか「力を貸して欲しい」とか言えないタイプの人なんだな。

 俺は溜め息を押し殺すと、にっこりと笑って「こちらこそよろしくお願いします」と手を差し出した。

 まあ、結局握手はスルーされたんだけど。


 二週間後、俺たちの協力の元に組まれたプログラムに従ったやさしい(・・・・)訓練の末、軍の精鋭部隊は無事迷宮の第一層を攻略したのだった。

 どうやら俺が攻略した時から第一層の内容は変化していなかったようだ。

 ちなみに道を曲がるたびに現在位置が変化する迷宮ラビリンスには簡単な計算で読み解ける法則性があったらしい。


 いや、最初からわかってたから、あの時は読み解く時間がなかっただけだから!

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