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42、おばけビルを探せ! その四

「いやあ、以前たまたまこの連中の活動を見掛けましてね。素人が安易に怪異に触れるようなことがあってはならないと、それ以来この探検会とやらには参加するようにしているのですよ。無知なる者を正しく導くのはいわば知ある者の義務ですね。しかし、まさかそのおかげでこうやってお兄さんに出会えるとは、これはもう運命でしょう! 天のよみしたもうた宿命に違いありません。ああ、なんという感動でしょう。私は人に作られし神の歴史を知りしゆえ、神の幻想には懐疑的ですが、こうも奇跡を突き付けられると、思わず信仰心が芽生えてしまいそうです」


 そうか、俺は悪魔の実在を信じてしまいそうだけどな。

 というか、ツッコミ所が多すぎてツッコめないわ!

 もし本当にこいつとの出会いが運命というならそんなもんは断固として断ち切ってやる。絶対にお断りだ!


 変態のあまりの浮かれっぷりに、俺の精神がヤスリに掛けられたかのようにザリザリ削られていくのを感じる。

 まだ何も始まって無い内に、早くもギブアップしたくなって来たぞ。

 ほんと、俺もう帰って良いかな?


「先生!」


 主催者らしき優男がこっちに向かって来るのが見えた。


「先生、そちらの方は?」


 その男が声を掛けたのは、まごうことなき変態に、であった。

 ちょっと待て、こいつ大学教授じゃなくてただの助手だったよな?

 なんで先生呼ばわりされているんだ? まさか身分詐称か?


「いやあ、先生なんて分不相応だとは思うのですが、彼等が私の知識に敬意を表してそう呼びたいと頼まれてしまいましてね」


 俺の訝しげな視線に気づいたのか、変態は照れたようにそう説明した。

 照れるな、キモイわ。


「よく聞き給え、こちらは……」


 得意げに俺を紹介しようとする変態の靴の上からすかさずその足を踏みにじった。

 もちろん理由はある。

 何か嫌な予感がしたからだ。

 痛みのあまりか、絶句する変態を横目に、俺は自分の紹介を引き継ぐ。


「実はうちの妹が彼と同じ大学の研究室に所属していて、それで顔見知りだったんです」


 営業スマイル。

 まあ、俺は営業じゃないから意味などないかもしれんが。


「そうなんですか、それは心強い! やはり怪異や霊に興味がおありなんでしょう? よろしく! 同士はいつでも歓迎しますよ!」


 う、こいつもテンション高い。

 当然と言えば当然だが、御池さんと同類の匂いがプンプンとするぞ。

 やばい、そうじゃないかとは思っていたが、どうやらここは人外魔境だ。


「あれ? 木村さん、先生と知り合いだったんですか?」


 そこへ御池さんが伊藤さんと園田女史を引っ張ってやって来た。

 気の毒に、お局様は酷く居心地が悪そうだぞ。


「みっちゃんもこちらの方を知っているんですか?」

「知っているもなにも、木村さんを連れて来たのは私ですよ」


 なぜか威張る御池さん。

 ていうかみっちゃんって……小学生のあだ名か?


「ほほう、君はこの方と親しいのかね」


 変態はいつの間にか復活し、なぜか険しい顔で御池さんを見た。


「え? はい! 会社の同僚なんです」


 元気のよいお返事だ。

 なんでこんな変態に対してその態度なんだろう。不思議でならない。


「なんだと!」


 そう叫ぶと、変態はまるで背後から不意打ちでも食らったかのようにふらついた。

 おいおい、今度は何を始める気だ?


「か、会社だと! 下賤な奴隷の棲み家ではないか!」


 思わず俺は奴の襟首をひっ掴むと、仔細構わず引き摺ってその場を離れる。


「ちょっと内々の話があるので失礼します」


 一応断りを入れる。


「あ、はい」


 ことの経緯が分かっているのかいないのか、代表らしき優男が毒気を抜かれたような顔で俺達を見送った。

 うん、その素直さは好感が持てる。


 ズルズルと変態を引き摺って、集団から離れたベンチまで辿り着く。

 どさりとそこに変態を放り出すと、ぐったりとしたまま動かなかった。

 嫌がらせか?


