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211:停滞は滅びへの道 その十四

「っ!」


 顔が引き攣る。

 逃げ場は? と言うか流をサポートしないと!

 落ちるより先に流の背中を引っ掴んで地面のある方へ飛ばそうとして、その瞬間全ての慣性が消え失せた。


「な」


 何が起こった? と周囲を見渡すと煮えたぎったマグマの海が後方に見える。

 今俺たちが立っている地面は先程迷宮に入った際に確認した時には少なくとも数メートル先にあった場所のはずだ。

 そういう仕組みなのか? 最初は度肝を抜いて実は安全地帯に降ろしてくれる? まさか、そんなに親切だとは思えない。

 浩二、由美子、馬鹿師匠、順に顔を見たが誰もが軽い驚きを浮かべていた。


「ああ、うん、俺だろう」

「流? ってかなんで自信なさげなんだ?」


 どうやら流のしわざだったらしいが、本人も何かしみじみとした感じで今の体験を振り返っているようだ。


「俺はちょっと一族の中では特殊で、自発的な能力とかはほとんど無いんだ。ただ、危機的状況に至ると運命をすり替える力が働くようになっている」

「なんだそれは? てかなんでそれで俺たちも一緒にここにいるんだ」

「全員が助かるのが俺が助かる条件だったんじゃないかな? 正直言って俺自身にもよくわからないからあまり頼りにされても困るけどね」

「よくもまぁそんなあやふやな能力でついて来るとか言ったもんだな。でもまぁサンキュー助かった」

「……無敵?」


 目を丸くした由美子が流を見て呟いた。

 やめろそいつ女ったらしだからな、目が腐るぞ。


「いや、そうでもない。実際以前ここのボスと会った時にはケガをしたしね」

「はぁ? なんだよそれ! ちょっとその話もっと詳しく話せ!」

「お前には関係ない話だ。俺の因縁だからな」

「いや、関係無いってことはないだろ! 大体……」

「お二人さん、お楽しみの所悪いが、そんなにのんびり出来る状況じゃなさそうだぞ?」


 馬鹿師匠が呆れて言うの受けて周囲を見てみると、俺たちが立っている地面は砂地だったが、それがいたるところで盛り上がって動いているのが見えた。

 どうやら砂の下に何かいるようだ。

 確かにのんびり口論なんかしている場合ではない。

 相手もこちらを認識したようで、地面がゆっくりと振動を始めた。


「人を招待しておきながら会うつもりはありませんってか? 清姫のやつふざけやがって」

「とりあえず先へ進もう」


 馬鹿師匠がパキンと音を立てて二股の木の枝を二つに折った。

 師匠の手を離れた枝はうねり長く伸びて地面に刺さり、地へ潜って敵を追う。

 同時に由美子の放った蜂が探索を開始した。

 浩二は符を持って飛び出して来るはずのモノに備えている。

 地面が渦を巻くように動き始め、ゆっくりと陥没して行く。

 馬鹿師匠のしわざである。


 やがてたまらなくなったのか、砂の下から牙の並んだでかい口に円筒形の胴体をつけたような怪異が飛び出して来た。

 クチナワだ。

 常識外れにデカイその姿は、全長十メートル近くあるだろうか? そいつがなんと地面に口を半分つけて砂を喰らいながら突進して来た。

 ぞっとするような姿だが、グルグルとローリングしながら向かってくる。

 正面からだと穴の中で縁にずらりと並んだギザギザの刃が回転しているようにも見えた。粉砕機か!

