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191:祈りの刻 その十三

 外回りを終えるとまた俺たちの部屋に集合してのミーティングに入る。

 本当はこのミーティングに外部の感覚があって冒険者でもあるビナールに参加してもらいたいのだが、製品開発関連の話が出る以上それは出来ないのがジレンマだな。

 一応別報酬でその日その日に感じたことなどを翌日にレポートで提出してもらっているのだけど、これがかなり参考になる。

 とは言え原文は英語なので伊藤さんが翻訳しながら解説を加えてくれるんだけど、なんていうか宗教的な比喩とか民族的な言い回しとかあって伊藤さんでもかなり苦労していた。

 こういうのを全部意訳してくれる翻訳術式は凄いと関心していたけど、逆に言うと翻訳術式は本人の言いたいことを言葉として訳しているんで、言語としての言い回しの部分などを切り捨てているところもあるんだよな。

 簡単に言うと文化の交流が出来ているようで出来ていないという感じだ。

 俺たち倭人が「へそで茶を沸かす」と言うと、相手には「笑わせるな」と聞こえると言う風な感じかな。


 まぁ要は意味が通じればいいんだから問題ないっちゃ無いんだが。

 更には冒険者の間には、この翻訳術式の特性を逆手に取った彼らなりのジョークもあるらしい。

 また翻訳術式も製造された場所によってかなり意訳にも偏りがあるっぽいのだ。

 タネルは大陸中央部の術式はマジで頭がおかしいとか言っていた。大陸中央部は冒険者を最も輩出している地域とされている。……気になるな。


「俺は正直冒険者を誤解していた。彼らのほとんどは無謀な暴れ者という感じではないな。かなり理性的で、悪く言うと打算的ですらある」


 流が俺の淹れたコーヒーを口にしながらそう切り出した。

 今回の出張はこうやって毎日ミーティングを行い、まとめた資料をその日の内に会社へと提出する。

 そうすると次の日ぐらいには会社からの指示書と提案書、調査一覧表がやって来るという流れだ。

 以前の、ベース製品を発売してそれにカスタマイズしては? という流の案からも、機能を削ぎ落とした互いに連携が容易い家電のシリーズものを出してはどうか? というアイディアも出て来ているらしい。


 以前俺が提出してボツを食らった企画書のリンクシステムが、現実味を帯びて来たということなのかな? 会社側はメーカー間協力は考えずにとりあえず1社でやってしまうのも手ではないかと考えているようだ。共鳴システムを使えば周波数さえわかるなら外部リンクも可能ということもあるのだろう。

 でも共鳴システムについては以前防衛省から警告が出てたんだよな。

 怪異を呼び寄せたり成長させる可能性があるとかなんとかで。


 この件については怪異のプロであるはずの俺たちにもはっきりしない所だ。

 共鳴ってのは特別なことじゃない。

 存在は全て波動を発していてなんらかの共鳴を引き起こしながら存在している。

 つまり共鳴が怪異を呼ぶとか言われても、共鳴自体はそこかしこで起きていることなので「そうだね、で、それがどうした?」としか言えない状態なのだ。

 とは言え、意図的な共鳴と意図しない共鳴は意味が違うということはあるだろう。


「打算的と言えばそうだな。備品に掛かる費用をむちゃくちゃ気にしているし、荷物の全体量を減らすためにかなりの神経を使っているっぽい」

「そのぐらいでないと生き残れない世界とも言えますね」


 俺の言葉に伊藤さんも頷きながら補足する。

 お父さんが元冒険者だからか伊藤さんは基本的にものの考え方が冒険者寄りだ。

 実際に冒険者を会議に加えることが出来ない俺たちにはこれは割とありがたい話でもある。


「それと今回気になったのは冒険者の、と言うか、この特区の特異性だな」


 なんとなく自然に流がミーティングリーダーを務めているが、実はこの出張の責任者は俺だ。

 とは言え会社の役職的には流は室長で俺は平の社員なので部署は違えど流の方が上となる。

 流が無理やり今回の出張にねじ込んだのでこんな変な関係性になってしまったのだ。

 まぁ俺は仕切るの苦手だから流に任せるけどな。


「特区が特異なのは元からわかっていたことだろう?」

「俺の承知していたのは常識の範囲での話だ。しかし実際はこの特区は特異というよりもいっそ異郷と言っていいぐらいなにもかも違う。いや、おかしいと言ったほうがわかりやすいな」

「まぁおかしいっちゃおかしいけどな」


 流は一つため息を吐いてみせた。


「いや、お前は根本的な所がわかっていない。今の人類文明はいわば怪異を排除することで発展してきたと言っていいだろう。都市や交通網など全てが怪異の締め出しを考えて構築されている。実際都市部に住む人間の中には一生怪異など見ることもなく過ごす者も多い。小さい子供など怪異をカッコいいモノかわいいモノなどと思っている者も多いのだぞ」

