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190:祈りの刻 その十二

 俺たちに茶を運んで来た相手を見てまず驚いた。

 獣の耳のようなふわふわの角を二本、頭の上に乗っけ、手の甲から腕に掛けてびっしりと白い綿毛のような毛皮に覆われている。

 最初今流行の迷宮病であるイマージュかと思ったが、実はイマージュは変身している時間はそう長くない。

 彼女はその姿に合わせて服装なども揃えていたし、あまりにも自然だった。

 ほぼ間違いなく感染者キャリアーだ。

 キャリアーと言うのは怪異に汚染された者のことを言う。

 大概の場合は精神まで汚染されて討伐対象となるのだが、ごく稀に自意識を正常に保ったままに怪異の能力だけ取得する者がいる。

 ほとんど奇跡のような割合であり、狙って出来ることではないのであまり知られてはいないが、俺も存在することだけは知っていた。

 珍しい。と言うか、よく入国出来たな。

 キャリアーは忌み嫌われる。

 主体は確かに人間だが、怪異である部分が残っていて、更にまた他人に感染しないとも限らないからだ。

 そのため、キャリアーの多くは他国への入国を断られることが多かった。

 彼女はよほど安定していて更に実績と信用があるに違いない。


 テーブルにコーヒーと洋菓子を並べるとふわりとエプロンをたなびかせ半回転して背中を見せる。

 うおおお、ショートパンツだ。しかもそのギリギリなパンツのライン上にはなんとふわふわの白い尻尾があった。

 ヤギみたいな尻尾だ!


「……隆志さん」


 ふと、伊藤さんの声が耳に届く。

 なにげなく振り向くと、やたら冷ややかな笑顔がそこにあった。

 え? なに? どうした?

 よくわからないながら、ひどく身の危険を感じる笑顔だ。

 対応を間違えたらきっと俺は生きながら死ぬだろう。

 矛盾しているがそんなことを思わせる笑顔だった。


「え、ああ、それでは仕事の話をさせていただきますね」


 とりあえず仕事に逃げた俺を腰抜けと誰が言うだろう。

 いや、言うまい。


「おう、まずわざわざご足労くださったことに礼を言うぜ。今までいろんな道具のメーカーと話をしたことはあったが、わざわざ担当者が直接出向いてくれたとこは初めてだ」


 対応している冒険者がどこか嬉しそうに言う。

 まぁそうだろうな。

 常識的な社会で働いている人間にとって冒険者という存在はいわばギャングとか傭兵とかと同じだ。

 直接会いたいと思うはずもない。


「それでご要望についてですが、外部接続を可能にして欲しいということでしたね」

「そうだ。まぁ俺のほうでも弄ってはみたんだけどよ。分解すると術式が解除されちまうし蓋を開けた状態だと水が溜まらねえしどうにもまいっちまってよ」


 分解したことを当たり前のようにメーカーの人間に告げる相手に苦笑する。

 冒険者にはそれが常識ということはわかってはいたが、さすがに作った側としてはちょっと辛い所だ。


「まず理解していただきたいのですが、我々商品を提供する立場としては一個の完成品としての品物を販売しているのであって、商品の仕様の一部を販売している訳ではないのです。ですから商品の性能の一部を別の用途に使いたいというご要望にお応えするのは問題が生じてしまいます」

「なんでえ、ケチケチするこたあねえだろ?」

「私どもは商品を販売するにあたって、さまざまな角度から安全性をテストしてその上で品質を保証して販売しています。私どもの商品をお使いになられている以上は安全に使っていただきたいという、販売する者としての矜持やモラルの、まぁ言葉は大げさですが、ごく当たり前の常識的な納得の上での品物の提供ということになります」