 俺は左腕に取り付けた簡易式の篭手を振りかざしこちらから突進して行く。


「ギッ!」


 その間にクチナワは浩二の放った符で一瞬動きを止められ、その拘束を外そうともがいていた。


「ふっ!」


 いかにも分厚そうな体表にどのくらいの攻撃が通用するのか、その場で暴れているクチナワに向かって走り寄りその体を殴り付ける。

 クチナワの体表には粘り気のある物質が付着していて、その下の皮膚はかなり硬そうだった。

 とりあえず俺はかまわずそのまま振り抜いた拳をぶつける。


「破っ!」


 口元に一撃、歯の代わりの刃が思ったより硬い。

 胴体に一撃、粘液のようなもので衝撃が殺されてしまった。

 最後の三撃目、手触りからクチナワの体に乾いた部分を見つけ出してそこに力任せの一発を入れる。

 純粋な力と練り上げた気が込められた拳がぶつかった先から、あまり聴いたことのない打楽器のような音が響いた。

 パキパキと鈍い音と共にクチナワの体が崩れ落ちる。

 弱点がわかれば後は作業のようなものだ。

 砂の地面を踏んでは飛び出すクチナワをひたすら殴り付けて行く。


「なんかこういうゲームがあったなぁ」


 背後で流が何かのんきにそんなことを呟いた。

 お前気楽だな。まぁいいけどさ。


 途中からは敵もさるもの、罠方式に攻撃の仕方を変えてきた。

 砂の上を歩いているといきなり足元から開いた口が現れるというやり方だ。

 それは師匠がぴょんぴょん跳ねるうさぎを囮に作って、出てきたやつを始末するという方法で片が付いた。

 もうすぐ掃討できるという所で切迫した声が掛かった。


「隆! 風が出てきたぞ!」

「風?」


 目に見える怪異に意識を向けている間に周囲の環境が動いていたのだ。

 せっかくの流の注意も虚しくクチナワを殴り付けていた間に吹き始めた風はたちまち砂を巻き上げて、真っ黒に辺りを覆い尽くしてしまった。

 周囲が全く見えない。

 仲間の姿も見えず、おまけに声も聞こえない状態だ。

 てかこの迷宮、壁とか全然見えないんだが、本当に迷宮の中なのか?

 この風じゃ由美子と馬鹿師匠の式のどちらも使い物にならないだろう。

 流はとりあえずあの能力で身の安全は確保出来ているのだろうか?

 迷宮の中では魔導者といえども確実な安全は無いかもしれない。

 最後に目にした時には、流は由美子の近くにいたはずだ。

 由美子は咄嗟の判断力においては、おそらくうちで一番優れている。

 きっとなんとかしてくれるだろう。

 そんな風に仲間を心配していられたのも一時のことだった。


 ズルッと、足元が溶けるように崩れて俺は落下した。

 掴む物が砂しかないため、ただ落ちるしかない。

 ドシン! と、すぐに鈍い痛みを伴って地面に足が付いた。

 先ほどまでの砂地と違った堅い地面だ。

 周囲から焼け焦げた木材独特の臭いが漂っている。

 砂嵐が消えると、シンとした静寂がその場にはあった。

 そして頭上を見上げてみても穴一つ見えない。

 どうやら物理的な穴では無かったようだ。


 辺りには真っ黒に燃え尽きて立ち木の姿のまま炭と化した木々と、元は大きな屋敷だったのだとわかる燃え落ちて柱だけになった住居跡があった。

 気配を探ってみても仲間達のものは感じられない。

 どうやら完全に切り離されてしまったようだった。

 体についた砂を軽くはたくと、俺は屋敷跡のほうに歩き始める。

 何かあるとしたらまぁそこしかないだろう。


 焼け残った漆喰壁を回り込むとそこに彼女がいた。

 最近は可愛らしさよりも大人っぽさを目指しているようで、落ち着いた色合いのパンツスタイルでまとめたコーディネートとなっている。

 紺色のカーディガンで包まれた背は丸められ、うつむいた姿は泣いているようにも見えた。

 思わず駆け寄ってしまいたい思いをぐっとこらえて声を掛ける。


「伊藤さん?」

「ひどいわ隆志さん、そんな他人のような呼び方をするなんて、それとも怪異に憑かれてしまった女なんかもうどうでもいいの?」


 紛れも無く彼女の声で、しかし彼女の言うはずもない言葉を紡ぐ。


「清姫、いい加減にしろ。俺を食いたいなら俺と戦えばいいだろうが! なんで彼女を巻き込んだ!」

「やっぱり、もう私を好きではないのね?」

「くっ」


 清姫が憑依しているのだとわかってはいても、伊藤さんの姿と声で言われてしまうと自分が不実な男になったような気がして来る。

 いや実際、俺は不実な男なのだろう。

 伊藤さんの姿を目の前にして彼女に呼びかけることが出来ないのだ。

 呼び掛けて本来の在り方とは違う言葉が返って来るのを俺が聞きたくないという、ただそれだけの理由で。


「頼む、彼女を返してくれ! 人質としての役割は終わったんだ、もういいだろう?」

「隆志さん、もう忘れたの? 今の私はもう変わってしまったの。それでも私は私、この体も、そして記憶も、ちゃんと本物の私なのよ」

「清姫……、なぜなんだ、どうして彼女を」


 俺は同じような言葉を繰り返した。

 思考はそこをぐるぐると巡って出口が見えない。

 