「マジか」

「そう言えばそうですね。怪異を主人公にしたマンガテレビシリーズとか人気なんですよ」


 流の話に伊藤さんが同意して例に有名なマンガテレビのタイトルを出した。

 俺も名前だけは知っているシリーズだが、あれって怪異が主人公の話だったのか。


「ところがだ、この街、そして冒険者は怪異に依存している。実際に歩いてみてわかったが、この街には、怪異防御が施されていないな」

「冒険者の中にはテイマーがいるからな。周囲を囲む防壁には施されているぞ」

「隆志さん子供と遊んでいる怪異を見てキレかけていましたね」

「ゆ、油断してたから……」


 伊藤さんに言われて改めて恥ずかしくなる。

 相手が従魔だとわかれば理性が働いて動揺したりしないのだが、やっぱりいきなり姿を見ると反射的に憎悪に支配されそうになるんだよな。

 俺たちの血統の本能みたいなもんだからなぁ、こればっかりは。


「とりあえず結論から言わせてもらうと、俺たちの常識でこの街で商売するのは難しいと言っていいだろう。いっそ商売相手としては無視したほうがいいかもしれない」

「一ノ宮室長、お言葉ですが、それはセールスの原則から考えると逆行した発想ではないでしょうか」

「市場を拡大するのではなく市場を縮小するという考え方だからだね。しかしそれはそれで狭い市場に集中するなら有りではある」

「でも室長のおっしゃっているのは縮小ではなく切り捨てですよね」

「そうだな。しかし全く文化の違う場所での商売はリスクが大きいんじゃないかな。それならいっそ切り捨てたほうが被害は出ないとも言えるのでは?」

「でも守りに入った商売は冷えてしまいます」


 めずらしく伊藤さんが食らいついている。

 どっちの言うことも正論だ。

 実際この特区で動いてみたからわかることだが、ここの常識は外と違いすぎる。

 リスクコントロールがひどく難しいのだ。

 しかしだからこそ大手が参入しにくくうちのような中小企業に活路があるとも言える。


「とりあえずそれぞれの意見を纏めて会社に提出するしかないかな、決断するのは上層部だし」

「そうだな。しかし書類勝負になると俺が分が悪いかな。伊藤さん相手だと」


 流が笑いながら言う。

 そうなんだよな。伊藤さんのレポートって資料添付や参照が懇切丁寧でわかりやすくて隙が無い。

 説得力があるのだ。

 実際彼女を中心にプロジェクトを動かせばかなり大きな仕事が出来るのではないか? と思ってしまう。

 一般的な事務だけさせておいていい人材じゃないんじゃなかろうか。


「またそうやって室長はさらっと余裕を見せるんですから。私のレポートより室長のレポートのほうが重要視されるのが当たり前です」

「いやいや、今回の出張は一応俺がリーダーだから」

「それじゃあちゃんとレポート書いてくださいね」

「うっ!」


 しまった、二人にレポートを任せて俺はそれを総括した文章で済ませようとしているのがバレている。

 なんという鋭さ。恐ろしい。


「ははっ、これじゃあ浮気など出来ないな」


 流が余計なツッコミを入れて来る。

 馬鹿やめろ。


「エッ? オレハウワキナンカシマセンヨ」

「あっ」


 俺の言葉を聞いて、伊藤さんが口元に今までとは違う笑みを乗せて俺を見た。


「そう言えば、今日、バニーの人のおしりをガン見してた理由をお聞きしていませんでした。仕事とどういった関連があったのでしょうか?」

「えっ? えっ? バニーの人なんかイナカッタヨ」


 あれは怪異に感染した半獣タイプのキャリアーであって、決していかがわしいお店などにいるウサギの扮装をした女性ではない。


「あ、俺は疲れたからもう休む。後は二人でゆっくりしていってくれ」

「ちょ、流、てめえ!」

「あ、室長おやすみなさい。じゃあ、この後はプライベートということですね。お酒、出しましょうか?」


 伊藤さんはそそくさとベッドルームに消える流に一礼すると俺に向き直ってにっこりと笑った。

 うん、目が笑ってない気がするんだ。笑顔って怖いな。


「イエ、アルコールは危険が危ないので結構です」


 酒は心の鍵をゆるゆるにしてしまう魔法の薬である。

 こういう日に飲んではいけない。


「大丈夫ですよ。どんなことになっても私がちゃんと介抱してさしあげますから。これでも父で慣れているんですよ」


 ブルブルブルと俺は無言で首を振った。

 駄目、可愛く上目遣いしても今日は駄目だからな、絶対。


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