195:祈りの刻 その十七
見た目でわからないのなら振動で見分けるしかない。
とは言え計測器とか持って来ていないので原始的に皮膚感覚で当たりを付ける程度だが、案外と馬鹿にならないからな。
俺は音叉を再び取り出して共振させる。
ディスクに記録された震えと、目前にある結晶体の震えがハーモニーのように響く。
ブレがあればそこだけ薄いはずだ。
俺は目を閉じて全身で振動を感じる。
外からの波動の特性として、体内の波動と共鳴してそこに重なりが生じ一つの影像が浮かび上がるという物がある。
俺たちが感じ取る音や、物の形が脳内で結ばれるのは、この波動の重なりによるものだ。
そしてこれはそれぞれの波動が強くくっきりとしている程はっきりと浮かび上がる。元となる存在にブレがあれば影像はぼんやりとしか浮かばない。
このブレを俺たちの業界では『柔らかい』と呼ぶ。
確固とした単振同士の影像は『硬い』ものなのでそれで感覚的な違いを感じる訳だ。
もちろん数値的に正確に調べる時にはちゃんと機材を使うんだが、人間の持つ感覚も馬鹿にしたものではない。
弱い生き物である人間種族は違和感を察する能力が高いのだ。
弱者であるがゆえの様々な発達が今の人間を作り上げた。
そう、元々人間は生き残る能力に秀でるがゆえにその感覚を発達させて来た種族だ。地上の生物の中では突き抜けた分析能力を持っているのである。
「う~ん、かなり微妙なブレがあるように感じる。これは本格的に機材を使わないと場所をつきとめるのは無理かな」
「さすがですね。機材なしに感じ取れるのですか?」
テクスチャ氏は感心したように俺を見た。
「こればっかりは経験でしか養えない感覚ですからね、まぁ人間の体が凄いってことですよ」
「それはわかります。我々冒険者においても経験のもたらす福音は大きいですからね。……ああそうか、経験ですか。なるほど、それならここの管理者として三年も過ごせばライセンスを持たなくてもこの設備についてならわかるようになるものでしょうか?」
「それは確かにありますね。もちろん個々人によって適正はあるでしょうが、三年も毎日管理していれば少なくとも何かがおかしいということには気づくようになるはずですよ」
「そう言ってもらえてほっとしました。なかなかライセンス持ちはうちには来てくれませんからね」
「とりあえず、今感じた所だけですが、どうも圧に偏りがあるのではないでしょうか?」
「圧に?」
「ええ、それで内部に歪みが生じているように感じました。電圧が安定していない回路に起こりがちな不具合ですね」
「電圧、ですか。なるほど助かります。本格的な修理依頼はさすがに出来るかどうかは社長判断になりますのでお答え出来ませんが、今回のチェックに関しては御社に正式に依頼をした案件として上乗せさせていただきます」
「えっと、まだきちんとした計測もしていない本当に助言程度の段階ですよ?」
「いえ、私達も冒険者の方々に指導する際に助言だけでも料金を頂いているのです。お客様からは接収して自分たちは支払わないとなると評判にも関わりますからね」
「なるほど、そういうことならよろしくお願い致します」
まぁそんな感じで俺たちは冒険者カンパニーで企画書を預かり、内部の巨大なサーバの一部に触れて最初の接触を終えたのだった。
部屋へ戻ると流がかなり真剣な顔をして俺たちに提案をした。
「ちょっと緊急ミーティングを行いたい。いや、ブリーフィングと言うべきかな」
何か冒険者カンパニーで気づいたことでもあったのか、俺達に否やがあるはずもないので頷いた。
場所は恒例通り俺たちの借りている部屋のリビングだ。
伊藤さんは心得たとばかりにキッチンでお茶の準備を始めた。
「なんかあったのか?」
「うん、まぁね」
ふと、流が部屋中に視線を巡らせ、さっと片手を振るような動作をする。
途端にそれまで微かに感じていた戸外の音が消え失せた。
「え? あれ?」
伊藤さんがびっくりしたように周辺をキョロキョロと見回す。
何かはっきりとはわからないまでも周囲の雰囲気が変わったことに気づいたのだろう。
なんせ巫女の素養持ちだし。
「おい、これって術式とかじゃないよな? なんだ、結界に感覚は似てるが」
「言うなれば魔法に近いかな。わかりやすく言えば世界からこの部屋を隔離した」
「ちょ、おい」
嘘だろ? 魔導者ってのが半端ない存在だとは知っていたけど、これまで流が積極的にその力を振るったことはなかった。
ちょっとした驚きだ。
「急に悪かったが、万が一にも相手に悟られると事が事なんで厄介な話になりそうな気がしてな。まぁ話が終われば戻すから気にしないでくれ」
「いやいや、気になるぞ。怖いだろ。そもそもなんで伊藤さんを巻き込んだ?」
「隆志さん、この三人でいる時はプライベートみたいなものだから名前で呼んでいいって言ってたのに……」
伊藤さんがお茶を用意したトレーを抱えたまましゅんとしたように言う。
おおう、つい、仕事上の呼び方をしてしまった。
あ、いや、今はそこじゃないっしょ?
