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エンジニア(精製士)の憂鬱  作者: 蒼衣翼


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213:停滞は滅びへの道 その十六

 強固な結界を敷いて、なおかつバカ師匠の小道具のテントを張っていたが、その後いきなり天地が逆転するという現象が起こって結界が崩壊した。

 俺たちはともかく伊藤さんが無事だったのは流のおかげだろう。

 突然空中に放り出された格好になったのだが、その瞬間一度浮き上がるように落下速度が落ち、時間の流れがゆっくりと感じられるようになった。

 俺は伊藤さんを確保し、師匠はアイテムを収納して何事も無く以前は天井だった地面に降り立つ。


「驚いたな。洞窟タイプの迷宮ならともかく、これだけ広大な迷宮が天地が逆転するとか、もはや天変地異だね」

「驚いたのはこっちだ。ほんと、お前の加護ってなんでもありなんだな」

「問題は意識して制御出来ないってことだね」


 しれっと流は言うが、迷宮の中で突発事態に対処してもらえるのは助かる。

 しかしこれは。


「伊藤さんを早いところなんとかしてやりたいがこれは落ち着くまで無理か」

「ん~、迷宮の中層辺りからセーフスペースがあるって話だから、まずはそこを目指すかね、我がいとしの弟妹よ」

「セーフスペースってなんだ」

「攻撃不可地帯なのだそうです」


 お前の弟妹じゃねぇだろ! とかツッコミたいが、いらん体力を使いたくないのでバカをスルーして浩二に尋ねると明確な答えが返って来た。

 さすが優秀な我が弟。


「攻撃不可ってことは攻撃が出来ないだけか? 術式が使えないなら伊藤さんの回復も難しいんだが」

「攻撃してもその攻撃が通らないのだそうです。攻撃の術式自体は発動するらしいので大丈夫じゃないかと」

「他人に干渉出来ないとしたら難しいかも」


 浩二の見解に由美子が不安要素を提示する。

 とりあえず行ってみるしかないってことか。


「ふふ、うちの子たちに無視されて悲しいぜ」

「隆はああ見えて場にそぐわない行動をする人間が苦手なんですよ。職場でも天才肌の同僚とやり辛そうですからね。実際生真面目な男です」

「おお! そう言えば隆志が仕事でお世話になっているとか! 職場ではどんな感じかな? うちの子は」

「ヤメロ、気が抜けるから危ないだろ!」


 いきなり親戚と同僚のぶっちゃけトークを始めたバカと流に釘を刺し、周囲の気配を探る。

 さっきの地形変化で方向が全くわからなくなった。

 元々転移した俺には方向も何もなかったが、由美子はかなりの範囲をカバーしながら移動しているのでマッピングが出来ていたのだ。

 また天地逆転が来たら元に戻るのかもしれないが、来てほしくはない。

 天地が逆転する前は焼け焦げた林のような所にキャンプを作っていたのだが、逆転した今は雪原のような所にいる。

 雪は降っていないが正直寒い。

 光源は無いのに全体的にしらじらと明るいのも方向感覚を狂わせる要因だろう。

 由美子が新たに飛ばしていた式で全体の把握をしようとしていたのだが、その間にさっそく敵がやって来たようだった。

 伊藤さんはまだ自発呼吸も出来ているので大丈夫そうだが、魂が消えた体は徐々に死んで行く。

 魂の元となる物は残っているのだろうが、体に認識出来ない状態ではいつまで持つかわからなかった。

 はっきり言って、俺はイラついていた。


「クソが!」


 周囲から気配だけが迫る。

 獣のような気配だけが感じられるが、全く目には見えない。

 足あとも物音もせず殺気だけが厳然とあった。


「伊藤さんを頼む」

「まかせておけ」


 流に伊藤さんの体を預け、俺は無手でその見えない相手と対峙する。


「とりあえず殴る」


 やる事はシンプルだ。

 そうして見えない何かをボコボコにした後、今度は見えない巨人が恐ろしい地響きを上げながら迫って来て、そこかしこにクレーターを作った。

 さすがにこれは相手にしていられなかったので由美子の誘導で逃走、洞窟へと逃げ込む。


「ここの敵は全部見えないのかな、厄介だな」

「うんうん、常に気配を探って気を張っていると疲れるからね。そこでジャーン! こんなのを用意してみました!」


 バカが取り出したのは数個のミニチュアの絵馬と鈴が付いた可愛らしいストラップだった。

 受験を控えた女子中高生辺りに人気が出そうだ。


「広がれ!」


 ストラップは紐に連なった鳴子の仕掛けとなって周囲に展開された。

 紐に引っかかると音を鳴らして知らせるやつだ。


「距離は調整可能だし、四方に展開しているから便利だよ! とりあえず百メートルぐらいにしとくね」


 どうやら実際に設置するタイプの仕掛けと言うよりは範囲感知の仕組みらしい。

 

