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197:祈りの刻 その十九

 予言機の件はその後相手側から何かを匂わせるようなこともなく、共同開発の話のみを打ち合わせて真っ当な仕事だけで特区出張は終わった。

 冒険者カンパニーの交渉担当者のテクスチャ氏は終始協力的な態度で、アイディアや冒険者の意見の収集に積極的に対応してくれて、結果としてお互いそれぞれの原案をまとめた物を今後の会議に掛けて企画進行するという話で纏まったのである。


「驚く程平安に終わったな」

「ああいうのが平安に思えるようになったということが既にちょっとクレイジーかもしれないけどね」


 流が公道を塞いで行われているストリートファイトを指して言った。

 今回は異形の者同士の戦いではなく、ロボットのような機械作業体ロボットスーツによるファイトである。

 しかも通りの交差点から交差点の間を車を並べて塞ぎ、広い空間を作ってのことだ。

 こうなると突然の喧嘩騒ぎとは訳が違って秩序がある。

 そこに治安維持軍が駆け付けることなく見物人が取り巻いている状態なのだからもはやある意味イベントの一種と言っていいのではないだろうか。

 もちろん告知なぞなしに行われているのだから合法ではないのだが、治安維持側からすればこの程度のガス抜きはさせておかないと暴発されては困るという所なのだろう。


「あのロボットスーツ、カタログで見たことないタイプですね。カスタマイズ品でしょうか?」


 両足と右手だけのスーツを装着した男が高速移動をして相手の背後を取ったのを見て伊藤さんが言った。


「あれはおそらく足の部分と腕の部分は違う製品の一部じゃないかな? シルエットに独特の癖があるよな」

「君たちが思った以上にここに馴染んでいてびっくりだよ。と言うかここに住みたいとか言い出さないよな?」

「歓迎します」

「その時はシェアしませんか?」


 流の言葉にタネルとビナールが素早く乗っかる。

 俺たちがもう出張を終えて帰るとなったらどうやら寂しくなったらしい。

 二人共なんだかんだで宿に遊びに来ては料理のローテーションに加わって俺たちの知らない異国の料理を食べさせてくれたりしたしな。

 大人が一緒にいる生活というのは安心感があるのだろう。

 そう考えるとちょっと罪悪感がある。


「私は隆志さんがいいならかまいませんよ?」


 伊藤さんがさらっとそんなことを言い出した。

 前は流相手にやや緊張していたみたいだったけど、最近はすっかり馴染んだようで気軽にこんな冗談も言えるようになっている。


「ここから出勤するのは手続きが大変だからなぁ」

「やれやれ」


 流がため息を吐いて首を振った。

 自分が提供したネタが変な風に広がったからってそんながっかりすることもないだろうに。


「しっかしまぁゲート前だってのに警備の人も見事に放置だな」

「割って入るとケガしますからね。しかもケガならまだいいほうです」


 俺の言葉にタネルが答える。

 まぁそりゃあそうか、あんな兵器みたいに武装した相手とまじめにやりあうなんて命がいくつあっても足りないだろう。

 そこまで考えた時にドン! という爆発音が響いて、特区ゲートの前に出来ていた列に並ぶ人間が全員振り向いた。

 ストリートファイトを行っている二人の片方が筒状の腕を釘打ち機のように使って斜め下から相手を攻撃したのだ。

 打ち出した金属の杭のような物が避けた相手を掠めて高く打ち上がりロケットのようにこちらに飛来して来た。


「きゃあああああ!」


 誰かが叫び声を上げてパニックが起こる。

 だが、無秩序に混乱が広がる前に空中でその杭を捕獲した者がいた。

 まるで網のように広がったそれは杭を押し包むと丸く固まりそのまま落下して、ボールのように弾む。

 まん丸になっていないのでその弾み方はちょっとコミカルな動きだ。


「おお、あれ発泡ゴムだよな?」

「確かにそうだね。軽くて衝撃に強い新素材とか言われているやつだな」


 俺と流が感心していると、冒険者らしいゴッツイ男がこっちに向かって頭を下げ、「すいやせんでした!」とダミ声で叫んで来た。

 それへここの警備員が「飛び道具を使うな!」と怒っているようだ。


「冒険者も結構紳士的だな」

「もちろんですよ。あんまり迷惑掛けると人里に入れてもらえなくなりますからね」


 流が感心した風に言うのへ伊藤さんが答える。

 やはり伊藤さんはどちらかと言うと冒険者側なんだな。


「あなた方なら間違いなくこの街でも大丈夫ですよ?」


 タネルがいい笑顔でそう保証してくれた。


 ―― ◇◇◇ ――


 伊藤さんを駅まで送り、マンションに戻った俺はさっそく秘匿回線で呼び出しを掛けた。

 忙しい相手なのでいないかもしれないが、それならそれで伝言を入れておけばいい。


『どうした? 久しぶりだな』

「……早いな」


 どうやら特区の最高責任者は暇なようだった。


『そりゃあそうだ。考えてもみろ、この回線は特別な回線だぞ? すぐに出なくてどうするのだ?』