 俺はとりあえず基本的な企業モラルの話から入った。

 相手が納得しないのは最初からわかっているのが虚しい。


「ですからその定められた形、用途以外での転用には会社としてはお応え出来ないのです」

「ケッ、結局は金の話だろうが」


 相手はコーヒーを一口ごくりと飲み込むとそう吐き捨てた。


「事故があった場合の賠償金を払いたくねえんだろうが」

「そういう問題ではありません。お金の問題はささいなことです。私どもにとって重要なのは信用です」


 こういうクレームを付ける人間の中には企業は金で動いていると思っている人間が多い。

 いや、確かに商売は金で動いているし、そもそも金が動かない経済など死んだようなものだ。

 しかし、金で信用を買えるかというとそれは無理なのである。

 信用を無くした企業はどれだけ金を持っていても成功することは出来ない。

 品物を販売するということは相手に信用してもらうということでもあるのだ。


「その理屈はわからなくはない。俺達の仕事だって信用は大事だからな」


 確かに冒険者にも信用は大事だろう。

 命を預け合うような仕事だしな。


「だがな、客がお前んとこの商品の価値を認めて、その上で応用を効かせてくれって言ってるんだ。職人としてはそれに応えるのも商売だろうが」


 んん、なんだろう。この相手と俺との間に数世紀の時代の隔たりがあるような気がして来たぞ。

 あれだな、職人個人が直接利用者と対面販売していた時代の感覚だよな。

 まぁ俺としては決して嫌いではない考え方だ。


「もしお客様がオーダーメイドとして発注をしたいということなら我が社の専門の部署の者に対応を任せることも出来ますよ?」


 個別の注文に応えるというのは企業として出来ない話でもない。

 もちろん専属の仕事になるからそれだけの費用は掛かるし仕様を一新するんならその開発費を含めて膨大な金額になりかねないが、そこまでは俺の考えることじゃあないしな。

 しかし相手は唸り声を上げ、俺の言葉を遮った。


「そういうんじゃねえんだよ。今あるモンを使って出来ることをやれるだろって話だ」


 うん、堂々巡りだ。

 そんな予感はしてた。


「あの」


 そんな所へ伊藤さんが言葉を挟む。


「うちのポットを外部出力したいというお話しでしたが、それは給水装置としてということなのでしょうか?」

「あ? ああ、まぁそういうこったな」

「でも補水の術式は特別な物ではないですよね?」


 伊藤さんの疑問に、俺もそう言えばと疑問を感じた。

 そもそもうちのポットに使っている術式は汎用術式だ。

 特別なものでもなんでもない。

 我が国では術式は武器の類として規制されているから一般家庭では使えないが、この特区の冒険者なら術式を使った道具も使い放題のはずだ。

 実際蛇口を貼り付けることによって水を生み出す携帯蛇口くんなどという商品もある。


「いや、水だけ出ても仕方ねえんだよ。作りたい食い物に応じて容量を調整出来て調理まで一括でやってくれる仕組みをそのまま応用してえんだよ」

「ふむ、なんとなくお客様のご要望はわかりました。つまり今の商品仕様で大人数に対応したいのではないですか?」

「最初からそう言ってるだろうが」


 いや、言ってないから。

 しかし流が切り出してくれたことで話は分かった。

 そしてそれが無理だということも。

 流が続けてその説明をした。


「お客様、大変申し訳ありませんが、今の私どもの商品ではそのご要望にはお応え出来かねます。ご存知とは思いますが、生成術の場合、その制御術式は記述が細かくなる傾向にあります。この商品においては範囲指定のための組み換え術式を利用していますが、その範囲は今の容量が限界なのです」

「ああん? どういうこった?」

「これ以上範囲を広げることは出来ないということです」

「ぐぬぬ」


 刺青の描かれた禿頭が赤く染まる。


「そこをなんとかしてみせるのが職人だろうが!」

「なんともなりません。もし足りないというのなら人数分私どもの製品を揃えていただいてはどうでしょう?」

「それじゃあかさばるだろうが」


 と言うわけで、無理ということを納得してもらえた。

 めでたしめでたし。

 冒険者の男は目に見えてがっかりしていたようだが、こればっかりは仕方ない。

 何しろあの嵌め込み式の魔法陣を作った男が言うんだから間違いのない話だ。


「あーあ、やっぱり基本はレーションで行くしか無いのか」


 男は露骨に肩を落とす。

 冒険者にとって食の問題は深刻らしい。


「火を使っての調理は駄目なんですか?」

「下層ならともかく中層以上だと自殺行為だ。匂いや熱に敏感やモンスターに見つかっちまうし、連中、結界破りを当たり前のように持ってやがるからなぁ」

「それは辛いですね」

「まったくだ。だがまぁお宅のポットであったかいスープやコーヒーぐらいなら全員で楽しむことも出来る。それだけでも結構違うからな。今回迷惑を掛けたが、感謝はしてるんだぜ? いいもの作ってくれたよ」


 長い間暖かい物を食べられないということは結構こたえるものだ。

 しかし同時に冒険者は荷物を嫌う。ランチジャーサイズのうちの調理ポットを人数分持ち歩くのはさすがにかさばるのだろう。

 使い捨てじゃないから途中で捨てる訳にもいかないしな。


「コーヒーのおかわりいかがですか?」


 いわゆるケモミミモデル体型の美人な冒険者にニッコリと微笑みかけられながら、俺はこの足りない部分を埋める何かいい方法はないかと考えたのだった。

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