「私を受け入れてくれればそれで全てがうまくいくわ、そうでしょう?」


 伊藤さんの顔で微笑みを浮かべて、彼女は小首をかしげてみせた。

 ふと、その首元に視線が向く。

 もしかしたらという儚い望みが俺の中で渦巻いている。

 だが、その望みを叶える方法がわからない。

 伊藤さんの姿をした清姫は、微笑みを浮かべたまま近づいて来た。


「俺が受け入れるのは本物の伊藤さんだけだ。お前じゃダメなんだよ」

「可哀想な隆志さん。私以外に本物の伊藤優香はいないのに、ありもしない幻想を見ているのね」


 二人の言い合いのさなか、キラキラと銀色の光が舞い落ちた。


「きゃあ!」

「優香っ!」


 伊藤さんの髪に白い蝶が止まり、そこから霜が張り付くように凍り付いたのだ。

 彼女の悲鳴に咄嗟に体が動いてその蝶をはたき落としてしまった。

 ソレが何か知りながらほとんど反射的に動いてしまったのだ。


「……兄さん」

「スマン! でも、この体は伊藤さんなんだぞ!」


 ひらひらと離れた蝶から響く声に俺は抗った。

 この程度のことで清姫がどうにかなるはずもなかったが、生身である伊藤さんの体は無事ではないかもしれない。

 それは俺に大きな恐怖となったのだ。

 今までの俺にあるまじきことに、怪異を目前にしながら俺は呆けた。

 ぐっと腕が掴まれる。


「っ、清姫」

「選んで。このままの私を受け入れるか受け入れないか」

「そこから出て行け!」


 本来の伊藤さんには有り得ない力で掴まれた腕に灼熱が走る。

 骨から燃やされるような熱が丈夫な戦闘用のジャンパーを燃え上がらせた。


「ぐっ」


 ふっと、伊藤さんの目が寂しげに伏せられた。


「そう、そうなの。もういらないなら無くなってしまったほうがいいわね」


 ボオッと、俺の袖を燃やしていた炎が本人へと戻って行く。

 赤い炎がまるで花が咲くように伊藤さんの全身から吹き上がった。


「やめろ! 清姫! 俺を食らうんだろうが! 彼女は関係ないだろ!」

「そう、あなたが欲しい。あなたの本当の愛が欲しい。血と肉と魂を重ねあわせて永遠を生きる愛が欲しい」


 チリチリと炎が伊藤さんの体を包む。

 俺は必死にその体を抱きしめて本来は彼女のものでない炎から伊藤さんの体を守ろうとした。

 今や伊藤さんと清姫は一つとなって分かたれることはない。

 それは理屈としてはわかっていても俺にとっては決して飲み込むことの出来ない話だった。

 自然の炎ではない怪異の放つ炎は全てのことわりを超えて対象とされたものを焼く。

 それを消すにはその力そのものの具現である炎を強引に奪い取るしかなかった。


「やめて、隆志さん、私はもういいの愛されなければ意味がないのだもの」

「だまれ! いい加減にしろ! お前にとってはただの殻かもしれんが、俺の愛しているのは彼女自身なんだよ、その彼女を救い出すためなら、俺が逆にお前を食らってやるよ! そうだ、それがお前の望みだったんだろ!」

「愛しい人、あなたは『私』のためにあれほど嫌っていた『私』を受け入れるの? でもね、その炎は消せないの。だから離れないとさすがのあなたでもきっと燃え尽きてしまう」


 呼吸をするようにゆっくりと二人の間に気を巡らせる。

 ぎゅっと抱きしめた体は紛れも無く大切な人の物だ。

 怪異の現象は意思によって発生する。

 だからその魂と意思を俺は自分の気で覆って行く。

 炎が引き寄せられるように俺の体に這い登り、全身を切り裂くような痛みが走った。

 伊藤さんのカーディガンの一部が炭化して崩れ落ちる。


 急がないと本当に彼女の体が燃えてしまう。

 その時俺が考えていたのはそのことだけだった。

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