「この三人で情報を共有する必要があるからだ。下手に情報に齟齬があるとその人間が危険だ」
「おい、そんな重大な話なのか? あのサーバか?」
「ああ」
俺もあの巨大なサーバについてはなんとなく気にはなっていた。
いくら多くの情報を扱うにしてもあんな特殊なサーバを構築する必要はない。
たまたま巨大な結晶を持っていたから活用したかったと言ったってあんな前時代的な仕組みを使うのは現代の既存のサーバの何倍、設備投資に掛かるか予想も出来ない程だ。ある意味現実的ではない馬鹿げた設備なのだ。
「それで共通認識としたい報告というのは?」
「これが先ほどのサーバの縮小モデルだ」
そう言って、流はテーブル上に光の固まりを創り出した。
「は?」「えっ」
俺と伊藤さんは訳がわからずにそれを凝視する。
いや待って、今までそこに何も無かったよね? 何平然と非常識を繰り出してるんだ? 今までずっと普通に過ごしてきた常識人の仮面はどうした。
伊藤さんはポカーンと、その突然現れた立体モデルを見ている。
「おい流、お前なに人外宣言してんだよ。何なの? 特区に毒されたの?」
「正直に言うと、実は俺は二人に引け目があった。俺が一方的に二人の秘密を把握しているということについてだ」
「あー、なに? 会社の資料を見たとかか?」
「いや、なんと言っていいかわからないが、そういうことがわかってしまうんだ」
「ああ、うん」
魔導者は神がごとし、か。なるほどね、俺の血統と伊藤さんの素養とに気づいてそれを自分が一方的に知っていることを気にしてたんだ。
別に俺はお前が魔導者の血統だって知ってるからそれだけで十分だったんだけどな。
むしろ実際の力がどんなもんかとか知りたくなかったわ。
伊藤さんはまだポカーンとしながらも、きっちり全員分のお茶と茶菓子を配り終えた。
そして俺の隣の定位置に座ると、やっと我に返ったように首をかしげて流を見る。
「えっと、室長は特殊な方なんですか? あの、隆志さんと同じような」
「隆とはまた違う血族だね。うちの一族は昔昔、精霊の迷宮を攻略した者達の子孫だ。そこで神のごとき力を手に入れてしまって、それが代々引き継がれて今に至るといった感じかな」
「精霊の迷宮の攻略者なんですか! 凄いです」
「まぁ俺の功績じゃないからね。子孫としては面倒くさい遺産を残してくれたなという感じだね」
「父達が聞いたらすごく盛り上がると思いますよ」
「ああ、だから冒険者とは極力接触しないようにしている」
「さすが室長、わかっていますね」
「まぁそこの天然馬鹿とは違うからな」
「おい」
なにか伊藤さんの疑問に答える中で俺に不当な評価が下されたぞ。
まぁいい、とりあえず流の魔導者の血統の件についてはまた今度だ。
それよりとりあえず今のブリーフィングの主題について進めるべきだろう。
「まぁお前が自分の力についてオープンにしたのはわかった。で、この光の卵みたいなのがさっきのサーバの縮小モデル?」
「ああ、相手は隠していたつもりだろうが俺にはエネルギーの流れが把握出来るからな。正確な立体モデルを構築してみた」
「これなんで出来ているんだ?」
「ここに仮想のディスプレイがある感じで仮想の電算機でモデルを構築してみた」
「お、おう」
「凄いですね。室長は実際に電算機がなくても実際にあるように使えるんですね。すごい経費の節約になりますよ」
「残念ながら実際の電算機にデータを落とし込めないのが難だな」
「あ、かんじんの所が痒い所に手が届かない仕様なんですね」
「魔導も万能ではないということだな」
なんだろ、生まれてこの方魔術や怪異と付き合ってきた俺より、つい最近まで父親を一般人と信じていた伊藤さんのほうが流の異常性に違和感なく馴染んでるんだが、これって俺が駄目ってことなのか? すごく納得がいかないぞ。
「そ・れ・で、このサーバがなんだって?」
俺は度々脱線する話の軌道修正を試みる。
「ああ、実はどうもこれはあれだ、俺の見る所ただのサーバではない。そうだな、簡単に言ってしまうと予言機だな」
「へ?」「え?」
俺と伊藤さんはそろって驚きの声を上げた後絶句してしまった。