「いや、そうは言ってもプライベートな回線だって言ってたでしょう?」

『君たちのことはプライベートであってプライベートではない。そんなことはわかっているだろうに』


 あ、駄目だ、この話題を引っ張ると俺たち兄妹についての話を延々に続けてしまうぞ、この人。


「あーうん、悪かった」

『なんでそこで謝るのかが不明だが、まぁいい。どうだ最近は。便りのないのは元気な証拠と言うがやはり長く会話をしていないと寂しいものだな』

「は? 月いちの定期報告はしているでしょう? 普通長いとか言えば年単位で連絡してないとかじゃないですか?」

『定期報告は要件だけしか会話がないじゃないか。あまりに寂しいからまたおみやげを持って遊びに行こうかと思っていたところだ』

「いやいや、一国の大臣がおみやげ持って来るなよ? 警備の人が困るからな?」

『大丈夫大丈夫、抜けだしたことがわかるようなヘマはしないよ』

「いやいやいや」


 駄目だな、この人と会話するといつもなんか主導権を持って行かれてしまうんだよな。

 なんで親戚への近況報告みたいになってんだよ。


「今回連絡したのはちょっとどうしていいかわからなくなって、一応甘えさせてもらおうかなと」


 現在特区の管理のトップであるのが昔から俺たちの世話役だった酒匂さんだ。

 昔は冴えない若手の役人といった感じの人だったが、俺たち兄妹はさんざん世話になった相手でもある。

 うちの担当としてほとんど家族の一員のような付き合いをしていたのだ。

 毎回お菓子を手土産に家に来ることから俺たち兄妹の間では「お菓子の人」と呼ばれていたぐらい馴染んでいた。


『ほう』


 なぜか酒匂さんは急に嬉しそうな声を発した。

 俺は一応面倒事を持ち込もうとしているんだけど、なんで嬉しそうなんだ? なんか勘違いさせたか?


「いや、完全に私的な話とは言いがたいことです。特区のことなんですが、でも俺の私的な事情も含まれているみたいな」

『ほうほう、それで私を頼った、と?』


 う~ん、まだなんか嬉しそうなんだよな。

 絶対勘違いしてるよなこの人。


「いや、面倒事を押し付ける先があんたしか思いつかなかった」


 とりあえずぶっちゃけてみた。


『光栄だね』

「だから面倒事だって」

『君は昔からあまり大事なことは他人に相談とかしなかった子だからね。他人だけじゃないな、家族にも大事はことは打ち明けたりしなかった』


 ドキリと、俺は疚しいあれこれを思い出して言葉に詰まった。


「ま、まぁ大人になったってことでしょう? 協調性が出て来たという訳ですね」

『その点は社会人として働くようになった利点だね。他人と関わることを厭わなくなったのはいいことだ』

「そんな風に言われると、なんか俺が昔は排他的だったみたいですよね? 俺、結構社交的な性格ですよ、昔から」

『まぁガキ大将だったね』

「そ、そんなこともありましたね」

『私の靴の中にセミの抜け殻をびっしりと詰め込んだり』

「そんなことありましたっけ?」


 惚けている訳でなく本当に覚えていない。

 

『そういうイジメはやったほうは忘れてもやられたほうは忘れないものだよ』

「えっ? それイジメなんですか? 違いますよね」

『大切な弟のような存在にそんなことをされた私はあの当時大変傷付いたよ』

「ええっ! ご、ごめんなさい!」


 クククと、ヘッドフォンからくぐもった笑い声が聞こえた。

 

「もしかして、からかっています?」

『まさか。そういう素直な所は変わらないなと思っただけさ』


 駄目だ、この調子で会話していたら話が脱線しまくってしまう。

 てか、この人無茶苦茶忙しいはずなんだけど、こんな長話していていいのか?


「話を戻しますね。ちょっと特区の話で困ったことがあるんです。正式に報告するとうちの会社に迷惑が掛かりそうで」

『それは君がここ二週間程特区に滞在していたことが関係するのかな?』

「知っていましたか」

『当然だろ?』


 いや、でも許可書は会社名義で取っているので酒匂さんの所に俺の個人名が上がるとも思えないんだけどな。

 まぁいいか。


「そこでちょっと、もしかしたら冒険者カンパニーに引っ掛けられたかもしれません」


 話してしまえば酒匂さんの立場的に面倒を抱え込ませるのはわかりきっていた。

 それでも他に相談出来る相手に思い至らなかったのだから仕方がない。

 まぁそもそもそういう風に考えること自体が俺がこの人に甘えているということなのかもしれないが。

 昔、この人だけが俺にとって外を感じることの出来る唯一の相手で、そして年の離れた兄のような存在で、俺たちを怖がることのなかった普通の人だった。

 子どもの俺にとって『人間』と言えば彼のことだったのだ。


『大丈夫、ちゃんと聞いてあげるよ。安心して全部話してしまいなさい』


 前にも聞いたことがあるような言葉で、酒匂さんは静かに俺の言葉を促したのだった。

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