「うちの式もなかなか役に立つだろ?」

「だから、それ、式じゃない」


 由美子が我慢出来ずにツッコむ。

 自分の専門ジャンルには厳しいのだ。

 俺はもう反応するのも面倒になっていたので黙って先を窺った。

 洞窟の中は氷に覆われている。

 周囲の氷柱に俺たちの姿が映り込むので、俺たちと一緒に動くそれについ意識が取られてしまう。

 ここはバカの力を信じて警戒レベルを下げたほうがいいだろう。


「奥のほうに異質な空間がある」


 由美子が飛ばしていた式で確認した場所の報告をしてくれた。


「セーフスペースか?」

「ボス部屋かもしれませんね」

「どっちでも同じようなもんだな」


 セーフスペースなら安全に休めるし、ボス部屋なら相手を倒せば外に出られる。

 どっちでもあまり変わらない。

 とは言え、中層以降の迷宮は一つのフロアを一日以内で突破出来るということは無いらしいのでボス部屋は望み薄だろう。

 とにかく先へ行くことにしてどんどん洞窟の中を突き進むと、青い光の中に何かが飛び交っているのに気づいた。

 誰の感知にも敵性が感じられないので攻撃的な存在ではないらしい。

 その羽虫ともつかない何かは、どこからかもたらされる光をキラキラと反射して一瞬虹色に光り、周囲を幻想的な風景に作り上げていた。


「何かいるよん?」


 バカが警告らしくない警告を発した。

 百メートル先に何かいたようだ。

 俺は先行して道を切り開くべくものも言わずに駈け出した。

 見えて来た眼前に立ちふさがる物は、天井から吊り下がる玉のれんのような何かだ。

 やたら強い青い光を放ちながらウネウネと蠢いていた。

 それはひょいと飛び交っていた羽虫のようで宝石のような物を掴むと、くるくると巻き上げて天井にある本体に取り込んでいる。


「食虫植物みたいなもんか?」


 ヒートナイフで斬り込むと、触手らしきものが一斉に襲いかかって来た。

 数本切り裂いた所で多勢に無勢、二、三本に巻き付かれてしまう。

 巻き付かれた所に痛みが走り、うっすらと凍り付く。


「あー術式守護の装備が燃えたから……」


 ちゃんとした装備ならこのぐらいの属性攻撃は通らないだが、仕方なくぼやきながら面倒くさくなって触手を手で引きちぎった。

 無事排除したが地味に痛い。

 と言うか凍っている範囲が少しずつ広がっているぞ。


「搦め手に弱いんだから」


 追い付いて来た浩二が眉をしかめて文句を言った。


「兄さん、それ毒」


 由美子が符を出して凍っている所に貼ってくれる。

 符が溶けるように消滅すると共に凍っていた部分も元に戻った。


「体が凍る毒なんてあるのか」

「ポピュラーじゃないけど雪女とかも使う」

「あれって毒なのか」


 そんな話をしている内に奥の他と違う空間に辿り着いた。

 

「なるほどこれは」


 そこは確かに異質な場所だった。

 氷が無くクローバーの生い茂る小さなひだまりの空間がそこにあったのだ。

 小さな泉と野生のりんごの木とベリーの茂みがある。

 ちょっとした公園ぐらいの広さの空間だ。


「ちょっと失礼」

「え?」


 バカ師匠が言葉と共に目にも止まらぬ早さでナイフを突き入れて来た。

 ざっくりと俺の腹にナイフが刺さる。


「てめぇ! 何すんだ!」


 しかし、引き戻されたナイフに血はついていない。俺の腹に傷も無ければ服も破れていなかった。

 おお?


「どうやらセーフスペースに間違いないようだ」

「……なあ、その確認方法しか思いつかなかったのか? なあ!」

「まぁまぁ、タカくんは刺されても死なないんだから大丈夫だろ? ね!」

「なにが『ね!』だ。死ねや!」


 ノーモーションで蹴りを放つ。

 バカの膝にきれいに決まったが、全く何も起こらない。

 まるでスポンジを蹴ったような感触だった。

 これは気持ち悪い。


「じゃれてないで準備しよう。彼女そろそろ危ないんじゃないか?」


 流が伊藤さんをそっとクローバーの上に横たえるが、前より顔色が白っぽくなっているように見える。

 慌てて脈を確かめると、その脈動が弱々しくなっていた。


「まずい」

「とりあえず簡易の聖域を作ってみる」

「頼む」


 由美子が既に準備をしている。

 聖域の気を封じた水晶を四方に配して銀串で柱を立て、銀糸で囲む。

 かなり色々独自解釈をした聖域だが迷宮の中だ、仕方ない。

 幸いにもこの場所の土と緑には生命の息吹が宿っていた。

 聖域を閉じる前に伊藤さんの胸の上に魂のかけらを封じた石を置く。

 そして聖域が閉じられた。


「どうだ、機能しているか?」

「問題ない」


 場所が場所だけに不安だったが、聖域はきちんと機能しているらしい。

 ホッとしたが、すぐに気を取り直す。

 ここからが本番なのだ。

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