「おい」


 触るのも嫌だが、仕方なく襟首をもう一度掴んで仰向かせると、目は半分開いているものの焦点が合っていない。

 あのぐらいで意識が朦朧とするとか、どんだけ虚弱体質なんだ、面倒臭い変態だな。


「おいこら起きろ!」


 取り敢えず揺さぶってみる。


「あ……? おお! ここが鬼伏せの隠し里ですか!」


 意識が戻ったと思ったらいきなり訳のわからないことを叫びだす変態。


「正気に戻れ、ここはのどかな日曜の公園だ」


 俺の言葉に、ようやく周りを見回した変態は、なぜか幸せが束になって逃げ出しそうな溜め息を吐いた。

 まあこいつが不幸になる分には何の問題もないからいいんだが。


「おい、貴様、何のつもりだ?」


 とにかく話を進めよう。


「ええっ! それはもちろん、隠し里で英血の方々に囲まれて、そのお力を間近で味あわせて頂きたいと望んでいます!」


 おいおい、なんだその特殊な趣味は? 嫌な自殺志願者だな。

 死ぬなら一人で勝手に死ねばいいだろうが、うちの里に迷惑掛けるな。


「お前の変態な最期の望みなんぞ聞いて無いわ! てめえ、さっき俺の同僚に向かって何言おうとしやがった?」


 俺の言葉に突然夢から覚めたように、カッと目を見開いた変態は、やにわにベンチの上に立ち上がった。


「やめろ、馬鹿!」


 叫ぶなり、今度は胸倉を掴んで引き倒す。

 目立ち過ぎだろ! どんだけぶっ飛んでるんだこいつの頭は!

 しかし、変態はへこたれることなく熱く語った。


「選ばれし者を家畜のごとき生を生きる者の集う会社などという名の畜舎に放り込むなど正気の沙汰ではありません! その作戦の意義は一体どこにあるのですか? 私としては立案者に真意を問いたい所です!」


 会社員が奴隷から家畜にランクダウンしていることについてはともかくとして、ここは、「お前どんだけ社会を舐めてるんだ? この消費社会の礎をいったい誰が築いていると思ってる?」とでも思いっ切り説教したい所だが、今はそれどころじゃない。

 どうやら俺達の様子を訝しく思ったらしく、先程の連中がこっちをじっと窺っているのだ。

 まあ当然と言えば当然だろう。

 下手するとすぐにでもこっちへやって来そうな雰囲気だ。


「いいか、俺は自分の意思で働いているんだ。職場を侮辱するのは許さないからな」


 声を低めに脅し付けるように言う。

 経験上、この手のタイプは言葉も感情もはっきりと示さないと、自分勝手に解釈してこっちの意思が正確に伝わらない場合がままある。

 なので言葉に誤解が生じる余地があってはならない。

 しかし、それでも俺は甘かったようだった。

 変態は、しばし俺の言葉を理解しようとしてか、沈黙していたが、やがて真剣な顔をこちらに向け、噛み締めるように言ったのである。


「なるほど、怪異を知るには世情を知る必要があるという訳ですね。なんと深いお考え。浅慮な我が身が恥ずかしいです」


 くっ、駄目だ、これでも言葉が通じてねえ。

 なんかものすごい敗北感が湧き上がって来やがるぜ。


「あ、ああ、もう好きなように考えてくれ。ともかく、仕事や同僚を悪く言うな! ついでに俺の血統やハンターの仕事の事は他人に言うな」

「はい、不詳この木下真、粉骨砕身の覚悟でご期待に応えます!」


 いや、何の期待もしてないから。

 余計なことだけはしてくれるなよ。


「あの、お話は終わりました?」


 思った通り、すぐにやって来た優男君が心配そうに俺達に問い掛ける。

 そりゃあ、突然ベンチの上で立ち上がったり片膝ついて頭を地面に押し付けたりしてたら不審に思うよな。

 それにしてもこんな奴を先生呼ばわりするとは、どんだけ肝が座ってるんだ、こいつら。


「あ、はい。どうも飛び入りなのにお邪魔をしてしまったようで申し訳ありません」


 実際、彼らは何も悪いことはしていない。

 多少変わっていようとも趣味は趣味。

 休日に趣味を楽しもうと思うのは普通のことだし、少々その趣味がおかしくても、ちゃんと社会のルールを守っていれば問題ないのだ。他人がどうこう言うようなことではない。

 それなのにせっかくの楽しみに水を差したのはこっちのほうだ。思えばちょっと悪いことをしたな。

 なんて、多少好意的に思えたのはこの時までだった。


「いえ! それで、実はみっちゃんに聞いたのですが、木村さんはオカルトに詳しいとか。なんでもお一人であっさりと悪霊を退治した事もあると伺いました。素晴らしいです! 我ら『謎謎探検隊』一同、心から歓迎いたします。今後ともよろしくお願いしますね! 僕は『愛マイ』こと坂上一郎と言います。どうかよろしくお願いします!」


 ……。


 えっと、御池さん、何をこの人に吹き込んだのかな?

 この日、人外魔境においては、変態を一人抑えたぐらいで決して油断してはいけないのだということを俺は学んだのだった。


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